ザジ・ザ・エクスプローラー   作:埴輪庭

9 / 9
ザジの場合

 ◆

 

 とある国に、とある貴族がいた。

 

 その貴族には二人の子がいたが、腹は違う。

 

 正妻が産んだ子──ジーザは醜く、妾の産んだ子──アルフレッドは神の寵愛を具現したかのように美しい。

 

 もっとも貴族家において外面が継承の全てを左右するわけではない。

 

 だが父親はジーザをどうしても愛せなかった。

 

 その醜さが自分に瓜二つであったことがより苛立ちに拍車をかけたのだろう。本来なら正妻の子こそ後継として可愛がるはずが、その貴族は妾の子ばかりを溺愛していた。

 

 そうして正妻は露骨に遠ざけられ、妾が屋敷の中で幅を利かせるようになった。

 

 子どもたちが成長しはじめても、扱いは変わらなかった。

 

 ジーザは周囲の使用人が背中越しに「醜いガキだ」「小鬼のようだ」と囁き合う声を何度となく耳にした。

 

 だが、ジーザは幼いながらに「愛されるためには努力するしかない」と考え、剣術や学問に打ち込んだ。

 

 遊びたい盛りの子どもが遊びもせず、朝から晩まで剣を振り、文字の読み書きに執心する──それがどれほど困難な事か。

 

 全ては愛されたい一心であった。

 

 一方、父親に溺愛されていたアルフレッドは、ほとんど学びも鍛錬もしなかった。

 

 さしたる努力なしに与えられる賛辞や衣装や贈り物。

 

 できの悪い子のほうがなぜか可愛がられるのは世の常であろう。

 

 ジーザの努力は報われることがなかった。

 

 どれほど剣を振り、文字を覚えようとも、どれほど礼儀作法を身につけようとも、父親の目は決してこちらを向かなかった。

 

「父上、私は剣術の大会で一位になりました」

 

 彼が父に報告した時、父はただ忌々しそうにその醜い顔を一瞥し、「そうか」とそっけなく応じただけだ。

 

「父上、師匠に褒められました。あなたのように立派になるだろうと」

 

 その言葉に対しても父親の目は冷淡だった。

 

 むしろ苛立ちを隠そうともせず、「醜いくせに、なぜ私の名を口にするのか」とすら言いたげな険しい顔を浮かべた。

 

 やがて、母までもがそんなジーザに背を向けるようになった。

 

 そればかりか正妻として迎えられながら、まるで家の主のように振る舞う妾への嫉妬と屈辱──その鬱憤を、醜い我が子に向けるようになる。

 

「ああ、お前さえ美しく生まれていたなら、私の立場もこんな惨めにはならなかったのに」

 

 そんな母の呟きを、夜な夜な耳にするジーザ。

 

 疎まれ、蔑まれ、憎まれ──それでも自分を愛してもらおうと努力をしても、それが報われる事はない。

 

 やがてその努力も虚しくなり、ジーザの心には徐々に暗い影が差し始める。

 

 いくら愛を求めても、与えられることのない虚しさがジーザを苛み、やがて心はひねくれ、荒みきっていった。

 

 そんなある日のことだった。

 

 廊下を歩いていた時、不意に腹違いの弟──アルフレッドと鉢合わせる。

 

 アルフレッドは優雅な服を身にまとい、貴族特有の無邪気な傲慢さで言った。

 

「おや、またその醜い顔で屋敷をうろついているのか? 僕なら恥ずかしくて部屋から出られないけどな」

 

 アルフレッドは美しい笑みを浮かべながらも、その言葉は剃刀のように鋭く、冷酷だった。

 

「黙れ」

 

 ジーザの口からは低く嗄れた声が漏れた。

 

 だが。

 

「僕が黙ったところで、お前の醜さが消えるわけじゃないよ」

 

 アルフレッドはさらに嘲笑った。

 

 ──その瞬間、積もりに積もった感情が爆発した。

 

「黙れと言っているんだ!」

 

 怒声と共に胸倉を掴む。

 

 アルフレッドは悲鳴を上げ、力任せに振り払おうとするが抗えるはずもない。

 

 幼少からの狂ったような努力の末、ジーザの身体能力は大人数名を向こうにしても引けを取らないほどにまで高まっていたからだ。

 

「あ、兄上、やめてください……!」

 

 弟の悲鳴を聞きつけ、父や母が駆けつけてきた。

 

「お前、一体何をしている!」

 

 父親が声を張り上げる。

 

「こいつが……こいつが僕を馬鹿にしたんだ!」

 

「馬鹿にされたくらいで手を上げるとは、情けない奴め!」

 

 父の怒りは迷わず醜い子に向けられた。

 

「ジーザ! 何をしているの! すぐにアルフレッドを離しなさい!」

 

 母親までもが美しい弟を庇い、自分の息子を敵視した。

 

 その瞬間、ジーザは自分の心が完全に砕け散る音を聞いた気がした。

 

(糞、糞、糞ッ……! そんなに僕が嫌いなら、最初から僕なんて産まなければよかっただろう!)

 

 ジーザは咆哮を上げ、周囲の調度品を次々と叩き割り、壁を殴って大穴を空け、止めようとした父親を剛腕を振り回して吹き飛ばす。

 

「ジーザが狂った! 衛兵を呼べ! もう手がつけられん!」

 

 父親の叫びが響き渡り衛兵が駆けつけるまで、彼はまるで正気を失った猛獣のように暴れ続けた。

 

 ようやく取り押さえられた時には、部屋は見るも無残に荒れ果てていた。

 

 が、ジーザは一応貴族の嫡子であったがゆえに収監とはならず、形式的な説教を受けた後で解放される。

 

 しかしもう彼の足が屋敷へと戻ることはなかった。

 

 誰にも見送られることなく、ただ独り、彼は夜の闇へと姿を消したのだ。

 

 そうしてジーザは親兄弟、世間といったものに恨みつらみを抱きつつ、後に冒険者ザジとして生きる事になる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。