ノン・フィクション ―嘘だと気付かなければ幸せな虚像の物語―   作:彩白 莱灯

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【ざる】

 飽いていた。

 この世界に飽いていた。

 なにかないかと探し回ること数百年。

 なにもないから当てなく歩く。

 

 擦り切れて読むのに苦労する掌の本が、とうとう割れてしまった。

 読めないことは無い。

 けれど、読むのに支障が出る。

 読むのなからばその世界に入り込みたい。

 いちいち現実に戻るのは嫌だった。

 本を埋めた。

「今までありがとう」と感謝を込めながら。

 

 

 三匹の猿がいた。

 二匹は泣き叫び、一匹は息が絶えかけていた。

 

 どうしたのかと問う。

「助けてくれ」と答えない。

 察するしかない。

 ……死にかけているやつを助けて欲しいということしかわからない。

 

 なぜ死にかけた?

 事故?

 転んだか?

 木から落ちたか?

 岩にぶつかったか?

 川から流れてきたか?

 わからない。

 

 狙われた?

 ならばここも危ないのでは?

 隠れるものは無い。

 気配もない。

 ならば違うか?

 わからない。

 

 自分で死のうとした?

 なのに助けるのか?

 わからない。

 

 わからない。

 

 

 当人に聞けばわかるだろう。

 

 

 条件を出した。

「願いを叶えよう」

 猿は喜んだ。

 猿は踊った。

「だが」

 猿は止まった。

「対価を貰う」

 猿は頷いた。

 

 

 異能を与える。龍のために使え。

 

 

 一匹には【制限:聴力】の代わりに【能力:無の声】を与えた。

 一匹には【制限:本音】の代わりに【能力:代弁】を与えた。

 そして一匹には【契約】として龍の命と繋がった。

 死にかけの猿は死ななかった。

 

 

 死んでいない一匹の猿は、一向に治らない傷と戦っている。

 龍には治す力は無い。

 生きていればいつか治るかもしれない。

 そう信じた二匹はガラスに隔たれた先の一匹を慈愛の目で見つめる。

 龍はその二匹を、ただじっと見つめた。

 

 

 龍は死にかけの一匹と二人きり。

 提案をした。

 

 

「寝たきりも暇だろう。傷を抱えたままでは辛いだろう。助けてやろう」

 

 

 死にかけの一匹に【制限:自視界】を強いた龍は、【能力:他視界】を与えた。

 死にかけの一匹に【制限:自由】を強いた龍は、【能力:異界の鍵】を与えた。

 

 鍵を手にした龍は言う。

 

 

「その重症が治るその日まで、私がお前に様々な景色を見せてやろう。飽きなければ、苦痛の日常も彩られることだろう」

 

 

 龍は扉に鍵を挿し、回した。

 扉の向こうは、この世界に存在しないはずの『人間』がいた。

 

 龍は一人、呟いた。

 

 

「この世界ではどんな物語(世界)が広がっているのだろうか。まさか、足を踏み入れることが出来ようとは」

 

 

 死にかけの猿に、感謝を。

 願わくば、このまま死にかけのまま生きてほしい。

動けない理由(大怪我)』がないと、死にたくなるだけだから。

 

 

 

 

 

―――――……

 

 

 

 

 

「『生きてほしい』というのは他人が押し付ける感情です。当人がどう思っているかを見て見ぬふりして、自分がそうして欲しいからと身勝手に主張しているのです。当人が辛くても、果たしてそう言える人は相手のことを本当に思っているのでしょうか。生きていればいいことがあると言うのなら、何を根拠に言うのでしょうか。今現在、一人は苦しんでいるかもしれないというのに。ああ。死ねないとはなんと不憫なことか」

 

 

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