持たざる少年   作:交渉人

1 / 31
1.持たざる少年

 スラムの夜は冷たい。街灯の壊れた路地で、少年はじっと息を殺していた。今日は生き延びるだけじゃない。何かを掴むための一歩を踏み出す日だ。

「……今日は稼ぎになるといいな」

 少年の名前はレイ。クガマヤマ都市のスラム街――シジマの徒党の末端として日々生き延びるためにゴミ漁りをしている。いつかスラムを抜け出し、自分の力で生きたいと思っているがいつになるか皆目見当がつかないのが今の状況だ。

 日の出近くに目が覚めたので徒党の縄張りを見回る。徒党に所属はしているが末端なので設備に寝泊まりが出来るほどの立場にはない。活動もほぼ単独だ。

 徒党としての仕事は縄張りを見回り、ゴミを集め、売れそうなものは売り、処分できるものは処分して、手に負えないものは徒党に報告し、売り上げは上納するというものだ。

 徒党の後ろ盾があるから買取をしてくれるのであって、普通はスラムの孤児は相手にされない。つまり徒党の看板を使った稼ぎだ。手元に残るのは極わずかで貯えといえるものは存在しない。

 

「今日も生活用品は落ちてるな……。毎日拾っても無限に落ちてるのはスラム街の謎の一つだな」

 

 何かを考えているわけじゃない。ただ口に出しているだけだ。

 スラムでは毎日ゴミが増えていく。誰かが捨て、誰かが拾う。

 それが続くだけだ。

 

 ボロボロのコート、靴の片方だけといった使い物にならない布や服。

 都市から流れてくる栄養剤の容器。

 劣化して効果は期待できない使いかけの医療キット。

 誰かが炊いた跡が残る燃えかすの残った簡易ストーブ。

 薬効切れだが、一部は再利用可能な使い捨てナノマシン注射。

 銃弾の薬莢。

 破損した武器。

 血痕がついた鉄くず。

 

 それらは本当のゴミから再利用可能なものまで様々で、価値がありそうなものや再利用可能なものはしかるべき場所に持っていき周辺地域で流通している企業通貨である、オーラムに変えている。

 

「……またかよ」

 

 見慣れた光景だ。血の跡が乾き始め、誰かがここで死んだことを示している。徒党の縄張りに死体が毎日増えていく。慣れたつもりだったが、慣れるわけがない。死体のような大物は一人では運べないため徒党に報告をし、別の者に運ばせることになる。

 

 

「……そろそろ都市配給の時間だな」

 

 太陽が昇り、少し経った頃、都市の食料配給に向かう。スラムでは一日に二度、早朝と夕方に都市から食料の配給がある。理由は色々と言われている。暴動防止のため、慈善事業のため……だが、誰もそんな言葉を信じちゃいない。この食料がなければ、ただ死ぬだけだ。だから黙って受け取る。考える余裕なんてない。

 配給場所はスラム街の広場の一角でここでは争い事はご法度になっている。最悪その日の配給は取りやめになるので取りやめの原因となった住民は袋叩きに遭う。

 

「味はあるんだよな……」

 

 食物に対して最低限の感想を述べたあと、食べ終えたレイは集めたものを売りに行く。

 

 

 店の前に立ち、扉の向こうから聞こえる機械の音と薬品の匂いに鼻をひくつかせる。

 小さなジャンク屋「ゴドーの店」――スラム街では少しは知られている、使えるガラクタを買い取ってくれる場所だ。

 

 レイは木の扉を軽く叩く。

「ゴドー、店開いてるか?」

 中からしわがれた声が返ってきた。

「開いてるさ、いつだってな。どうせまたゴミを持ってきたんだろ?」

 

 扉が軋む音を立てて開く。奥にはゴドー――白髪混じりの短髪に油まみれの作業服。目は細く、口元にはいつもの煙草。スラム街の大半が腹を空かせているというのに、こうして店を続けられるのはスラム街を支配する徒党との繋がりがあるからだろう。

 

 レイは無言で袋の中身を机の上に出した。

「薬莢とナイフ。使えそうか?」

 ゴドーは袋の中を覗き、溜息をつく。

「ったく、お前は相変わらずロクなもん持ってこねえな。……まあ、見てやるよ」

 古い手袋をはめ、薬莢を指先で弾く。小さな金属音が響く。

「弾は詰めれば使えなくもないが、まともなハンター向けじゃねぇな。ナイフは……おいおい、これは元々まともな武器だったのか?」

 ゴドーは刃をひっくり返しながら苦笑する。

「まぁいい。薬莢はひとつ10オーラム、ナイフは……そうだな、100オーラムってとこか」

 レイは微妙な顔をした。

「安くねえか?」

 眉間に皺を寄せる。

「安い?お前の拾いモンにしては破格の値段だぞ。これは俺が情けをかけてると思え。徒党の連中ならタダで寄越せって言うぞ?」

 レイはしばらく考えたが、結局言い返す材料はなかった。ゴドーが買い叩かないだけでも、スラム街の商売人としてはまともな方だ。

「……わかった、売るよ」

 ゴドーは肩を竦めながらカウンターの奥から紙幣の束を引っ張り出した。

「ほい、合計200オーラムだ。せいぜい有意義に使えよ」

 レイはオーラムを受け取り、少しだけ胸の奥で安堵する。

 (今日の稼ぎとしては悪くない……はずだ)

 だが、この金のほとんどは徒党へ上納しなければならない。そう考えると、すでに手の中の価値が半減したような気分だった。

「また持ってくるよ」

 ゴドーは手をひらひらさせさせながら言った。

「おうよ、少しはマシなモン拾ってこいよな」

 レイは店を出て、またスラム街の埃っぽい空気の中へと歩き出す。

 

 

 レイは古びた布袋を握りしめながら、薄暗い通りを歩いていた。

 目的地は診療所。

 診療所と名乗ってはいるが、ここに来るやつの大半は「まともな医療」を期待しているわけではない。ヤツバヤシの店は、スラムで生き延びるための最後の砦――それが、何を意味するかは人それぞれだ。

 錆びたプレートに「八林診療所」と書かれた建物の前で足を止め、扉を押す。微かな薬品臭と、どこからか流れる機械の音。カウンターの奥では、ヤツバヤシが机にもたれながら何かの液体を混ぜていた。

 

 レイが声を掛ける。

「店、開いてるか?」

 ヤツバヤシは視線を向けず、ただ軽く手を振った。

「開いてるとも。死にそうか?」

 レイは顔を顰めた。

 (死にそうになってもここにだけは来たくない……他に行くところはないが)

「違う。売りたいものがある」

 レイは布袋を机に置き、中身を広げる。そこには、半分使いかけで薬効が残っているかも分からない回復薬のボトルと、劣化したナノマシン注射器。

 ヤツバヤシはそれを見るなり、即座に顔をしかめる。

「……ゴミだな」

 レイは食い下がる。

「まだ使えるかも知れないだろ。よく見てくれ」

「いや、ゴミだ」

 ヤツバヤシは溜息をつきながらボトルをひっくり返した。

「こういうのはな、まともな成分が残ってるかどうかの確認に手間がかかるんだ。それを売るなら都市の診療所に持って行け。俺は要らん」

 レイはなおも食い下がる。せっかく拾ってきた物資を無駄には出来なかった。

「廃棄するならどうだ? 処分費として払ってくれ」

 ヤツバヤシは無碍もなく断る。

「タダでもいらん。お前が持ち帰れ」

 レイは歯を食いしばる。このスラムじゃ、何かしら価値があるはずだと思っていたが、想像以上に厳しかった。

 ヤツバヤシはふと手元の薬品の瓶を持ち上げる。中の液体は緑色に発光していた。

「お前、金が欲しいんだろ?」

 レイは眉をしかめる。

「まあ、そうだが」

「なら、500オーラムくれてやる」

 ヤツバヤシは淡々と言い、机の上に瓶を置いた。

「この薬を飲んでくれたらな」

 レイの表情が一瞬で硬直する。瓶の中の液体は、奇妙に揺らぎながら光を放っている。どこからどう見ても、真面(まとも)な薬ではない。

「……何の薬だ?」

「さあな。俺も知りたいんだよ」

 ヤツバヤシはニヤリと笑った。レイは絶句する。

「治験を受けるなら500オーラムやる。これを飲んで体調がどう変化するか、俺が観察する。それだけだ」

 レイは一歩後ずさった。

「遠慮しとく」

 ヤツバヤシは意外そうに問いかける。

「本当に?500オーラムはデカいぞ?」

 レイは更に後ずさる。

「……いやだ」

「……つまらんな」

 ヤツバヤシは瓶を引っ込め、再び机の上の薬を弄り始めた。

「じゃあゴミを持ち帰ってくれ。二度とこんなもん持ってくるんじゃねえぞ」

 レイは息を吐き、布袋を引き寄せる。ここでは何も得られなかった。

 だが、それ以上に――スラム街の医療に深入りするべきではないと、強く実感した。

 足早に診療所を後にし、冷たい空気に包まれるスラム街の通りへと戻る。

 

 

 レイは布袋を抱え、徒党の拠点へ足を向ける。

 徒党へ報告、そして上納。徒党で生きている以上、これは避けられない習慣だ。

 拠点の建物に入ると、薄暗い室内には雑然とした物資が積み上げられている。徒党の管理担当であるミナトはカウンターの奥で帳簿をめくりながら、静かに視線を向けてきた。

「報告だ。見回り中に死体を見つけた。運ぶには人手が要る」

 ミナトは帳簿を閉じ、椅子にもたれながら目を細める。

「どこだ?」

 レイは即答する。

「南側の廃材置き場の近く。腐敗は始まっていないが、放っておくと問題になる」

 ミナトは短く息を吐いた。

「報告しておく。回収する人間を回すが、確実に金になるとは限らんな」

 レイはしばらく黙り、カウンターに布袋を置く。

「売り上げ200オーラム。半分上納のはずだが、死体の件もある。少し残せないか?」

 ミナトは袋を開き、中のオーラムを見てからゆっくりと首を振る。

「その死体が金になる確証はあるのか?」

 レイは顔を歪めながら答えた。

「……まだ分からない。」

 ミナトは淡々と返す。

「ならダメだ。徒党が動くのは必要だからであって、無駄に余分をやるためじゃない。次に期待しろ」

 レイは奥歯を噛み締めながらも、反論はせず、袋を押し出した。ミナトは淡々と金を数え、半分を引き出す。

「ほら、お前の分だ。これでうまくやれ」

 手元に残ったのは 100オーラム 。わずかに重みを感じるその価値は、スラムでは貴重なはずなのに、徒党に流れた分を思うと虚しさが残る。

「……了解」

 レイは短く答え、拠点の外へと歩き出す。徒党にいる限り、こうしたやり取りはずっと続く。

 今日もまた、次の生存のための準備が始まる。

 

 

 徒党の縄張りとはいえ、完全な安全はない。夜の帳が降りる頃、スラムの空気は一層冷たくなり、影の奥に何が潜んでいるか分からない時間が始まる。

 

 レイは使い古された布を肩に掛けながら、いつもの場所へ戻る。

 廃材の隙間、壁に囲まれた狭い空間――それが彼の寝床だ。

 ここなら少なくとも、別の徒党の縄張りで野宿するよりはマシ。だが、安全という言葉とは程遠い。

 

 静かに地べたに座り込み、ポケットから金を取り出す。

 

 100オーラム。

 

 それが、今日の稼ぎの残り。

 

 これを貯めていけば、いつかこの場所を出ていくことができる。都市へ向かうことも、まともな遺跡探索を始めることもできる。徒党に縛られず、自分の足で生きる方法が見つかるはずだ。

 

 だが――そのためには、真面な装備が必要だった。

 

 思い描く。最低限の銃、防具、ナイフ、バックパック。そのためには、最低でも5万オーラムは必要になる。

 

 そして、今手の中にあるのは、たった100オーラム。

 額を押さえ、溜息をつく。

「……遠いな」

 

 このスラムから抜け出す道のりは、まだ果てしなく長い。そして、今日もまた、無力さを噛みしめながら眠りに落ちるしかないのだった。

 

 

 

【本日の収支】

- **ジャンク屋にジャンクを売却** → **+200オーラム**

- **徒党への上納** → **-100オーラム**

 

【現在の貯蓄】

100オーラム

「真面な装備を整えるにはまだ遠い……」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。