持たざる少年   作:交渉人

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17.観光ドライブ

 朝の光が拠点の壁越しに差し込んでいた。

 起き抜けのレイは、車内で伸びをしながらふと天井を見上げる。

 (……今日からだ)

 誰に命じられたわけでもない。だが、準備は整った。だったら──あとは動くだけだ。

 

 身支度を済ませ、車両の制御系を起動させながら、レイは手元の情報端末を操作する。ハンターサイトから──「依頼受付」と記されたアイコンを選択する。

 表示されたのは汎用討伐依頼。内容は単純だ。指定区域で確認されたモンスターの討伐情報を送信すれば報酬が支払われる。

 誰にでも受注可能、報酬は安価。だが、モンスターが現れる限り無限に稼げる、都市を拠点とするハンターに取って、保険のような依頼だった。

「これでよし、と──」

 情報端末を操作し、依頼を受注。「有効:24時間」の表示が浮かぶ。

 

 出撃前の小さな儀式を終え、レイはドアを開けて外に出た。車両の近くでは既にニナが腕を組んで待っていた。

「今日は、予定通り?」

「ああ。まずは都市の外周を回ってみる。クズスハラ街遺跡は逆方向だし、そっちは避ける。索敵の試験も兼ねて、軽くな」

「了解。無茶さえしなければ、それでいいよ」

 ニナは手早く荷物の最終確認を始める。

 ほどなくして、マルとダグも姿を現した。ダグは両手にスナックバーを持っている。既に半分(かじ)られていた。

「つーか今日がハンター初日って、実感ねぇな。試走みてーな気分だ」

「その感覚のまま、何事もなければ理想だけどな」

 マルは淡々と、車両の周囲を一周して確認を終えると、情報端末を掲げた。

「ドローン、起動。索敵機器、オンライン。位置補正完了」

 レイはドアを開けて乗り込み、エンジンを始動させた。低く唸る音と共に、車両のインターフェースが立ち上がる。

 座席に全員が収まったことを確認し、レイは改めて呟いた。

「じゃ、行くか」

 ハンドルを握る手に、微かな汗が滲んでいた。クガマヤマ都市が後方に遠ざかる頃、胸中には──静かな緊張と、高揚があった。

 

 

 クガマヤマ都市の外周をぐるりと回るように、車両はなだらかな地形を滑るように進んでいく。

 この辺りは、見通しが良く、遮蔽物が少ない。索敵訓練にはうってつけだったが──何の反応もなかった。

「……マジで何もいないな」

 運転席のレイがぼやく。情報収集機器には、風のノイズと僅かな地形データしか映らない。

「ハンターの数が多すぎるのかもな。別のハンターが討伐済みか、モンスターが避けてるか」

 後部座席からマルが応じる。手元の情報端末を情報収集機器と連動させ、索敵を行っていた。

「観光ドライブになってきたぞ」

 ダグが助手席で退屈そうに言う。

「──ん、待て。反応あり。砂礫の尾根、南東方向」

 マルの声が変わった。

「三体、小型。分類確定。スキッパー」

 

 レイがインターフェースを操作して、車載カメラの倍率を上げる。

 そこには、小型の二足歩行型モンスター──獣と骨格を混ぜたようなフレームが、飛び跳ねながら移動する姿が映っていた。

「跳躍型機械獣モンスターの最下位種。群れでの行動、露出した動力部が弱点。スピードはそこそこ」

「手始めにはちょうどいいな」

 レイは兵装操作用のインターフェースを立ち上げようとして──不意に、横から手が伸びた。

「俺がやる」

「……大丈夫か?」

「見てたからわかる。多分、やれる」

 ダグは端末をスライドして、兵装操作用のインターフェースを自分のインターフェースに引き込んだ。

 レイは一瞬躊躇(ためら)ったが、結局、肩を竦めて譲る。

「まずは単発で行け」

「了解」

 マルが情報収集機器から照準データを送信する。

 ダグは副砲の出力を最小限に設定し、呼吸を合わせるように照準を微調整した。

「──行くぜ」

 レイがブレーキを軽く踏み、車両を安定させた。次の瞬間、副砲が小さな閃光を放つ。前方のスキッパーが跳躍したその瞬間、光線が脚部に命中。関節部から火花が散り、回転しながら地面に叩きつけられる。

「よし、次」

 残る二体が左右に回り込んでくる。ダグは副砲を斉射に切り替え、時間差でトリガーを叩いた。光線が交差するように発射され、一体は胸部を貫かれ、もう一体も脚を破壊されて地面を滑る。

 暫くして、モニター上から反応が消えた。

「……三体、撃破確認」

「副砲、悪くねぇな」

「反動ないし、当たれば潰れる。オレ向きだ」

 ダグが嬉しそうに笑う。

「素材はどうする? 一応拾っとくか」

「回収しよう。初戦の成果ってことで」

 レイが頷くと、後部のハッチが開き、ドローンが一体ずつ移動していく。スキッパーの残骸に接触すると、自動で部位を解体・分別し、素材として格納を始めた。

「素材の解析終了。……火華の買取は無理だな。どのカテゴリーにも該当せず」

 マルが淡々と告げる。

「ハンターオフィスの方で売るしかないか」

 レイはモニターに目を戻しながら、小さく息をついた。

「──まあ、初戦としては上出来か。滑り出しとしては上々だな」

 

 

 車両は再び緩やかな速度で荒野を進んでいた。

 スキッパー戦のあと、二、三の小競り合いがあった。

 群れからはぐれた獣型のモンスターを副砲で排除し、素材は一応回収しておいた。

 いずれも火華の買取リストには該当せず、売却先はハンターオフィスになるだろう。それでも──全体として、初日の戦果としては悪くない。

「……今日はここらで切り上げたほうがいいかもね」

 後部座席のニナが言う。その顔には、張りつめていた緊張がようやく緩んだような、微かな安堵が浮かんでいた。

「無茶な展開にならなくて助かった。全員無事」

「初日としては合格点、ってやつだな」

 マルが頷きながら端末を操作している。ドローンのエネルギー残量や素材格納の進捗がリストアップされていく。

「帰りは都市をぐるっと回って帰るか?」

 ダグが後部座席で身を伸ばしながら言った。

「そっちの方が景色いいし、走りながらレーダー試すのもありだろ」

「了解。帰投ルートに入る。索敵は通常範囲で……」

 その時だった。

 

「……あれ?」

 マルが目を細める。

「変な反応。南東、遠距離。強度不明──断続的な反応がある。……これ、何だ?」

 レイも画面を覗き込む。

 情報収集機器の表示には、わずかに乱れたリング状の波紋が走っていた。

 それは何かが、地中から断続的に何かを発しているような──そんな、不穏な兆候だった。

「誤検知か? 地形のノイズじゃ……」

「いや、繰り返してる。……反応、増幅。確定。大型反応」

 マルの言葉が終わると同時に、車両の横──砂利の混じる地表が、不意に爆ぜた。

「来るぞ!」

 レイがブレーキを踏み込む。直後、地面が盛り上がり、巨大な影が弧を描いて飛び出す。

 鋼のような装甲に覆われた魚類の輪郭──だが、それは水ではなく、砂を裂いて跳んでいた。

 

 一瞬、空中で口を開いたそれが見せたのは、砲身。続けてミサイルの尾のようなヒレが光を残してきらめく。そして、そのまま砂中に潜行して姿を消す。

「なんだ、今のは……!」

「わからん。あれは──索敵にも捕捉不能」

「とにかく、あの動き……次がある!」

 ニナの叫びに呼応するように、車両の警報が赤に切り替わる。

「退避行動に移る。出力最大──」

 レイはすぐに加速をかけた。タイヤが地面を蹴り、砂煙を巻き上げながら車両は急加速する。その後方──追うかのように、砂の波がうねるように移動してくる。

 (やばいのを引いた……!)

 それは、偶然か、それとも最初から狙っていたのか──

 予定外の戦闘が、始まろうとしていた。

 

 

「左! また来る!」

 ニナが叫ぶ。車両の警告アラートがそれと同時に赤い点滅に切り替わった。

 情報収集機器には、地表をうねる異常波形──モンスターの接近がはっきりと映っていた。

「くそっ、避け──!」

 レイがハンドルを引いた直後、車体が激しく傾く。次の瞬間、爆音と共に車両の後方装甲を砲撃が叩いた。だが、車体はそのまま持ちこたえる。力場装甲(フォースフィールドアーマー)が瞬時に展開され、外部からの衝撃を緩和したのだ。

 その防御時、装甲表面が一瞬だけ、虹色の断熱光のような光芒を拡散させた。それは吸収した衝撃エネルギーの余波を、熱と光に変換して排出したものだった。

「……防げたが、光が走った。あれが力場装甲(フォースフィールドアーマー)か……!」

 マルが観測情報を呟く。

「言ってる場合じゃない! 来るぞ、ミサイル!」

 ダグの叫びと同時に、斜め後方から何本ものミサイルが砂煙の中から突き抜けてくる。

「迎撃! 手動で!」

 ダグが副砲の制御を切り替え、一発、二発と照準を合わせてミサイルを打ち落としていく。だが、完全には間に合わない。

「足りねえ、全部は無理だ!」

 一発が車体後部に命中。炸裂音が響き、今度は力場が歪むように波打った。

「大丈夫、大丈夫だ……くそっ、今のでどのくらい……」

 レイがエネルギー残量を確認する。車体の制御系統、力場装甲(フォースフィールドアーマー)、副砲出力──それら全てが共通のエネルギーリソースから供給されており、既に消耗が始まっている。

「ちょっと! なんで回避してないの!?」

 ニナが怒鳴る。座席のベルトを握りしめ、半ば絶叫するように声を張った。

「ミサイルは撃ち落として! 潜行軌道、こっち来るよ!」

「やってんだろ! でも間に合わねぇんだよ!」

「それってつまり下手ってこと!? 代わる!?」

「勘弁してくれニナ、頼むから落ち着いてくれ……!」

「後方、また来る! 三十秒で砲撃予想!」

「雑魚が出た!」

「魚雷みてえな奴! 数、五、六……それ以上!」

 モンスターが跳躍したあとに放ったミサイルの一部は、小型モンスターに変形していた。地面を這うように接近し、車体に取り付き、自爆特攻を仕掛けてくる。

「……こいつら全部撃ち落とす!」

 ダグが、短く叫ぶ。

 ミサイルの炸裂音、光の閃光、小型モンスターの自爆。荒野には爆風が連続し、車体はその度に揺れた。

 レイが歯を食いしばりながら、警告が次々と更新されるディスプレイを睨む。

 (このままじゃジリ貧だ……!)

 視界の端には、再び砂を割って跳び出そうとするモンスターの砲身が覗いていた。

 

 

「動きが読めない……これ、どうやって回避すれば──っ!」

 ニナが歯を食いしばる。モニターは赤く明滅し、マルの情報収集機器はノイズ混じりの検知データを吐き出していた。

「マル、どう!? あいつ、何なの!?」

「……今やってる! こっちの反応、記録と突合開始!」

 車体の揺れに耐えながら、マルが手元の端末を操作する。情報収集機器からのリアルタイムデータを選別し、荒野の気象条件や地形ノイズを排除──あらゆる判定モードを手動で切り替え、認識を試みていた。

「構成フレーム、旧型。パターン照合……完了。分類コード出た! 送ったぞ!」

 ニナが端末を覗き込み、即座に検索をかける。ハンターオフィスが公開しているモンスター情報、そしてハンター向け掲示板──一連の情報群から、該当するエントリを見つけ出す。

「──いた。レイドシャーク! 特別報酬付きだ!」

「マジか!?」

 レイが驚きの声を上げた。

「賞金首ではないけど、独自に報奨金が設定されてるモンスター。撃破すれば、高額の報酬が出るって」

「金になるってことか……やってやる!」

 ダグが副砲の操作に力を込めた。

「でも……このままじゃやられる!」

 ニナが鋭く言う。

「回避が間に合ってないの、手動と自動がぶつかってるせいじゃない!?」

「……なっ」

 レイの目が見開かれる。

 車両の回避挙動──現在は手動と補助制御の半自動に設定されていた。だが、手動操作が優先される仕様のため、補助制御は回避行動を抑制されていたのだ。

「自動に──全部任せる!」

 レイが素早くインターフェースを操作。車両の制御設定が全自動回避優先に切り替わる。

 

 直後、地面を突き破ってレイドシャークが跳ね上がった瞬間、車両はタイミングを見計らったように左へドリフト気味に滑り、砲身の照準から外れる。

「避けた……!」

「これだよ、最初からこうしてれば……!」

 ニナの安堵と同時に、マルが情報端末を操作する。

「副砲、自動迎撃設定……設定可能。設定、許可していいか?」

「いい! やれ!」

「……やったぞ!」

 副砲の制御が変更された。次に接近してきたミサイルが自動照準(オートロックオン)され、同時にレーザーが閃く。ミサイルが次々と空中で爆発し、煙と爆炎をまき散らす。

「よしっ、今のは全部落とした!」

「自動の方が俺より正確かよ……クソが、いや、でも助かる!」

ダグが苦笑しながら言った。混乱した車内が少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 車両は自動操縦のまま、レイドシャークの潜行軌道を追って距離を取りつつ、次の跳躍に備えていた。

「やれる……ここからだ!」

 レイがそう呟いた時、彼らの視界の中で、レイドシャークが再び大きく弧を描いて姿を現した。

 

 

「来る……!」

 ニナの声と同時に、情報収集機器が跳ね上げる波形を拾った。地中からの反応が一気に加速する。

 それは今までとは違う──ミサイル攻撃を全て迎撃されたことで行動パターンを変更。一撃に賭けるような、明確な跳躍軌道。車両のディスプレイに、レイドシャークの動作予測が立体的に表示される。

「こっちに向かって、飛ぶぞ!」

「……ダグ、主砲いけるか!」

「ああ、どっちの弾にする? 通常か、専用弾か……!」

 レイの手元には、砲弾の選択が浮かんでいた。

 【通常弾】

 【SSFF弾】

 ──選択肢は並んでいる。

 

 一瞬、レイは迷った。

 専用弾。火華の工房で渡された、砲弾。だが、あれは補給に制限がある。手に入れるには、火華の工房に赴き、恐らくコロン払いでの補給が必要になる。つまり補給は不可能だ。

 (専用弾は、もっとやばいのに取っとくべきか……)

 頭に浮かぶのは、ミラとの会話。──「高いから、今回は使わないでおこうね」。

 (戦局は安定した……温存だ!)

「通常だ! 狙え!」

 レイが決断を下す。ダグは短くうなずいた。

「了解。──あの跳び上がり、読み切った」

 レイドシャークが、空を割った。まるで獲物を仕留めるための跳躍だった。砲口を開き、ヒレを閃かせたその瞬間──

「喰らえ!」

 ──轟音。

 車体が一瞬だけ沈み、次の瞬間には激しい反動と共に、主砲が火を噴いた。閃光が視界を裂き、爆音が耳を震わせる。

 

 跳躍中のレイドシャークの腹部に、砲弾が直撃する。

「──やった……!?」

 着弾の瞬間、鈍い衝撃音とともに爆ぜる金属片と火花。

 空中でレイドシャークの腹部装甲が弾け飛び、突如として口部──主砲らしき砲身の奥が閃光を灯した。直後、雷鳴のような爆音とともに、巨体の内部からもう一度、爆風が噴き上がる。レイドシャークの砲身──内部に残されていた砲弾に誘爆したのだ。膨れ上がる火球、吹き上がる砂煙、焼けた金属が遠くまで飛散する。

「っ──! 備えろ!」

 直後、砂地に叩きつけられたレイドシャークの巨体は、爆炎とともに四散した。

 光、衝撃、爆音。すべてが過ぎ去った後、そこに残っていたのは──黒煙と、焼け焦げた砂だけだった。

「……さすがに死んだろ」

 マルが、茫然とした様子で言った。

「素材……」

 レイがディスプレイに映る残骸を見つめる。

 金属片は四散し、焼け焦げ、原型を留めていない。

 残ったのは、爆発の衝撃から奇跡的に逃れた尾ヒレの一部──ミサイルユニットらしき構造が、ひしゃげた状態で地面に転がっていた。

 

「回収する……けど、これは……」

「まあ、報酬があるんだ。いいじゃねえか」

 ダグが肩を竦める。

「うん。……あと、無事だったことに感謝」

 ニナが、座席に体を預けるように脱力する。その姿は、極限の緊張からようやく解放された者のものだった。

「エネルギー残量、大分減ってる」

 マルがぽつりと報告する。レイはハンドルを握りながら、小さく息を吐いた。

「……危なかったな。でも、やれた」

 レイドシャークの残骸から、乾いた風が舞い上がる。車両はその風を受けながら、静かにエンジンの火を落とした。

 初めての本格的な狩りが、幕を下ろした瞬間だった。

 

 

 戦いの終わった現場には、暫くの間、何も動くものがなかった。砂と焦げた金属の匂いが、熱風に乗って流れていく。

「……さて。報告、しとくか」

 レイは情報端末を起動し、ハンターオフィスのサイトにアクセスする。特別報酬対象モンスターの撃破時には、報告が必要だった。

 隣でマルが静かに頷く。

「情報収集機器からの戦闘ログ、端末と同期済みだ。提出用の情報、まとめてある。送るよ」

「ああ。……送信、っと」

 レイが送信ボタンをタップすると、確認用のサブウィンドウが展開される。

 【撃破対象:レイドシャーク】

 【位置データ:取得済み】

 【戦闘ログ:音声/映像/モーション波形/エネルギー反応……付帯確認】

「……ん、送信完了」

 画面が切り替わり、

 【内容を確認後、担当者が現地対応を行います。しばらくお待ちください。】

 というシステムメッセージが表示された。

 

「対応って、ほんとに来んのか?」

「来るだろ。特別報酬対象だから。放置される方が、問題だ」

 マルが淡々と答えた。車外に出たレイは、残骸から少し距離を取りつつ、辺りを見渡す。

「……っても、しばらくかかるか。どこから来んだろ」

「下位区画の奥に専用のヤードがある。恐らくそこからだな」

「予想時間は?」

「約二十から三十分ってところだな」

 マルは情報収集機器の索敵範囲を最大に引き上げ、周囲の反応を監視していた。砂嵐に近い空気粒子ノイズを除去し、細かい反応の浮上を拾い上げる。

「反応、なし。地中潜行型も確認されず。しばらくは安全だ、多分」

「ふう……」

 ニナが車体の影で腰を下ろし、ようやく呼吸を整える。

「わたしも……監視する。情報送って」

「了解。転送する」

 

 ダグは車の陰でドローンの手入れをしながら、緊張感のない声で言った。

「こういうの、あれだよな。戦った後の本番終わりって感じで気が抜ける」

「気、抜きすぎんなよ。お前が気抜くと何か飛んでくる気がしてならねえ」

 レイが苦笑する。

「そっちこそ、ぼーっとしてると踏まれるぞ」

 そんなやりとりをしているうちに、索敵画面の端に新しい反応が浮かび上がった。

「車両の反応。四輪の、大型。識別信号あり。……ハンターオフィスの車両だ」

 マルの報告と同時に、砂煙を上げて一台の装甲車両が遠方から現れる。

「……来たな」

 レイは目を細めた。

 陽炎の向こう、ハンターオフィスのエンブレムを掲げた車両が、真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。

 

 

 装甲車両が停止すると、ドアが静かに開き、中から数名の人物が降りてきた。

 先頭はハンターオフィスの職員。黒を基調としたスーツに、落ち着いた風 貌の男だった。

 その後ろには、武装した護衛が三人。全員が無言のまま、鋭い視線で辺りを確認している。

 職員は無表情を保ったまま、レイたちと車両を見やる。

 (……強化服、見覚えがないな。どこの製品だ?──この車両、この装備で……あのランクか)

 職員は近づくと、まず周囲に一礼だけして、端末を手早く起動した。

「──レイドシャーク、特別報酬対象モンスター、撃破報告を受領。記録と現場状況の照合を行います」

「……ああ、頼む」

 戦闘ログに目を通しながら、職員は淡々と現場を見渡した。残骸は既に冷え、尾ヒレの一部がかろうじて原型を保ったまま転がっている。

 (装備の性能に助けられたか? ……戦闘経験は浅いな)

 

「確認完了。記録内容と対象特徴、破損状況、照合完了しました。撃破報酬、500万オーラム──支払処理を行います」

 手元の端末で数度の操作を終えたあと、レイの情報端末に通知が届く。

 

 【報酬:5,000,000オーラムが振り込まれました。支払元:ハンターオフィス】

 

 レイは画面をちらりと見てから、小さく息を吐いた。

「……それで、この素材──買取でいいのか?」

「素材の処分は任意です。売却を希望する場合は、当方で回収を行います」

 職員がそう答えると、マルが横から小声でレイに告げた。

「あの尾ヒレ部分、ダメだ」

 (あれもダメか……、一体何なら買い取ってくれるんだ、火華)

「……ハンターオフィスに売却する」

 レイの返答に、職員は小さく頷く。

「承知しました。素材売却に関しては、別途査定の上、後日振込処理を行います。標準では翌営業日となりますが、前倒しされる可能性もあります」

 

 護衛の一人が、残骸に近づき、回収用の機械を設置した。機械的な音と共に、残骸がゆっくりと収容されていく。

「──これで、全部か?」

「はい。手続きは以上となります」

 職員は淡々と答え、端末を胸ポケットに戻そうとしたその時、レイが問いを投げた。

「なあ……こういうの、そんなにゴロゴロいるもんなのか? その、都市の周りって」

 職員はわずかに眉を動かしたが、すぐに表情を戻す。

「いえ、そうでもありません。強力な個体は大抵賞金首に指定され、早期に対処されます。ですが……賞金首には至らないが厄介な個体というのは、(まれ)に出ます。今回のように放置されていたケースもあります」

 レイは眉間に皺を寄せる。

「……つまり、運がなかったってことか」

「ええ。逃げられなかったんですか?」

 レイは少し口籠ってから、鼻を鳴らした。

「そんな余裕、なかったよ……」

 職員は思案する。

 (なるほど。装備は本物、だが運用はまだ未熟……──報告すべきか? いや、まだそういう段階じゃない、か)

 職員はそれ以上の反応を見せず、小さく一礼すると装甲車両へと戻っていった。護衛たちも無言のまま彼の後を追い、ドアが静かに閉まる。

 やがてエンジンが始動し、車両は再び砂を巻き上げながら、都市の方向へと去っていった。

 

 風が残骸のあった地面をさらい、そこにあったものの痕跡すら消していく。

 レイはその場に立ったまま、ぼそりと呟いた。

「……荒野ってのは……何が出るかわかんないな」

 

 荒野に出没するモンスターの中には、ごく(まれ)に、異常なまでの変異を遂げる個体がある。

通常種よりも耐久性や攻撃性が桁違いで、既存データでは測れない挙動を見せるそれらは──通常、周辺の都市経済に著しく影響を及ぼすとされ、駆除対象と見なされる。

 これにより懸賞金が設定され、賞金首モンスターとして認定される。賞金首の報酬額は高額であり、撃破記録はハンターランクの査定でも優遇対象となる。そのため、都市を拠点とするハンターの間では、早期の討伐競争が生じることも珍しくない。

 しかし──強さと危険性は必ずしも一致しない。変異した個体の中には、局地的に出現し、特定の行動パターンのみを示すことで、実害が限定的と判断されるものもある。

 そうしたケースでは、賞金首としての認定はされず、代わりに特別報酬付きモンスターとしての扱いが与えられる。

 これは言わば準賞金首のような存在であり、撃破によって報酬は得られるものの、報酬額や、ハンターランク査定への影響は賞金首と比較すると小さく、必ずしも積極的に狙われるとは限らない。

 レイドシャークはその典型だった。

 本来、このタイプの機械獣は、既に広く解析されており、対処も確立されつつあるカテゴリだ。だが、レイドシャークはそれらとは別系統の進化を遂げていた。潜行と跳躍を併用する運動性能、尾ヒレに搭載されたミサイルユニット、そして砲撃に匹敵する威力を持つ突進、極めて強力な砲撃──いずれも一般的なタイプから大きく逸脱している。

 それにも関わらず、実害報告が少ないこと、出没地域が限定的であったことから、賞金首の認定には至らなかった。

 結果として、倒すのに苦労する割に、見返りが小さい──そう認識されたレイドシャークは、長らく放置された特別報酬付きモンスターとなっていた。

 レイたちが遭遇したのは、完全に偶然だった。索敵範囲を広げすぎた結果、互いに存在を感知し、反応し合った。運が悪かった。

 ただ、それ以上に──運が良かった。ハンターとして初めての出撃で、明確に格上の獲物を撃破した。それが評価にどう繋がるかはともかく、確実に言えるのは一つだけ。誰か一人でも判断を間違えていたら──あの跳ね上がる影の下で、レイたちのハンター稼業は終わっていた。

 

 

 ハンターオフィスの買取所で素材の売却手続きを終え、拠点へ戻ってきたとき、日は既に傾き始めていた。

夕焼けに照らされた駐車スペースに車両を滑り込ませ、エンジンを停止させる。

「……おつかれ」

 レイの言葉に、ニナがシートを倒したまま軽く息をつく。

「ありがと……あと、戦闘中、ちょっと取り乱した。ごめん」

「あ? いや、こっちこそ、結果的に危険な目に遭わせて悪かった」

「……まぁ、こっちも少しは覚悟してたから」

 

 (わだかま)りなく交わされたやり取りに、車内の空気が少し和らぐ。マルは既に情報収集機器の電源を落とし、ケーブルを巻き取っていた。ダグは車内に置いた水筒をラッパ飲みしながら、座席にもたれて言う。

「専用弾は使わなかったし、あのデカブツ倒せたのはデカいよな。……少し休むわ」

「ああ、ゆっくりしろ」

 レイは頷くと、装甲の内側に手をかけた。装着していた強化服のロックを外し、バックパネルを軽く押す。微かな音がして、服がスライドしながら脱着体勢へと切り替わった。マルも、ニナも、順に脱いでいく。

小柄なニナの強化服が、まるで自分から脱ごうとするようにスムーズに開く様子が印象的だった。着用者に最適化された設計。その違和感の無さが、逆に強化服の異質さを浮き彫りにする。全員が強化服を脱ぎ終えると、ようやく素に戻れた気がした。

 

「……で、報酬か」

 レイは情報端末を操作し、500万オーラムの報酬振込を再確認する。すぐに徒党の口座に、総額の25%──125万オーラムを上納として振り込む。振込完了と同時に、無機質な通知だけが返ってきた。

「で、残り375万──頭割りで」

 指先でパネルを叩き、残額を三人分の個人口座に振り分けていく。端数が出るのを避けるため、レイの取り分はやや多めになった。その他の分は活動全体での支出のため、分配の対象外としていた。

「振り込みしたぞ」

 三人は端末を確認したが、特に誰も何も言わなかった。数字が動いたこと。それだけで十分、という顔をしていた。

 

 レイは小さく息を吐いて、車外へ出る。バックルを外すと、しばらくその場で伸びをしてから、再び情報端末を開いた。

「……戦闘ログ、見てみるか」

 レイドシャーク戦。情報収集機器が記録した戦闘データを再生する。主砲の照準ログ、副砲の稼働回数、回避機動の履歴。そして──エネルギー残量。

 (……これは)

 戦闘中、最もエネルギー残量が下がったタイミングで残量48%。車両のエネルギーは常時自動補填されるとはいえ、これほど一気に消耗したのは初めてだった。

 (……あと二、三回ミスってたら、マジでやばかったな)

 頭では理解していた。だが、数値として突きつけられると、実感が違う。

 

 エネルギー切れになることは早々ない。だが、それは絶対ではない。気を抜いたら、車も、自分も、──仲間も守れない。

 レイは静かに端末を閉じ、車体の脇に立って振り返る。砂埃に(まみ)れたその装甲が、やけに頼もしく見えた。

「……明日からも、気を引き締めていかないとな」

 独り言ちた声は、車両のフレームにだけ聞こえた気がした。

 

 

 

【本日の収支】

- **レイドシャーク討伐報酬** → **+500万オーラム**

- **徒党への上納** → **-125万オーラム**

- **分け前の分配** → **-240万オーラム**

- **汎用討伐依頼報酬** → **+5万オーラム**

- **モンスターの素材売却** → **+150万オーラム**

 

【現在の貯蓄】

1330万オーラム

0コロン

「結果的には稼げたが……」

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