その見てくれは曇天の下の工業地帯。いくつも建てられた鈍色の煙突と、無数に張り巡らされた大小様々な配管が目につく。煙突から吐き出される煙は霧のように薄く周囲を覆い、配管の節々からはポタポタとタールのような液体が滴り落ちる。地面は固体とも液体ともつかない真っ黒な何かが覆い尽くしていた。
肌と血だけが色の存在を思い出させるその領域で、千尋は脊髄を通う神経に促されるまま、モノクロームの世界に名を付けた。
「有色工廠(うしきこうしょう)」
2017/12/24 ③
領域内で後手に回れば死しか待っていないことを万里は知っていた。知ってはいたが、それを防げるかは別の話。
短槍を構える万里を、足元の黒が呑み込もうと引き摺り込む。沈んでいく足から呪力を放出して抵抗。しかし、足元の黒は胴や腕、首にまでまとわりついてくる。万里は槍を振り回して黒をちぎる。
(領域内と言えど、当の千尋は瀕死だ。一撃でも当てれば……!)
だが、その一撃が遠い。防戦一方となり反撃に転じることもままならない。
(一撃……!)
その想いを打ち砕くように千尋に変化が起きた。
周囲の黒が、殆ど骨だけの右腕にまとわりついていく。ベタベタと付着していく黒は一定の量に至ると地面から千切れ、腕の形を成し、徐々に肌の色へと変色していく。
二秒か、三秒か。時間にすればその程度。
千尋の右腕は綺麗に元に戻っていた。
「くっそ……!」
吐き捨てる万里をよそに、千尋は右手を見つめて拳を握り、開き、それを二度繰り返す。
黒が今度は全身を覆った。シルエットは色を変え、そこには全快の千尋が立っていた。
自身の回復に意識を向けた数秒、わずかに自分への手が緩んだその数秒を、見逃す万里ではない。手に握る短槍を千尋へと放つ。
しかし渾身の一投は、千尋を守るように立った黒い高波に呑み込まれて消えてしまった。思わず舌打ちをする。
「…………ああ、なるほど。」
千尋はそう呟いて、再び掌印を組む。
煙突から吐き出される煙が、配管から滴る液体が、足元を満たす物質が、より集まって形を成していく。そのシルエットを見て、万里の頬に汗が伝う。
「ああ、嫌な予感がするなぁ……。」
色を得て姿を顕したそれは、今呑まれたはずの『葬槍』。禍々しい色のそれは一本だけではなく、何本も、何本も、何本も千尋の周囲に漂っていた。
『造化融術』は融合の術式。だが、この領域内でそれは一工程に過ぎない。
回収と量産。
それを無限に行うのが『有色工廠』。
煙も、液体も、地面も、領域内で無尽蔵に溢れる全ての黒は融合の素となる万能の素材であり、領域内に引きずり込まれた全ての対象は量産の為のサンプルとなる。
「言っておきたいことは?」
詰み。
「…………大人しく捕まるから、命だけは助けてっていうのはあり?」
「…………いいだろ。」
槍が万里の四肢を貫いた。
「ッッッ!!!」
「逃げる足と悪さする手は潰すがな。」
千尋は蹲る万里を見ながら、そう言って領域を解除した。
「さて、回収し……て……アレ?」
鼻下と目元を、生温い液体がどろりと伝う。それが千尋自身の血だと気づいたのは自分の足元が赤く染まってからだった。
意識が遠のいていく。
「………………………………………………全く。世話のかかる。」
うつ伏せに倒れたが、ぎこちない動きで体を起こす。
「普段と少し勝手が違うが、まぁなんとか動かせるか。」
「くっ、ハァ……ハァ……。千尋……じゃないね。ハァ……傀儡操術の子か。」
「その出血でまだ喋る元気があるのか。」
万里には目もくれず動きの調整をする。
「安心……しなよ。指一本……ハァ……動かせないからさ。ホンっト容赦……ハァ……無いんだから……千尋。」
「その千尋が生け捕りにしようとしていたからこのままお前を回収するが、少しでも呪力が揺らげば殺す。いいな?」
「ハハ……。死にかけに……ハァ……無理難題ふっかけちゃって。」
動きに問題が無さそうなことを確認して、万里を担ぐ。「いやーん」とふざけた声を出すが、無視して無線に手をやる。
「こちら百地千尋、究極メカ丸ペア。多数の呪霊を指揮していた夏油一派の呪詛師一名を捕縛。回収して戦線を離脱する。」
◯
与幸吉2級術師、並びに百地千尋2級術師。
京都百鬼夜行における、呪霊多数の撃破、及び敵主戦力一名の捕獲。以上の功績より、
準1級術師への昇級を認める。