焺祥燈祷(しょうしょうとうとう)   作:Halnire

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その7

 

 

 第二幕が上がった。

 ライブは続く。

 

『ぜんぶぜんぶ抱きしめて、少し眠ろう』

『痛いの痛いの飛んでゆけ、悲しみにすべてを奪われないように』

 

 苦痛から救う優しい眠りの歌がうたわれた。

 

『ついには影を手放したのね――古い本は焼き払われ、時代が通り過ぎてゆく』

 

 万物の流転と、魂の融合を願う歌がうたわれた。

 

『この迷い声は、ああ君に届くかい――おそるおそる踏み出した日を忘れないよ』

 

 大切な相手との出会いに感謝する歌がうたわれた。

 

 ふたたび幕が下ろされ、二度目の休憩が設けられた。

 睦様には相変わらず大きな疲労が見られなかったが、あまり顔色を変えられない睦様にしては珍しく、頬を上気していらっしゃる様子だった。

 祥子様と燈様はといえば、お二人とも酷く消耗なさっていた。もう一曲でもお演りになれる状態には見えなかった。医師からも当然ストップがかかった。だがお二人とも頑として耳をお貸しにならなかった。

 使用人も全員、何があってもライブを中止するなと指示が出された。このコンサートホール全体にも厳命が下された。指示を撤回できるのは、祥子様から万が一のための代理権限を委任されている私だけであった。そして私にも、もう中止するつもりは無かった。

 

 休憩が終わった。

 客席は静まり返っていた。

 お客様たちは最後の一幕が上がるのを固唾をのんで見守っている。

 祥子様、睦様、燈様の人生最後のライブがこれで終わるという寂寥感と、見届けなければという使命感が会場全体を包みこんでいた。

 祥子様も燈様も、顔色をお整えになられてからステージに上がった。お二人ともお客様に無様なところは見せたくなかったのだ。

 祥子様が着席し、ゆっくりと鍵盤に手を伸ばされた。

 燈様がマイクを持ち上げる。

 

 一曲目が始まった。

 

『ひたひたと押し寄せてく――憂鬱は〝おかえり〟と僕を包み込む――』

 

 MyGO!!!!!の曲だ。

 結成初期のころに書かれた詩だと聞いている。

 難読のタイトルとともに、歌詞のイメージが他の燈様の歌詞とは違っていたから印象に残っている曲だ。

 

『きっと過ぎた夢を見てた――到底、似合わないのに』

 

 鬱屈した情念の波が、うたわれる詩と同じようにひたひたと打ち寄せてくる。

 

『後戻りも出来なくて――くずおれる――』

 

 聴けば誰でも判る。

 この歌は、後悔の詩だ。

 

『どうして飛べそうなんて、思ってたんだろう』

 

 燈様の歌詞はみっともなく悩んで迷う己をさらけだし、それでも前へ進もうとするものが多い。しかし、数多く書かれた詩の中でこの曲だけは、不相応に未来に手を伸ばした自分を悔やむ詩なのだ。

 

『心の奥へと匿って、僕を見せない、微塵も望まない……はずだった』

 

 燈様の声の震えが大きい。

 深く包容力のある燈様の声から、降り積もった年月が取り去られてしまったかのようだ。

 その声は不安定で儚く、まるで少女のような声だった。

 

『隔てられたガラスは檻じゃなかったよ』

 

 これは燈様の原風景だ。

 初音様と出会われる前。

 〝誰の手も離さない〟と燈様が一生を誓うその前の、燈様の世界。

 

『傷つく僕を守ってくれていたのに』

 

 燈様は失いかけた約束を、おそらくは初音様のお言葉に背中を押されつつも、ご自身の力で取り戻したのだろう。だから燈様の詩は、あれほどの力を持って聴く者を惹きつける。

 だとすれば、今うたわれているこの世界は、もう過ぎ去った古い夢。

 その古い夢を今、うたう理由が一つだけ残されているのだ。

 

『交わるはずなかった――最初から君と僕は』

 

 歌いながら、燈様は客席に背を向け、祥子様と睦様に向き直っていた。

 失いたくなくて、それでも失われてゆくことに抗えなかった、かつての居場所。

 一生〝迷子〟を続けて、失くしたものを最後に取り戻しにきたのだ。

 

『どうして境界線(さかいめ)を――ああ、越えてしまったの』

 

 祥子様のピアノがわずかに力を落とした。睦様のギターも心なしか響きが弱まったように聞こえた。お二人の心の揺らぎが音に顕れたかのようだった。

 私はもう理解していた。

 祥子様がどれだけ深く、燈様に未練を抱いていらっしゃったかを。それどころか、かつてAveMujicaそのものが、燈様という未練を忘れるために生まれたのだということを。

 だからこそ祥子様は長年のあいだ、燈様とお会いになれなかった。

 祥子様と燈様の音楽を聴けば判る。お二人は別離の運命にも会いたいという自身の願いのどちらにも抗ってこられたのだ。だからこそお二人の間に手紙の往還だけは残された。しかしお二人が人生をやり切るそのときまで、お二人が真に交わることはなかった。

 今日という日を、祥子様と燈様がどれほど待ち望んでいらっしゃったのか――執事という立場でありながら大変恥ずかしいことに、私は今日ここで初めて、身にしみて判ったのだった。

 

『やわらかな光に揺られた、そんな記憶も拭い去るように』

 

 祥子様、睦様、そして燈様は、かつての約束を徒夢(あだゆめ)にしないために、今日ここに集ったのだ。

 

 

 

 


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