ノン・フィクション ―嘘だと気付かなければ幸せな虚像の物語―   作:彩白 莱灯

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【依頼票】

 名前: 狐塚(こづか) 吉宗(よしむね)

 職業: 訪問ヘルパー

 相談内容:


 寝たきりの妻が元気になるまで死んでほしくない。
 龍を探してほしい。
 それが見つかれば、元気になるかもしれないんだ。 



【コメント】

 龍という文字に興味を惹かれる。
 確かに龍は「半永久的に死なないように」というのはできるが、死なないわけではない。
 どうしてそうなったのか。
 ネタになるかどうかは置いておいて、確認する必要がある。



人間編① 狐と鳥

「龍を捕らえてほしいんだ!」

「はい?」

 

 

 とある世界のとある国。

 とあるお店のとある席。

 なぜか目の前の御仁の周りは湿度が高いなあと頭の片隅で考えていたら、唾液を飛ばしながら言ってきた。

 全身から匂う脂汗。

 顔の輪郭がぼやける髭。

 エネルギーの消費に困っていそうな体格。

 その割に寒波が起きかけている頭。

 おそらくはそれなりの年齢だと思われる。

 最初の雑談では「自分がいかに優秀で、多方面に人気者で、何でもこなせてしまってつまらない」という話してきた。

 その男が喉から手が出るほど手に入れたいものがあるという。

 それが『龍』と言うのだから、驚きと笑いが同時に襲ってくる。

 

 

「理由をお聞きしても?」

「俺には愛している人がいるんだ」

 

 

 これは熱烈な。

 

 

「恋人様ですか?」

「妻だ」

「これは失礼。どうぞお続けください」

 

 

 今回の依頼人、狐塚(こづか) 吉宗(よしむね)様曰く。

 

 最近のこの世界では、龍という存在が流行っているわけではない(・・・・)

 トカゲという生き物が尻尾を切られても再生するという性質を持っている。

 それは失くしたものを取り戻す、欠損すらも治すという自己治癒力の象徴であると言われている。

 狐塚様の『愛する人』が、まさにその力を欲しているという。

 ただ、トカゲでは効果がなかったと。

 

 

「摂取したのですか?」

「ああ。溶かしたり刻んだり、様々な方法を試したが……」

 

 

 それでだめなら諦めては。

 とはさすがに言えなかった。

 どんな無茶ぶりな相談事であれ、依頼者であることは変わりない。

 依頼者があってこその私、小説家(ライター)

 依頼者の機嫌を損なったり、依頼を取り消されるようなことをするのは論外だ。

 

 

「奥様の状態についてお聞かせください」

「寝たきりだ。もう俺の声も届かない」

 

 

 視線を落とし、悲し気に、かつ悔し気な顔で拳を握る。

 本当に愛しているのでしょうか。

 愛と言う物を実感したことのない私には何とも言えませんが……そうですね。

 私が愛してやまない小説が手元にあるのに読むことができない。

 目の前にあるのにしたいことができない、というのは確かにつらい。

 それがどれだけの時間をかけたのかはわからないが、一時間でも十年でも千年でも、終わりが見えていなければ不安が大きくなるばかり。

 何でも試したくなるのも当然か。

 

 

「トカゲの上位である龍ならば効くかもしれない」

「何でも試したい、と」

「そうだ」

 

 

 無理だろう。

 そう言い切ってしまうのは簡単だ。

 けれど、そこまで無粋ではない。

 

 

「……ご依頼については保留とさせてください」

「なんだと!?」

「ひとまずは『龍』いんついて調べさせていただきたく」

「調べてどうするというのだ!」

「例えばの話」

 

 

 髪の毛を一本毟る。

 つまんだ一本を、狐塚様と私の間に提示する。

 

 

「これが龍の体の一部です」

「は?」

「そうなりますでしょう? 本当の情報を知っていないと、これが本物か偽物かの判断すらもできないのですよ」

「あ、ああ……」

「ですので、私はまずは情報収集を。それ次第で、依頼について検討させていただきます」

「っ……なるべく、早くだぞ……! あ、それと実は金はそこまで余裕がないんだが……」

「……それも、今後ご相談いたしましょう。」

 

 

 ()の毛をはらりと落とした。

 正直、この世界のお金は私にとって大事なものだ。

 この世界の小説はまだまだ読み切っていない。

 近年はらいとのべる(・・・・・・)というジャンルが賑わっていて、読むのが追い付かない。

 幸せな悩みだ。

 

 一か月後、依頼を正式に承った。

 

『龍』とは。

 

 伝説上の生き物であり、幻獣、霊獣である。

 今私のいる世界で言う西洋では『ドラゴン』とも呼ぶ。

 龍、または竜については国ごとで様々な云われがある。

 けれど共通点として挙げられるのが、トカゲや蛇と似た形で、かつ水に関する生き物であるということ。

 

 どこにも治癒について書いていないという点についてはどうするかと考えた結果。

 触れないことにした。

 ()が言うのだから間違いないのだが、()に治す力はない。

 治す力はないが、死なないようにすることはできる。

 猿のミナのように死なずに苦しむことになる。

 狐塚様のような人間の寿命は長くて百年。

 百年と言えば()としては赤子の首が据わる程度の年月。

 取るに足らない年月を、弱小の人間と言う種族は大事にしている。

 馬鹿馬鹿しくて、愛おしい。

 瞬き程度の時間を生きる人間が生涯の何割かの時間を物語だからこそ、私は人間の書く小説に心惹かれたのかもしれない。

 人間が生きるよりも短い時間の年月が語られ、人間が生きる時間よりも長くこの世に存在する小説。

 生き急ぎ、生き狂い、生き勤しんでいる。

 素晴らしいものだ。

 

 ……っと、話題がそれてしまいました。

 つまりは、気まぐれで依頼を受けたのです。

 どんな生き狂い様を見せてくださるのか、気になったから。

 依頼を引き受けた私はその日の真夜中、大荷物を抱えて狐塚様の『愛する人』を確認に行きました。

 

 とある病院の、とある個室。

 VIPなのでしょうか、ワンルーム以上に広く、この部屋で生活が完了する作り。

 装飾された壁。

 シャンデリアとはいかないが豪華な照明器具。

 一人分にしては広すぎるベッド。

 底に横たわる、管に繋がれたご婦人。

 人工呼吸器、点滴、尿道バルーン、心電図、採血用の管。

 体から伸びる管の総力に負けそうな細い体。

 

 

「なるほど。これが『スパゲッティ症候群』ですね」

 

 

 とある小説で読んだことがある。

 延命措置。

 賛否両論ある治療だ。

 本人の意思はほとんどないにもかかわらず、機械や様々な手段で患者を生き永らえさせている状況。

 本人が死にたくないと希望するか、家族が死なせたくないと希望した場合、病院がその意思・判断に基づいて実行するものだ。

 逆い言えば、ここまでしないと生きていけない患者だということ。

 機械に頼る、薬に頼ることは悪いことではない。

 必要なことなのだから、それ以上でも以下でもない。

 まして、医者は『生かす仕事』だ。

 結局死んでしまうとしても、その死に方に満足してもらうこともまた『生かす仕事』と言えるだろう。

 そして、ここで問題に上がるのが目の前の『スパゲッティ症候群』だ。

 本人の意思があってこの状態ならば辛いものだ。

 自力での活動は全くと言っていいほどできない。

 回復の見込みがあるならまだしも、ここまで頼り切っているのに元の状態まで戻るのかと言うところ。

 人間は日に日に弱まって、老いていく。

 車椅子に座った人間は足を使わなくなるから、下肢の筋力はどんどん落ちていく。

 人工呼吸器で口が塞がれているから、声を出すことはできないし、声を出す筋肉も衰えている。

 スポーツ選手でも一日練習しなければ感覚を取り戻すのに三日はかかると言われている。

 年老いて、成長ではなく生命維持にエネルギーを割く人間が、どれだけの時間機械に頼っているのか知らないが。

 この状態で生き続けて、果たして何になると言うのか。

 人間という物はよくわからない。

 

 人間という枠組みは置いておいて。

 今回の依頼の中での、大きな疑問点。

 狐塚様は実年齢三十代という。

 妻であるこのご婦人。

 ――(よわい)八十代という。

 種族を超えた愛よりも簡単だろうが、これは裏がありそうで、面白い。

 

 

 

 

 

――――― ❀ ―――――

 

 

 

 

 機械の音だけが規則正しく、また寂しく響く中。

 担いできた荷物を優しく下ろす。

 ファスナーを開けると、中身がぴょこんと飛び出してきた。

 

 

「静かに」

「はい!」

 

 

 耳当てのフキは大きい返事をして両手で口を塞ぐ。

 言っていることは口の動きでわかっているのに、微妙に理解が遅い。

 チャームポイントにしては致命的過ぎて死活問題にもなりうる。

 片手でフキを抱き上げる。

 狐塚様の『愛する人』に寄り、耳当てを外す。

 

 

「何が聞こえますか?」

 

 

 覗き込めば、いつも貼り付けているような笑顔がさっぱりと消え去り。

 能面のような顔で、目頭と目尻が裂けそうなほどに見開かれている。

 脱力した体に、微かに動く眼球。

 奮えるように口が動く。

 

 

「「もういや」」

 

 

 お喋りで声が大きくなりがちなフキの、蚊の鳴く声が耳に届いた。

 フキの呟きは、『愛する人』の代弁。

 生かされている人間の、生の声。

 

 

「聞こえていますか」

 

 

 声をかけてみた。

 見た目には反応はもちろんなく。

 けれど、見ている人物とは別の方向から返事が来た。

 

 

「「はい」」

「貴方の御名前は?」

「「狐塚美鳥(みどり)と申します」」

「そうですか。美鳥様。この度は私から一つ、ご提案に参りました」

「「なんでしょう? この体です。わたしにできることは少ないのですが」」

「いえいえ。大したことではございません。ただご確認させていただければと思いまして」

「「確認、ですか?」」

「はい」

 

 

 何もつながれていない耳に、口を寄せる。

 

 

「お悩みやご相談ごと、なんでも承りますよ」

 

 

 

 

 

――――― ❀ ―――――

 

 

 

 

 

「こちらがご依頼の品となります」

「おお!!! 本当に……本当に『龍の鱗』なのか!?」

「はい。間違いなく」

 

 

 証明の品などないけれど。

『龍』と言う伝説の生き物の証明なんぞあっても無駄だと思い、そういう条件で品物を差し出した。

 当初の『龍の尻尾』でないのはより低リスクのほうが、手に入れる成功率があがるだろうという条件を出したから。

 なぜこんなにも信じられるのか。

 信じる理由も信じられない理由もあげるのなんて簡単なのに。

 考えることを放棄しているのか。

 そうならばなんて愚かな。

 まあ、そんなことはどうでもよいけれど。

 

 テーブルの前に提示した木箱と綿に詰められた、正真正銘の()の鱗に蓋をする。

 なぜ、と驚愕の表情を浮かべる狐塚様。

 口元に指を当てて、にこりと微笑む。

 

 

「差し上げる前に、最後の確認です」

「な、なんだ」

「こちらの用途について。こちらが溶けるまで煮込み、一滴だけでも『愛する御方』の口に垂らす。それだけですが、決して誰にもばれないようにしてください」

「ああ、わかった」

「そしてもう一つ。治療となる可能性は確定ではないことです。治らないからと言って私への苦情はお受けできませんことを、ゆめゆめお忘れなきようよろしくお願いいたします」

「わかった! わかったから早くしてくれ!」

「最後に大事なことを」

「なんだというのだ!!」

 

 

 体を乗り出し、狐塚様の耳に口を寄せる。

 

 

「私はこれを手に入れるのに、まさしく龍の逆鱗に触れてきました。命を懸けたのです。もしも御約束が破られるようなことがあれば、私は契約違反とみなし、様々な手を使わせていただきますので……よろしくお願いいたします」

 

 

 一つ大きく体を震わせるのを見届け、口角が上がる。

 箱を押さえていた手をずらすと、まるで元から自分のものだったかのように奪い取られる。

 

 

「お大事に」

 

 

 いそいそとカバンにしまう狐塚様を横目に、私は席を立って先にその場を後にした。

 

 数日後。

 美鳥様が亡くなったようだ。

 美鳥(みどり)様が亡くなったことで、私は狐塚様に呼び出された。

 

 

「どういうことだ!」

 

 

 待ち合わせしていた場所からタクシーに乗せられ。

 よくわからない場所で下ろされ。

 用意されていた部屋に押し込まれた。

 予感がしたので目隠しを外した。

 黒い布で厳重に覆われたのは窓だろうか。

 電気を付けないと薄暗くて見えにくい。

 私は一人、椅子に座らされ。

 左右、そして背後には何人かの人間がいる気配がする。

 気配が濃い。

 視界の端には筋肉隆々で屈強な姿が見え隠れする。

 どこぞの経由で雇ったのか。

 少なくとも、狐塚様の知り合いなのだろう。

 体格に違いがありすぎて何の繋がりかとても気になる所。

 内心頭を捻らせていると、眼前で叫ばれた。

 汚ねぇ唾が飛んで来た。

 

 

「なぜ死んだ! 約束が違うぞ!! どう責任を取ってくれるんだ!! 美鳥が死んでしまったら……俺は! 俺はどうやって生きていけばいいと言うんだ!!」

 

 

 胸ぐらを掴まれるも、私より低身長な狐塚様では身を寄せるしかできず。

 顔に張り付く脂汗がくっきりと見えてとても目障りだ。

 眼に涙を浮かべているのが白々しい。

 何度も何度も唾を飛ばされ、息をするのも嫌になる。

 鼻で息を吸えば体臭が。

 口ですれば飛んで来た唾液が。

 ……ああ、もう。

 気持ち悪すぎてイライラする。

 

 だが。

 まだだ。

 先にコイツの過ちを正さねば。

 

 

「約束が違う、なんてことはないとございますが?」

「なにっ」

「私は確かに申し上げました。「治らないからと言って私への苦情はお受けできません」と。治るとも、死なないとも、断言した覚えはございません。つまり、当然のことながらなくなる可能性だってあるのです」

「いや! いやいやいや! 違う! お前が渡した『龍の鱗』は偽物だったんだ!」

 

 

 はあ?

 

 

「お前、本当の『龍の鱗』を持っているんだろう? 偽物でも多少の効果はあった。本物ならもっとすごいはずだ。長く長く生きられるはずだ。だから猫糞(ねこばば)しようとしたんだ。俺みたいな可哀想な奴に売りつけるつもりだったんだろう? けど俺は金を持っていないと言ったから、偽物を売りつけて……金持ちに本物をもっと高く売ろうとしてんだろ? 許さねえ。依頼者の俺に偽物を掴ませやがって……」

 

 

 随分と見当違いなことを言っている。

 見当違い過ぎて面白くなってきた。

 ここからの展開を読むのはそう難しくはないが……まあいい。

 やりたいようにやらせてみよう。

 

 

「今すぐ本物を出せ。そしたら半殺しで澄ましてやる」

「……ない、と言ったら?」

「しらばっくれんじゃねぇ! こいつら裏の奴らに売る! それだけだ! 満足したらさっさと出しやがれ!」

「……はぁ」

 

 

 溜息すらももったいなくなるほど、この場にいる時間が無駄。

 本物の鱗を偽物と言っているのに、今本物を出したとしても信じられるのでしょうか。

 それはそれで滑稽。

 極限状態になれば素直になるとでも?

 後ろの人たちも、ただブツだけを出されて信じるのでしょうか? 

 そうだとしたらなんて愚かな。

 持っていないけれど、もし偽物を出したらどういう反応をするのでしょうか。

 気にはなる。

 試す用意がないのが残念だ。

 

 

「内ポケットに」

 

 

 ポツリと言えば、乱暴にスーツの上着をまさぐってくる。

 ああ、不快だ。

 すぐに目の前の腕を噛み千切ってやりたい。

 

 

「……! これか!?」

 

 

 スエード調の小箱が取り出された。

 狐塚様は手荒に蓋を開ける。

 

 

「う、お……なんだ、こりゃあ……」

 

 

 姿を現したのは。

 灯りのない部屋の中でらんらんと多彩な輝きを放つ、三日月状の半透明のもの。

 それもまさしく、龍の一部だ。

 後ろにいたはずの人間たちも、輝きに目を奪われている。

 今なら反撃に出れる。

 拘束もされていないし、注意も疎かだ。

 なんて無様。

 これならいつでもやれる。

 そうおもうと、今やるのは少々めんどうになって何もしなかった。

 それをどう受け取ったのか。

 狐塚様は高笑いを響かせた。

 

 

「は、はは……ははははははは!! やっぱりそうだ! これが本物だ! あれは偽物だったんだな!! これだ……これを買ってくれ! 俺の満足のいく値段でなければ別の所に売るぞ!!」

「ボ、ボスに連絡するんだ!」

 

 

 諦めたように見えたのだろうか。

 それを本物と信じているようだ。

 他の輩も輝きに魅了されたのだろう。

 上の人間に慌てて連絡を取る。

 必死に伸ばした手で高く掲げられた龍の一部は輩たちの顔を所々照らす。

 ああ、なんて汚い。

 悠々と足を組み、狼狽え、笑い声や驚嘆の台詞をあげ続ける人間どもを観察する。

 本物を知らないくせに本物と信じ。

 たかが噂や妄想を信じて疑わず。

 偽物を渡してきた存在から奪ったものを『本物』だと決めつける。

 ……もしやこれが、短命な人間の人生の楽しみ方だろうか?

 短い人生をどう楽しむかと言うことだろうか。

 …………んなわけないか。

 

 

「よおよおどうしたよ。静かだな。本物を奪われたってのに」

 

 

 いつの間にか思考に没頭していたようで、眼前の汚い存在に気付かなかった。

 私を見下げる顔に苛立ちつつも、まだ私は冷静でいられている。

 

 

「果たしていくらの値がつくのだろうかと思いまして」

「なぁに、てめーもきになっちゃう!? やっぱテメーも売ろうとしてたのか!? ざぁんねんだったなぁ! お前にはなんもねぇよ!!」

 

 

 椅子の座面を蹴られる。

 縛られてはいないので倒れることもなくただ立ちあがった。

 

 

「そこで見てな」

「あんた。十億でどうだ?」

「は? 本気で言ってんの? 話にならねぇ。別に行くわ」

「ま、待て! …………十だ。十億でどうだ」

「あー……そんだけあれば一生いけるか? いや、確実じゃねえからな。まだ足りねぇ」

「っ、少し待て」

 

 

 ほう。

 狐塚様は人生のお金が欲しいのでしょうか。

 まだお若そうなのに、もうすでにドロップアウトと言うことでしょか?

 ……他人が楽をするために使われるのは、根も葉もない噂をたてられるよりも――

 

 

「不快だ」

「百億でどうだ!!」

 

 

 私の呟きは、部屋の輩の一番上らしき人間の声にかき消された。

 

 

「よし、いいだろ!! これで俺は一生豪遊だ! 周りの奴らがうらやむ生活を手に入れるぞ! さっさと金持ってこいや!!」

「おい」

 

 

 輩の下っ端らしき奴が、スーツケースを持ってきた。

 床に引いて開けばこの世界の通貨。

 しかし私の知識では百億にしては少ない。

 

 

「ここに十億」

「は?」

「百億も現金で渡して、持って帰れないだろ。ほら」

「……ああ、web口座」

「俺たちの独自のものだ。残りの金はお前の口座に今振り込んだ」

 

 

 長方形の板に映し出された何かに触れる。

 映像だろうか、なんだろうか。

 切り替わったものを見て、狐塚様の目を弧を描き、唇を舐めた。

 鼻唄でも歌い出しそうに体を跳ねさせながら、スーツケースを閉じる。

 男に小箱を突き出した。

 

 

「まいど」

 

 

 まるで自分のものの様に扱われる、()の一部。

 そろそろ苛立ちがピークになってきた。

 足元に転がっていた椅子を踏み砕く。

 破片が飛び散り、そこら辺の輩にぶつかったのか痛みを訴えた。

 それよりも。

 突然の破壊音に驚いたのだろう。

 値段の交渉をしていた狐塚様も。

 電話に夢中な輩も。

 一斉に私の方を見た。

 

 

「下賤な人間ども。よくも()の一部をもてあそび、よくも()にその愚かな姿を晒してくれたな」

 

 

 俺の一番近くにいた人間の頭が飛んだ。

 

 

「実に愉快で、また不快であった。その勝手な振る舞いには腸が煮えくり返ってしまった。鎮めるために今度は貴様たちの一部を使わせてもらう」

 

 

 狐塚様以外の輩が、懐や腰からさまざまな武器を取り出す。

 動きと音で状況を追った狐塚様は、金の入ったスーツケースを抱き抱えて身を縮めた。

 

 

「てめーにゃ用はねぇんだよ。大人しくしてりゃあ半殺しで済んだぜ」

 

 

 一人が言う。

 狐塚様に一番近く、俺からは一番遠い輩の頭。

 なんてつまらない脅し文句。

 やはり、小説を書く人間ではない。

 つまり俺の暇を潰す奴ではない。

 つまり、俺には必要がない。

 

 

「……これはネタにもタネにもならないな」

「なにを――」

 

 

 まず一人。

 頭の頭を潰した。

 室内という狭い空間の中。

 スタート地点付近には他の標的がいたにも関わらず、そいつを狙って跳躍した。

 急いで武器の標準を切り替える下っ端どもに飽きれながら、メインディッシュの表情を見てみる。

 

 

「ひ、あ……」

 

 

 随分と情けない顔だった。

『愛する人』だという美鳥様には私欲のために犠牲を強いてきたというのに、自らが危険になっては戦おうともしない。

 人間とは弱い生き物というのは知っていた。

 けれど。

 このような状態で尻込みしか付けないとは。

 まだ戦意のある輩たちの方がまだましではないか。

 

 

「狐塚様は一番最後です」

「!」

 

 

 腰を抜かした狐塚様、数日前にしたように、耳元に口を近づけ囁く。

 

 

「それまでそこで見ていろ。自分がどうなるかを」

 

 

 腕を後ろに振った。

 刃物を振りかざしていた男の首元に手を突き刺した。

 そのまま腕を横に凪いで体は放った。

 

 今度は銃が放たれる。

 肩に当たった。

 

 

「ぐああぁああ!」

 

 

 跳ね返った銃弾が誰かに当たったようだ。

 スーツが焦げてしまった。

 腹立たしい……。

 

 

「なんで効いてねえんだよ!」

「下手くそが!! 貸せ!!」

 

 

 次は連続で撃たれた。

 もうこのスーツは今日で終わりだな。

 ジャケットもスラックスも靴も。

 不規則な焦げ目がついてしまった。

 袖口には血もついているし、撃たれたところですでに処分は決まっていたということか。

 選ぶのが楽しみということにしよう。

 

 

「ぎゃっ」

「あああぁああぁあぁぁぁぁ!!」

 

 

 部屋中から叫び声が聞こえる。

 薄暗い部屋の中で、人間のような蛆虫が蠢いている。

 賑やかで、愉快で、滑稽。

 だが、うるさい。

 

 手ごろな奴の喉を潰した。

 スーツを気にしないでいいとわかったら、思い切りは格段に良くなった。

 切り口も鋭くなったような気がする。

 二人。

 五人。

 七人。

 十三人。

 二十一人。

 

 血と汗と火薬と、尿臭が入り混じった室内。

 何かをこする音だけが聞こえる。

 その方を見れば。

 相変わらスーツケースを抱き抱え、がちがちと歯を鳴らすアンモニア臭のする狐塚様。

 この部屋にいる生きた人間は、狐塚様ただ一人となった。

 

 

「狐塚様」

「ひっ」

 

 

 わざとではないかと思う程、大きく身を振るった。

 その目は私を見つめ続ける。

 恐怖で反らす者もいるが、狐塚様は反らさない。

 反らした瞬間に頭を掴んでやろうかと思ったのだけれど。

 それならば仕方がない。

 にっこりと優しい笑みを浮かべ、片膝をついた。

 跪いた。

 

 

「少々お話よろしいでしょうか?」

「…………へ、は?」

 

 

 くっさ。

 尿を漏らした狐塚様は、それだけではない匂いを発する。

 汗と体臭も交じり、さらには火薬と血。

 ()の鼻は特別悪いというわけではない。

 思わず顔を顰めた。

 狐塚様は再度、一際大きく悲鳴を上げた。

 

 

「ひっ!!」

「ああ、失礼。別件です」

 

 

「は?」と言ったから私が顔を顰めたと思ったのかもしれない。

 そう思って訂正を入れた。

 鼻をパタパタと仰ぎ、再度、頬を緩める。

 

 

「私、確認したと思うのですが」

「な、なにを……ですか」

「『治らないからと言って私への苦情はお受けできません』」

「あ……」

「『もしも御約束が破られるようなことがあれば、私は契約違反とみなし、様々な手を使わせていただきます』」

「ぁ……ぁ……」

 

 

 にっこり、と。

 泣いて怯える表情と。

 誰の生かと問われれば、それは間違いなく、約束を破った方だろう。

 

 まさに身銭を切る思いだったのに。

 自分の体にある鱗を、痛い思いをしながら引きちぎったというのに。

 ああ、痛かったなあ。

 なぜ私がこんなことをと思ったなぁ。

 誰とも知らない不細工な男のために。

 身銭を作らず、他人の銭で息をする男のために。

 私は泣き、怯え、苦痛に耐えながら鱗をとったというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「身の程を知れ。人間」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― ❀ ―――――

 

 

 

 

「戻りました」

「お帰りなさいませ」

 

 

 メイドが食堂で食事をしていた。

 いつも通りの光景に今はもう何の感想もない。

 いつも通りで嬉しいぐらいではある。

 食事を中断して紅茶をいれようとしている辺り、まだ成長したものだ。

 

 一席に腰を掛ける。

 湯気の立った紅茶が差し出された。

 少し飲み、もう少し飲む。

 

 

「こちらのお荷物は?」

「ああ、これは異世界の金。このあとまた持って行ってきます」

「そうなのですか」

 

 

 興味ありげに見つめる。

 透けるものではないので見えるものではないけれど。

 胸元からマネークリップを取り出し、参考がてら『フクザワユキチ』を見せてみる。

 

 

「これ」

「……へえ」

 

 

 適当な返しをして、メイドはまた食事に戻った。

 まあ、この世界では使えないものだけど。

 

 

「あ」

「ん?」

「あの人間」

「美鳥様ですか?」

「お礼を述べていたそうです。フキより」

「こちらにきたのですか?」

「幽体で」

「そうですか。……よかったです」

 

 

 自身のために納めていたものが他人の懐に行き。

 さらには私欲のために生かされているのは、さぞお辛かったでしょう。

 どうぞ、ごゆっくりお休みください。

 

 

 

 

――――― ❀ ―――――

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