私には弟が1人いる。
そいつは私に術式が発現した翌年に産まれた。
私には弟が1人いる。
そいつは私が3年かけて覚えた呪術の基礎を、1年でマスターした。
私には弟が1人いる。
そいつは私が5年かけてマスターした術式の基本を、3年で応用に発展させた。
私には弟が1人いる。
そいつは私が12年かけて磨いた体術を、5年で凌駕した。
道場の畳に伏せてそいつを見上げながら私は、自分がとっくに格下となっていたことを悟った。
2017/12/24 ①
「ーー里。万里!」
聞き馴染みのある声で目が覚める。寝ぼけ眼に入ってきたのは、中々パンチのあるオカマだった。
「んもう。早く起きなさい。」
「……ラルゥ。着いたの?」
「とっくによ。」
そこは空中。万里とラルゥは空を飛ぶ呪霊に乗って、京都の街を眼下に見下ろしていた。
2017年12月24日。
新宿・京都百鬼夜行、侵攻開始。
「さ、万里。仕事しましょ。」
「はいはいっと。」
ラルゥが手を叩いて促すと、万里は乗っている呪霊に対して術式を発動。その背中からいくつものディスプレイとキーボード、そしてマウスとヘッドホンがせり上がってきた。
ディスプレイには、小さな虫や鳥に仕込んだカメラを通して様々な映像が映し出される。ヘッドホンを着けていくばくか、万里が口を開く。
「二級以下は基本二人一組。準一級以上が単独で行動してるね。……あー、コイツが東堂葵か。」
「誰?」
「特級術師のお墨付き貰ってる高専生だよ。コイツにあんまり戦力減らされたくないな。」
「なるほどねえ。本番は夏油ちゃんがお目当てを手に入れてから。と、なると最初は時間稼ぎと戦力維持。」
「彼からはなるべくこっちの戦力を離して、その分を集団戦に強い射程持ちに当てて削ってく感じだね。それでも一級の3〜4体くらいは彼に祓われそうだけど。いっそ特級当てちゃう?」
「悩みどころね。とはいえ問題はそっちよりも、むしろあなたの家族の方。」
万里はラルゥに目を向けたまま何も喋らない。
「………………………………呪いと心中できるんでしょ? 貴方達の術式。」
目線をディスプレイに戻してため息を一つつく。
呪いの大元と融合し、自決することで強制的に解呪する、造化融術最大の秘術。理論上解けぬ呪いの無いそれは、確かに存在する。しかし……
「……ウチの連中がそれをやるとは思えないけどねー。やりそうな人らは造化融術持ってないし。」
「だからって自由にさせるわけにもいかないでしょ。夏油ちゃんの方が上手くいったとして、折本里香を消されたら全て水の泡。……やっぱり私がやりましょうか?」
「いいよいいよ。私がやる。」
そう言うと万里は伸びを一つ大きくしてから、別の呪霊に飛び移って京都の街へ降りていった。
「じゃあ全体の指揮はよろしくね〜。」
手を振る万里を尻目にラルゥは肩を竦めた。
「全く、あの子ったら。」
万里の乗る呪霊は街の一角、テナント募集の垂れ幕が下げられた空きビルを目掛けて一直線に飛んでいく。
先程確認した、呪術師達の配置。目当ての相手は仲間と共に早々に付近の呪霊を片付けたものの、他の場所の増援に向かわず空きビルの屋上で待機していた。
「やる気満々じゃん。」
目視で互いを確認できる距離。そこにいたのは2人の術師。
「本当に来たナ。」
「言ったろ? 俺の勘は当たるんだよ。」
究極メカ丸、そして百地千尋。対する呪詛師側は百地万里1人。だが、状況は単なる2対1ではない。
万里が左手を掲げて合図を出すと、周囲から大小様々な呪霊が集まって来た。
「随分手下を連れてきたようだナ。」
「1人じゃ弟とも顔を合わせられねえらしいぜ。」
軽口を叩きながら2人は戦闘態勢に移る。メカ丸は掌の砲口に呪力を溜め、千尋は右腕を大口径ライフルに変えていく。
「大祓砲ーウルトラキャノンー」
「造化融術『顕』」
2人分の射撃が戦いの火蓋を切って落とした。
「……酷い歓迎のされ方だ。友達と一緒じゃなきゃ姉とも顔を合わせられないの?」
呪霊を盾に屋上までたどり着いた万里は、開口一番そう言った。
「ブーメランが返って来てるゾ千尋。」
「あー、うるせえうるせえ。問答無用だ。」
「おっと、そろそろ射撃はよしてもらいたいね。」
万里の隣に控えていた呪霊の頭が左右に裂ける。粘液で光る舌と歯が見えるその裂け目から、何かが吐き出された。
「……人、なのカ?」
「う、うう……。ここは?」
スーツを着た中肉中背の男。見た限り一般人の彼を見て、千尋もメカ丸もあまり良い予想はできない。
「レッツゴー♪」
万里は男を蹴り飛ばし、その背中を小型の呪霊2体に追わせた。
2人は射撃態勢に入って気付く。男が盾になっている。
「ひ、ひいいい!!」
「戦術に性格出てんだよなあ。」
「言ってる場合カ。刀源解放ーソードオプションー。推力加算ーブーストオンー。」
メカ丸の右腕が変形して刃と爪が現れ、回転し始める。男を飛び越えてその腕を振るった。
「絶技抉剔ーウルトラスピンー。」
肘の推進機で加速した腕が2体の呪霊を一瞬でバラバラにした。その時メカ丸に違和感が走る。
(一般人を盾にしてまで近接戦闘を挑んできたのニ……弱すぎル。)
「メカ丸! 後ろだ!」
振り向けば男の背中から呪霊が生えていた。今まさに噛み砕かんと襲ってきている。
メカ丸は停止させかけた右腕を無理矢理動かして迎撃。呪霊の頭を抉り飛ばした。
振り向いたメカ丸の背後から別の呪霊。風穴が2つ空いた。千尋の射撃だ。
万里は顎に指をあてながら呟く。
「惜しい。」
呪霊を背中から生やした男は既に倒れている。手を当てて調べると、既に息を引き取っていた。
千尋は今、自分の表情に気付いてはいない。
「落ちるとこまで落ちたかよ。」
万里は鼻で笑いながら返した。
「呪い扱ってる時点で充分落ちてんでしょ。」
刹那、呪力の閃光が万里を包んだ。
「悪いが姉弟喧嘩に付き合うつもりは無イ。」
遮ったのはメカ丸。砲口の先では呪霊が万里の盾となって祓われかけていた。万里はため息を一つ吐く。
「お友達も可愛くないねえ。じゃあ本命を出すとしようか。」
そう言って万里が指を鳴らすと、突如轟音と共にビルが崩れ始めた。
「うお!?」
「何ダ!?」
足場を失った千尋とメカ丸が瓦礫と共に落ちていく。千尋はメカ丸の手を取り、義足のギミックを起動した。ふくらはぎの辺りが開き、スラスターが顔を出す。呪力をエンジンにして空中を舞い、瓦礫を躱して安全に着地した。
「すまなイ。助かっタ。」
「なんてことねえよ。しかしコイツはまた厄介そうだな。」
2人の視線の先、轟音の正体がそこにいた。
鋼の肌を持った大蛇。比喩ではない。文字通り全身が鋼鉄でできていた。
「私じゃアンタに勝てない。なら、私は直接ぶつからない。アンタに勝てる性能をぶつければ良い。」
万里は空を飛ぶ呪霊に掴まり、実の弟に目を向けた。
「ウチのボスとの合作。とっておきだよ。」