鳴り響くのは銃声、エンジン音、砲撃音。そして金属と金属がぶつかり合う音。
2人の術師と一体の呪霊が戦う様子を、声の届く範囲で百地万里は見ていた。
「蛇の呪霊を素体に重装甲車2台とガトリング砲3門、ロケットエンジン2基を融合させたモンスターマシン。膂力と呪力量ばっかりが長所の呪霊に防御力と射程が加わった感じだね。」
それは術式の開示。まさにその蛇と戦闘中の2人には、紡がれる言葉を妨げることすらできない。
「基本的に造化融術で生き物を混ぜた場合、その動きは鈍くなる。呪霊でもその法則は当てはまるのか疑問だったけど、試してみたらやっぱり動きは鈍くなってた。そこで試したのがエンジンの融合。負荷よりも出力が勝ればっていう単純な発想だったけど、これがピタリ。重く、固く、速く、その上射程もある。私が直接操れるわけじゃないから複雑な搦手は諦めたけど、適当に暴れさせる分には充分過ぎるでしょ。」
話が終わる頃には、蛇に混ぜ合わされた鋼鉄が、ガトリングが、エンジンが、その機能を大きく跳ね上げていた。大蛇がその尾を振り回すだけで2人は吹き飛ばされる。
千尋とメカ丸は建物を盾に逃げ回るが、蛇は意にも介さず建物を破壊しながら追い詰める。
「ふざけた性能ダ! あのパワーの前じゃ鉄筋コンクリートも板切れ同然だナ!」
「……良い作戦がある。」
「嫌な予感しかしないが聞こウ。」
「囮作戦だ!」
千尋はメカ丸を突き飛ばして逆方向へ走った。
「蛇が追わなかった方があのアマを叩く!」
「千尋オオオオ!!」
シャウトするメカ丸をよそに千尋は万里を見据える。
しかし大蛇が追ってきたのは千尋の方だった。
「おお!? こっち来んのかよ!」
「馬鹿メ! 自業自得ダ!」
メカ丸は悪態をついてから砲撃。取り巻きの呪霊を削れれば充分と放たれたそれは、大蛇の尾によって防がれた。見れば蛇は千尋への追撃もやめて万里の防御に走っていた。
3人の間に割って入るように構えて千尋とメカ丸を順に睨む大蛇を前に、2人は同じ考えに至った。離れた千尋にメカ丸が無線で話しかける。
『千尋。』
『気付いてるよ。……あの蛇、適当に暴れてるわけじゃねえ。なんらかの優先順位を持って動いてる。』
『直接操れるわけじゃないって話を信じるなら、だがナ。』
『術式開示的に嘘ではないだろ。それでなくとも、ブラフにしちゃ割に合ってない。夏油傑の呪霊操術で、予め蛇の動きがプログラミングされてると考えるのが妥当だ。』
『問題はその内容カ。』
『ま、そこは探るしかあるめえよ。』
万里を守る大蛇に対して、2人同時に接近していく。蛇の反応は千尋への迎撃。振り下ろされる尾をバック転で躱す。メカ丸も追撃はかけず、一拍遅らせて後退。蛇の攻撃はメカ丸に移った。これも躱して、今度は2人とも蛇に対して同程度の距離を保つ。今度の攻撃は千尋に。メカ丸が千尋より下がっても攻撃の対象に変化は無い。砲撃の態勢に入ると防御に回るが、メカ丸に対して反撃は無し。千尋に攻撃を続ける。2人は再度無線を繋ぐ。
『……大体わかったな。』
『最優先は呪詛師の護衛。攻撃は基本的に近い方。ただし、同程度の距離なら俺ではなく千尋を狙ってくル。上手いこと動きを誘導したいところだナ。』
『基本は俺が囮になるだろ。火力もお前の方があるしな。一瞬止めるからデカいのカマせ。』
『具体的な動きハ?』
『まずは……』
2017/12/24 ②
万里は大蛇の裏から2人の出方を伺っていた。
最初に動いたのはメカ丸。射撃で蛇の気を引く。千尋は何歩か後退してしゃがみ込み、アスファルトに両手を添えた。
「何しようとしてるか知らないけど、やりたいようにはさせないよ。」
万里の合図で小型の呪霊が千尋に接近していく。しかし、その攻撃が届く前にメカ丸の砲撃で焼き払われた。メカ丸は先程の無線でのやり取りを思い起こす。
◯
『……時間稼ギ?』
『そう長くはねえ。こっちの準備が整ったら無線で合図すっから、適当に離れてデカいのの準備始めろ。したら優先順位通りに突っ込んで来る蛇を“仕込み”に嵌めて、お前がブチかませるだけの隙を作る。』
『どれくらいかかル?』
『……30秒。』
『20秒でやレ。』
『なんで縮めたし。』
『お前は3日で終わる作業を1週間かかると伝えて4日遊ぶプログラマーみたいなタイプダ。』
『やけに具体的だな。……まあ、精々気張らあな。』
◯
(とは言ったものの、中々神経が削られル。)
大蛇の気を引き、攻撃を捌き続け、千尋に手が及べばそれを防ぐ。ただでさえパワーに差があり、一撃が致命傷になり得る。メカ丸には1秒が普段の何十倍にも長く感じられた。
(……8......9......ようやく10秒カ。)
牙が、尾が、弾丸が、繰り返し襲いかかってくる。
(……11……12。)
再び別の呪霊が千尋に攻撃を仕掛け、再びメカ丸の砲撃に遮られた。
(……13……14。)
その隙にも鋼の尾は迫り来る。
(グ! ……15……。)
かろうじて躱したメカ丸の無線に一瞬の音声。
『OKだ。』
『………………やっぱり長めに見積もるタイプダ。』
離脱。
大蛇は優先順位に従い、千尋へとターゲットを変えた。深く集中している。
造化融術は混ぜ合わせる術式。造化融術によって混ぜ合わされたものを除いて、原則混ざる前の状態には戻せない……
「術式反転。」
……本来であれば。
「“剥”。」
大蛇が沈んだ。
術式反転“剥”。千尋の現状では相応の集中が必要となる反転術式。それによって生まれた正のエネルギーを術式に流し込むことによって引き出された、造化融術の新たな性質。それは即ち“分離”の効果。
足元では地面が砂や砂利、液状のアスファルトなどに分かれていた。
タイミングを見計らい、再び地面を結びつける。
身動きの取れなくなった蛇の正面ではメカ丸が準備に入っていた。
「天与呪縛は生まれながらに課せられた縛リ。俺は右腕と膝から下の肉体、腰から下の感覚と健常な皮膚を代償に日本全土を覆える術式範囲と実力以上の呪力出力が与えられていル。」
術式の開示による出力の上昇。
「砲呪強化形態ーモード・アルバトロスー」
ぶつけるのは当然、最大火力。
「三重大祓砲ーアルティメットキャノンー!!」
京都の街で轟音が鳴り響く。
「……手応えは?」
「完璧に入っタ。直撃ダ。」
「流石。」
千尋はしゃがみ込んだまま、巻き上がった土煙を睨みつける。
「煙が晴れたら次は万里を狙う。」
「少し待テ。クールダウンだけ済ませル。油断はするなヨ。」
「あいよ。とはいえ山場は越えただろ。恐らくアレがあいつの切り札だ。追加戦力も投入しなかったあたり、残りはあの蛇の足を引っ張る雑魚って、わ……け……」
「千尋?」
「退がるぞメカ丸!」
「遅いよ。」
2人が何かに吹き飛ばされた。
衝撃は甚大。ビルの根本に揃って叩きつけられる。
「……ハッ。嘘だろ?」
「……クソ。」
『オオオオオオオオオオオオ!!!!!!』
眼前には最高の一撃を直撃させた鋼の大蛇。自慢の鱗こそ剥げており、剥き出しの肉と血塗れの体がそのダメージを物語るが、2人がそれに気づく前に追撃が入る。傷だらけのとっておきを見て万里が呟いた。
「少しヒヤッとしたかな。ここまでの大ダメージは正直想定外だ。」
義足が噛み砕かれる。胴が潰される。大蛇はそれでも攻撃をやめない。
暴れ回る大蛇に蹂躙されながら、千尋は朦朧としつつも術式でビルを体に取り込む。
「……“顕”。」
左手から、取り込んだビルが生えて蛇を突き飛ばす。あの膂力の前では盾にもならないが、多少の時間稼ぎにはなる。
「……まだ動けるみたいだナ。」
「…………。」
「返事はしなくていイ、そのまま聞ケ。いいカ? このメカ丸をお前の術式で使エ。所々破損してはいるが、義足の修復にはむしろ余るだろウ。上手く行けば、俺が傀儡操術で動かして逃げられるル。」
「…………。」
「術式の行使までで良イ。意識だけは繋いでおいてくレ。」
メカ丸はボロボロになったボディを引き摺って近づき、千尋の手を掴んだ。術式が発動される。
(…………………………なんだ?)
違和感。と、言うにはあまりにハッキリとしている。
コツ。と、言うには漠然として言語化できない。
感覚。この言葉が近いか。
掴んだと言うにはあまりに希薄。しかし千尋は死の淵で何かをその指先で掠めた。
『動けるのか! 良し、このまま離脱するぞ!』
頭の中でメカ丸の声が響く。否、スピーカーを通したいつもの声じゃない。本体の声だ。
立ち上がり、辺りを見回す。蛇はもう眼前にまで戻ってきていた。
千尋は一言だけこぼす。
「……いけるぜメカ丸。」
『……は?』
融合によって体をある程度修復し、離脱を試みる。それが万里の予測。修復まではその通りになったようだが、様子がおかしい。
(呪力が大きすぎる。)
ある程度の呪力を持ったもの同士を混ぜ合わせることで総呪力量は跳ね上がる。それは万里も知っている。だが、今の千尋はそれを加味しても異常なほど呪力が漏れ出ている。
術師同士の掛け合わせだからか、傀儡操術と造化融術の相性の問題か、2人の相性の問題か、はたまた単純に術式の精度の問題か。詳しく調べたいところではあるが、そう余裕のある状況ではない。
「大祓砲ーウルトラキャノンー」
砲撃が大蛇を呑み込んだ。
既に鋼の鱗を失った蛇がこの強大な呪力に耐え切れる筈もなく、大量の鋼鉄片を残して霧散していく。
目線の焦点が合っていない千尋を見て、万里が口を開く。
「造化融術は原則その手で触れたものしか対象にできない。けど、この術だけは例外。自身の呪力を紐のように展開し、それに触れたものを対象にできる。当然、呪力による抵抗は直接触れた場合より受けやすいし、少し呪力操作ができる術師や呪霊なら簡単に振り解ける。しかも混ぜ合わせられるのは呪力のみに限られるから、紐に触れたところで呪力を奪うのが限界。そのくせ、結局効果があるのは抵抗しない相手と、抵抗できない相手、後はそもそも意思を持っていないものくらい。けど、効果範囲っていう絶対的なメリットがある。」
それは術式の開示。今の万里では、それをしなければこの術を発動できない。
周囲の呪力が万里の手元により集まり、短槍の形を成していく。
「造化融術、極ノ番。“葬槍”。」
槍を視界に入れた千尋は、静かに右腕の武装を展開する。
「刀源解放ーソードオプションー。」
万里が投擲の姿勢に入る。千尋も迎撃の態勢。
「推力加算ーブーストオンー。」
槍が放たれ、右腕が迎え撃つ。
「絶技抉剔ーウルトラスピンー。」
それは偶然の産物。
何者の意図も介在していなかった。
刃と槍。
呪力と呪力。
その衝突の誤差は実に百万分の一秒。
その一瞬。
空間は歪み、
呪力が黒く瞬いた。
「ーーーーーーくっ!」
広がる衝撃波に吹き飛ばされそうになりながら、万里はなんとか堪える。
視線の先には立ち尽くした千尋。
肌が焼け、肉が剥げ、骨が剥き出しになった右腕を垂れ下げたその姿に、万里は己の直感に従い、行動に移した。
「極の番、“葬槍”。」
2本目の葬槍。確実に殺す為の槍を携えながら、万里は己の目を疑った。
「…………嘘でしょ?」
千尋はズタズタになった右手の形を左手で無理矢理整え、掌印を組んでいた。
造化融術に掌印を組む術は無い。それの意味する可能性は2つ。1つは新たに開発された術。
そしてもう1つは、かつて師事した最強の男が、かつて親しかった友人が、行き着いた呪術の極致。
弟の才能は知っている。だが、その言葉を聞く日が来るとは思ってもみなかった。
「領域展開」