ザジ・ザ・エクスプローラー   作:埴輪庭

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フレイの場合

 ◆

 

 静かに射し込む月光が部屋を蒼く染め上げている。

 

 フレイは窓辺に立ち、夜空を眺めていた。

 

 黒い瞳に映る月はしかし、その白々とした輝きとは裏腹に酷く歪んで見える。

 

 ()()の胸の奥底で膨らむ、歪で病的な感情のせいだろうか。

 

 月を眺めながら、フレイは昔の事を思い出していた。

 

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 あの日、緑色の肌をした筋骨隆々たる『大鬼』によって、仲間たちが次々と引き裂かれた光景が今でも夢に出る。

 

 当時新米騎士のフレイたちは、辺境での過酷な行軍訓練の最中だった。

 

 行軍訓練とは少人数で山に籠り、長期間、自給自足の中で任務を遂行する過酷な訓練だったが、周辺地域は調査済みで、本来ならば『大鬼』といった強力な魔物は事前に排除されているはずだった。

 

 だが、現れたのだ──凄まじい殺戮の権化が。

 

 剣も盾も無意味なほど、その力の差は圧倒的だった。

 

 最後に残されたフレイはただ恐怖に駆られ、懸命に逃げ回えう。

 

 騎士として許されざる行為ではあるが、生存本能は理性を凌駕した。

 

 もう駄目だと諦め、惨めにも死を覚悟したその瞬間──血塗れの剣を肩に担ぎ、まるで退屈な作業でも終えたかのように、平然と佇むザジがそこにいたのだ。

 

 ──「糞鬼がよ、てめぇが暴れまわるから獲物が逃げちまうじゃねえか」

 

 ザジのその憎たらしいまでの余裕があまりに眩しくて、憧れずにはいられなかった。

 

(あの瞬間から、私の人生はあなたに囚われてしまった……)

 

 ──しかし、救われた代償は残酷だった。

 

 騎士団からは『仲間を見捨てて逃げた卑怯者』として糾弾され、除名処分を受けたフレイが次に選んだ道は冒険者の道であった。

 

 ザジと共に冒険する──そんな想いに押されての決断だ。

 

 だが冒険者になったからといって、すぐにザジを誘ったりはしない。

 

 ザジの実力に少しでも近づいてからでないと、足手まといになってしまうからだ。

 

 幸いにもフレイには冒険者としての才覚があり、めきめきと頭角を現していった。

 

 そしてついにザジのパーティ募集を知った時の狂喜といったら──思い出すだけでも胸が張り裂けそうな喜びだった。

 

 だが、憧れのザジは想像以上に問題児だった。

 

 女癖が悪く、金にだらしない最低な男だった。

 

 しかしそんなことはフレイには些細な問題だ。

 

 フレイを最も苦しめたのは、ザジが他の女──サラやレティに執心していることであった。

 

 フレイは自身の性別を殊更明かすことはなかったが、隠しているわけでもない。

 

 ザジが勝手にフレイを男だと誤解していることなど、想像もしなかったのだ。

 

 パーティを組んでいる間、フレイはいつでもザジに抱かれる覚悟を決めていた。

 

 なのにザジはいつまでたっても手を出そうとしてこない。

 

 しかもサラやレティには甘い顔をするのに、自分には冷たく接してくる。

 

 親し気なのは金を無心してくる時だけだ。

 

 そんな日々が続き、フレイに我慢の限界が訪れた時──とある計画を思いついた。

 

 そう、ザジ追放計画である。

 

 あの追放は計画通りだった。

 

 サラとレティの不満に乗じて、ザジをパーティから放逐することまでは──。

 

 その後の段取りも決まっていた。

 

 ザジを一度追い出し、その後追いすがる自分。

 

 二人は“真実の愛”に気づき、死が二人を別つまで、いや、別ったとしても一緒にいるのだ。

 

 すべてはザジと自分だけの世界を作るためであった。

 

 そんな甘ったるく病的な妄想が、フレイの脳髄を支配している。

 

(ザジさん、あなたの全てを愛している。例え品性が下劣であろうと、僕の愛の障害にはならない)

 

 いやむしろ、屑であればあるほど良い。

 

 どうしようもなく品性下劣なザジを、自分だけが愛し、理解し、包み込む。

 

 そんな倒錯した献身に溺れる己の姿を想像すると、フレイは無意識に唇を舐める。

 

(ザジさん、あなたは“本当の僕”を知れば必ず僕に溺れる……)

 

 己の“真実の愛”を疑わないフレイの思考は、もはや正気の域を逸脱している。

 

 騎士だった頃の自制心や品位は跡形もなく、ただザジに対する妄執が彼女の精神を蝕んでいた。

 

 だがしかし、全てはザジの突然の失踪で崩れ去った。

 

 冒険者ギルドでザジが街を去ったことを聞いた時、フレイは身体中の血液が凍るような絶望を味わった。

 

 今この瞬間もザジがどこかの街でくだらない女を口説いているかと思うと、心が掻きむしられるように痛む。

 

 しかしフレイは、この病んだ女はくじけない。

 

 ◆

 

 翌日、フレイは予定通りパーティの解散を告げた。

 

 当然、サラもレティも唖然とした表情を浮かべていたが、そんなことはフレイにとって一切関心のないことであった。

 

「あとは自由にしてください。私も行くべきところがありますから」

 

 短い告げ言葉だけを残し、フレイは旅支度もそこそこに街を発った。

 

 向かう先は、ザジが逃げた先──。

 

 ザジが目指したのは隣国の交易都市リンドバーグだと当たりをつける。

 

 その他の候補はザジの欲望を満たすには余りにもさびれすぎているため、必然的にリンドバーグという選択肢になるのだ。

 

(ザジさん……逃げても無駄ですよ……)

 

 ぐつりと煮えた狂気の澱みを瞳に宿し、フレイは新たな旅路を歩き始めた。

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