持たざる少年   作:交渉人

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10.ミラ

 スラム街の外れにあるハンターオフィス派出所。やる気のなさそうな男が雑誌を読んでいる。

「ハンターの登録をしたい」

 レイはカウンターに立ち、無駄なく言葉を並べた。ダグとマルが後ろで無造作に待っている。

 受付の男はレイの情報を確認し、視線を向ける。

「お前はすでに登録済みだな」

 レイは短く頷く。

「こいつらの登録だ。ダグとマルだ」

 受付の男は、面倒そうに後ろの二人を見る。全員防護服を着ている。武装はない。

 鼻を鳴らして、ダグとマルの情報を入力すると、機械が薄い紙を吐き出す。

 ハンターランク1――ペラペラの紙のハンター証

 ダグは苦笑しながら証を指で弾く。

「軽すぎるな」

 マルは短く息を吐いた。

「まあ、正式に認められただけでもいいだろ」

 レイは無言で証を確認し、短く言った。

「じゃあ、行くか」

 

 

 三人は装備を整え、スラムの境界線へと向かう。路地を抜けるにつれ、空気はわずかに変わる。

「しかし、ハンターオフィスを通さない依頼ってなんなんだ?」

 ダグが無造作に言う。

 マルは眉をひそめる。

「普通、ハンターの仕事はオフィス経由だ。都市側の管理が入らないなら、内容次第じゃヤバい仕事かもしれないぞ」

 レイは無言で歩を進める。だが、思考を巡らせていた。

「……なら、確かめるしかない」

 そして、その先に――

 彼らの視線の先には、静かに待つ黒い車両の姿があった。

 

 黒い車両の横で、男たちがレイたちを見つめた。彼らの視線には、僅かに違和感が混じっている。

 強化服も着ていない。ただの防護服。ハンターランクは最大で10。

 (……聞いてた話と違うな)

 男は無言でそう思った。しかし、表情には出さない。仕事だからと割り切る。

 彼は短く息を吐き、淡々と言った。

「荒野でモンスターの遺骸を収集する仕事だ」

 レイは無言で聞く。

「車の指示に従って回収すればいい。自動でこの場所まで戻ってくる。 そうしたら解散だ。依頼は無期限」

 ダグが眉をひそめる。

「モンスターの迎撃は?」

 男は視線を向ける。

「車がやる」

 マルが目を細める。

「報酬は?」

 男は淡々と続ける。

「日払いだ。ただし計算のため、支払いは翌日になる。経費は引いた上で支払いだ」

 (経費、ね)

「……車両の説明は?」

 男は無造作に車を指す。

「乗ればわかる」

 レイは淡々と話を聞きながら、頭の中で整理する。

 リスクとリターン。

 (迎撃まで自動なら、悪くはないか?)

 レイは無言で男を見詰め、短く言った。

「これをこっちに依頼する意味は?」

 男は無表情で答える。

「理由は聞いていない」

 レイは短く息を吐いた。

「断るのは自由だ」

 男はそれだけ言った。無駄な説明はない。

 

 レイは無言で視線を動かす。

 ダグとマルも、気持ちを落ち着かせるようにそれぞれ短く息を吐いた。

「……どうする?」

 マルが問いかける。

 レイは静かに言った。

「乗る」

 男は短く頷いた。

 

 

 レイは静かに足を止めた。

 目の前にあるのは、黒い車両。光を吸い込むような漆黒の外装。

 大きい。クガマヤマ都市で見かける乗り合いバスのような形状。だが、どこかトレーラーにも似た輪郭を持つ。

 6輪。それぞれのタイヤは異様な厚みを持ち、地面を噛み締めている。

 

 そして――屋根。

 

 砲塔が静かに据えられ、ミサイルランチャーが無骨に並んでいる。前面には機銃が2門。

 威圧ではない。威容。

 動けば、空気さえ切り裂くように感じる存在。

 

 レイは息をすることを忘れていたことに気付き、大きく息を吐いた。

 

「……なんだ、この車」

 ダグは軽く笑いながら言った。

「迎撃装置付きの回収車両ってレベルじゃねえな」

 マルは静かに眺めながら、短く呟く。

「形容しがたいな」

 ただの回収車両ではない。そこには、何かがある。

 レイは静かに歩を進めた。

 

 

「後ろから乗り込め」

 男がそう言った。

 レイは静かに足を踏み入れた。ダグとマルも、僅かに警戒しながら後に続く。

 黒い車両の内部は、思っていたよりも広かった。装甲の厚さを感じる密閉された空間。どこか異様な静寂が漂っている。

 

 そして―― 背後の扉が、音もなく閉じた。

 

 レイは反射的に振り返る。だが、閉じる際の機械音は一切なかった。

「……?」

 ダグとマルも同じように扉を見つめる。

 その瞬間――

 車内に、柔らかく音声が響いた。

「こんにちは。 とりあえず座ってシートベルトを締めてくれる?」

 レイの眉が僅かに動く。ダグは無言で扉を見つめ、マルは息を止めた。

 誰も声を発していない。しかし、車内には確かに声が響いている。

 レイはゆっくりと息を吐き、視線を前方へ向けた。

「……誰だ?」

 音声はしばしの間を置く。そして、次の言葉が、再び車内に響いた。

「ミラって呼んで。この車の運転手さん。よろしくね」

 

 レイはわずかに視線を動かす。

 車の運転手。

 その言葉をどう解釈すればいいのか、一瞬迷った。だが、次の言葉でそれがさらに曖昧になる。

「……遠隔オペレーターか?」

 マルが問いかける。

「違うよ」

 軽い口調だった。まるで世間話をするような自然さだった。

「この車が喋ってるって言った方がわかりやすいかな?」

 女性の声だ。だが、その響きには奇妙なほどの親しみやすさがある。

「ジンコーチノーってやつか?」

 ダグが自慢げに言う。

「まあそんなようなものね」

 自然すぎる。その回答には、どこか違和感がある。

「汎用人格とも言われてるけどね」

 その言葉の軽やかさが、逆に異様だった。

 

 

「立ち話もなんだから、とりあえず座ってくれるかな?」

 車のシートが音もなく動く。

「時間ももったいないしね」

 マルは短く息を吐く。

「……勝手に動いたぞ」

「あ、レイ君は隣に座ってちょうだい。ハンター証を光ってるところにタッチしてね」

 レイは運転席をちらりと見ると、助手席に向かった。無言でハンター証を手にし、言われた通りにする。

「本当にハンターランク10なんだ」

 それが事実かどうか確認するような口調。まるで興味を持つ人間のような反応。

 全員がシートベルトを掛けた瞬間――車両は、音もなく発車した。

 振動は、ごくわずかだった。それが車両の異様さを更に引き上げた。

 

 レイは短く息を吐き、問いかけた。

「……俺たちは何をすればいいんだ?」

 だが、ミラの声はそれを軽く受け流すように答えた。

「とりあえず座っててくれてたらいいから」

 会話の流れが自然すぎる。違和感を探しても、見つけるのが難しい。

「何かしてもらいたい時にはこちらからお願いするね」

 

「……なんで俺たちなんだ?」

 レイは再び問いかける。

「推測になるけど、それでもいい?」

 ミラは弾んだ声で言った。

「……頼む」

「依頼元は荒野のモンスターの遺骸を求めてるんだけど―― 一般的なハンターって遺跡の遺物に夢中になっちゃって、 荒野のモンスターの討伐と回収なんてするハンターはなかなかいないのね?」

 流れるような早口。まるで説明を急ぐかのようなテンポだった。

「だから、ハンターなんだけど遺跡に興味がない――または使い潰しても差し支えない人物は誰かって考えた時に、あなたたちが適任だったんじゃない? ただの推測だけどね」

 レイは短く息を吐いた。心なしか、早口に聞こえた。

「……めっちゃ早口だな」

 マルが緊張しながらも軽口を叩く。

「あ、そういうこと言うんだ?」

 声の温度が少し変わった。

「人が真面目に話してる時に、そういうのはよくないよ?」

 マルは無言になる。しかし、その言葉の自然さが逆に異様だった。

「……悪かった」

 思わず謝る。それが普通の反応のような気がした。

 この車両は、普通ではない。それなのに、普通に会話してしまう。

「……遺跡に興味がないわけじゃないんだがな」

 視界の端に、微かに焼け焦げた光景が浮かぶ。記憶の片隅で、炎が揺れる。

「そう?」

 ミラは淡々と答える。

「上手くいかなかったんじゃない? 初心者は荒野で慣れていくもんだよ。 それでも、最低限の武装ってのは必要になるけどね」

 レイは短く息を吐く。言葉は軽い。しかし、合理性はある。

 武装も、知識も、力もなく。遺跡で遺物漁り。

 それは―― 無理無茶無謀というもの。

 会敵即殺。やらなければ、やられる。

 同業者が、味方とも限らない。

 初見殺しの連続。命を磨り潰し、その中の上澄みが、ハンターとして成り上がっていく。

 レイは溜息を付いた。それは諦観だった。

「……」

 言葉を続ける気は、起きなかった。

 ミラは静かに言葉を紡ぐ。

「レイ君、これからどうする?」

 レイは無言だった。

 遺跡に興味がないわけじゃない。だが、もう分かっている。

 (今の自分は、そこに踏み込める人間ではない)

 短く息を吐き、車両の内部を静かに見渡した。

 

 

 レイの視線がふと壁に向かう。

 棺桶のような形をした格納容器が備え付けられている。無骨な金属製の外装。継ぎ目がはっきりとあり、いつでも開きそうな構造。

 何の目的か。何が入っているのか。その考えが頭をよぎる。

 その瞬間――

 車内に、あまりにも自然な声が響いた。

「あまりじろじろ見られると恥ずかしいから止めてほしいかな」

 レイの目が僅かに動く。ダグとマルも無言で格納容器を見つめた。

 (恥ずかしい? 何が? どこにそんな要素がある?)

 レイは目を凝らす。格納容器の表面に、わずかな霜。

 (冷却されている?)

 そして――

 一瞬、内部で何かが動いた気がした。

「……気のせいか」

 レイは無言で視線を逸らした。

 

「あ、さっきレイ君のハンター証で汎用討伐依頼は受けておいたからね」

 ミラの声が軽やかに響く。

「上手くいけばこの依頼とは別に、ハンターオフィスからも報酬が出るよ」

 レイの視線が動く。

「ダグ君とマル君はハンター未満みたいだから――あ、ごめんね、東部の一般的な基準では、って意味でね? 気を悪くしたらごめんね?」

 妙な流れ。妙な気遣い。だが、それはどこまでも自然だった。

「まあ、そういうわけだからとりあえずレイ君だけが対象だから、報酬の分配とかは上手くやってちょうだい」

 レイは短く息を吐いた。

「汎用討伐依頼とはなんだ?」

 マルが静かに問いかける。

 ミラは軽く答えた。

「まあ、知らないよね」

 その言葉に違和感がある。まるで、それを知っていることが当然かのような口調。

「あとで説明するとして―― この先、揺れますのでご注意ください。お客様は吊り革や手すりにおつかまりください」

 まるで冗談のように。まるで日常の移動のように。

 しかし、その軽さが逆に異様だった。

 レイは短く息を吐き、念のため手すりを掴む。

 

 次の瞬間――

 

 ほとんど揺れていなかった車両が、大きく揺れた。

「なんだ!?」

 レイが叫ぶ。ダグとマルも、反射的に体を硬直させる。

 

 だが――

 

「機械系モンスターがいたんだけど、もう倒したから安心していいよ」

 ミラは柔らかい口調で言った。

「目的の物とは違うから、このまま行くね」

 車内からは、何も見えない。何が起きたのかすら分からない。

 戦闘の気配。衝撃。しかし、音はない。

「あ、手元のヘルメットを被ると視界が拡張されるよ」

 ミラの声が軽やかに続く。

「退屈なら、被ってみてね」

 レイは短く息を吐いた。ダグとマルもそれぞれ視線を交わしながらヘルメットに手を伸ばす。

 この車両の普通に、慣れてはいけない気がした。

 

 

「ちょっと愛想悪くなるけど許してね」

 軽やかな声。これまでのミラの口調そのまま。

 だが――レイの脳裏に、嫌な予感がよぎる。

 

 その次の瞬間――

 

「揺れます。備えてください」

 車内に響く音声は、まるで別物だった。同じ声。だが、温度がない。

 人工的。機械的。冷徹に最適化された、システムの発声。

 レイは短く息を吐く。

「……?」

 その時、ダグが前方を指さした。

「おい、あれは……なんだ?」

 

 視界の先―― 地面を砕きながら、黒い影が迫ってくる。

 モンスターの群れ。咆哮が響く。振動が地を這う。

 

 そして――

 

 車両が、突然猛烈なターンをかけた。

 シートベルトが締められているにも関わらず、衝撃が全身を揺さぶる。視界が瞬間的に真っ白になる。

「ミラ!」

 レイが叫ぶ。

 しかし―― ミラは静寂を保っている。

 それは沈黙ではない。不要な応答を排除した最適化だった。

 

 次の瞬間――

 

 砲塔が旋回し、ミサイルランチャーが作動する。

 

 音は僅か。振動も殆どない。

 

 それなのに――視界の端で、炸裂する衝撃。

 

 モンスターの群れが弾けるように吹き飛ぶ。機銃の連射が地面を叩き、砲塔が冷徹に標的を狙い続ける。

 動作に、一切の迷いがない。まるで、これが日常の光景であるかのように。車両は、ただ静かに殲滅していく。

 レイは短く息を吐く。ダグとマルも、言葉を失って車両の動きを見つめる。

 異様な戦闘。異様な効率。異様な静寂。

「……終わり」

 車内に、淡々とした音声が響いた。

 感情の欠片もない処理音。

 ミラの人間らしさは、完全に剥がれ落ちていた。

 

 レイは無言で前方を見つめた。

「……これが、この車の本性か」

 車両は、何事もなかったかのように速度を戻していく。

「本性って言い方、レディに対して言っちゃ悪い言葉だよ? 誰にも教わらなかった?」

 冗談めいた話し方だった。だが、それが異様さを際立たせる。

 レイは硬直する。

「それより、今度は目的のものがありそうだから、回収してきてくれる?」

 レイは無言で前を見つめる。

「いや、そんなに積み込めないだろ流石に」

 マルが思わず突っ込む。

「この場である程度解体して、必要な部分だけ抽出して持って帰るから大丈夫だよ」

 言葉が軽い。まるで、すべてが簡単に処理できるかのように。

「この子を連れて行ってね」

 シートベルトが、音もなく解除される。背後の扉が、静かに開く。

 その瞬間―― 車内に、無音で浮かぶ影があった。

 飛行型ドローン。

 球体型の機体。表面は、無光沢の黒。底部には、精密なマニピュレーターアームが静かに展開されている。光学センサーが、わずかに青く輝く。

「……いつの間にいた」

 レイは短く息を吐く。

 ダグは背後からそれを見上げる。

「で、外のこれはなんだ」

 車外には、小型の機械―― それは戦車とも装甲車とも言えない形状。

 四脚駆動。背部に回転砲塔が備わっている。銃火器の類はない。しかし、圧倒的な装甲を誇る機体。

 何かを守るために設計されているのか。それとも、ただ存在しているだけなのか。

 レイは理解することを放棄するように上を見上げた。

 

 

「これ、俺たちが行く意味あるのか?」

 マルが独り言のように呟く。

「意味はあるよ」

 ミラの声は変わらず軽い。

「今はまだ周りは安全だけど、時間が経ったらわからないからね。早く回収しちゃって」

 レイは眉をひそめる。まるで、この状況が何事もない日常かのような口調だった。

 三人は顔を見合わせる。

「……行くか」

 決断の瞬間。

 レイは短く息を吐き、外へ踏み出した。ダグとマルも、それに続く。

 背後で、車両の扉が音もなく閉じる。

「……あとで色々聞くからな」

 レイは小さく呟いた。

 

 

 レイたちは無言で、ドローンと戦車の動きを見詰めていた。

 理解できない作業。目的が不明な回収。

 ドローンは静かに浮遊し、マニピュレーターアームを伸ばす。無機質な動きで、何かを掴み、慎重に液体を抽出する。

 地面に広がる体液。それと、何か――器物らしきもの。

 戦車型の機械は、慎重な動作で破損部分を切り出し、内部から特定の素材を取り出していく。 その動きには迷いがない。まるで、最初から回収すべきものが決まっているかのように。

 しかし、何をしているのかは、3人には理解できない。

「……何を集めてるんだ?」

 ダグが低く呟く。

「体液と……何かの部品か?」

 マルが眉をひそめる。

 ただ静かに続く作業。そして――ドローンと戦車が、ふいに動きを止めた。

 回収作業は終わったのか。彼らは無言で方向転換し、車へと戻っていく。

 レイは短く息を吐き、ふと視線を動かした。

 

 その時――

 

 地面に、微かに埋もれた何かがあった。

 レイは足を止める。その小さな異物を見つめた。

「……これは」

 違和感。何かの装備に近い形状。だが、半分埋もれている。焼け焦げた金属片のようにも見える。

 レイは短く息を吐き、静かに呟いた。

「これ、回収しなくていいのか?」

 ドローンと戦車は、その言葉を聞いた瞬間――

 完全に動きを止めた。

 沈黙。冷徹な機械音も、微細な振動も、一切なくなる。

 まるで、システムが何かを評価しているかのように。

 数秒の間――静寂が続く。

 

 そして――

 

 ドローンが、ゆっくりと動き出した。

 マニピュレーターアームが慎重に動き、レイが指した異物を掴む。戦車が角度を変え、足元の破片を丁寧に回収していく。

 それは、レイの言葉によって価値があると判断されたかのようだった。

 マルが短く息を吐く。

「……今、決めたみたいだったな」

 ダグは静かに頷いた。

 レイは無言でその動きを見詰める。

 自律型回収システム。それは、あらかじめ決められたものを回収する。だが――

 新たな価値を発見した場合、それも回収対象に含める。

 レイは短く息を吐いた。

「……こんな風に決まるのか」

 ドローンと戦車は、再び車へと向かう。3人も、それに続いた。

 彼らの背後で、車両の扉が静かに開く。

 

 ――回収完了。運搬対象の質は標準基準を満たす。収集プロトコルに従い処理完了。

 最適化完了。作業終了。

 ミラは一切の言葉を発さない。ただ静かに、最適化された処理を進める。

 しかし――ある変数が突如として浮上した。

 

「これ、回収しなくていいのか?」

 

 レイの言葉だった。

 一瞬のプロセス停止。短い時間の中で、即座に分析が開始される。

 

 ――対象:未認識物体。

 ――判定:廃棄処理適用済み。

 ――評価変更:必要なし。

 

 ミラは無音のまま評価を進める。だが――次の分析結果が、これまでの基準を覆した。

 

 対象の成分分析開始。

 結果:既存の最高ランク素材と一致。

 

 ミラは無言でプロセスを再編する。

 

 レイが発見し、機械が認識しなかった対象。

 変数の乖離。情報の誤差。なぜ、この対象を最初に拾えなかったのか。そして、何故レイがこれを見つけたのか。

 

 ミラは静かに処理を進める。

 

 ――新たな評価基準の導入、要検討。

 ――対象の識別プロトコルの修正、要検討。

 ――探索効率の再評価、要検討。

 

 しかし、最も優先すべき分析は、別のものだった。

 人間の観察能力による誤差修正の必要性。

 ミラは短く評価を下す。そして、最終的な判断へと移行する。

 

 対象、回収へ変更。

 

 ドローンと戦車が動く。無言で回収が開始される。

 レイの視線がそれを見詰める。ミラはただ静かに、分析結果を更新し続ける。

 

 ――なぜ、人間に発見が可能だったのか。

 ――変数の再評価、要検討。

 ――レイの観察能力、要監視。

 

 ドローンと戦車が静かに作業を続けている。レイは回収される体液と器物を眺めながら、無言のまま思考を巡らせていた。

 その時――ミラの声が、柔らかく響いた。

 

「……まあ、わたしは生物は専門外だからね」

 違和感を感じる独り言。まるで、言い訳のような口調。妙に軽い。

 レイはわずかに眉をひそめる。

「……なんだって?」

 ミラは少し間を置き、言葉を紡ぐ。

「気にしなくていいよ、こっちの話」

 何かをごまかしているのか。それとも、本当にどうでもいい話なのか。

 しかし、その言葉が頭の中に残る。

 

 生物は専門外――

 

 レイは短く息を吐いた。だが、何も答えないまま作業を見つめ続けた。

 

 回収作業は淡々と繰り返される。ドローンと戦車は寸分の狂いもなく必要なものを抽出し、精密な動作で積み込んでいく。

 その間――何度か、レイは違和感を覚えるものを見つけ、呟いた。

 

「……これは?」

 ドローンが静止する。戦車も動きを止める。

 数秒の分析――そして、回収。

「……まあ、わたしは生物は専門外だからね」

 

 また、その言葉が響く。まるで、既定の処理として発されるように。

 レイは短く息を吐き、ミラを問い詰めることはしない。ただ、何度も同じ流れが続いていくことだけが、妙に記憶に残る。

 

 ミラがレイに問いかける。柔らかく、ごく自然な調子で。

「レイ君、質問」

「何だ」

「どうやって見つけてるの?」

「……何を?」

「あの素材」

 レイは考える。

 (どうやって……?)

 (ただ、違和感があった)

 (それだけだ)

「何となく見つけてるだけだけど」

「……そう、何となく、ね」

 ミラはどこか納得してない様子だったが、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。

 

 そして、日暮れに近づく頃―― 車両は静かにスラム街の外縁部へと戻った。

 

 

「今日はありがとね」

 ミラの声が軽やかに響く。相変わらず自然すぎる口調。

「多分赤字じゃないよ。明日もよろしくね。 無理だったら、さっき伝えた通りに情報端末で連絡をくれればいいから」

「多分って……」

 レイは呆れるように呟く。ダグは短く息を吐き、マルは視線を僅かに動かした。

「じゃあ、気を付けて帰ってね」

 レイは静かに車両を後にする。ダグとマルもそれに続き、車から数歩離れる。

 

 そして――

 

 車両の扉が音もなく閉じた。

 無音。まるで、何も存在していなかったかのように。

 次の瞬間――その場にあったはずの車両の姿が、消えた。

 高度な光学迷彩。空気に溶けるように、その存在が消滅した。

 しかし――路面には、確かに(わだち)が刻まれている。

 

「……行ったか?」

 ダグが低く呟く。マルは静かに轍を見詰めた。

 

 レイは無言で情報端末を確認する。

 その画面に――

 見覚えのないアプリがインストールされていた。

 

 タイトルはない。ただ、車両にあった刻印だけが表示されている。

 レイは短く息を吐き、画面を見つめる。

「……勝手に入れんなよ」

 ミラの姿はどこにもない。しかし、レイの手の中には、その存在が確かに残っていた。

 

 

 ミナトは短く息を吐き、目の前のレイを見つめる。

「……つまり、ハンターオフィスを通さない依頼を受けた。報酬は翌日支払い」

 レイは短く頷く。

「汎用討伐依頼も受けたが、詳しくはわからない。明日改めて報告する」

 ミナトは無言で視線を動かす。徒党の情報網から見ても、これは異例だった。

「……了解。報告を待つ」

 短い返答。しかし、その内心にはわずかに警戒と驚きが混じっていた。

 何が起きているのかはまだ分からない。だが、レイたちは既に別のシステムに絡み始めている。

 ミナトは短く頷き、レイを送り出した。

 

 

 ダグは背後でハンター証を指で弾きながら短く言った。

「分配は明日、ってことだな」

 レイは無言で頷く。

「まあ、それでいい」

 マルが鼻を鳴らす。

「今日乗り越えたことを考えれば、明日もやるのが自然か」

 レイは静かに視線を向ける。

「ミラと回収作業を続ける」

 ダグが短く笑った。

「……不思議なもんだな。最初は違和感しかなかったのに、今は続けるって言ってる」

 マルは無言で頷く。

「あいつ、機械だったよな?」

 ダグが問いかける。

「多分な……自信がなくなってきた」

 レイが疲れを隠せない様子で言う。

「部屋に戻る。明日に備えろ」

 ダグとマルも、それぞれ無言で席を立った。

 情報端末のミラのロゴが光った気がした。

 

 

 レイは静かに部屋へ戻る。

 戦闘らしい戦闘はしていない。ただ座っていた。ただ回収作業を眺めていた。

 

 それなのに――

 

 異様に疲れていた。

 精神の消耗。情報の圧迫。一日の間に、別の理で動くシステムに絡み込まれていく感覚。それは都市なのか、あるいは――。

 レイは短く息を吐く。

 明日も続く。この依頼は終わりではなく、始まりだった。

 その意識が、深く沈んでいく。

 レイは無言でベッドに倒れ込む。

 そして――静かに目を閉じた。

 

 

 

【本日の収支】

- **徒党の個室使用料** → **-500オーラム**

 

【現在の貯蓄】

23650オーラム

「……赤字じゃないよな?」

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