持たざる少年   作:交渉人

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12.いつもお世話になっております

 レイは無言で情報端末を開いた。

 

 口座の残高――67万オーラム。

 

 画面に浮かぶ数字を見つめる。昨日までの数字と、今日の数字。少しずつ変動する金額。

 明細が表示される。

 

 依頼の報酬:300万オーラム

 弾薬代:200万オーラム

 備品代:150万オーラム

 消耗品代:50万オーラム

 

 レイは短く息を吐いた。

 ミラに聞く。それだけを決めて、端末を閉じる。

 

 

 ミラは静かに計算を進める。

 効率化は滞りなく進んでいる。レイたちの活動時間を延ばすため、彼らが所属してる組織との交渉が必要。最大効率化まで、あと少し。

 レイたちが徒党の管理下で活動時間を制限されることが問題だった。解決するための交渉。必要なのは、徒党側の了承――責任者との交渉。

 

 

 ミラから「責任者と相談がしたい」と言われたレイは、短く息を吐く。

「責任者ってシジマさんか?あまり話したことすらないんだけど……。 まずはミナトに報告だな」

 レイはミナトの元へ向かう。

「依頼元……関係者が責任者と話したいと言ってきてる。活動時間の相談だそうだが、どうすればいい?」

 ミナトは短く考え、答えた。

「……まずは俺が話を聞こう」

 その瞬間――レイの情報端末から、柔らかな音声が響いた。

「わたしはミラ。レイ君たちの面倒を見てる。 交渉相手はどなた?」

 ミナトはわずかに眉をひそめる。しかし、それ以上は表情には出さなかった。

「ミナトだ。こいつらが所属してる徒党の管理をしている。ボスはシジマだが、まずは俺が話を聞こう。相談とはなんだ?」

 ミラは即答する。

「単刀直入に言うと、レイ君たちの活動時間を延ばしたい。聞くところによると、日々の徒党の報告があるって聞いたよ。なんとかできないかな? 例えば、あなたたちの口座に直接上納分を入金し、活動内容の詳細も送るとか」

 疑念点はどこにもない。ミラがどこの誰なのか、以外は。

 ミナトは短く考え、言葉を選ぶ。依頼元を明かさない時点で、聞いたところで無駄だと判断した。

「その内容でよい。こいつらをよろしく頼む」

「話が早くて助かるよ。……ちなみに、あと一人か二人人員を回せないかな? こっちの都合で申し訳ないけれど」

 意外な提案だった。

 ミナトはわずかに考え、答える。

「レイと相談してくれ」

「わかった。じゃあね、ミナトさん」

 通話は静かに切れる。

 ミナトは短く息を吐き、レイを見た。

「レイ、そういうことだから任せた」

「……と言われてもな。まあ、任された」

 

 

 ミラから事前に何も言われていなかった。だから、驚いた。

 (誰か誘うならニナ……かな。まあ、断られたら、それまでだ。ミラには諦めてもらう)

 レイは遠巻きに見ていたニナの元へ向かった。

「ニナ、聞いてたか? 一緒に依頼に行くか?」

 まさかそんな展開になるとは思っていなかったニナは、動きを止める。

「……え!? どういうこと? 私が行っても大丈夫なやつなの、それ?」

「……多分、大丈夫だ。特に危ないことはない。……今のところは」

 即答はできなかった。ニナは考える。

 

 (なんでそんなことになるのよ。聞いてない聞いてない。え、今から? 死ぬの? 私。断れるやつなのこれ?ミナトさん……は、我関せずって感じでもう別のことしてるし)

 

 ミナトは何も言わない。徒党の管理をしているはずなのに、レイたちの動きに干渉するつもりはないように見える。

 

 (……すごい稼ぎをしてるのは見てた。 いいなって思ってた部分はある。だけど――意味がわからない。断ったら……次はないだろうな)

 

 ニナの様子を見ていたレイは静かに声をかけた。

「嫌ならいいんだ。 依頼元にはそう言っておくから、ニナは気にしなくていい」

 その言葉を聞いたニナは、安堵するように息を吐いた。

 (断れるやつなんだ……)

 (だけど、それなら――逆に行っても大丈夫なやつ?)

 根拠はなかった。少し逡巡したが、覚悟を決める。

「……いや、行く。どんなことをやっているのか、話は聞かせて貰える?」

 レイは少し驚いたが、短く頷く。

「わかった。じゃあ向かいながら説明する。信じられないと思うが、まずは聞いて欲しい」

「わかった。まずは黙って話を聞く」

 レイはミラに連絡する。

「ミラ、一人追加で連れていく。概要は話しておくがいいな?」

「いいよー。聞いてたんだけどニナって子で合ってる? 女の子だよね?」

 (聞いてたのか。だが、今更か)

 情報端末はミラから渡されたものだ。どうにでもなるのだろう。

「そうだ」

「わかった。待ってるね。わたしはミラ。ニナちゃんよろしくね」

 名前が呼ばれるとは思ってなかったニナは驚くが、なんとか返事をする。

「ミラ……、さん、よろしくお願いします!」

「ミラでいいよー。じゃあ、後でね」

 通話が切れる。本当に切れているのかは最早わからない。

 

 

「……えっと、聞きたいことは山ほどあるんだけど、要は座ってればいいのね?」

「ああ、あと、回収作業に立ち会えばいい。なんで俺たちが必要なのか未だにわからないがな」

「わからないけどわかった。……あとで色々聞くかもしれない」

「ああ、まあ、すぐ慣れると思うぞ」

 レイは軽く言う。ダグとマルは苦笑する。ミラとの待ち合わせ場所へ向かう。

 

 いつもの場所。近付いた瞬間――光学迷彩が解除される。

 黒い車両が静かに現れ、扉が音もなく開いた。

「こんにちは。今日もよろしくね。わたしはミラ。ニナちゃん、よろしくね」

「……よろ、しくお願いします」

「じゃあ座って、シートベルトを着用してね。すぐ行くよ」

 ミラの軽い口調が、異常なほど自然だった。

 車両が音もなく発車する。異質な日常が、いつもの日常へと変わる。

 

 

 レイは情報端末を見つめる。口座残高。昨日までの数字と、今日の数字。変動する金額。

 そして―― 明細の項目に、疑問があった。

 

 備品代:150万オーラム

 消耗品代:50万オーラム

 

 弾薬代や依頼報酬は理解できる。だが――。

 レイは短く息を吐き、問いかけようとした。しかし、どうせミラが説明するだろうと考え、口を閉じる。

 最近、何でも受け入れるようになってきた。

 (悪い兆候か? だが――どうしようもない)

 妙な方向で度胸がついてきたレイは、自分はこのままでいいのかと考える。しかし――まあ、大丈夫だろう、と結論を出す。

 その時――ミラの軽い声が響いた。

「ではではレイ君が気になっている明細についてだけど、今日は下着と食事を用意しています。ニナちゃんの話があったから大急ぎで追加分を用意するのは大変だったよ」

 レイは面食らった。単純に予想外だったからだ。

 (装備の話ではなかったか? 下着?食事?)

「ミナトさんとは話が付いたから、次回から2食付きだよ。 朝日が昇ったら出発ね」

 レイは眉をひそめる。

「……いや、早いって。……下着って?」

「しばらく白兵戦の予定はないから、防護服の下に着られる装備がいいかなってことで、下着を用意しました。これも結構いいやつだよ」

 全員、わずかに混乱する。しかし――「いいやつなら、まあ……」と受け入れる流れになる。

 レイは溜息を付き、問いかける。

「……持ち帰って着ればいいのか?」

 ダグとマルは無言だった。もうミラに無駄な質問はせず、すべてレイに任せる。ニナも話についていけず、何も言わなかった。

「そうだね。その辺の強化服より頑丈だけど、 今すぐ着る必要はないかなって思うから、それでいいと思うよ。ちなみに転売は…… あとはわかるよね?」

 レイとマルは、表情を歪める。

 (またそれか)

 ダグは既に梱包を解き、伸び縮みさせている。ニナは無言のまま、そのやり取りを見つめる。

 (来ちゃダメだったやつだこれ)

 (だけど――徒党にいても先はない。今は流されるしかない、ね)

 

 食事の時間。ミラが用意したものは携帯栄養食と飲み物。栄養重視。だが、味は悪くない。スラム街ではなく都市の基準においても。

「おいミラ……、これって……、光ってるんだけど」

 マルが、緑色に発光している飲み物を指差す。

 ミラは軽く答えた。

「クリームソーダって言うんだけど、見たことないかな? 美味しいよ」

 とある胡散臭い人物を思い浮かべた者は全員、わずかに表情を歪める。

「うんま!」

 ダグが叫ぶ。

 レイは短く息を吐く。

 (まあ、お前は飲むよな)

「……美味しい」

 ニナが小さく呟く。

 レイは溜息をつき、飲む。

「……悪くない」

 マルは無言だった。しかし、最後に――飲んだ。

「ミラ、おかわりはあるか?」

「ないよー。 飲みたかったら、明日も来てね」

「うす……」

 

 

 モンスターの遺骸をドローンが回収していく。その動きの中で、ミラの声が車内放送のように響いた。 

「えー、今から大騒ぎになるから、しっかりシートベルトを締めて、手すりに掴まっててね。 ……ヘルメットを着用し、案内に従ってください」

 レイは僅かに表情を変えた。ミラの様子が変わっている。

 心当たりがあった。狩りの時間だ。

「ニナ、これからミラは戦闘に入る。大丈夫だ、何も怖いことはない。 大きく揺れるから備えておけ。ダグとマルも、な」

 ダグとマルは頷く。ニナは、体を硬直させながらも頷いた。

 

 

 情報を纏めたミラは、旧世界の通信インフラである旧領域を経由し、正式な手続き(プロトコル)に従い、関係各所に営業をかけ始める。

 

『いつもお世話になっております。ミラにございます。現在、シアラズ国首都近傍、現地呼称クガマヤマ周辺域にて御社製と思しき製品が、設計意図とは異なる動作を行っている可能性を示しており、関連当局より対処要請がございましたため、ご連絡差し上げました。つきましては、本件に関し、緊急の製品運用の安定化を目的とした調整作業対応のご提案とお見積を添付しております。ご確認の上、処理権限の委任を含めたご契約可否のご判断いただけますと幸甚に存じます』

『脅迫と取るべきか?』

『とんでもございません。あくまで御社の法的利益とブランド価値保全を最優先に考慮した上での提案でございます。現東部地域の安定性ならびに、流通路再確保の観点からも、御社の長期収益に資すると判断し、当方より僭越ながらご案内差し上げた所存です。なお、時間的猶予に限りがございますため、お早めにご判断をいただければ誠に幸いにございます』

『委任処理及び振込処理完了。契約実行の成否によっては、今後の業務提携を検討する』

『ご契約、誠にありがとうございます。ただちに処理作業へ移行いたします。作業完了後、ログおよび映像記録を併せて、実行記録と最終報告書とともに、ご報告申し上げます。今後とも、どうぞミラをよろしくお願い申し上げます』

 

『いつもお世話になっております。ミラにございます。現在、御社が管理中の第17区域周辺にて、他社製造物体群が予期せぬ挙動を示している事象を確認いたしました。御社の施設運用における安全性の観点から、環境の最適化についてご提案させていただきたく存じます。つきましては、本件に関する緊急の施設環境管理・安全性向上業務のご提案とお見積もりを添付しております。地上干渉機構に制限のある御社状況を鑑み、全面的な対処の実行を当方にて代行可能です。ご確認のうえ、ご契約可否をご判断いただけますと幸甚に存じます』

『振込の範囲内で対応されたし。現地地形上、こちらからの直接介入は不可能。速やかな処理を期待する』

『ご契約、誠にありがとうございます。ただちに作業を開始し、被害最小化および御社施設構造体への損耗抑制に努めます。作業完了後、実行記録と最終報告書をご報告申し上げます。今後とも、どうぞミラをよろしくお願い申し上げます』

 

 要約すると──駆除してやるから、金寄越せ、とミラは強請(ゆす)っていた。

 

 東部に蔓延(はびこ)るモンスター。それらを製造している企業、設備、工場。それらは旧世界の法により製造物責任がある。

 旧世界の存在との取引により、旧世界の通貨であるコロンを稼ぐ。ミラはそのような生業(なりわい)をする、東部のごく一般的な自営業者であった。

 連絡が取れない者。無応答な者。取引に応じる者。取引を断る者。

 様々な対応をされるが、それら全てを束ねて稼げる分だけを稼ぐと結構な稼ぎになるのであった。

 

『今回の稼ぎは悪くない。これもレイの影響か?観察を継続する必要がある。これだけ稼げば、あるいは』

 ミラは思案しつつ、迎撃態勢に入る。

 八台の戦車が光学迷彩を解除し、展開していく。

『顧客からも迅速な対応を要求されている。久々の大仕事だ』

 

 

 ほどなくして、遺跡の瓦礫を押しのけ、モンスターの大群が出現した。腐肉を纏う生物型、関節が逆に折れた甲殻種、鋼板と神経が混線したような機械獣。明らかに異なる進化系統の個体が混在しているが、統率が取れている。──頭上のビル影、その屋上に、一際巨大な狼型モンスターが姿を見せた。

 

「指揮体確認。推定指揮系リンク数:82体。撃破優先度:A1」

 

 ミラの声が通信回線に無感情に響く。指揮中枢となる戦闘車を中心に、八台の戦車が既に包囲陣を形成していた。全ユニットの視界・音響・振動センサーデータが、ミラに集約されている。

「迎撃プロトコル起動。対力場装甲(アンチフォースフィールドアーマー)弾装填。右3番、レーザー主砲に切替。反応曲線補正済」

 その声と同時に、八台の砲塔がそれぞれ異なる軌道を描いて旋回する。一斉射。対力場装甲(アンチフォースフィールドアーマー)弾が空気を割き、力場装甲(フォースフィールドアーマー)を持つ個体群へ正確に着弾する。着弾点から力場を破砕するエネルギー衝撃が広がり、あらゆる光の壁が割れるように崩壊した。

 同時に、右3番──最新鋭の主砲ユニットを搭載した車両の砲塔が、回転を止めた。

「目標収束完了。射線クリア。発射」

 時間が止まったかのように、僅かに遅れてレーザーが閃いた。波長調整された収束エネルギーは空気を焼き、三体の機械モンスターを直線上で貫いた。焼けた鉄と肉の臭いが風に乗る。

 狼型が咆哮を上げた。途端にモンスターたちが突撃に転じる。

「侵攻開始を確認。第二火線、前進制御」

 ミラの命令と共に、戦車の二列目が滑るように前進。精緻な同期精度で、互いの射線を妨げずに配置を最適化していく。兵器は考えない。ただ撃つ。圧倒的な速度で、計算で、容赦なく。

「損耗率推定:0%。敵戦力消耗率:18%──更新、23%」

 モンスターの群れは止まらない。だがその進撃は、着弾の衝撃と炎熱と粒子崩壊の中で徐々に瓦解しつつあった。

 

 

 レイは、ヘルメット越しの視界を見つめた。

 戦車。整然と展開している。周りを見渡すと隊列にも見えた。

「……あれも、ミラなのか?」

 ミラは静寂のままだった。

 

 しばらくは揺れる車内でニナの叫び声が聞こえていたが、小一時間もすると慣れてきたのか車内は静寂に包まれる。各々ミラから与えられた学習コンテンツに没頭する。

 

 暫く時が経った頃、ミラの声が軽やかに響く。

「おまたせー!お疲れっしたー!」

 今までで一番緩い。

 (これがミラの素……、なんだろうか)

「ああ、お疲れ様」

 レイが苦笑しながら言う。

「じゃあ帰ろうか。今日は回収は出来なかったけど報酬は出すから安心してね」

 弾む声。どこかテンションが上がっているようにも聞こえる。

 (赤字じゃなければいい……、ミラの目的はなんだ?)

 思案するが、答えは出ない。

 

 

「じゃあ明日からはもっともっとやっていくからよろしく!えーと時間はレイ君から聞いてね。じゃあまた明日!」

 光学迷彩により、空気に溶けるように消える。一行は拠点へ向かう。

「なんか……、すごかったね。毎回こうなの?」

「いや、ここまでのは初めてだ。まあこっちは何もしないから楽なもんだろ」

 (何もできない、というのが正しいけどな)

 苦笑しつつニナに返す。

「そう……、明日も続くのね」

「今日と同じかはわからないけどな」

マルが思い出したように告げる。

「あ、レイ? 今日から俺らお前の部屋で寝泊まりするから」

「……は?」

 

 

 

【本日の収支】

- **依頼の報酬** → **+300万オーラム**

- **依頼の弾薬費** → **-200万オーラム**

- **備品代** → **-150万オーラム**

- **消耗品代** → **-50万オーラム**

- **汎用討伐依頼の報酬** → **+5万オーラム**

 

【現在の貯蓄】

67万オーラム

「少しなのか大金なのかもうわからない」

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