持たざる少年 作:交渉人
壁面モニターが黒く染まり、ノイズ混じりの映像が一瞬走ったかと思うと、次の瞬間には仮想現実の広大な荒野が広がっていた。
リンの視界に、情報が次々と浮かび上がる。速度計、兵装ステータス、エネルギー残量、索敵マップ――どれも実戦と同等の表示レイアウトだ。車両のスペックはレイたちが乗る車両と同じだった。
火華の声が響く。
「適性診断メニューは三つある。白兵戦闘、車両での戦闘、人型機動兵器での戦闘。……どうする?」
「車……を動かしたい、です。あと、人型兵器も、やってみたいです」
「わかった。じゃあ、まずは車両か。操作について、
火華が補足すると、リンは迷いなく口を開く。
「直接制御でお願いします」
「……一応伝えただけで、義体者向けのやつだぞ。……まあ簡易処置でいけるけどな」
火華が作業台から細長いカートリッジを取り出す。
「痛みはない。安全は保証する。やるか?」
レイは思わず眉をひそめたが、リンは迷いなく答える。
「……お願いします」
(思い切りが良すぎる……)
火華がカートリッジを首筋に押し当て、軽く押し込む。微弱な刺激が走っただけで、痛みらしい痛みはない。
「はい完了。これでお前と車両は直結する」
次の瞬間、リンの視界に車両コクピットの感覚が流れ込んできた。ハンドルやペダルの感触はない。代わりに、タイヤの摩擦、車体の振動、駆動系の応答が、自分の手足のように直接伝わってくる。
◇
リンの視界に、虚空からゆっくりと立体フレームが組み上がっていく。 透明な骨組みが形を成し、やがて鉄の塊のような車両コクピットが形を持った瞬間、座席下のサスペンションがわずかに沈み込む感覚が足元を通じて伝わった。
これは視覚だけの仮想世界ではない――操縦席に触れていなくても、車体の重心移動やエンジンの唸りが、直接リンの神経に流れ込んでくる。
拡張インターフェースが車両と接続された証拠だ。
「まずはチュートリアルだ。操作に慣れてもらう」
火華の声が、通信越しにクリアに響く。
「発進、停止、旋回、加速、減速。次に副砲でモンスターを迎撃、主砲で標的を撃破――全部終わったら本番に移る。本番は2フェーズ構成だ」
だが、リンは「了解、です」とだけ返すと、発進直後から指示を無視して車体を左右に小刻みに振り始めた。
速度を落とし、次は無意味に急加速。急停止。そこからまた加速してフルブレーキ――と、まるで車を買ったばかりの若者が試乗コースでふざけているような動きだ。
壁面モニターでは、車両が砂地を左右に振れ、サスペンションが上下に揺れ続ける様子が映し出されている。
「……おい、なんの時間だこれ」
マルが眉をしかめる。
「曲芸運転?」
ダグも首を傾げる。
レイも腕を組み、視線をモニターから外さずにぼそりと呟く。
「いや……わからん。だが、問題なら火華が注意するだろう。止めないなら任せよう」
一方、火華は一切口を挟まない。
ただ、内心では笑っていた。
『あー……そういう感じだ?』
リンは車両の限界挙動を把握しようとしていた――ベテランの操縦者の動きのそれに近い。
リンは、旋回の切り込み角度と車体の重心移動のタイムラグを試し、次はフルスロットルから一気に逆ハンドルを切ってドリフト気味に滑らせる。
仮想の砂地がタイヤに食い込み、スライドの制御が想定よりもわずかに遅れると、リンの頭の中に車両の挙動イメージが刻まれる。
更に速度ゼロからの急加速で駆動系の応答遅延を確認。副砲を空撃ちして反動も試す。
これらの動作確認がすべて、火華の想定よりも短時間で終わっていく。
しばらくの間、傍からは無駄に見える動きを繰り返した後、リンはようやく火華の最初の指示に従い始めた。
「……確認は終わったみたいだな。じゃあ副砲だ。モンスターが接近してくるから迎撃するんだ」
索敵マップに小さな赤点がいくつも現れる。視界右側、砂丘の影から複数の四足金属獣が飛び出してきた。
リンは副砲を半自動に設定し、照準補正の速度と精度を観察する。
モンスターが射程に入った瞬間、副砲が自動で火を噴き、正確に撃破していく。
それを数回繰り返すと、リンは敢えて自動制御を切り、手動で残りを撃つ。
操作系の遊び、入力から発射までの遅延、反動後の復帰速度――すべてが頭の中で数値化されていくようだ。
最後の一体を吹き飛ばすと、火華が「いいだろう」とだけ告げた。
「次は、主砲だ」
今度は前方に大型の仮想ターゲットがせり上がってくる。厚い装甲板を模した的だ。
リンは照準を中央ではなく、板の端、継ぎ目部分に合わせる。
引き金を引くと、炸薬の衝撃と反動が全身に響き、車体がわずかに後退する。
一発、二発……狙点を微妙にずらして装甲を割り、最後に中心へ撃ち込むと的は粉砕された。
「よし、基礎は完了だな」
火華の声と共に、画面端に「次へ進め」の指示が浮かぶ。
だが、リンはまた無視する。
今度は停止状態から急発進し、バック走行に切り替えて旋回。後進のまま副砲を撃ち、仮想カメラを振って周囲の索敵範囲を確認する。
更には車体をわざと傾けて片輪走行の感覚を試し、制御装置の姿勢制御の介入タイミングを確かめる。
「……なあ、これって検査だよな?」
マルが呆れた声を出す。
「多分……」
火華はやはり黙って見ていたが、内心では嬉しそうにしていた。
『チュートリアルなんて、基礎確認じゃなくて限界テストだよねー』
最後にリンは、車体の制御を自動制御にして挙動を比較。自分の直接操作とのラグを測り、満足そうに息をつくと「準備できました」とだけ告げた。
「……お前、準備段階でどんだけ走り回ってんだよ」
レイの呟きに、リンは申し訳なさそうに返事をする。
「ごめんなさい……、楽しかったので」
「そ、そうか……まあ楽しむのも大事だよな」
「もういいか? じゃあ……フェーズ1だ」
火華が指を鳴らすと、遠くの地平線に砂煙が立ち、最初の適性検査が始まった――。
◇
地平線の向こう、砂煙が幾筋も立ち上る。
砂を噛み、金属を擦る耳障りな音が、リンク越しにリンの聴覚へ直接届く。
「フェーズ1開始。小型から中型まで、数は多めだ。全て倒したら終わりだ。フェーズ終わりには損耗は回復するから出し惜しみするなよ」
火華の声が仮想現実空間に響く。
センサーが捉えたシルエットは、四足の金属獣や、鋼の殻をまとった節足型、蛇のような多関節機械生物――いずれも現実の荒野でよく目撃されるタイプだが、検査用に群れの密度は高めに設定されている。
リンは呼吸を整え、副砲制御を半自動に設定する。機械任せでは照準速度が安定するが、安全マージンが厚く、敵が射程に入ってからの着弾までに微妙な遅延がある。
それを確かめるように、最初の数体は敢えて機械任せに撃たせる。
敵影が十体を割った瞬間、リンは自動制御を切った。手動で副砲を操作し、残弾数と装填時間の挙動を把握する。
副砲は左右に一基ずつ。片方が撃てばもう片方が同時に装填中という状態になりやすく、撃ち切った瞬間の空白時間は数秒――安全圏での運用には十分だが、密着された場合には少し間延びする。
「あ……」
初めての本格操作に没頭していたせいか、砂丘の陰から飛び出してきた節足型が接近していた。
副砲の旋回が間に合わず、前脚の一撃が車体の装甲をかすめる。
視界の隅に赤い衝撃マーカーと同時に、エネルギー残量が数ミリ沈む。
「被弾した……だけど、余裕あるな」
リンは小さく息を吐く。
ここで副砲に頼らず、主砲の装填速度を確認することにした。
主砲は副砲より威力が桁違いだが、装填には時間がかかる。撃った瞬間の反動は全身に響いてくる。
安全バッファを外し、限界まで連射間隔を詰めると、自動制御より0.2秒早く次弾を送り込める。
たった0.2秒でも、複数の敵を相手にした場合の生死を分ける差になる――リンはそういった感覚を掴んでいた。
砂煙の向こうから金属獣が一斉に迫る。
リンは車体を左右に振り、副砲で牽制射撃をしつつ、主砲で群れの中心を穿つ。
だが、旋回の遅れと、側面から回り込まれる形で二度目の被弾。衝撃とともにエネルギー残量がまた沈む。
マルが顔をしかめる。
「おい、結構当たってねえか?」
レイは腕を組んだまま答える。
「まあ……回復する仕様だし、リンもそれを計算に入れてるだろ」
火華はにやりと笑う。
『うんうん、被弾の確認も重要だからね。避けすぎるだけじゃダメ』
残る敵はわずか。リンは最後の群れに正面から突っ込み、副砲と主砲を交互に撃ち込みながら制圧する。
最後の一体が爆散し、センサー画面から赤点が消える。
フェーズ終了の表示が浮かび、エネルギー残量が回復した。兵装も
リンは計器を見ながら、わずかに口角を上げる。
「……大体わかった」
その表情は、次のフェーズに向けて加速する直前のレーサーのようだった。