持たざる少年   作:交渉人

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15.試運転

 展示台の間を歩く火華が、肩越しにこちらを振り返る。

「まだまだ見せたいものがあるんだが……」

『せっかく並べたのに!』

 口調にはどこか不服そうな響きが混じっていた。

「……もう勘弁してくれ……」

 レイはうんざりとした顔で首を振った。目元に疲労の色が濃い。どれだけ並べてくるんだという気持ちが、口に出すまでもなく全身から滲んでいた。

 

 展示スペースはやけに広かった。天井も高く、反響も大きい。展示台はあるにはあるが、並んでいるのは手前数メートルだけで、奥の空間はぽっかりと空いている。

 (……なんだこれ。無駄にデカくないか?)

 レイは訝しげに周囲を見渡す。仕切りも遮蔽もない。ただ、空間が広すぎるだけ。その違和感に気付いたタイミングで、火華の声が落ちてきた。

「有料の品は隠してある。コロンがあるなら話は別だが……持ってないだろう?」

「へ?」

 レイは目を瞬いた。コロン──旧世界の通貨。名前くらいは聞いたことがある。旧文明の遺物や超技術を扱う一部の組織や個人が、コロンで取引を行う。そんな都市伝説のような話は知っていた。

「まあ、口座くらいはあるだろう。ミラから情報端末は渡されているはずだ。あれはうちの製品だしな」

 (コロンの口座……? 情報端末と、どう関係あんだよ……)

 思考がついていかず、言葉を失う。レイの混乱をよそに、火華は間髪入れずに続けた。

「まあ、待て。そこでだ。価値のある素材を持ち込めば、コロンで買い取ってやる。持ってくる気があるなら、な」

 そう言うと、火華は展示台の脇に手を伸ばし、見慣れた機械に触れた。素材回収の際に活躍していた、あの小型の戦車だ。気が付くともう一機──飛行型ドローンがホバリングして頭上に待機している。

「これを持っていけ。初回サービスってやつだ。獲物の解体作業に使え」

「これ……ミラの車両にあったやつと同じか?」

「そうだ。簡単な命令で動く。獲物を綺麗に解体するぞ」

 レイはドローンを見上げ、暫く沈黙した。

「……いいのか、これ。タダで?」

 火華は答えず、代わりにミラと視線を交わす。

 

『いつも通りだな』

『都市に流れず、こっちに入るなら、十分成功だね』

『初期投資に対する回収率も期待できる。レイの運は侮れない』

 

 旧世界の通信網を通じて、密談が交わされていた。レイはそのやり取りを感知できない。ドローンを見上げながら、ぽつりとつぶやいた。

「……ありがたいが、なんか釣られてる気もするな」

 火華は次に、レイの情報端末を指差した。画面にはいつの間にか新しいアイコンが表示されていた。円形のノードを模した、見慣れない意匠。

「そのアプリを通して、工房の座標を通知する。わたしの工房は固定された拠点ではなく、移動式だ。気が向いたときに来ればいい」

「……わかった。気が向いたら、また来るよ」

 口ではそう言いながら、内心では気が向くどころでは済まなさそうな予感があった。

「またのご来訪をお待ちしております」

 芝居掛かった仕草で礼をする火華。その動作はどこか楽しげだった。

 

 本来なら、ハンターオフィスや企業に渡るはずの素材。だが今、それは別の意思を持つ存在へと流れようとしている。火華とミラ──旧世界の残滓が手を取り合い、裏側から資源の流れを少しずつ変えている。それは本来、統企連(人類)に対する裏切りに近い行為だが、レイはまだその意味を知らない。

 

 

 クガマヤマ都市への帰還を前に、強化服が彼らの元へ運ばれてきた。無骨なコンテナが開かれ、中から四体の強化服が立ち上がる。淡い発光を纏った強化服は、人がいないにも関わらず、自律制御で動いていた。

「これ、まさか自分で歩いてくんのか……?」

 レイの呟きに、火華が肩越しに答える。

「当たり前だろう。着用からサイズ調整まで、全自動対応だ。装着者の骨格、筋肉密度、旧傷の履歴から最適な荷重配置までリアルタイムで補正する」

 火華の声は当然といった調子だったが、それがどれだけ異常な技術か、彼らは知っている。──現代の中性能(ミドルエンド)──高性能(ハイエンド)の強化服ですら、着脱には時間と介助が必要なのが一般的。調整(フィッティング)には訓練された補助者が必要で、下手をすればミスマッチで骨を折ることもある。

 だが、目の前にある強化服は──人を選ばない。小柄なニナに向かった一体は、その身体にぴたりと吸い付くように接合し、細部が静かに収縮して最適化された。逆に、並んでいたダグの元へ歩いた一体は、装着の最中に内部機構のサイズそのものを変化させ、ダグの巨体を包む構造へ変形していく。

「なんだこれ……一瞬で終わったんだが」

 ニナは肩を軽く回し、強化服の反応を試している。

「うん、いいねこれ。静かだし、軽い」

 レイの前に立った強化服もまた、自動的に接近してくる。まるで人の意志を読んでいるかのように動き、そのまま自然に装着が完了する。

(……マジで、何から何まで桁違いだな)

 金属の感触はあっても、不快ではない。支えられている感覚よりも、動きが軽くなるという方向の補助感が強い。火華は最後に一言、淡々と告げた。

「それでは、またのお越しを」

 

 

 車両の前でクガマヤマ都市への帰投の準備を終えると、ミラがドアを開けながら軽く振り向いた。

「帰りは、この車でお願いね。しっかり整備されてるよ」

「俺が運転するのか?……いや、ありがたいけどさ」

 レイは車体を見上げた。装甲は分厚く、主砲と副兵装らしきものが車体に搭載されている。見た目には申し分ない。問題は、中身──つまり、操作だ。

 (運転とか兵装とか……何ひとつわからん)

 言い出すのも気が引けて逡巡していると、それを見透かしたようにミラが先に口を開いた。

「運転の仕方、わからないでしょ? 帰り道で教えるから、安心して」

「……助かる」

 車内に乗り込むと、ミラは助手席のパネルを立ち上げていく。一方、後部座席ではマルが自分の端末を抱えていた。それを確認したミラは、一つ頷くと、端末を手早く操作する。

 

 レイの前のインターフェースが展開されると同時に、車載の情報収集機器がマルの持つ情報収集機器と連携を開始した。複数の小ウィンドウが接続を示すように並び、データの流れを静かに可視化する。

 車載の情報収集よりも遥かに高性能なご褒美の機器は、標準索敵レンジと解析速度を同時に底上げし、ついでに兵装の演算補正まで巻き込んで命中率にも寄与する構造だ。

 (……なんか、すげえ本格的なことになってきたな)

 レイはごくりと喉を鳴らした。

「じゃ、まずは走行からね。これが手動制御。いまは補助モードが有効だから、安心して」

「お、おう……これか?」

「左下のスライダーを。加速、減速はその下のパドルで調整」

 ハンドルの手応えは軽く、反応は鋭い。感覚としては、車両側がこちらの未熟さを見越して自動補正をかけてくれているようだった。

「次は索敵。この設定が標準。今なら……あそこくらいまでは拾える」

「これ、伸ばせるのか?」

「できるけど、精度は落ちるし──」

 そこまで言って、ミラは画面を一度タップする。そこには「探知強度:標準」「誤認率:低」「感知リスク:中」といった情報が並んでいた。

 索敵範囲を広げれば広げるほど、取得情報は粗くなる。

 更に、高出力の波はモンスター側にこちらの存在を感知させる危険性を伴う。強く見つけようとすれば、強く見つかる。それがこの世界のバランスだった。

 (……なるほど、そういう仕組みか)

 言葉には出さずに、レイは小さく息を吐いた。

「兵装の操作も教える?」

「いや、それはここでは──って、おい」

 ミラは手元の端末で兵装インターフェースを開こうとしていたが、すんでのところで操作を止める。

「冗談だよ。ちゃんと教えるときにやるよ。暴発されたら困るし」

「……先に言ってくれ」

 助手席から、笑い声が漏れる。生身の人間と遜色ない、絶妙な抑揚と間合い──ニナ以外の三人は、いまだミラを人間だと信じて疑っていない。

 ニナはミラをちらりと見る。

 見た目、動き、反応、全てが完璧すぎる。でも――

 (言っても信じないだろうな)

 ニナは黙っていることにした。

 車両の後方では、二体のドローンが、それぞれ車体の後部と上部の格納部に滑り込んだ。接続音が微かに鳴り、直後──視界から消える。 

 光学迷彩による隠蔽。最初から存在しなかったかのように、静かにその姿を消した。

「これ、解体中とか、どう動くかしっかり見てえな……」

 思わず漏らしたレイの呟きに、助手席からくすっとした笑いが返ってくる。

「そのうち見えるよ。きっと、すぐに、ね」

 その時、後部座席で端末を弄っていたダグがぽつりと口を開いた。

「……副砲の発射間隔が短い。命中補正もついてるし、単発より一斉射向きだな。よし、覚えた」

「見てたのかよ」

「使える武器は勉強するって決めたからな。火力担当の責任だ」

「お、急に頼れる発言」

 ニナが笑いかける。ダグは座席のシートをゆっくり倒し始めていた。

「ま、オレは寝るわ。起きたら戻ってるって感じで、よろしくー」

 いつもの調子。その軽さが、逆に日常感を引き戻していた。レイはハンドルを握りながら、ディスプレイの角度を微調整する。そしてふと、静かに思った。

 (──思ったより、乗れてきたかもな)

 

 

 訓練を一通り終えた車内に、静けさが戻っていた。

 レイはもう一度、ハンドルとインターフェースに目を走らせる。加速スライダー、ブレーキパドル、補助機能のオン/オフ。索敵は標準。兵装は安全ロック済み。ドローン二体も、光学迷彩のまま静かに格納部で待機している。

 (……よし)

 極自然に息を吐いて、レイはシートに体を預けた。

「発進準備、完了。出る」

「うん、どうぞ。……あ、くれぐれもここでは撃ったりしないでね。最悪、工房ごと吹き飛ぶから」

「やるわけないだろ。……吹き飛ぶの?」

 レイは引き攣った表情を浮かべる。後部座席から小さな笑い声が響く。

 

 車両が静かに前進を始めた。

 格納リフトのシールドが上がり、進路が開けていく。ミラの手元の端末に従って、開閉扉が順に作動し、まるで見えない誘導線が道を作っていくようだった。

 

 そのまま外に出ると、夕闇が深く落ちていた。地平線には、赤味を帯びた空がまだ僅かに残っている。荒野に出ると、右側から大きな影が並びかけてくる。

 

 ミラの車両だった。以前から見てきた、大型の戦闘車両が、並走していた。同じ速度、同じ間隔。自動制御とは思えないほど滑らかな追従だった。

「わたしの車、並走させておくから。何かあればすぐ援護に入るよ」

 ミラがそう言ったタイミングで、ディスプレイの片隅に味方識別信号が浮かび上がった。支援連携、アクティブ。通信状態は良好、弾道補正系も即時対応の圏内だ。

 (……マジで、至れり尽くせりだな)

 レイは思わず苦笑する。

 荒野の風が、僅かに車体を揺らした。車内にはエンジンの低い駆動音が、床を通じて伝わってくる。車窓の外には、徐々に夜の帳が落ちていく。さっきまで過ごしていた火華の工房が、視界の後方に遠ざかっていった。

 一つの区切りだった。

 

 

 夜の荒野に、警告音が低く響いた。

「接近反応──正面、距離三百」

 ミラの声と同時に、前方のディスプレイに赤いシグナルが浮かび上がる。レーダー上には複数の接近マーカー。動きは直線的で、速度も速い。

「向こうも感知したね。数は三、いや──四」

 視界の先に、暗いシルエットが浮かび上がる。

 背中から無骨な機関砲を生やした獣型──ウェポンドッグ。脚部は鋼鉄の関節に変わっており、砂を蹴る音が車内にまで伝わってきそうな勢いで迫ってくる。

「来るよ、距離二百」

「よし、やるぞ。兵装、使用していいな?」

「いいよ。そのための訓練だから。レクチャーしながらやろうか」

 ミラの指示に合わせて、兵装インターフェースが立ち上がる。

「まず主砲。これは実弾系で、装填されてるのは通常弾。遠距離でも貫通力が高い。連射は利かないけど、正確に撃てば一撃で落とせるよ」

「SSFF弾……ってのもあるな?」

「うん、火華が言ってた専用弾がそれ。でもそっちは十発しか入ってない。火華の工房でしか補給できない上に、すっごく高いから、今回はやめとこっか。必要なときまで温存しよ」

 レイは頷き、主砲の照準を敵に合わせる。

「次、副砲。こっちはレーザー系。単発も斉射もできる。連射性は高いけど、貫通力は主砲に劣るから、小型モンスター向きかな」

「了解……照準、いける。撃つぞ!」

 レイが引き金を引く。

 砲塔が旋回し、僅かな振動のあと──重い砲撃音が車体を揺らした。砲弾が一体のウェポンドッグに直撃し、砕けた鋼骨の破片が闇の中に舞う。

「命中。動きが鈍った」

「続けて、副砲──斉射設定で。まとめて薙ぎ払えるよ」

「こいつか……!」

 レイがタップする指を切り替え、斉射設定に変更。高エネルギーの収束光が束になって発射され、前方のウェポンドッグ二体が弾かれたように転倒する。

「残り一体。右前方」

「……主砲、再装填完了──撃つ!」

 再び主砲が吠える。振動と同時に、最後の一体が脚部を吹き飛ばされて倒れ込んだ。砂煙だけが、ゆるく夜風に巻かれて流れていく。

「戦闘終了。撃破を確認。素材の回収は?」

「爆散してんじゃ無理そうだな。今回はこのまま行く」

「うん、それでいいと思うよ」

 ミラの声は、どこか満足げだった。

「命中精度、安定してたよ。索敵との連携も問題なし。主砲、副砲ともに基本操作は習得済みと判断できるかな」

「ありがとう。……車ってより兵器扱ってるって感じだな、これ」

「ハンターが扱う荒野向け車両ってそういうものだからね。移動する砲台みたいなものだよ」

 レイは軽く息を吐きながら、インターフェースの一つをタップする。エネルギー残量の確認表示が開いた。

 戦闘中に副砲は使ったはずだが──メーターは全く減っていなかった。

 (……消費、ゼロ?)

 厳密には数値が揺れていたが、補填速度が上回っていた。

 移動中の今ですら微量ながら補填が進んでいる。車両が停止すれば、この回復はさらに速まるらしい。

 火華が言っていたことを思い出す。──防御と副砲、車両はすべて共通のエネルギーを消費する。ただし、それは完全な使い切りではなく、周囲環境から常に吸い上げる仕組み。東部全域に満ちる目に見えない微粒子──ナノマシンや色無しの霧の成分を利用した、補填システム。

 (……やっぱり、この車。エネルギー管理が肝だな)

 感心とともに、小さな安堵が胸に灯る。しばらくは補給なしでも動ける。訓練だけに終わらない、使える手応えがあった。

 

 

 スラム街の外縁部。見慣れた、寂れた瓦礫地帯の一角に、車両がゆっくりと滑り込んだ。

 夕闇はすっかり夜に溶け、廃ビルの陰が長く伸びている。照明も信号もない無人地帯。それでも、ここはいつもの集合・解散の場所だった。

 車両が完全に停止すると、隣に並走していたミラの車両も速度を落とし、停止する。

 レイが外に出ると、ミラも車両から降りてきた。

「おつかれさま。初運転、上出来だったよ」

「ミラのおかげだ、ありがとう」

 レイは照れくさそうに笑った。

 その反応を見て、ミラはいつもの調子で笑う。

「どういたしまして。縁があれば、また会えるよ。それじゃ、またね!」

 軽く手を振り、彼女は自分の車両へと戻っていく。機体後部のドアが自動で開き、無音で閉じると、車体表面がゆっくりと色を失い、背景と同化していった。

 

 一拍の後──

 

 そこには、赤茶けた荒地に残る、二本の轍だけが浮かんでいた。

 

「……最後まで、ミラらしいな」

 レイは苦笑する。そのまま情報端末を取り出して、画面を確認する。

 火華の工房にアクセスするためのアプリは新たに追加されていた。

 だが──

 (……ミラの、消えてる?)

 彼女と連絡を取り合っていた、専用のアプリが跡形もなく消えていた。履歴も、ショートカットも。まるで最初から存在しなかったかのように。

 

 ──本当に、最後まで。

 

 そんな思いを胸に残しながら、レイは再び運転席に乗り込んだ。

 

 

 車両を走らせて、シジマの徒党が確保している拠点へと戻る。だが、駐車の段階で早くも問題が発覚した。駐車場のスペースが、明らかに狭い。

建物の壁をギリギリまで避けながらなんとかねじ込むも、出入りすら困難な有様だった。

 元々徒党の寝泊まり用の区画に、ハンター向けの荒野仕様の車両をそのまま突っ込もうとしたのが間違いだった。

「……これはさすがに、明日ミナトに相談だな」

 レイは溜息混じりにそう呟く。

 助手席からはダグのいびき、後部座席ではマルとニナが静かに寝息を立てている。

 レイはひとまず強化服を脱ぎ、丁寧に畳んで荷室の収納に収めた。その動作には、どこか儀式めいた慎重さがあった。強化服は何かとリンクするように明滅を始める。

 

 ──今日という一日を、終えるという区切り。

 

 車内の照明を一段階落とし、シートに体を沈める。目を閉じる直前、レイの口元がわずかに緩んだ。

「……なんだかんだで、悪くなかったな」

 疲れと、充足と。(かす)かな未来への期待を胸に、(まぶた)は静かに降りた。

 

 

 

【現在の貯蓄】

2000万オーラム

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