持たざる少年 作:交渉人
工房の朝は、静かなようでいて、機械音だけは絶え間なく響いていた。
夜の間も休むことなく稼働していた整備ロボットが、格納庫の奥でガスバーナーを吹かし、時折甲高い金属音を響かせる。その音を背に、レイたちは前夜の適性診断の結果発表に呼び出されていた。
火華は、タブレット端末を片手に軽く椅子へ腰を掛けている。
整備用のつなぎ姿だが、胸元にはいくつかの識別タグと、見慣れない光学センサーがぶら下がっていた。彼女の目線は書類の奥、データのさらに奥を見ているようで、ぞくりとするほど鋭い。
「さて、診断結果だが……中々に面白い結果になったぞ」
火華は淡々と言いながらも、唇の端にわずかな笑みを浮かべた。
もったいぶった言い方をしているが、内心は妙に軽やかだ。
『
空中に投影された文字列が目に入る。
【外域行動従事資質診断報告】
発行管理番号:【規制済】
診断施行機関:【規制済】/【規制済】法準拠
義体化運用適格度(全身換装)……評価等級:甲第一類(極高)
陸上戦術車両操縦資質……評価等級:甲第一類(極高)
有人機動戦術兵装操縦資質……評価等級:未測定/統計推定:甲第一類(高)
身体拡張運用適格度(局所換装含)……未測定
神経負荷耐性指数……第四等級(高)
運動持久力指数……第七等級(低)
外界危険環境適応指数……第三等級(良好)
機材損耗許容指数……第一等級(極高)
協調戦術行動適応度……第二等級(優)
戦闘後精神残留影響耐性……第三等級(良好)
「……なんて?」
「読めん……」
わずかに混乱した様子で、目を細めるレイたちの様子を確認し、火華は口を開く。
「簡単に言うとだな」
手を腰に当て、指を折って説明を始める。
「リンは生身のままでもそこそこ優秀だが、義体化すれば今以上に性能を引き出せるタイプだな。操縦系は車両でも人型でも、かなりの適性だ。……だが、体力が低いから稼働時間は長くは持たないだろう。体力の強化と、効率的な操縦方法の会得が必要だろう」
リンは椅子の上で小さく背筋を伸ばし、「あ、はい……」とだけ返す。
表情はおどおどと控えめだが、その瞳には微かな光が宿っている。レイは、あの車両戦で見せた異様な集中力を思い出していた。
(ハンターの適性めちゃくちゃ高いように聞こえたがどうなんだろう)
火華は一呼吸置いてから、提案を切り出した。
「で、こっからが本題だ。診断結果を踏まえて、いくつか提案がある」
彼女は指を二本立ててみせる。
「提案一つ目、私の工房で保有してる実験車両を貸与する。癖はあるが、性能は高い。条件はリンによる稼働データの提供だ。修理費は自己負担してもらう」
『性能データも取れて、恩も売れて一石二鳥!』
咳払いの後に続ける。
「提案二つ目、リンが完全義体化を含めた、義体化を希望する場合、紹介状を出す。流石にここでは出来ない。とあるコネがある。ただし維持費や必要設備の負担がいる」
『まーこっちは即決はないだろねー』
レイは眉間に皺を寄せ、しばし考え込む。
義体化なんて勧める気はないし、実験車両の貸与は確かに戦力になるが、扱いづらければ逆に危機を招く。現実的に選べるのは――。
「……じゃあ、実験車両の貸与で」
「了解だ。まあそっちのほうが、今のお前らには現実的だろうな」
火華が頷いた、その直後。
「――あの、ちょっといいですか?」
控え目にリンが手を挙げた。レイは驚愕する。
(まさか、義体化したいのか!?)
「……どうぞ」
深呼吸したレイはリンに発言を促した。
リンの声は弱々しいが、内容は意外なものだった。
「できれば……今の車を、強化できないですか? あの車、かっこいいので……」
レイは反応に困った。理由が意外すぎたし、単純すぎた。しかし火華は、にまにま、とした表情を浮かべる。
「なるほどな。それもありだ」
『かっこいいは正義。愛着持ってるやつは、使いこなし方も伸びるんだよねー』
火華はタブレットを操作しながら、改造案を提示していく。
「強化の方向性はざっと三つだ」
既存兵装の強化――威力・精度・連射性能の向上、装填速度短縮など。
出力強化――エンジンや動力系統を改造し、積載・速度・加速力を底上げ。
兵装の追加――ミサイルやロケットなどの特殊兵装、追加副砲などの搭載。
「で、模擬戦と車の戦闘ログを見てる限りじゃ……兵装の扱いは悪くない。次は火力の瞬間最大値を上げるか、新しい手を増やすかがいいだろう」
レイは悪くないと思った。むしろ最も現実的な路線だとも思った。リンの方を向く。
「どうする? 意見を聞きたい」
リンは少し視線を泳がせた後、呟いた。
「……ミサイルとかも良さそうですけど……あの主砲をもっと連射できたら、強そうだなって」
火華が補足するように説明する。
「主砲の強化なら、3連射までのバースト射撃が可能になる。ただし弾の消費は跳ね上がるし、長期戦はキツくなるぞ。それと、重量は増える」
『でもさー、火力は正義!なんなら映える!』
レイはしばらく考え込み、結論を保留にする。
「……この話は一旦持ち帰る。また来たときに決める」
「そうか。じゃあ気が向いたら来い」
火華は口元を歪め、タブレットを閉じた。その笑みは、単に仕事としての興味以上に、何か企みを含んでいるようだった。
◇
工房の格納庫のシャッターが半分ほど上がり、東の空から射す朝の光が入り込んだ。
エンジン音が近づき、砂を巻き上げながら一台の車両が滑り込む。
装甲を幾重にも追加した四輪駆動車で、外板には砂色と濃い灰色の迷彩塗装が施され、車体には荒野の傷跡が刻まれている。
ついさっきまで荒野を走っていたのだろう、タイヤの泥はまだ湿っていた。
運転席から降りてきたのは、レイたちより少し年上に見える男。
短く刈り込んだ黒髪と鋭い灰色の目が印象的だ。
背中には戦闘用のカービンライフル、強化服を着用し、無駄のない動きをしている。
後ろから、同じく若い仲間が三人続く――狙撃銃を背負った、背の高い女、腰に工具と端末を下げた軽装の青年、重火器を抱えた大柄な男。
全員、立ち居振る舞いに場慣れした空気を漂わせていた。
男の目が、レイたちの車両に向く。
(……先客がいたか。先輩方だと厄介かもだぞ……)
車両のシルエットを確認し、リーダー格の男――リョウが口角をわずかに上げた。
「……見たところ、まだ素の状態だな。なら、最近工房を使い始めた口か」
(いいタイミングで工房に来れたかもな)
リョウは内心で計算しながら、仲間に荷の搬入を指示した。
帰り支度をしているレイたちが、リョウたちに気付く。
(工房の利用者か……。そりゃ、俺たち以外にもいるか。ミラの知り合いなんだろうか)
「おい、刺激しないようにして帰るぞ」
声を抑えるように短く指示する。各自無言で頷き、急いで支度をする。
火華がリョウたちに、軽く手を振る。
「やっと来たか。出せるか?」
「もちろんだ」
リョウが短く答える。
荷台から降ろされたコンテナには、硬質な鱗片や異形の角、加工済みの金属片など――モンスターや遺跡由来の素材や部品が詰まっている。
火華は一つ一つを手に取り、検査端末で確認しながら査定を始めた。
「色々持ってきたな。ハンターオフィスでも高く売れると思うがな」
軽口を漏らす火華に、リョウは無言で笑うだけだ。
(オフィスは最後だ。工房が優先だ)
レイたちは、帰還の準備を整えて車両に向かおうとしていた。
その時、素材売却を終えたリョウがこちらに歩み寄る。
「おい、ちょっと待て」
振り返ると、工房のカウンター前にハンターたち――リョウのチーム――が立っていた。
火華との素材売却を終えたらしい。手には見慣れないカード。
「話がある。すぐ終わる」
レイは少し眉を顰める。こういう声のかけ方は、大抵ロクな話じゃないのが定番だ。
だが工房の中で無下に対応するわけにもいかず、メンバーと視線を交わし、足を止めた。
「リョウだ。ハンターチームのリーダーをしている。お前ら、工房の利用は最近からだな?」
リョウは確認するように尋ねる。
「レイだ。……まあ、そうだが」
レイが答えると、リョウは軽く笑った。
「お前がリーダーか。単刀直入に言おう。俺たちには攻略予定の遺跡がある。だが問題があってな、しばらく放置していた。お前らの実力は未知数だが、装備は……まあ車込みで及第点ってところだな。一緒に攻略しないか?」
リョウの言葉は表向きは勧誘だが、どこか試してやる、という含みがあった。
「同じ工房を使ってる縁だ。ここは敵を作る場所じゃない。だからこそ、手を組むときはお互いの利が一致してる必要がある。火華の素材買取に苦戦してるんじゃないか?」
リョウがそう言うと、背後のスナイパーの女が苦笑しながら口を挟む。
「先輩風吹かせてる。自分だって前までは右も左もわからない初心者だったくせに」
「うるせえ」
短く返しつつも、リョウは否定しなかった。
そのやり取りに、レイは少し肩の力を抜く。
本気で格付けをしにきているというより、同じ境遇を経てきたがゆえの助言――そんな空気が混じっている。
「言っておくが俺たちは初心者もいいとこだぞ」
繕う気もなかったレイが正直に言う。
「ここに来れるだけで素質ありだ。――具体的な協力内容だが、お前らには遺跡の入口の抑えをして貰いたい」
「入口の抑え?」
マルが聞き返す。
「そうだ。俺たちが遺跡に突入して、遺物を持ち帰る。だが、そこは奥に入るとすぐに増援が来る。後ろから挟まれたら面倒だ。退路の確保も必要だ。そこでお前らに入口で蓋をしてもらう。危険だが、一番危険なのは俺たちの方だ。分け前は7対3で、7がこっちだ。遺跡の情報の共有がある上に、より危険なのは俺たちだ。破格の条件だぞ」
「どうする? やるなら明日の朝に出発だ」
リョウの問いに、レイは視線を仲間へ向ける。
ニナは渋い顔をし、マルは「面白そうじゃね?」と笑い、ダグは腕を組んで「……突入する方じゃねえのかよ」と不満そうに言った。
だが、状況的には悪い話ではない。遺跡の情報は貴重だし、工房利用者同士の繋がりも悪くない。
ニナが怪訝そうに眉を寄せた。
「なんでそんな急に? 準備とか……」
リョウは肩を竦める。
「あの車なら準備は要らないだろ。弾薬位なら少しは融通出来るぞ」
背後では、リョウの仲間たちが小声でやり取りをしていた。
「急かしすぎじゃね? 少し様子見ても……」
「バカ、考える時間を与えたら他に行くかもしれねえだろ。それに……条件を呑ませやすい」
別の仲間がにやりと笑う。
「あいつら、警戒してるぜ」
「そりゃそうだろ。ここじゃなきゃ詐欺だ。だがな、警戒してる方が無茶も言いやすい」
「先輩にはこんなこと絶対言えないもんねえ」
「バカ、それリョウが一番気にしてるやつ」
レイは内心で、急かす理由はそれか、と察した。
もっとも、それを口に出す気はない。
リョウは意図を隠す気もないのか――あるいは別の意図があるのか、仲間の軽口を聞き流しつつ、表面上はにこやかにレイたちへと向き直った。
(突入は俺たちがやる。だが入口を固めてもらえば、かなり楽になる。工房の利用者同士、表立って裏切れば評判が落ちる。最悪出禁になる。最低限の信用は残るだろう)
「……わかった。やろう」
レイはそう答えた。
リョウは満足げに頷いた。
「ハンターコード交換しとくか。……じゃあ詳細は明日の朝話す。工房で落ち合おう」
簡潔に言い残して工房から去っていった。
◇
リョウたちとのやり取りを見守っていた火華が告げる。
「宿泊設備、今日も使っていいぞ。清掃はしてある」
「ありがとう」
レイが礼を言うと、火華はひらひらと手を振った。
ベッドを確保したあと、五人は共用のテーブルに集まり、缶入りの軽食を囲んだ。
明かりは白色の室内灯で、外の荒野とは別世界のように静かだった。
マルが缶詰を開けながら言った。
「で、実際どうする? あの先輩方の誘い。本当に行くのか?」
ダグは肩を竦める。
「利害は一致してるだろ。けど、あいつらの本音までは見えん」
ニナはリンの方をちらりと見てから、
「私は……行ってもいいと思うけど。人数が増えたら安全面は上がるし」
そう口にしたが、内心では慎重さも抱えていた。
(でも、変に目立つと余計な敵を作るよね……)
レイは全員の視線を受け、少し黙ったあとに答えた。
「ある意味では好機だ。遺跡探索は避けていたが、今後の足掛かりにも成り得る。……あいつらハンターランク40らしい」
「ランク40……」
ニナが小声で呟く。
クガマヤマ都市周辺ではランク50がほぼ上限で、それ以上はさらに東方へと稼ぎの場を移していく傾向がある。つまりリョウたちは、この周辺で長く生き延びられるだけの実力者ということだ。
リンはテーブル端で湯気の立つカップを抱え、いつものおどおどした調子で口を開いた。
「あの……わたしも、行ってもいいと思います。なんか、そういうの、ゲームっぽくて……」
「ゲーム?」
全員の視線が一斉にリンに向く。
「え、うん……そういう
ダグが半笑いでレイを見る。
「レイ、すごいやつ見つけたな」
「……いろいろ考えたからな」
夜はそれぞれの時間に分かれた。
マルは情報収集機器の設定を見直し、ダグは工具を手にAAH突撃銃の分解整備。
ニナは端末で都市の相場情報を調べ、リンはベッドの上で情報端末を操作し、車両のマニュアルを読み返していた。
レイは天井を見詰めながら、リョウたちとの同行で得られるリスクとリターンを天秤にかけ続けていた。
翌朝。
工房の格納庫前に、二組のハンターチームが揃った。
リョウたちは既に装備を整え、車両のエンジンも温め済みだ。
「行けるか?」
レイは短く息を吐いてから頷いた。
「行ける」
リョウの口元がわずかに緩んだ。
「じゃあ、出発だ」
格納庫のシャッターが上がり、外の荒野の光が流れ込む。
こうして、レイたちは合同の――ハンター稼業へと踏み出すことになった――。