持たざる少年 作:交渉人
砂丘を抜けた瞬間、リンの視界に赤いマーカーが三つ、点滅した。
距離表示はおよそ八百。まだ音も振動もないが、情報化された戦場ではそれが距離ゼロと変わらない緊張を生む。
仮想現実なのに背筋に薄っすらと汗が滲む感覚があるのは、感覚再現度がやたら高いせいだ。
「フェーズ2開始。目標は機動車両群だ。重装甲一、支援二」
火華の淡々としたアナウンスが耳に響く。
視界には地形図が半透明で表示され、砂丘の陰影と敵マーカーが僅かに揺れながら迫ってくる。
「……車両戦か」
レイが小さく呟く。その声を背中で聞きながら、リンは車体を左右に揺らす。
まずは観察。
重装甲車両は中央、やや遅れて支援車両二台が左右に展開。砲塔はまだこちらを正確に捉えていないが、巡航速度と車間からして、攻撃圏内に入るまで二十秒もない。
リンは呼吸を整え、兵装ステータスを確認する。副砲は即応可、主砲は冷却済み。
「来るな……」
ニナが小さく漏らした声が、観戦側の緊張を代弁する。
リンは加速せず、敵の出方を待った。
普通なら回避優先で間合いを取るのがセオリーだが、開幕から一つだけ試したいことがあった。
支援車両が射線を合わせた瞬間、リンは車体を大きく右へ切り、重装甲車両の影に滑り込む。
照準が車両から外れ、砲塔の回転が止まる。
そのまま三秒、引き金は引かれない。
「……撃ってこない?」
レイが眉をひそめる。
「連携ルーチンと射線安全バッファ、両方確認してるな。やるな」
火華の声に、リンは小さく口角を上げた。
自律兵器は設計思想によるが、
その場合、敵同士の射線上に常に自車を置けば、敵勢力の火力の半分は封じられる。
砂丘を縫うように走りながら、リンは副砲の照準を左の支援車両へ向け、短い間隔で連射を撃ち込む。
火花と金属片が弾け、敵の左前輪が空しく回転を止めた。
車体はそのままバランスを崩して砂地に突っ込み、白煙を上げる。
「お、おぉ……」
マルの感嘆とも困惑ともつかない声が、漏れる。
敵車列の射線を潰していったリンの動きに呼応し、敵の動きが変化した。
正面からの突撃をやめ、残存車両が左右に散開。狭い谷間のように形成された地形をリンに押し付ける形で動き始めたのだ。
直後、敵車両の砲塔が上を向いた。車両上部のカバーが開き、黒く太い円筒が顔を覗かせる。
――ミサイルランチャーだ。
「ミサイル……!こっちはない……のに!」
リンは即座に副砲の操作に切り替え、接近する光点を狙い撃つ。
一発、二発と迎撃成功。だが三発目を狙った瞬間、わずかな照準遅れで発射が間に合わなかった。
ミサイルはほぼ真横から車両の装甲を叩き、低い衝撃と耳に響く重い金属音が車内を満たす。エネルギー残量の減りはこれまでの比ではない。
だがリンの表情は変わらない。おどおどした視線の奥に、冷静な光が宿っていた。
「……間隔、まだ掴めてない……」
敵の再装填までの間、リンは車体を小刻みに蛇行させ、次の射角をずらす。
リンは、迎撃設定を手動から自動に制御に切り替える。
制御装置が捕捉できる射角に入った瞬間、副砲が火を噴き、飛来するミサイルを撃ち落とした。
「……いける。次で反撃する」
リンはミサイルの発射間隔を頭の中で数え、敵が装填中に移動パターンを変化させる。
車体を一気に旋回し、死角を突いて主砲を発射――爆炎が一台を包み、破片が砂地を叩く。
「やった!」
ニナの声が響く。
敵も孤立を悟ったのか、距離を詰めつつ蛇行を始めた。ミサイルだけでなく、副砲と主砲も絶え間なく撃ち込んでくる。
リンは呼吸を浅くし、回避のラインを最小限に絞った。
被弾は増えるが、命中率は上がる。
車両に二発、三発と衝撃が走る。エネルギー残量がじわじわ減っていく。
「……いける」
短く呟き、副砲を連射。最後は主砲がタイヤを粉砕し、横転させる形で撃破した。
静寂。
敵マーカーが消え、クリアの文字が浮かぶ。
「……お見事。まあ診断が目的だからな。難易度はそれなりだ」
どこか言い訳のように聞こえる火華の声に、観戦席がざわつく。
リンは深く息を吐き、脱力する。
視界の端で、エネルギー残量が回復していく様子を見ながら——
「これなら……もっと踏み込んでも大丈夫だったかも」
そう、静かに呟いた。
だが、肩と手首はじわじわと重く、呼吸も浅くなる。
仮想現実でも疲労は確実に蓄積している。
「休憩しよう。余裕だったか?」
火華の軽口に、リンは反応せず、ヘッドセットを外した。
『異常進化モンスター、所謂、賞金首級モンスターと戦うフェーズ3もあるけど、まあ今回はいいよねー』
◇
火華が端末を操作する仕草と共に、検査室は現実の色彩を取り戻した。
リンは額に薄い汗を浮かべながら、息を整える。ニナが、そっと肩を叩いてタオルを渡した。
「すごかったじゃない、リン……。あんな動き、初めて見たよ」
「え、えっと……あ、ありがとう……」
声は小さなものだが、その頬は熱を帯びている。
レイは腕を組みつつ、やや引き攣った笑みを浮かべた。
「……リン、ほんとに初めてか? あれ」
「まあまあ、いいじゃねえか。結果は結果だ」
ダグが笑いながら場を和らげようとする。
しかしマルはモニターのデータを指でなぞりながら眉を寄せた。
「でも、これで終わりじゃないだろう。次は人型兵器なんだよな?」
火華が小さく肩を竦める。
「そうだな。だがこのままやったら日が暮れる。というか暮れてる。今日は工房に泊まっていけ。宿泊スペースはあるし、利用料はサービスしてやる」
火華の内心が透けて見える。
『こういうの、少しは格好つけとかないとね』
レイたちは思わず顔を見合わせた。
「いいのか? サービスって……」
「いいから、こっちもいいものを見せて貰った礼だ」
そう言って火華は工房奥の通路を指差す。壁際に薄く青いラインが灯り、誘導灯のように奥へと続いていた。
◇
案内された宿泊区画は、旧世界の宿泊モジュールをそのまま利用しているらしく、壁や床は清潔に保たれていた。
簡易ベッドが並ぶ部屋、シャワーブース、共同の給湯器、備え付けの食事。
全体に無機質だが、配管や配線の露出が工房らしい。
「ここ、結構広いな……」
レイが呟く。
「移動拠点施設の一部を流用してるからな。元は数十人規模の作業用だ」
ニナは早速奥のベッドを確保し、バックパックを下ろす。
ダグは給湯器を確認し、マルは天井のセンサーを観察している。
リンは、部屋の隅で借り物のタオルを抱えたまま、そわそわとした様子で立っていた。なお、リンは危なくて見てられないということで火華から下着と防護服を渡されていた。レイの目的は達成されていた。追加で強化服を
一段落したところで、マルが口を開く。
「で、リン。お前……なんであんな動きができる? 運転したことあったのか?」
全員の視線がリンに集まる。リンは少し口籠った後、ぽつりと答えた。
「……ゲーム、で。似たようなの、やってたから……かな……」
「ゲーム?」
その場にいた全員が同時に声を上げる。
「情報端末で出来る、ゲームが……あるんだよ」
(こいつ、俺がゴミ拾いしてる裏で何極めてたんだよ……)
レイはスラム街の理不尽さに憤りを覚えるが、気持ちを落ち着かせて指摘する。
「いやいやいや……あれはゲームの域じゃないだろ」
「……でも、操作の感覚が似てた。リロード間隔とか、旋回のクセとか……、色々
レイは眉間に皺を寄せたまま固まり、ダグは噴き出した。
「お前ら聞いたか? 命懸けの戦闘を、ゲームのノリでやってやがったぞ」
ニナも笑いをこらえきれず、「やっぱり、ランカー」と小声で呟く。
リンは体を縮こめる。
火華は腕を組んだまま、少し笑みを浮かべていた。
『そういうことか。やっぱり、こういうタイプは面白いんだよねー』
その後は軽い食事をとり、シャワーを順番に済ませた。
リンはシャワー後も落ち着かない様子を見せていたが、心なしか動きが軽くなっている。
「明日は人型兵器だ。やるよな? 今日よりは楽にやれる……とは限らないがな」
火華がにやりと笑う。
「……あ、そっちはもういいです。疲れました」
リンは短く答える。
「えっ」
レイは横になりながらも、先程のリンの操縦を思い返していた。
(……あれが本当にゲーム感覚なら、車を任せてもいいかもしれないな。それか一台追加したほうがいいか……?)
そんな考えを胸に、工房の静かな夜は更けていった。
【現在の貯蓄】
1330万オーラム
0コロン
「リンさんに運転してもらうか?」