ノン・フィクション ―嘘だと気付かなければ幸せな虚像の物語― 作:彩白 莱灯
名前:
職業: OL
相談内容:
恋人の身辺を調べてほしい。
自分としては次のステップ行きたいが、相手がどういう心情なのかわからない。
そしてどのように行動していけばいいか相談に乗ってほしい。
【コメント】
おそらく結婚願望のある、字としては女性。
お相手は二の足を踏んでいるのか、別の要因か。
身辺を、ということは不貞関係かもしれない。
喫茶店の扉に吊るされたベルが揺れる。
小気味良い音を立てて、私と板口くんを見送ってくれた。
周囲の人間はもこもこと着膨れている。
この世界では冬という季節。
それも、最近年と言うものが変わったとのこと。
たった三百六十五日。
それで人間は一つの年を終えるのだという。
全く、なんて短命なのだろう。
美人薄命という言葉を何かで知った。
『美しい人は病弱であったり運命の渦に巻き込まれやすく、短命である』と言うもの。
儚げな印象が美人であるのか、美人であるからこそ儚いのか。
少なくとも病弱であれば日に当たることも少なく肌は白くなりやすいだろうと考える。
私からしたら人間は総じて薄命であるので、短いからこそ必死に生きる姿は美しくもあると思う。
それに際するわけではないが、今回の依頼は、美人が情熱に燃ゆる話であると予想する。
「目的地はどこですか?」
「駅近くのホテルに」
「いつものとこですね」
車椅子を押す板口くんは地図も見ずに、人を器用に交わしながら進んでいく。
この世界に来るときは毎回同じホテルを取る。
移動に使う鍵は扉に鍵を挿す必要がある。
誰かに見られたところで怪しい動作ではないが、まさかと思われる様な場所につながっていることもあるので、可能な限り閉鎖空間で行なっている。
そして数日は滞在するのでリラックスできる環境があるのはありがたい。
最近はカードキーを自己管理ということで、人間との接点も少なくなった。
物寂しい反面、やりとりが省けてやりやすい。
ホテルに入り、小さく挨拶した。
エレベーターで上階へ。
告げた部屋番号の扉の前でカードキーを操作し、室内に入る。
そこでようやく私は両の足で立ち上がることができる。
意味はそこまでない。
「ひっろ」
「最近は臨時収入があったので、いい部屋を取りました」
「はーあ、経済を回してくれてありがとうございまーす。ボーナスくれてもいいんですよ?」
「ボーナスは成果によりますよ」
「成果が上がるもんを書いてくだせぇ」
「善処しましょう」
人のベッドに寝っ転がる遠慮のなさ。
なぜか憎みきれないところがあるのは知ってか知らずか。
「んじゃ、俺はここで仕事してますんで」
「ボーナス目指して励んでください」
「へーい」
室内の鍵を刺せる扉。
クローゼットでもバスルームでも机でもなんでもいい。
指して開けば希望の場所につながる。
今回は廃墟の様な場所なので、車椅子は置いていく。
冷たく、錆臭い匂い。
靴音が変わる。
板口君が扉を本来の目的で使えるよう、鍵を抜いてから扉を閉めた。
―――――……
ガラスが割れ、吹き曝しの窓。
ひび割れたコンクリート。
室内に生えた雑草。
外は雨が降っていて中が薄暗く寒い。
予め準備しておいた畳みに上がる。
炬燵の電源を入れ、いそいそと足を入れる。
これのために車椅子を置いてきたと言っても過言ではない。
……背中が寒いので半纏も持ってきても良かったかもしれない。
ポットと急須でお茶を用意。
湯気が温かい。
サングラスが白く濁る。
読みかけの小説に手を伸ばす。
……。
……。
ふむ。
ホラーも面白い。
他にはない感情の動きがありますね。
廃墟という静かな空間で読むとさらに良し。
「あの……」
「おや。これはこれは失礼いたしました」
ロングスカートと丈の長いコート。
首周りのマフラー。
特徴的な口元の
全体的に色味がベージュ系でまとめられていて、所々にある差し色がセンスの良さを感じさせる。
お仕事終わりだろうか。
セミロングの髪が風に揺れ、顔の周りで遊んでいる。
ちらりと見えた耳と頬が寒さのためか少し赤らんでいる。
「ご依頼人の方ですね」
「あっ、はい」
「お名前をお願いいたします」
「
「ありがとうございます。確認しました。どうぞ。あたたかいですよ」
「あ……はい」
靴を脱いで畳に上がり、正面に腰掛けた。
背中が寒いので上着は着たままを推奨した。
お茶をもう一杯入れ、湯呑を手渡す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「迷われませんでしたか?」
「いえ、大丈夫です。こういうところ好きなので」
「おや。何かご趣味ですか?」
「はい。廃墟の写真を撮るのが好きで、良く調べてるんです」
「素敵なご趣味ですね。よろしければ見せていただくことって可能ですか」
「今スマホに入っているものでよろしければ」
「ぜひ」
緊張で強張ってた表情が緩み、いそいそとカバンを漁って
炬燵の暖かさと向こうの好きなこと。
それは心身の緊張をほぐし警戒心を解く有効な手段。
相談事をしていただくうえで、頂ける情報は多い方が良い。
緊張したままでは話してもらえないことも多い。
廃墟と炬燵というアンバランスな組み合わせは、普段とは違うという異質さを出し、逆に日常と違うからこその安心感へと変わることもある。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
サングラスをずらして拝見する。
「……廃墟とは味がありますね。建物だけでもそうですが、天気や風景によっても全く印象が異なりそうです。外から見た廃墟は壮観ですが、廃墟の中から撮ったお写真は別世界にもつながっていそうで」
「そう、そうなんです! 大体の人は『不気味』という一言でくくってしまうのですが、それは一面でしかないんです。侘しさというか。物寂しさというか。そこには一つの物語があって、それは感じ取った人にしかわからない。それは普段の生活ではなかなか感じ取れない新鮮さもあって――」
熱心に話される山羊様。
普段はご趣味の話はあまりしないのか、それとも毎回のことなのか。
緊張は廃れて消えたように見える。
彼女の熱が治まって上着を脱ぎ始めたのは、約三十分後ことだった。
「すみません……」
「いえいえ、大変興味深いお話でしたよ」
顔をパタパタと仰ぎ、必死に熱さましをしている。
本当に面白い話だったのだが、気休めに放っていないのだろうか。
そして彼女は、肩下まである髪を一つに結いまとめる。
体の熱を冷ますためだろうが、風邪をひかないようにと新しい温かいお茶を注ぐ。
「では、本題と行きましょうか」
「はい」
「先に頂いたご相談内容は、『恋人の身辺を調べてほしい。そしてどのように行動していけばいいか相談に乗ってほしい』、ということですね」
「そうです」
「まずはお相手のことについてお聞きしてもよろしいですか?」
「はい」
お相手の名前は『
山羊様がよく行くバーの常連客。
写真を見せてもらったが、好青年ではないが優しそうな男性。
ご友人には『弱そう』『無害そう』と言われたとのことだが、包み隠さず言えば私もそう思った。
たまたまカウンター席で隣同士になり、話も弾んだことから恋仲に。
相手の年齢は四十代中盤。
山羊様も四十代を目前にしており、結婚を意識しているという。
「お相手の
「いえ……。あまりそういう話はしてくれません。話を振っても軽く流されてしまって……。拒否されたら怖いので、あんまり強くも言えません」
「そうでしたか。お付き合いされてどれくらいですか?」
「満二年です」
「一緒に住んだことは?」
「ありません」
「お互いの家にお泊りされたことは?」
「それは何度も、お互いに有ります」
「では、ご実家へ行かれたことは?」
「お互い遠方なので……私は結婚についての話が出たらと思っています」
「そうでしたか」
ふむ。
思わせぶりな言動とも思わなくはないですが、そう判断するのは早計でしょう。
思わせぶりではないとしたら、考えてはいるけれど随分慎重になっているのか。
一。前向きに考えているがタイミングを見計らっている。
二。借金や不貞などの結婚できない理由がある。
三。結婚を意識させてキープしている。
考えられるのはこのどれかでしょうか。
山羊様は『身辺調査』を依頼されている。
これだけならば私ではなく探偵に頼んだ方が良いだろう。
私の方が安価かも知れないが、本気ならばある程度実績のある人を選ぶ方がと思う。
けれど私を選んだ。
それは単純にお金を駆けたくないからなのか。
山羊様がすでに『何かよからぬ理由』があるとわかっている、もしくはわかりやすい言動があるからか。
もしくは――『身辺調査』ではなく、そのあとの『相談』に重きを置いているからなのか
「……では、ここからのお話は調査が終わってからになります」
「はい」
「岡平様の身辺に不安な面がなかった場合。山羊様は結婚を希望されるということでよろしいですか?」
「……はい」
目を伏せ。
身を強張らせ。
間を開けて。
小さく答えた。
本当にこの方は結婚を望んでいるのだろうか。
――――― ❀ ―――――
【調査票】
名前:
職業: 社会人
依頼主: ♦♦ 様
調査内容:
♦♦様の関係者様。
仕事は営業、外回りが中心。
クライアントからの評判は良い。
同僚からも悪い印象はあまり聞かれなかった。
女性関係は特に怪しい要素はなく、金遣いが荒いということもなさそう。
家は1LDKの部屋。
同居人がいそうな雰囲気はなし。
仕事後は真っ直ぐ家に帰るか、♦♦様と会っている。
「仕事はめちゃくちゃ真面目。たまに大なり小なりミスがあるが、人間だれしもそんなものだろう」
「抱え込みやすい」
「酒が好きらしい。飲み会にはほとんど来ない。一人で飲みたいのだと」
「恋愛は苦手と言っていた。不器用で」
「子どもは好きだと言っていた」
「人生設計はしっかりしている。ガチガチではない」
――――― ❀ ―――――
―― 二週間後。
再度同じ廃墟。
そしてどんよりとした天気の中。
畳をひいて、炬燵を用意して、お茶とミカンを置いて。
野良猫は残念ながらいませんが。
雨よりは冷えてはいないけれど手を擦りたくなる空気の中。
山羊様と炬燵の中で膝を向き合わせている。
「こちらが調査結果になります」
「ありがとうございます」
今日も仕事終わりなのか、
けれど今日は
髪は
女性は服と髪型で印象が大きく変わると言うが、山羊様も例にもれず色々な雰囲気をお持ちのようだ。
カバンの中から眼鏡を取り出した。
紫色の透かし模様が入った縁の眼鏡をかけ、真剣に資料を読まれている。
「……よかった。怪しい人じゃなかったんですね」
「はい。清廉潔白に限りなく近いお人と思われます。ただご家庭に入ってからでしかわからないお人もいると思いますので、あくまで参考にしてください」
「そうですね。人は見かけによらない、ということもありますし。まずは同棲から提案してみようかしら」
「それもよろしいかと思います。一緒に住んでみると、結婚後のイメージも湧きやすいと言います。けれどそのままなあなあになってしまって、結婚を先延ばしにしてしまうこともあると聞きます。なので、期限を決められてはいかがでしょう」
「そうですね……同棲が受け入れてもらえたら、少なくとも一緒に住む場所の更新時期のたびに確認、とか」
「よろしいかと思います。生活リズムの違いがあるのか。生活態度はどうか。家事についての協力、許容について。体調を崩した時。ご実家との関係性など。色々とわかることもあるかと思います」
「はい。彼のことが知れて、気持ちがより前向きになりました。同棲を断られたらと不安にもなりますが、でも、何か行動に移さないと今のまま変われないし。……私、実は婚約破棄されたことがあるんです。だから怖いけど……けど、それでも私は前に進みたい。けれど彼が進まないなら……それぞれの道も考えないと……」
ぱっと明るくなったと思ったら、どんよりとした影が射した。
一緒にいたいと思う人と、必ずしも歩めるわけではない。
意見が合わないならば話し合うしかない。
話し合ってお互いに納得する結論がつくなら良し。
話し合えないならば。
話し合って結論が納得しあえないならば。
我慢するか、別に生きるしかない。
人は一人では生きていけないとしても、片方に頼り切っても生きてはいけない。
その人らしさが死んでしまう。
自分の幸せ、自分らしさを考えるのならば、切ることも必要。
「ありがとうございます。頑張ってみようと思います」
「あまり意気込みしすぎずに。疲れてしまいますからね。気持ちに余裕があった方が考えも増えます」
「そ、う、ですね。うん。気楽に。気楽に」
「その意気です。もし息抜きがしたければ、この廃墟などいかがでしょう」
「……! すごく素敵なところ! どこですか!?」
「少し遠いのですが、あまり知られていない場所の様です。その写真は差し上げます。住所は――」
私が読み上げる住所を、写真の裏に書き込んだ。
これで、好転しても暗転しても、ここに山羊様が訪れる可能性ができた。
連絡を取らずとも状況を確認することができる。
そうしてから連絡をとることとしましょう。
……今回は小説のネタにはならなそうですね。
――そして、一週間後。