ノン・フィクション ―嘘だと気付かなければ幸せな虚像の物語―   作:彩白 莱灯

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【モノクロドクロ】

 幸せそうには見えない婚姻だった。

 

 梟は自分が全てで全ては自分のためにある。

 自分は最大級であり、最上位であり、最高級であると知っていた。

 自分だけが知っていた。

 だから誰も寄り付かなかった。

 こんなに素晴らしい自分に、なぜ誰も寄り付かない?

 良くないところも悪い所も駄目なところもないはずの自分の周りに、なぜ誰も

 寄り付かない?

 

 梟は自分を見つめ、結論を出した。

 

 周りが劣りすぎて、自分の素晴らしさに気付いていないからだ!

 理解していないから「すごーい」としか思えないのだ。

 理解しているならば「すっごーい!」になるはずだ。

 

 それから梟は努力した。

 

 自分の素晴らしさを伝えた。

 自分の優秀さを伝えた。

 自分の価値を伝えた。

 わかりやすいように、周りの低さを引き合いに出した。

 

 周りは梟から離れて行った。

 けれど、一人だけ寄ってきた。

 白と黒の模様の牛だった。

 

 

「貴方はとても素晴らしい人。わたくしなんて足元にも及ばないが、貴方を輝かせる存在にはなれる。どうか。どうか、わたくしを御傍においてください。特別でもなんでもないわたくしですけれど、貴方の言うことに従います。反抗しません。すべてを受け入れます。どうか、わたくしをお飾りの妻にしてください」

 

 

 梟は牛を受け入れた。

 自分を貴いものとして、自分を賤しいとする牛が気に入ったからだ。

 婚姻関係を結んだ。

 だがそれだけだった。

 形だけの夫婦。

 お互いが了承した形で、それぞれがそれぞれを生きた。

 

 不干渉で、上下関係で、持ちつ持たれつで、win-winで、相互関係。

 お互いがお互いを必要とする、歪な関係。

 それにひびが入ったのは、梟に異常が起きたから。

 

 

 干渉が度を越してきたのだ。

 

 

「あれをしろ」「これをしろ」

 ある程度は受け入れていたが、次第に受け入れなくなっていくほど、干渉が増えていった。

 怠惰な牛には苦痛でしかなかった。

 怠惰でいれないことが苦痛だった。

 傲慢に当たられることはよくても、強いられることが死にたくなるほど嫌だった。

 死ぬというのもめんどくさがったのは、言われるがままに行動した、牛に残った最後の怠惰だった。

 

 牛は逃げ出した。

 自分の願いを叶えてくれたのだからと真っ当に交渉したが、一蹴されたから。

 自分が自分であるために。

 自分が怠惰であるために。

 怠惰でいるために、現状維持という怠惰を捨てた。

 

 長くはなかった。

 零から始めるほど、怠惰は勤勉ではなかったから。

 食べ物があって、安全に眠れて、水浴びができればいい。

 そして向かったのが、梟の屋敷だった。

 もちろんのことながら、梟は家のことなんてしない。

 だから庭は森の様に生い茂り、古びた洋館には誰かが済んでいるとは思えない程に廃れていた。

 

 牛は気になった。

「どうやって生活しているのだろう」

 夜にはわかった。

 生き物が寝ているうちに。

 人目がないうちに、ことを済ませているのだと。

 食事を兼ねて。

 ストレスの発散も兼ねて。

 みすぼらしい自分を見られないように。

 怠惰の眷属は、プライドの高い傲慢の眷属らしいと感心した。

 

 数十カ月が経った頃。

 牛は異変に気が付いた。

 

 灯りを付けず。

 カーテンを閉め切り。

 家の中で閉じこもり。

 外に出ることも少なくなった。

 館はみるみる不気味になり、古びた洋館どころか廃墟とも言えそうなほど。

 

 三日。

 十日。

 十四日。

 二十二日。

 二十七日。

 三十一日。

 梟の姿を見無くなった。

 牛は考えた。

 

「梟がいなければ、この家はわたくしが自由に使える」

 

 妻なのだから当然だ。

 そうだ。

 そうだ。

 しんでてほしい。

 どうだろう。

 しんでいるだろうか。

 ここで待っていてはわからない。

 自分が動かないとわからない。

 ……このまま動かないのが怠惰だろう。

 けれど、動いたうえで怠惰の質を上げるのも、それはそれでよいのではないか。

 

 牛は立ち上がった。

 腰から生えた根っこを引き千切った。

 地面に宿るほど怠惰を全うしていたが、それは一時休止だ。

 よりよい怠惰のため、牛は自分の家に忍び込んだ。

 

 玄関。

 広間。

 食堂。

 自室。

 風呂場。

 庭。

 物置。

 

 ……いなかった。

 

 牛は立ち竦んだ。

 梟はどこかに行った?

 じゃあ、ここは今、無人?

 誰もいない?

 自分以外……だれも……。

 

 

「……じゃあ……」

 

 

 怠惰な牛は、何もせずに自由になった。

 

 

「やった……やった! やった! やった! やったあああ!」

 

 

 掠れた声で叫んだ。

 しばらく使っていなかった喉周りが震え、痛む。

 痛みを感じながら、悦びは続いた。

 体から溢れた。

 身悶えした。

 諦めていたものが手に入った。

 嬉しい。嬉しい。嬉しい!

 

 

「……おなかすいた」

 

 

 珍しく動き回った牛はエネルギーを使い果たした。

 それならばと、食品がある場所へ向かう。

 腐ったものが多い中、それでも何とか食べれそうなものを選ぶ。

 色が変わっていても。

 匂いがきつくても。

 手前に寄せようとした瞬間に潰れてしまっても。

 なぜかすべてが美味しそうに見えた。

 食べれそうと美味しそうは違うようで、その時ばかりは一緒だった。

 

 貪った。

 手についたものから、眼についたものまですべて。

 すべて。

 なんでも食べた。

 なんでも食べれた。

 苦ではなかった。

 むしろ食べても食べても足りなかった。

 

 ――だから、気付かなかった。

 

 

「貴様、何をしている」

 

 

 吐きはしなかった。

 窒息しかけた。

 牛は振り向けない。

 現実を見れない。

『見つからない』からと言って『いない』わけではない。

 その時はたまたま。

 本当にたまたま。

 三十一日ぶりに外出していただけだった。

 

 牛は息を潜める。

 猛禽に見つめられながら。

 見つかればもう、逃げられない。

 せめて。

 せめて。

 痛くないように。

 苦しくないように。

 そう願っていたら、口の中のものを垂れ流した。

 

 

「何をしているのか、と聞いている。答えろメイド」

 

 

 ……。

 ……メイド。

 メイド?

 

 口の中に残った残りかすを飲み込んだ。

 口の中はカラカラだった。

 

 

「腹が減った。なにかよこせ」

 

 

 梟は牛の後ろ姿を見ながら言った。

 言って、立ち去った。

 影と威圧感が消えたことで、牛はようやく、梟がいたところを視界に入れた。

 

 梟は牛だとわからなかった。

 夫は妻だとわからなかった。

 知人は知人だと思っていなかった。

 全くの新しい生き物だと判断した。

 今までの関係は、亡くなった。

 

 

「……妻では、なくなった」

 

 

 ポツリと呟いた。

 妻でないのは嬉しい。

 メイドという、雇用関係だが他人でいられる。

 この状況だ。

 仕事をせずにいてもバレないかもしれない。

 でも、今みたいに見られていては、やらないわけにはいかないか。

 

 遠くから声がする。

「飯をよこせ」と叫んでいる。

 牛は立ち上がった。

 汚れた衣類を見て、見ないふりをした。

 

 

「ころしてしまっても、バレないかな」

 

 

 思っても、やる気はなかった。

 

 

「――少々お待ちください」

 

 

 だれかやってくれないかな。

 

 

 怠惰は考えることを放棄した。

 

 

 

 

 

――――― ❀ ―――――

 

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