睦の母親である森みなみは、演技の天才と呼ばれるような人間には珍しくもなく、極端な人間性をしていた。睦もその血を濃く受け継いだのか、生まれつき気分のムラが激しい子だと思われていた。しかし睦が成長すると、母親にも増して特殊な精神構造だということが判明した。それがはっきりしたのは睦が十五歳のときのライブ公演中だった。
睦の中に突然、別の人格が現れた。この交代人格は〝モーティス〟を名乗った。彼女は数カ月間にわたって存在し続け、一時期は身体コントロールの主導権を完全に握っていた。当時の主人格である〝睦ちゃん〟とは主導権争いを繰り広げ、最終的には第三の人格の出現を引き起こすと同時に主導権をこの第三人格に譲り渡した。それ以降は〝睦ちゃん〟と〝モーティス〟双方の人格はともに表出しなくなった。
第三人格となった睦は、自身の過去の経験も引き出すことができた。しかしそれは単に蔵書を閲覧しているような感覚であった。過去の経験も、さらに言えば今自身が行っていることも、己のこととは思えなかった。離人症のような状態であり、常に自己を俯瞰し続けて生きていた。
今の睦は一つの人格として、深く悩んで生きてきた。
自分の過去の経験も感情も、自分のものとして扱えないのだ。自分自身が積み重ねてきたと感じられるものを何一つ持たないから、過去の自分を演じ続けることで一人の人間をなんとか擬態してきた。しかしそれは延々と続く苦痛でもあった。
睦はちゃんとした人間になりたかったのだ。切実な願いだった。
そのために睦はまず自分を知ろうと考えた。過去の自分を時間をかけて丹念に調べた。その知識を取り込んでいっそう正確に自身を演じられるようになったが、自身こそ〝若葉睦〟そのものである、という実感は得られなかった。
「明るい朝を期待して眠りにつく夜を何度も繰り返したの」
「……ある日目覚めたら、一つの人格に戻っているかもしれない、と」
「そう。過去に経験した事や、そのとき感じた気持ちが全部蘇ってきて、ちゃんと〝若葉睦〟になれてるんじゃないか、って期待し続けた」
「……未だに、朝を求め続けていらっしゃるのですか」
「――そうともいえるわ。でもね、年を重ねていって、この人格のまま一生過ごしていくんだと理解したころには、失った人格たちで過ごした時間よりも長くなっていたの」
「もう、睦様ご自身のご経験も感情も、思い出も、たくさんおありということですな……」
幼いころの記憶と、後に調べて理解した自身のことを交えて男に話す。それは正しいか間違っているかの判断が欲しいわけではなく、ただ聞き手が欲しかったからだ。
有り難いことに、初老の紳士は実に高度な傾聴力を備えていてくれた。 睦の独白を、的確に言葉を選んで言い換え、口に出して返してくれる。彼の姿勢は義務感や興味から来るものではなく、心から〝今の睦〟に寄り添おうとしてくれていることが判った。
睦はさらに深く、打ち明け話を続けた。
自分を知ろうとすればするほど自分を承認できなくなった睦は、自分の存在を承認してくれる人間を探した。睦が最初に探し求めたのは、両親から愛されていたという証拠だった。睦は両親と古くから付き合いのある著名人や芸能人、かかりつけの医師やカウンセラー(意外なことに、母親は家族に内緒でカウンセリングを受けていた)など、多くの人と接触しては自身の幼少期のことを訊ねて回った。そこで得た話を手がかりにして、最終的には親本人と腹を割って対話をする機会を作り出したのだった。
結果として判ったことは、睦の両親は確かに睦のことを愛していたということだった。少なくとも父親である若葉
「みなみちゃんはね、娘の私が普通の子供ではないことを、乳児のころにはもう勘づいていた。むしろ生まれる前からみなみちゃんは〝自分と同じく普通ではない〟子供が生まれることを恐れてたんだと思う。そして生まれた娘を本当に怖がっちゃった」
困惑と恐怖の感情は、みなみの乏しい母性を容易に上回ってしまった。母性にあふれた妻を演じることはみなみにとって造作もないことだったから、夫と世間を騙すことは容易だった。しかし母親の無私の愛情を本能的に、無限に求め続けてくる娘本人を騙すことは不可能だった。娘は与えられない愛情を求めて必死だった。
環境もそれを後押しした。大物芸能人を両親に持つがゆえにメディアを介して衆目にも晒され続けた睦は、〝女優の娘〟〝お笑いタレントの娘〟として〝演技〟や〝人目を引く技術〟を見せることでしか人々から承認されなかった。睦という人格そのものは居ないも同然だった。父親の人を笑わせる話し方も母親の演技も、家に訪れる様々な芸能人の振る舞いも貪欲に覚えてはそっくりに振る舞い、あの手この手で母親の興味を引こうとした。
「私も、医者やカウンセラーに相談したりセラピーを受けたりして自分のことを調べたことがあるの。それによるとね、当時の私はみなみちゃんの〝承認〟を得られない〝失敗した自分〟をどんどん切り離していった。〝解離〟って言うらしいんだけど。それで私自身の人格というか、芝居の役というか、そういうのがたくさん増えていったの」
「そんなにお小さいころから人格を大勢抱えていらっしゃったのですか」
「そのうちほとんどはギターに出会って消えちゃったけどね。後で話すわ」
睦は母親の話を続けた。
他者の振る舞いを真似て演技する娘の姿は、ますますみなみの恐怖を煽った。やがてみなみは娘を物理的に遠ざけ、忘れようと試みはじめたが、そのころにはもう、娘が他者の振る舞いを複写するバリエーションはほとんど際限が無くなっていた。演技に人生を捧げているみなみにとって、それは何よりも欲しくて仕方がない才能だった。娘に対する仕打ちの結果、自分自身の手で娘を絶対に自分では届かない次元の〝演技の化け物〟に仕立て上げてしまったことにみなみは絶望した。みなみは我が娘が怖く、憎く、羨ましくてさらに絶望した。深く深く執着しないわけにはいかなくなった。そしてそれは間違いなく一つの〝愛〟の形だったのだ。
「当時の私もそんな家庭に適応しようと必死だったみたい。大人しく従順で口数も少なく、ごまかしも演技もできないお人形みたいな〝睦ちゃん〟という人格を作り出した。みなみちゃんも〝睦ちゃん〟は遠ざけようとしなかったから、そのうちほとんどその人格で過ごすようになった、ということらしいの」
このように両親からの愛の証拠は確かに存在したが、残念ながらそれを得ても睦自身が父と母を愛しているという実感は得られなかった。しかし自身の過去の記憶を覗くだけでは決して持てなかった視点が得られたことは大きな変化だった。睦は初めて〝自身のことを己の手で掴んだ〟という手応えを持ったのだ。
続きます。