荒秀山神社の巫女、家森戍はその日、広場で行われていた試合を目撃する。
 それは3x3と呼ばれる三人制のバスケットボール。
 試合を終えたばかりの少女、侑次麹子と目が逢った彼女は、そこから知らなかった新たな世界へ一歩踏み出していく――。

 ノベルアップのスポーツ小説投稿フェア用に書いたやつ。ノベルアップとカクヨムにも同じの投稿してます。




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イチゴバスターズ

「やっぱ合わねえべ!」

 

 信じていたと思っていた。

 互いに心を通わし、仲間になったと思っていた。

 

「戌よ、これはどういうことだ」

 

 祖母の責めるような口調が、静かに響く中。

 共に歩んできた友の否定する言葉に、涙が零れ落ちた――。

 

 

 

 

 

 

 荒秀山神社の朝は、いつも静寂に満ちている。

 九十五の石段を掃き清める竹箒の音、遠くで鳴く鳥の声、そして拝殿の奥から微かに聞こえてくる神主である父・雅臣(まさおみ)の祝詞の声。家森(いえもり)(まもり)にとって、それは物心ついた頃から変わらない、日常の音だった。

 白衣に緋袴(ひばかま)を身に着け、長い黒髪を低い位置で一つに束ねた戍は、今日も本殿の拭き掃除を終え、静かに手を合わせた。今年で高校二年となる戌はこの春からは、学業の傍ら、本格的な助勤巫女としての務めも増えていた。

 

「今日も一日、恙無く(つつがなく)終わりますように……」

 

 心の中でそう唱えるのは、もはや習慣のようなものだ。けれど、その祈りの奥底には、言葉にならない小さな(おり)が溜まっていることにも戍は気づいていた。決められた作法、決められた言葉、決められた役割。その全てが、自分を家森戍という型にはめ込んでいるような息苦しさ。

 拭き清められた(ひのき)の床に、自分の姿がぼんやりと映る。そこにいるのは、感情の読めない、ただ従順なだけの少女の顔だった。

 

「うぉっしゃー! ラスト一本、いくべ!」

 

 太陽が西に傾き始めた放課後。荒秀山神社の大鳥居先にある市民広場。この街の中心部にありながら、神社のお膝元に位置する静かで安らぎのある広場だ。休日になると大型イベント会場として扱われることもあり、今宵は若者たちの熱気に満ち溢れていた。

 大勢の観客に見守られながら行われているのはバスケットボールのようだ。しかし、選手数は少なく、対抗チームの数を含め六人しか姿が見受けられない。

 オレンジ色に染めたショートウルフの髪を汗で濡らした少女、侑次(ゆうじ)麹子(こうじこ)はその中でも一際輝きを放っていた。

 

「麹子、パスだ、パス!」

「へいへい、今いくどー!」

 

 鋭いドリブルで相手をかわし、ノールックで味方にパスを通す。その動きは、まるで音楽に乗っているかのようにリズミカルで、それでいて力強い。

 

 3x3――正式呼称スリーエックススリーは、ストリートボールなどで普及している三人制バスケットボールから生まれたスポーツ競技だ。試合は一チーム三人で行なわれ、コートのサイズは通常のバスケットボールの半分と比較的小人数で気軽にできるスポーツである。

 

「ナイスシュートだっぺさ! やっぱ麹子はちげーな!」

「へへん、あたしにかかればこんなもんだい!」

 仲間からの称賛に、麹子はニカッと歯を見せて笑う。その太陽のような笑顔と、飛び交う威勢の良い方言が、このチームの空気をさらに熱くしていた。

 

 神社の手伝いを終えた戍が、夕暮れの石段を下り、大通りへ向かおうとした時だった。

 いつもなら、賑やかな広場の喧騒を避け西参道を通るのだが、その日はなぜか、賑わいの中心から聞こえてくる音楽と歓声に、ほんの少しだけ心が引かれたのだ。

 

「何の騒ぎでしょう……?」

 

 こういったイベントごとを避けていることを知ってか、父からも何かイベントが行われている、ということしか聞いていなかった戌。好奇心と、ほんの少しの罪悪感。戍は、まるで何かに誘われるように、石段に向けていた目を市民広場に向けた。

 そして、目にした光景に息をのんだ。

 リズミカルな音楽と共に響き渡る歓声。おおよそ神社に相応しくないような機械的な設備の中、目まぐるしく動き回りボールを追いかける少女たちの姿。

特に、オレンジ色の髪の少女――麹子の動きは圧巻だった。しなやかな獣のようなドリブル、予測不能なパス、そしてゴールに吸い込まれるシュート。そのどれもが、戍の知らない世界のものだった。自由で、力強くて、そして何よりも楽しそうで。

 

(あのような……激しい……でも……)

 

 戍は、自分の胸がドキドキと高鳴るのを感じていた。それは恐怖ではなく、むしろ憧れに近い感情かもしれなかった。 

 試合が終わり、麹子が仲間たちとハイタッチを交わしていた。汗を拭い、ペットボトルの水(シャインマスカット味)を豪快に飲むその姿は、戍が普段接している神社の関係者や学校の友人たちとは、あまりにもかけ離れていた。

 試合を終えた選手たちがコートを後にすると、次の選手たちが入ってくる。どうやらトーナメントのようなものが行なわれているらしく、勝利を飾った麹子たちは思い思いに観客席に着いたり、解放されたように観戦しに来ていた友人と街中に繰り出したりしている。

 そんな中、大鳥居の方にやって来た麹子の視線が、遠巻きに見ている戍に向けられた。

 じっと見つめていたせいで、目と目が逢う。戍は慌てて身を隠そうとしたが、石段の途中にそのようなものがあるはずもなく、あったのは子供が置き忘れて行ったと思われるサンショウウオ? のような、紫色の恐竜のような、何とも可愛らしいぬいぐるみだけだった。*1

 これはあとで落とし物として届けようとそれを手に取り、ついでと言わんばかりに顔をぬいぐるみで隠すも時すでに遅く。ここで縁ができたなと言わんばかりに詰め寄って来た麹子が生まれたての赤ちゃんばりにでかい声で話しかけてきた。

 

「もしかして、荒秀山の巫女さんけ? こんなとこで何してんだい?」

 

 ずかずかと近づいてくる麹子に、戍は全身を硬直させた。逃げたいのに、足が石のように動かない。

 あとこんなところとか言うな。巫女が神社にいるのは当たり前だろうと心の中でツッコミを入れる。

 

「あたしは侑次麹子! ま、麹子って呼んでくんろ! あんた、名前は?」

 

 麹子は、戍の目の前でニカッと笑い、臆面もなく手を差し出してきた。その手は少し汗ばんでいて、バスケットボールの革の匂いがした。

 凄いずかずか踏み込んでくるなこの人、熊の肉漬けこむのに使われそうな名前で……漬け込まれる形になった戌は、差し出された手と麹子の顔を交互に見つめ、どうして良いか分からずに俯いてしまう。

 

「あの……わたくしは……家森、戍、と申します……」

 

 蚊の鳴くような声だった。ところで蚊の鳴き声って何だろう。あのプーンって羽音のことだろうか。

 麹子は、そんな混乱した様子の戍の様子を面白そうに眺めると、ふと、戍の立ち姿や、ほんの少しだけ見えた手の動きに目を留めた。

 

(ん……? この子、ただのお嬢様じゃねぇな……なんか、こう……動きに無駄がねぇっていうか……体の軸がしっかりしてるっていうか……)

 

 麹子の鍛えられた直感が、何かを告げていた。

 

「戍ちゃん、か。へぇー、良い名前だっぺ。なあ、戍ちゃん、ちょっとボール触ってみねぇかい?」

「え……? わ、わたくしが……ですか……?」

 

 戍は、目を丸くした。自分が、あの激しい球技を? 考えたこともなかった。

 

「巫女さんがバスケなんて、面白そうじゃねぇか! きっと、何か新しい風、吹かせられるって! あたしのカンがそう言ってんだい!」

 

 麹子は、有無を言わさぬ笑顔で、戍の手にバスケットボールを押し付けようとしていた。

 半ば強引に手を引かれる形で、戍は近くにある自然公園へ連れ去られた。一時期アニマルなGOでゲットな話題もあった公園は今日はイベントがないようでそこまで大きな賑わいを見せていない。

 その一角には練習用のバスケットゴールが置かれており、麹子の知り合いらしい男たちが遊んでいた。

 麹子はその男たちと一言、二言会話をする。何の会話をしたのかは分からないが、男たちは戌を見ると一礼し、その場を去っていく。

 

「ほれ、戍ちゃん! まずはこのボールに慣れねぇと始まんねぇかんな!」

 

 麹子は、バスケットボールをポンと戍の胸に押し付けた。ずしりとした重さと、革の独特な感触。戍は、生まれて初めて触れるその物体に戸惑い、ぎこちなく抱え込む。

 

「え、あ、あの……わたくし、このような球技は……というか、何でする流れに……? はわわ」

「だいじだいじ! 難しく考えんなって! とりあえず、地面についてみ? そうそう、そんな感じだべ!」

「あうあうあう……」

 

 麹子に促されるまま、戍はボールを地面につこうとするが、手元がおぼつかず、ボールはあらぬ方向へ転がっていく。それを見て、周囲にいた小さな子供から笑い声が漏れた。戍の顔がカッと赤くなる。

 

「へったくそー!」

「あう……」

 

 顔が凄い真っ赤になる。しかもあの子さっき両親と参拝しに来てた子だ……。

 

「あっ! ユカリザウルス……!」

「ゆか……?」

「返してー!」

「あ、はい。迷子になってましたよ……? 大事にしてあげてくださいね」

 

 軽く方言が入りながら(大切に、と言うところを大事と言うのは良くある。同じく後ろを裏と言ったりする)子供に恐竜を返してあげる。どうやらこの子が失くしたようで、会話しててそういえば持っていたなと脳裏に蘇る存在していた記憶。

 そのやり取りの裏で、麹子は真剣な目で戍の動きを見つめていた。

 

「おめぇ、なんか変なとこでバランス取るな……でも、それが逆にいいかもしんねぇ……巫女さんの動きってやつか? ちょっと、こうやって立ってみろって」

 

 麹子は、戍の立ち方や姿勢を少し直させると、ニヤリと笑った。

 

「うん、やっぱりなんか持ってっぺ、戍ちゃんは! あたしの目に狂いはねぇど!」

 

 その根拠のない自信に満ちた言葉に、戍はただ戸惑うばかりだった。

 

 次の日から、何故か二人の秘密の特訓が始まった。

 街の大通りから少し外れたところ、そこにある麹子の家にお邪魔する形で、バスケの練習をする戌は完全に流される形で練習をしている。

 

「ここなら誰も来ねぇから、思いっきりやれっぺ!」

 

 麹子は、汗を拭いながら言った。

 基礎的なドリブル、パス、シュート。麹子の指導は自由な発想に満ちていた。

 

「戍ちゃんよぉ、巫女さんの舞の時みてぇに、こう、スッ……て感じで相手をかわしてみろって! あの摺り足みてーなやつ、ぜってーディフェンスで使えるど!」

 

 戍は、麹子の言葉に半信半疑ながらも、言われた通りに巫女舞の動きを意識して動いてみた。巫女舞って何って話だが、神事(と本人は思って参加しているアニメイベント)で良く行なう舞を思い出し集中すると、ぎこちなかったステップが、不思議と滑らかになり、相手の動きを予測してスッと身をかわすことができたのだ。

 

「ほら見ろ! やっぱりできるじゃねぇかい!」

 

 麹子は、自分のことのように喜んだ。戍も、自分の体に眠っていた未知の感覚に驚き、そして、ほんの少しだけ胸が高鳴るのを感じた。

 

(わたくしの……舞の動きが……?)

 

 それは、戍にとって大きな発見だった。決められた型の中でしか生きてこなかった自分が、その型の中から新しい何かを生み出せるかもしれない。そんな予感が、彼女の心を震わせた。

 

 練習が終わると、汗だくになった二人は、麹子行きつけの古い餃子屋へ向かうのが常になった。カウンターだけの小さな店で、気さくなおばちゃんが一人で切り盛りしている。

 

「お、麹ちゃん、今日は初めてさんがいるんだねぇ。めんこい娘さんだこと」

「へへ、だろ、おばちゃん! こいつ、戍っていってよぉ、あたしの秘密兵器なんだかんな! 戌はニラいけるか?」

「あ……はい。いけます」

「なら大事だんべ!」

 

 麹子は、ニラがたっぷり入った焼き餃子を頬張りながら、戍を紹介した。戍も普段は餃子を食べるが、こうして店内で食べるのは初めてだ。頬張った瞬間拡がるニラの独特の香りと、肉の味わい。そして野菜のさっぱりとした洗い流すような感触。そのあまりの美味しさに、目を丸する。

 

「……おいしい……です……こんなに美味しいもの、初めていただきました……!」

「だろー? ここの餃子は日本一だかんね! ……いや、世界一だっぺ!」

「嬉しいことを言ってくれるねえ! ならこれもサービスすんべ」

「おばちゃん……!」

 

 麹子は胸を張る。そんな他愛ない会話を交わすうちに、二人の間の壁は少しずつ溶けていった。戍は、神社の厳格な日常や、自分の内に秘めた小さな悩みを、ぽつりぽつりと麹子に話すようになった。麹子は、そんな戍の話を、茶化すことなく真剣に聞き、そして力強い言葉で励ました。

 

「だいじだって、戍! おめぇはもっと自分に自信持っていいんだど!あたしが保証すっから! あとおばちゃん! これ、あんま合わないべ……」

 

 苺がまるまる一個入った餃子を食べながら、麹子は零すのだった。

 

 ある日、麹子が興奮した様子で切り出した。

 

「なあ戍、あたしたちでチーム組まねぇかい!  チーム名はリトル」

「その名前は待ってください! あとチーム……? 何のですか」

「そりゃ決まってんべ!」

 

 バスケットボールを手にしながら詰め寄る麹子に、予想していたけれども不安いっぱいな顔になる。

 何でこの子、別の街に食べ歩きに来てるのにバスケットボール持ってきてるんだろう。

 というか、共に試合に出ていたチームメイトがいたのでは? そう突っ込めば、

 

「あの日のあたしは助っ人で呼ばれただけだべ。なんでも赤ちゃんできたとかで」

「ああ、そうなんで……赤ちゃん……?」

「元気な男の子だべ!」

「え、わたくしたち、まだ高校生ですよね……?」

「青春っていいなあ!」

「そういう問題かなあ!?」

 

 何でもまた近くにちょっとしたイベントが行われるそうで、そこに出場するのにチームを組みたいらしい。

 突然の提案に、戍はコロッケを喉に詰まらせそうになる。

 

「んだ! 巫女さんとの最強コンビだ! きっと雷門(麹子が助っ人として参加していたチームの略称。正式名称は雷都モンスターズ)の奴らもみんなぶったまげるって!」

 

 麹子の瞳は、いたずらっぽく、そして本気で輝いていた。戍は、まだ自信なさげに俯いたが、その口元には、いつの間にか小さな笑みが浮かんでいた。

 機嫌の良い戌は追加で購入していたコロッケを麹子の口に押し込むと、

 

「分かりました……! よろしくお願いしますね?」

 

 と、半ばこのようなことになるのではと予想していたこともあり、了承の意を伝える。

 麹子はそれに嬉しくなると同時、口中に広がる甘酸っぱい味わいに顔を顰めるのだった。

 

「何にでもイチゴ入れれば良いと思ってるんだべか……?」

 

 改良に改良を重ねた結果、この街(遊びに来ていた街)の名産品になるとはこの時の麹子たちは知る由もなかった。*2

 

 

 

 

 

 三人での秘密の特訓は、かけがえのない時間となっていた。

 戍の動きは、麹子の型破りな指導と持ち前の身体能力で見違えるほど上達していた。巫女舞の静かで流れるようなステップは、3x3のコート上では相手を幻惑する「菊水ステップ」となり、神事(と思ってるアニメイベント)で見せる一点集中の精神は、ゴールを射抜く「静水のシュート」へと昇華しつつあった。技の命名は勿論■■だ。

 

「いーね、戍! 今の動き、キレッキレだったど!」

「こ、麹子さんのおかげです……!」

 

 麹子の太陽のような笑顔と力強い励ましが、戍の内気な心に少しずつ自信の光を灯していた。二人の間には、言葉にしなくても通じ合う、確かな絆が芽生え始めていた。

 その噂は、しかし、静かに、だが確実に広まっていた。

 

 その日、学校から帰宅した戍を待っていたのは、鬼のような形相の祖母だった。

 家森家の居間には重苦しい空気が漂い、戍は父、雅臣《まさおみ》と共に祖母であるカミの前に正座させられていた。

 

「戍」

 

 カミの低く、厳しい声が響く。

 

「お前が近頃、球遊びに興じているというのは、まことか」

 

 戍は、全身の血が凍りつくのを感じた。隣に座る父は、心配そうに眉を寄せているが、カミの威圧感の前では何も言えないようだった。

 

「……はい……お祖母様……」

 

 消え入りそうな声で答えるのが精一杯だった。

 

「そうか、それはいい。しかし巫女たるものが! 家森家の娘が! あの娘に(そその)かされて……! こんな、はしたない! 信じられぬ……!」

 

 カミの怒りは、雷のようだった。戍はただ俯き、唇を固く結ぶ。

 

「これは、あの娘の影響なのだろう!」

「それは……」

 

 戌は何か言い返そうと立ち上がるも、カミの圧に押されてヘロヘロとその場に尻もちをついてしまう。

 

「あの娘と付き合うことを、金輪際許さぬ……! ああ、許されて良いものではない!」

「そんな……! 待ってください!」

「ええい! 聞き分けのない娘め! そのような子に育てた覚えはない!」

「おばあ……さま……」

 

 消え入りそうな声に、流石に雅臣も庇おうとするが、戌のやらかしがやらかしなだけに庇いきれない。

 有無を言わさぬ命令に、戍の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

 

 後日、その事を知った麹子がずかずかと家森の敷地に立ち入り声を荒げる。

 彼女は、カミの剣幕にも怯むことなく、戍を庇おうと口を開いた。

 流石に見聞が悪いと思ったのか、家に上げられ、呼び出された戌と、ついでにいた雅臣が居間に呼び出される。

 

「待ってくれよ、おばあちゃん! 戍は何も悪くねぇ! あたしが誘ったんだ! それに、3x3(スリーエックススリー)ははしたない球遊びなんかじゃねぇ!」

「当たり前だろう!」

「だから……ひょ?」

「近々またイベントも開かれる。この街に新たな風を起こす。そんなスポーツがはしたないはずがないだろう!?」

「だって、戌が……!」

「ええい煩い小娘! お前のせいで戌は……!」

 

 何だか話が嚙み合っていないような気がする。戌は俯いたままだし、見かねた雅臣が麹子に疑問を投げる。

 

「母が怒っているのは、君が娘にこのようなものを教えたからだよ」

「それは、でも……」

「おかげで娘が夕食を担当する時はいつもこれだ……」

「……ん?」

 

 そうして差し出されたのは餃子とラーメンとチャーハンという今日のお昼ご飯。

 何故かそれをご相伴する流れとなり口に含み、戌を睨んだ。

 

「あ、ありえねえべ! 確かに店で食べたけど、それは餃子だけで、あれも改良に改良を重ねた結果、商品としてちゃんと成り立つ味になってたべ! それをこれは、素材の味全部壊してるべ!?」

「なに、小娘……なんといったか」

侑次(ゆうじ)麹子(こうじこ)だべ」

「戌からはこれをお前が教えたと聞いているが」

「確かに連れて行った先で食べたけんども……え、戌……?」

「違うんです!」

「戌……?」

「だって、美味しいでしょう!」

「いや、だってこれ」

「二つ隣にある市ではウスターソースも一緒に出るんですよ!」

「え、イチゴの?」

「はい!」

「え……?」

 

 てっきり自分が誘ったバスケが原因で祖母と喧嘩をしていると思っていただけに考えが追い付かない麹子は、しかし、はっきりと、強い口調で言った。

 

「やっぱ合わねえべ!」

 

 確かにこの街にはイチゴカレーやら何やらと、何にでもイチゴを入れれば良いと思ってるような風潮があるけれども、あれは改良に改良を重ねた結果商品として成り立ったもの。それを戌が出した料理は全部壊してる。全て壊すんだ! にも程があるというもの。

 

「そんな……」

「戌よ、これはどういうことだ」

「そんな……」

「いや何そんな信じてたのにみたいな顔してるんだべ!?」

「お残しは許しませんよ……」

「この状況で良く言えたなあお前!」

 

 尚、この後日戌に案内された店で食べたものは普通に食べられたので、素人が下手なアレンジをするべきではないと強く思う麹子だった。因みにカミとはたまに将棋を指す中になった。

 

 

 

 

 

 

 荒秀山神社には猫が住まう。尻尾に着けた赤いリボンが特徴で、首輪には二つの鈴をちりんと慣らし、赤いリボンを揺らしながら石畳を登り神門を抜ける。

 授与所の前に座り込むと、そこでお守りなどの販売をしていた巫女に可愛がられた後、飼い主である宮司、阿部(あべの)惺耶(せいじゃ)の許へ戻る。

 

「奉納試合……ですかい?」

「ええ。神事の一環として、神楽舞や武道が奉納されるように、現代の若者たちのエネルギーの象徴として3x3を奉納する。そう銘打ったイベントを予定していまして」

「それはまた変わり種な」

「へえ! 面白そうだべ!」

「既に受付も始まっていて、戌さんにも出て頂ければと」

 

 惺耶は手元に飛び込んできた愛猫、タマを撫でながら二人――カミと麹子に言う。

 戌の仕事終わりを待つついでに大通りのチェーン店のアボカドバーガーを食べてきた二人は偶然行き会った宮司からの提案に乗り気だ。

 仕事を終えたら祖母と友人がめっちゃ仲良くなってたことに軽い嫉妬を覚えつつも合流する戌に先ほどの話を持ち掛けたところ、

 

「奉納試合……ですか?」

 

 と、祖母と全く同じ反応の様子に少し噴き出した。

 事情を聞いた戍は、最初は戸惑い、恐れた。お祖母様の前で、大勢の人の前で、自分がプレーする。そんなことできるのだろうかと、気恥ずかしく思うも、初めて目にしたあの光景を思い出し首を横に振った。

 あの時の麹子はとても輝いていた。あの試合は決して恥ずかしいものではなく、誇れるものだった!

 物心ついた時から人前に出ることが怖かった。けれど、その恐怖も今はもう……ない!

 割と高頻度で近場のイベントごとに出ている時点でそんな恐怖あったのだろうか? という話だが――思い込みというのは中々に根深く心の奥底に突き刺さっているものなのだ。

 戍は、震える手で、麹子の手を強く握り返した。

 

「……はいっ! わたくし……やります! 奉納試合……出てみたいです!」

 

 その瞳には、恐怖(という名の思い込み)を乗り越えた、強い決意の光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 荒秀山神社の大祭当日は、朝から快晴に恵まれた。

 境内は色とりどりの(のぼり)や提灯で飾られいつもとは違う(……? 割と毎週やっているのは気のせいだろうか……?)華やかな賑わいに包まれている。

 トラックが立ち入り、設置される特設コート。

 三人は静かに末社の剣宮前で緊張を解していた。

 

「戍、緊張してっけ?」

 

 麹子が戍に声をかけた。その声はいつものように明るいが、どこか引き締まった響きを帯びている。

 

「……はい、少しだけ。でも、麹子さんと一緒なら、大丈夫です」

 

 戍は、息を整えながら答えた。その瞳には、以前のような怯えはなく、澄んだ決意の光が宿っていた。

 

「へへ、頼もしいこと言ってくれんじゃねぇか! よーし、楽しむことが一番だど! あたしたちの3x3、神様にも、おばあちゃんにも、みーんなに見せつけてやっぺ!」

 

 麹子が差し出した拳に、戍もそっと自分の拳を合わせる。そこに、巫女友達の速水(はやみ)美晴(みはる)が、小さな包みを持って現れた。

 

「家森さん、麹子さん、■■。これは、宮司様と……私からです。今日の試合の、お守りです」

 

 差し出されたのは、荒秀山神社の勝守だった。戍と麹子と■■は、深く頭を下げてそれを受け取った。

 

 昼下がり。神社の広場に設置された3x3コートは、既に大勢の観客で埋め尽くされていた。地元住民、観光客、そして神社の関係者たち。その中には、腕を組み、厳しい表情でコートを見つめる家森カミの姿もあった。

 コートサイドにはDJブースも設けられ、軽快なジャズとヒップホップをミックスした音楽が、祭りの高揚感をさらに煽っている。

 

「さあ、まもなく始まりますは、本日の特別奉納試合! 地元きっての巫女舞姫家森(いえもり)戌《まもり》率いる『イチゴバスターズ』の登場だあっ!」

 

 MCの威勢の良い声と共に、大きな歓声が上がる。その中を、カミが知り合いの伝手を使い用意したお揃いのイチゴモチーフのユニフォームに身を包んだ戍と麹子と■■が、少し緊張した面持ちでコートへと進み出た。チーム名を決めた戌は最初こそリーダーになることに気後れしていたものの、今は堂々とした面構えになっている。

 相手は、この日のために招待された、県内の強豪チーム――雷門こと、雷都モンスターズだ。

 試合前、神職による厳かなお祓いが行われ、コートは清められた。神聖な雰囲気と、これから始まるスポーツの熱気が、不思議なコントラストを生み出している。

 

 試合開始のホイッスルが鳴り響いた。

 序盤、相手チームの経験とパワーにイチゴバスターズは苦戦を強いられる。戍は、大勢の観客の視線に、体が思うように動かない。麹子も共にプレーをしたことがある仲間が相手なこともあって、動きの幾つかを読まれてしまっている。

 

「にゃにゃ。二人とも緊張しすぎだにゃ」

 

 ■■の声が飛ぶ。イチゴバスターズとして初の試合なだけに、緊張しすぎていたのかもしれない。

 先に緊張の糸が解れた麹子が、戌の手を取り声をあげる。

 

「戍、大丈夫だべ! いつも通り、あたしを信じろって!」

「いつも通りに……」

「そうだべ!」

 

 麹子の力強い檄が飛ぶ。その声に、戍はハッと我に返った。そうだ、自分は一人じゃない。隣には、最高の相棒がいる。この試合が終わったら祝勝会を挙げよう。イチゴ料理尽くしで……!

 

「なんか今変な……なんでもねえべ」

 

 戍の動きが変わった。

 相手の鋭いドライブに対し、巫女舞で培われた独特のステップ『まろに☆ステップ』でスッとかわし、ボールを奪う。そして、流れるような動きで麹子へパス。麹子はそれを受け、『雷都ドライブ』で相手ディフェンスを切り裂き、レイアップシュートを決めた。

 

「うおっしゃー! いーぞ、戍!」

 

 麹子の笑顔が弾ける。戍も、小さく頷き返した。

 

 そこから、二人の連携技『風と杜』『炎と杜』が観客を魅了し始める。麹子の「風」のような予測不能な動きが相手を撹乱し、戍の「炎」のような徐々に燃え上がっていくプレーがそれを支える。麹子のトリッキーな『餃子フェイクパス』から、戍がフリーで『イチゴコロッケシュート』を決める。戍の粘り強い『イチゴソースディフェンス』が相手の攻撃の芽を摘み、それが麹子の速攻へと繋がる。

 同じチームメイトの■■命名の技名、もう少しどうにかならなかったのかと思いつつも、必殺技名があると盛り上がるよねという言葉に激しく同意した二人。掛け声と共に出される謎の技名に相手チームは「何言ってんだあいつら?」「イチゴコロッケシュート……?」と困惑し、そこに隙が生まれる。

 観客席からは、驚きと称賛の声と何言ってるんだあの子らという声上がり始めた。カミも、眉間の皺を寄せながらも、食い入るように戍の動きを見つめている。その目には、確かに戸惑いと、そして今まで見たことのない孫の姿への驚きが浮かんでいた。戸惑いの九割はこの後の夕飯を心配してのことなのは言うまでもあるまい。

 

 試合は一進一退の攻防が続き、あっという間に終盤へ。残り時間はあとわずか。スコアは一点差でイチゴバスターズが負けている。相手チームのボール。会場の誰もが固唾を飲んで見守る中、相手エースが厳しいマークを抜け出し、シュートを放った。

 

(……ダメ……!)

 

 誰もがそう思った瞬間、戍が、まるで舞を舞うかのように高く跳び上がり、その指先がボールにかすった! ボールはリングに嫌われ、高く弾かれる。

 

「リバウンド!」

 

 麹子が叫び、そのボールをがっちりと掴んだ。残り時間は、あと数秒。

 麹子は、迷わず戍を見た。二人の視線が、一瞬、強く交差する。

 麹子が、戍へとパスを出した。それは、少し遠い位置だった。相手ディフェンスも必死で戍に食らいつく。

 だが、戍は冷静だった。

 彼女は、ボールを受け取ると同時、深く息を吸い込み、精神を集中させる。周囲の喧騒が遠のき、まるで神社の静寂の中にいるかのように、ただゴールだけを見据える。

 そして、放たれたシュート。

 ボールは、美しい放物線を描き、吸い込まれるようにリングを通過――。

 ブザーが鳴り響く。

 逆転のシュートだった。

 一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声と拍手が、荒秀山神社のコートに響き渡った。

 戍と麹子は、互いに駆け寄り、強く抱き合った。汗と、そして涙でぐしょぐしょになりながら。

 石畳のコートに、確かに新しい風が吹き、そして美しい杜が、その確かな存在感を示した瞬間だった。

 

 ブザーが鳴り響いた瞬間、割れんばかりの歓声が荒秀山神社の境内にこだました。

 戍は、その場にへなへなと座り込みそうになるのを、隣にいた麹子が力強く支えた。

 

「やった……やったど、戍ーっ!」

 

 麹子は、汗と涙でぐしゃぐしゃの顔で叫び、戍を強く抱きしめた。戍も、こらえきれずに嗚咽を漏らしながら、麹子の肩に顔を埋める。自分たちが、勝ったのだ。あの強豪チームに。そして何より、自分自身に。

 観客席からは、惜しみない拍手が三人に送られていた。

 

「……見事であったな、二人とも」

 

 試合後、コートサイドで息を整える戍と麹子の元へ、カミが静かに歩み寄ってきた。

 

「お……お祖母様……」

 

 戍が顔を上げる。カミは、戍の汗で濡れた前髪をそっと払い、そして初めて見るような優しい眼差しで言った。

 

「……お前の舞は、いついかなる時も、神様に通じるものと信じておった……今日のあの動きもまた、見事な奉納であったのかもしれませぬ」

 

 それは、カミなりの最大限の賛辞だった。戍の目から、再び熱いものが込み上げてくる。

 

「はいっ……! ありがとうございます……!」

「カミチー! 戍は、すげー頑張ったんだど!」

 

 カミは、麹子をちらりと見ると、ふっと息をついた。

 

「コーちゃんも、なかなかのもののようですな。戍を、これからもよろしく頼みますよ」

「ったりめーよ! あたしたちは最強の相棒だかんな!」

 

 麹子は、ニカッと笑って胸を張った。

 

「健気だにゃあ」

 

 共に参加していたチームメイトの■■はその様子を後ろから伺いながら、やれやれと言った風に息を吐いた。

 

 こうして無事にイベントは終わり、祝勝会が家森家で行なわれる。

 

「やっぱ合わねえべ!」

「戌よ、これはどういうことだ」

「だってイチゴバスターズの祝勝会ですよ! 苺尽くししたいじゃないですか!」

 

 反論する戌の声が響き渡る中、いつもの日常、けれど戌にとって、確かに変わっていく日常が、今日もまた送られるのだった。

 

 

*1
今年2月くらいに神社行ったら石段の手すりのとこになんかいたのそのままスルーしたけどあのぬいぐるみどうなったんだろうか。

*2
なんかこの前名産品にしようとしてるって新聞載ってたからそのうち表に出てくるのかもしれないコロッケ。


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