持たざる少年   作:交渉人

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2.迷い込んだハンター

 冷たい風がスラム街の狭い路地を流れる。レイは瓦礫の隙間を歩きながら、いつものように視線を走らせた。今日もゴミを拾い、売り、上納する。そんな一日になるはずだった。

 だが、今日は違った。

 小さな路地の奥――徒党の縄張りの端に、人影があった。男がうずくまっている。いや、倒れていると言ったほうが正確だろう。

 鋼鉄の装甲を部分的に備えた軽装。ハンターだ。

 レイは警戒しながら近づいた。スラム街に迷い込むハンターなど滅多にいない。迷ったか、追われているか、どちらかだ。

 男が顔を上げる。瞳は鋭く、それでも疲労の色が濃かった。

「……回復薬、持ってるか?」

 声は低く、焦りが滲んでいた。レイは眉を顰める。

「そんなもん持ってるわけない」

 男は短く息を吐き、わずかに顔を歪めた。苦しみが増しているのか。レイはふと昨日拾った使いかけの回復薬のことを思い出した。

「あ、いや……あるにはある。でも使えるかどうか分からねえ」

 男は即座に食い付いた。

「それでいい。いくらだ?」

 レイは一瞬考える。通常の回復薬なら売れば高額になるが、これはスラムの廃棄品だ。本当に使えるのかも分からない。

 ふと、得体の知れない藪医者の顔を思い出した。

「……500オーラム」

 男は即座に懐から紙幣を取り出し、床に置いた。レイはそれを拾い、使いかけのボトルを渡す。

 男は迷わずそれを開け、一気に飲み干した。

 数秒、沈黙が続いた。

 レイは心の中で「ダメだったか?」と思いかけたが、次の瞬間、男が大きな息を吐いたのが分かった。

 男は眉をひそめ、ボトルのラベルをじっと見詰める。

「……これは名鏡製薬のやつか?」

 レイは首を傾げる。意味が分からない。

「分かるのか?」

 男は軽く鼻で笑った。

「ああ。企業名が書いてある。名鏡製薬――大企業の製品なら効かないはずがない」

 レイは短く息を吐いた。自分にはただのぼやけた印字にしか見えないが、この男にはそれが分かる。つまり――本物だった。

 (それなら、追加でオーラムを引き出せるか?)

 レイが迷っているうちに、男はゆっくりと立ち上がり、腕を回して確認する。

「……確かに効いてるな」

 そう言い終えた瞬間、遠くで足音が響いた。複数人。

 男は表情を引き締め、レイに目を向ける。

「下がってろ。 追手だ」

 レイは息を飲み、物陰に隠れる。

 やがて二人の男が路地へと踏み込んできた。徒党の装備――だが、レイにはどこの徒党かは分からなかった。ただ、スラムで生きていれば、見覚えがない徒党の人間に絡まれるのは最悪の事態だ。

 男は短く息を吐き、手元の銃を構えた。

 戦いは瞬時に始まった。

 

 銃声が炸裂した。レイの耳が痛む。

 男は壁に身を隠しながら正確に撃ち返している。

 追手の一人が声もなく崩れ落ちた。――頭を撃ち抜かれた。もう一人が逃げようとしたが、背中に風穴が開く。

 全てが一瞬で終わった。

 レイは呆然と立ち尽くす。これがハンターか――

 

 男は床に転がった死体をちらりと見たが、すぐに視線をレイへ戻す。

「欲しいなら持っていけ。俺は要らん。荷物になるしな」

 それだけ言い、男は背を向けて歩き始める。

 レイはぼんやりと倒れた二人の装備を見つめた。棚ぼたの収穫。だが、それをそのまま持つのも危険すぎる。

「……売るか」

 決意して装備を拾い上げ、歩き始める。

 

 

 レイは装備品を詰めた袋を肩に担ぎながら、武器商の店へ向かっていた。この店に来るのは滅多にない。普段の稼ぎでは武器を買う余裕はなく、せいぜい錆びたナイフを見繕うくらいだった。

 だが今日は――違う。

 扉を押すと、カウンターの奥で男が銃のパーツを磨いていた。無精ひげに鋭い目つき。元ハンターの武器商――ラドだった。

 レイが袋を置く。ラドは視線を動かし、口元を歪ませた。

「何だ、その量は?強盗でもしたのか?」

 レイは眉を顰める。だが、疑われるのは当然かもしれない。普段はゴミを拾って売る程度の孤児が、突然真面(まとも)な装備品を持ち込めば怪しまれる。

「違う。徒党の縄張りで倒れてた奴から拾ってきたんだ」

「……そうかよ、まぁ、見せてみろ」

 ラドは短く息を吐き、袋を開く。装備品を一つずつ確認しながら、独り言のように呟く。

「防弾ジャケット……使用感はあるが悪くない。この銃は……分解すれば部品が使えるな。ナイフはまあ、研ぎ直せば売り物になるか」

 しばし沈黙が続き、ラドはレイを見つめた。

「ふむ……まぁ、悪くない。全部で……そうだな、4000オーラムってところか」

 レイは一瞬、その額に息を飲んだ。スラム基準では、異常な額だ。普段のゴミ漁りでは到底届かない収益だった。

「……いいな?」

 ラドが確認する。

 レイは短く頷いた。他に余地はなかった。

「売る」

 ラドはカウンターの奥から札束を取り出し、机の上に置く。

「まいどあり。ただし――次にこんな装備品を持ってくるなら、もっと慎重にやれよ?世の中、どこで誰が見てるか分からんぞ」

 レイは無言で札束を拾い、店を出る。4000オーラム。スラムにしては異常な大金。だが、それでも装備を整えるには程遠い。

 

 

 武器商で稼ぎを得たレイは、その帰り道でふとポケットに入っていた物を思い出した。追手の装備品を漁った際、服の内側に隠されていた何か――小さなメモリデバイスだった。

 それが何なのか、レイには分からない。だがスラムの人間の持ち物としては、妙に新しい。腐食もなく、傷もない。都市のものかもしれない。

 この手の怪しいものは闇市場の怪しげな商人に流すのが常套手段だった。

 スラム街の闇市場へ向かい、店の奥で商人と対面する。鋭い目つきの中年男がカウンターの向こうからレイを見下ろしている。

「……何を売る?」

 (毎度思うが、怪しすぎて逆に安心するな)

 レイはポケットからメモリデバイスを取り出す。商人はそれを一目見るなり、眉をしかめた。

「ほう……? どうやって手に入れた?」

 (見ただけで分かるのか? 適当に言ってないか?)

 何か言いたくなる気持ちを抑えて、説明する。どっちみちここ以外に持ち込む先はない。

「装備品を漁ったときに出てきた。何かは分からない」

 商人は指先でデバイスを回しながら、しばらく沈黙する。やがて短く息を吐き、言った。

「……なら、500オーラムで買ってやる」

 レイは少し考えるが、価値が分からない以上、売るしかない。カウンター越しにデバイスを押し出す。

「売る」

 札が手元に滑り込む。レイはそれを拾い、店を後にする。

 何だったのか――それは分からない。だが、何かの取引に使われるのだろう。

 スラム街で何かが動いているのかもしれない。だがそんなことはレイには関係のないことだ。日々を生きるので精いっぱいなのだから。

 

 

 徒党の拠点に戻り、報告を終える。ミナトは腕を組みながら、じっと話を聞いていた。

「拾い切れなかった物資と死体がある。どうする?」

 ミナトは短く息を吐いた。

「その追手、装備に何か印はついてたか?」

 レイは記憶を巡らせてから答えた。

「分からない。どこかの徒党の人間だったとは思うけど、俺には見覚えがない」

 ミナトはゆっくりと目を細める。

「……そうか」

 ミナトの脳内では既に何かの計算が働いているようだった。

「まあいい。回収できるなら後で回す。それより、ハンターがスラムで追われる理由ってのは、普通じゃねえな」

 単純に意味が分からず問う。

「どういう意味だ?」

 ミナトは淡々と答える。

「何かの依頼で動いていたなら、スラムに迷い込む理由がどこかにある。で、追手が徒党の人間だった。――つまり、何か大きな動きの余波ってことだ。都市が関係してる可能性もある」

 ミナトは帳簿に何かを書き込みながら、短く告げる。

「暫く注意しろ。スラムの流れが変わるかもしれん」

 レイはわずかに眉をしかめる。

 (注意と言われてもな。……まあ危ないものは避けるか)

「……了解だ」

 

 スラムの日常は変わらない。それが、今日の出来事で変わり始めているのか――そう思うと、胸の奥に微かな騒めきが生まれた。

 

 

 

【本日の収支】

- **ハンターに回復薬を売却** → **+500オーラム**

- **武器商に装備を売却** → **+4000オーラム**

- **闇市場でメモリデバイス売却** → **+500オーラム**

- **徒党への上納** → **-2500オーラム**

 

【現在の貯蓄】

2600オーラム

「真面な装備を整えるにはまだ遠い……」

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