持たざる少年 作:交渉人
翌朝、拠点の共用室に集まった五人は、どこか居心地の悪い沈黙を共有していた。
テーブル中央の簡易モニターには、昨日登録したばかりの新メンバーの名前が光っている。
――リン。
マルが最初に口を開いた。
「……昨日は詳しく聞かなかったが。なぜリンが入った?」
無機質で抑揚のない声。けれど、問いの中には合理的ではない、というニュアンスが濃く滲んでいた。
レイは、一瞬だけ視線を宙に泳がせた。
(なんで、か……)
ニナに付き添って徒党の拠点へ行き、紹介された候補者の中で唯一「付き合ってもいい」と言ったのがリンだった。おどおどしていて、戦闘能力も多分ない。それにも関わらず、断らなかったのは、恐らく面倒を避けたい気持ちと、その場の空気に押された結果に見えた。
雰囲気に流されたのはレイも同じだった。結果的によく知らない者を大した理由もなく引き込んでいる。
だが、それを正直に言えばいろいろと問題になるのは火を見るより明らかだった。
「いろいろ……考えた結果だよ」
曖昧な笑みを作り、濁すように答える。
「いろいろ……、ね」
マルは更に追及しなかったが、その瞳の奥は、完全には納得していないようだった。
テーブルを挟んで座るダグは、肘を突きながら気怠げに言った。
「で、どうすんだ? 装備もねぇし、拠点で留守番か?」
それに対してニナが口を挟む。
「でも、拠点っていっても安全じゃないでしょ。昨日聞いたじゃん、誰ぞが死体担いでカチコミかけてきたって話」
死体の押し売り。スラム街では不意のトラブルは日常茶飯事だ。
「まあ防犯は強化したけどな。とはいえ、だ」
マルが淡々と補足する。
「……だよな」
レイは軽く息を吐く。
「買ってもいいが、まずは火華のところに行ってみる。ダメ元で、何かしら持たせられるかもしれない」
所在なさげにやり取りを黙って聞いていたリンが、そっと手を挙げた。
「……あの、私……戦ったりは……ちょっと……」
言葉は弱々しいが、口元にはわずかな意思の影が宿る。
「……でも……車は……運転、してみたいです」
「何?」
レイは思わず瞬きをした。
戦闘拒否はある意味で予想していたが、運転の希望は意外だった。
(……そういや、拠点で端末いじってる時も、車とか見てた……か?)
「運転、ね……」
レイは暫く考え、ポケットから情報端末を取り出した。自分が最初に使っていたものだ。
「これ、やる。車のマニュアルを入れておく。暇な時に読んどけ。……あ、文字読める?」
リンは頷いた後、両手でそれを受け取り、小さく「ありがとう」と呟いた。
その声色に、ほんの僅かな高揚が混ざっているのをレイは聞き逃さなかった。
会話が一段落すると、モニターに映る地図へと視線が移る。
現在の火華の工房の座標は、クガマヤマ都市より更に東方。モンスターの脅威に基づく危険度表示が変わる境界付近にあった。
「東に行くほど、モンスターは強くなる。分布も濃い」
マルが事務的に説明する。
「戦闘は避けたい。迷彩と索敵を有効に使って、最短で行って最短で戻る」
レイは指示を出した。
ニナはリンをちらりと見やり、「……なんか貰えるといいね」と小さく笑った。
その笑みに安心させられる一方で、レイはもし何も得られなかったらどうするか、という算段を心の中で巡らせていた。
出発の準備が始まる。
レイは自室で強化服の駆動部を確認し、予備のエネルギーパックをバックパックに詰め込む。
マルは防犯用のタレットと監視カメラを確認し、拠点周囲の自動防衛設定を起動状態にする。
ダグはAAH突撃銃を手に空撃ちしながら、「こいつを使う状況はあるかな」と呟く。
ニナは携帯食糧や、回復薬を準備する。
リンは情報端末を開き、車両のマニュアルを読み始めていた。
出発前、全員がエントランスに集合する。
「メインの目的はあくまで火華の工房だ。戦闘は極力避ける。最悪の場合は撤退だ。記録が残る、汎用討伐依頼は受けない」
レイがそう言い切ると、マルは無言で頷き、ダグは肩を回しながら短く「了解」と告げる。
ニナは「じゃ、行こっか」とリンを促し、車両へと導いた。
シャッターが上がり、荒野の熱風が吹き込む。
荒野向けの車両が低く唸り、ゆっくりと前進する。
都市外縁を抜ける頃、リンは窓の外を食い入るように眺めていた。その瞳の奥には、怯えと、ほんの少しの期待が入り混じった光があった。
◇
都市外縁を抜け、舗装が途切れると、車両の足回りに荒野特有の細かい砂利の感触が伝わってくる。
前方の地平線は揺らぎ、熱波が陽炎となって空気を歪ませていた。
レイは、速度計を見ながら意図的に巡航速度を落としていた。
車両のパワーならもっと速く走れるが、それをやらない理由はある。
「なぁ……」
ダグが声を掛けてきた。
「出たあとで悪いが、火華のところに行くのって、ダメ元すぎねぇか? 装備なんざ、そうホイホイくれるもんじゃねぇだろ」
レイはミラー越しに短く視線を返し、肩を竦めた。
「まぁな。でも、別の目的もある。火華の素材買取リストについて聞きたいんだ」
「買取リスト?」
ニナが首を傾げる。
「どんなモンスターの素材を買ってくれるか、地域ごとの傾向はあるのか、そういう情報だ。無駄足でも、それが分かれば次の稼ぎ方の目星が付く」
ダグは鼻を鳴らしつつも、「……まぁ、それなら行く意味はあるか」と納得したように座席に沈み込む。
マルは座席で無言のまま端末を操作し、情報収集機器の設定を調整している。
レイは視線を前方に戻しつつ、ミラから学んだ知識を頭の中で反芻していた。
――荒野では、移動速度が速いほどモンスターに検知されやすくなる。
――特に東部の上空領域のモンスターは、広範囲の動きを捉える。高速な移動は空からの接敵率を高める。
――上空領域のモンスターは極めて強力な種が多い。接敵したら生還は絶望的。
これらを踏まえ、今日は速度を抑え、索敵範囲も必要最低限に絞っていた。広げすぎれば探知できる敵は増えるが、その分こちらの存在も知られやすくなる。
加えて、車両の光学迷彩を常時有効化。エネルギーを消費するが、荒野の地形や砂色に合わせて外装が変化し、視覚による検知を避けられる。
「基本方針は隠密行動だ。どうしても避けられない場合だけ、先制攻撃してすぐ離脱」
レイがそう告げると、ダグが淡々と返す。
「了解。迎撃は短時間、撃破を目的とせず無力化に留める、だな」
マルは、車両前方のモニターの一部を拡張表示する。
「索敵は絞るから、遠方は視覚に頼れよ」
後部座席のリンは、窓の外を見るでもなく、ずっと運転席のレイを見ていた。
ハンドル操作、ペダルワーク、視線の配り方。
体を前屈みにして、まるでその一挙手一投足を記録しているかのようだ。
運転席のレイは視線を感じつつも、何も言わずに前方モニターへと目を戻す。
(……すごく視線を感じる)
荒野は静かだった。
が、その静けさは長くは続かなかった。
マルが突然、索敵画面を指差す。
「左後方、低空飛行体接近。距離三百」
レイは即座にハンドルを切り、砂丘の影へと進路を取った。
車両の色調が変わり、車体が影と同化する。
数秒後、機械の翼音を響かせながら、金属質の鳥型モンスターが頭上を掠めて通過した。
翼の根本に装着されたセンサーが、何かを探して左右に振れるが、こちらを認識することはなかったらしい。
鳥型モンスターが視界から消えると、車両内に小さな息が漏れた。
「……今の、見つかってたらヤバかった?」
ニナが小声で尋ねる。
「武装が装甲を貫けるかはわからないけど、位置を知らせるためのビーコンを撃ち込まれる可能性がある。そうなれば群れが来る」
マルが冷静に答える。
リンはその会話を黙って聞きながら、視線を再び運転席に戻した。
道中、もう一度だけ接敵があった。
前方の砂丘の陰から、四足歩行の甲殻種モンスターがゆっくりと現れる。
甲羅の隙間からは赤黒い光が滲み、鋭い触腕が砂を払っている。
レイが視線をダグに向けると、ダグは即座に車両の主砲を旋回させ、射線を合わせた後、発射。
着弾と同時に土煙が舞い上がり、甲殻種モンスターは甲羅を砕かれ、方向転換して砂丘の向こうへと逃げ去った。
「追撃はしない」
レイが言い、車両は再び静かに前進を始めた。
リンはその短い交戦の間も瞬き一つせず、操作パネルとレイの手元を見つめていた。
(……やっぱり、運転に執着があるな)
レイはそう確信を深める。
進行ルートは順調だった。
西の地平線は既に都市の影が薄れ、東は赤茶けた岩山が連なり始める。
火華の工房の座標まで大分近い。
それでも油断はできない距離だ。
「約十五分で到着予定」
マルが告げる。
「このまま戦闘無しで行けるといいな」
ダグがあくび混じりに呟く。
「フラグ立てんな」
レイが返し、軽くアクセルを踏み直す。
車両は再び迷彩色を変え、陽炎揺れる荒野の中を静かに滑っていった。
◇
工房の座標に近づくと、運転席横のホログラムに淡く光るアイコンが表示された。
「……座標一致。ここからは火華のアプリだな」
レイは情報端末を操作する。火華が以前、勝手に入れたアプリ。円形のアイコンをタップすると、端末の画面に無機質な灰色のインターフェースが広がり、数秒後、前方の地表がゆらりと揺らめいた。
そこには、何もなかったはずの荒野に、巨大な影がじわじわと姿を現す。鉄と複合装甲の塊――光学迷彩を解除された火華の工房だ。
重厚な外壁の一角に、車両が通れるほどの高さのゲートが現れ、低い機械音を響かせながら開いていく。
「なんか……秘密基地っぽい」
後部座席のリンが小声でつぶやく。
「確かに秘密でも基地でもあるな」
レイが軽く返し、そのまま車両をゆっくりと進入させた。
工房内部は以前と変わらず、金属の匂いと油の香りが混じる空間だった。自動搬送台が床を這い、クレーンアームが天井で無音に動き続ける。
奥には、燃えるような赤髪の火華。無造作に髪を束ね、片手にはタブレット、もう片方には見慣れぬ部品を持っている。
「また来たか、早かったな」
火華は視線をレイたちに流し、薄く笑った。
「こんにちは。ちょっと聞きたいことと、相談があって」
「ほう。……聞きたいことってのは?」
レイは火華の前に立つと、切り出した。
「火華の素材買取リストなんだけど、該当する素材が全くない。実際、どういう素材が対象なんだ?」
「それか。お前たちで言うところの旧世界由来の部品とか、変異したモンスターの特定の部位だな。場所は例えば軍事施設や、稼働中の遺跡、などだな。あとはそうだな、企業の製品とかか。製造元が特定できる情報とかは高く買い取るぞ」
「軍事施設って……」
思わずレイが眉をしかめる。
「冗談じゃないぞ、そんなとこ行けるか」
「だから高く買い取るんじゃないか」
火華はにやりと微笑んだ。
『まぁ、この子たちがそんな所まで突っ込む度胸あるとは思ってないけどねー。それでも、もしかしたら……があるかも知れないからねー』
レイが質問を終えると、火華の視線がふとレイの後ろに向く。そこには、工房に来るのは初めてのリンがいた。
「……で、その子は新顔か?」
(よし、火華の買取リストは一旦忘れよう。狙えるようなもんじゃない)
内心で落胆していたが、気持ちを切り替えて、本題に移る。
「……ああ。リンって言うんだ。もう一つの相談はリンの装備についてなんだけど……」
「よくそんな格好で荒野に出てきたな……」
火華は呆れたように言いながらも、リンをじっと見つめた。
『……んあ?』
火華に、微かな引っかかりが生まれる。
レイたちが工房に足を踏み入れた瞬間から、工房に仕込まれた複数のセンサー群がレイたちの生体データを解析していた。心拍、呼吸、皮膚電気反応、視線追跡、瞳孔径の変化――通常なら初めての環境で多少は揺れる数値が、リンの場合は異様にフラットだった。
しかも、表情や仕草はちゃんと生身の少女のそれなのに、身体の内部反応はまるで義体者のそれと言っていいほどに。
『なんだろこれ……? 見た目と中身が別々。義体者の反応に近い。……生身なのに、まるで自分の身体を外部端末みたいに扱ってる? やっば、こんなの普通の人間じゃないって』
火華はわずかに口角を上げた。
「お前……ちょっと変わってるな。ああ、悪い意味じゃない」
「え、そう……ですか?」
リンは視線を泳がせ、小首を傾げる。
『……やっぱり中身はフラット。嘘をついてる感じもないけど、このタイプはわたしでも内面を見抜くのはムズい。面白』
火華はくるりと背を向け、奥の作業台にタブレットを置くと、何かを思い出したように振り返った。
「なぁレイ。この子、ちょっと検査してみないか?」
「検査?」
「適性診断だよ。お前たちはやらなかったな? でも、この子は……ちょっと気になる」
火華の声色は軽いが、その目の奥は鋭く光っていた。
レイは一瞬躊躇ったが、火華が適当に遊んでいるわけではないと察し、頷いた。
「わかった。本人がいいなら」
「……やります」
リンは短く答えた。
火華は内心でくすりと笑う。
『いいね、内心はワクワクしてるよね、これ。多分だけど』
「じゃあ、奥の部屋へ行くぞ。面白いもん見せてやる」
火華の背中に、僅かに期待を乗せた気配が混じった。
火華は黒いケースを作業台に置くと、ロックを解除し、中から複雑な形状のヘッドセットと、両手足に装着する装置を取り出した。
「これが適性診断の装置だ。これを装着して仮想現実世界で模擬戦闘をしてもらうが、敵の殲滅が目的じゃない」
「じゃあ何をするんだ?」
レイが首を傾げる。
「こいつは被検査者の生体反応やら操作パターンを解析して、どんな分野に適性があるのか判断するためのもんだ。
火華の声色はいつもと変わらないが、目の奥には興味深そうな光が宿っている。
『この子……製品モニターに使える可能性があるかもしれないし。結果が良ければ、試作品を回してみるのも面白そうー』
「適性がズバ抜けてたら、私の作った試作品を貸し出してもいい。使用料はタダ……いや、利用データをこちらに提供するのが条件だ」
レイは少し驚きながらも、隣に立つリンを見た。
「まあ、やれるだけやってみてくれ。……無理はするなよ」
「……はい」
不安そうな表情とは裏腹に声はしっかりしている。
横で聞いていたニナは適性、と聞いて、眉根を寄せた。
「リンが何かの適性……。あ、そういえば前にランカーって呼ばれてたって聞いたことあるかも……」
半信半疑な口振りだが、どこか心当たりのある表情を見せる。
火華はケースの機材をまとめて抱えると、工房の奥へと歩き出した。
案内されたのは、厚い扉で仕切られた部屋。壁や天井にはセンサーらしき黒い目玉がいくつも並び、中央にはシート型の操縦台が設置されている。
「ここでやるのか」
「そうだ。リン以外は向こうで見てもらう。壁面モニターにこの子の視界を映す」
リンはヘッドセットを手に取ると、静かに装着し、指示通りに装置を腕と足に固定した。
その仕草は慣れているようにも、機械的にも見えた。
火華は内心で笑みを浮かべる。
『……ほんとに面白い反応する子だねー』
こうして、リンの適性診断が始まろうとしていた――。