持たざる少年   作:交渉人

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22.先輩方

 工房の朝は、静かなようでいて、機械音だけは絶え間なく響いていた。

 夜の間も休むことなく稼働していた整備ロボットが、格納庫の奥でガスバーナーを吹かし、時折甲高い金属音を響かせる。その音を背に、レイたちは前夜の適性診断の結果発表に呼び出されていた。

 

 火華は、タブレット端末を片手に軽く椅子へ腰を掛けている。

 整備用のつなぎ姿だが、胸元にはいくつかの識別タグと、見慣れない光学センサーがぶら下がっていた。彼女の目線は書類の奥、データのさらに奥を見ているようで、ぞくりとするほど鋭い。

 

「さて、診断結果だが……中々に面白い結果になったぞ」

火華は淡々と言いながらも、唇の端にわずかな笑みを浮かべた。

 

 もったいぶった言い方をしているが、内心は妙に軽やかだ。

祖先(ルーツ)は軍事系生体ユニットの評価用ロットだったのかな? ここは隠蔽(マスク)っと』

 

 空中に投影された文字列が目に入る。

 

【外域行動従事資質診断報告】

発行管理番号:【規制済】

診断施行機関:【規制済】/【規制済】法準拠

 

 義体化運用適格度(全身換装)……評価等級:甲第一類(極高)

 陸上戦術車両操縦資質……評価等級:甲第一類(極高)

 有人機動戦術兵装操縦資質……評価等級:未測定/統計推定:甲第一類(高)

 身体拡張運用適格度(局所換装含)……未測定

 神経負荷耐性指数……第四等級(高)

 運動持久力指数……第七等級(低)

 外界危険環境適応指数……第三等級(良好)

 機材損耗許容指数……第一等級(極高)

 協調戦術行動適応度……第二等級(優)

 戦闘後精神残留影響耐性……第三等級(良好)

 

「……なんて?」

「読めん……」

 わずかに混乱した様子で、目を細めるレイたちの様子を確認し、火華は口を開く。

「簡単に言うとだな」

 手を腰に当て、指を折って説明を始める。

「リンは生身のままでもそこそこ優秀だが、義体化すれば今以上に性能を引き出せるタイプだな。操縦系は車両でも人型でも、かなりの適性だ。……だが、体力が低いから稼働時間は長くは持たないだろう。体力の強化と、効率的な操縦方法の会得が必要だろう」

 

 リンは椅子の上で小さく背筋を伸ばし、「あ、はい……」とだけ返す。

 表情はおどおどと控えめだが、その瞳には微かな光が宿っている。レイは、あの車両戦で見せた異様な集中力を思い出していた。

 (ハンターの適性めちゃくちゃ高いように聞こえたがどうなんだろう)

 

 火華は一呼吸置いてから、提案を切り出した。

 

「で、こっからが本題だ。診断結果を踏まえて、いくつか提案がある」

 

 彼女は指を二本立ててみせる。

 

「提案一つ目、私の工房で保有してる実験車両を貸与する。癖はあるが、性能は高い。条件はリンによる稼働データの提供だ。修理費は自己負担してもらう」

 

『性能データも取れて、恩も売れて一石二鳥!』

 

 咳払いの後に続ける。

「提案二つ目、リンが完全義体化を含めた、義体化を希望する場合、紹介状を出す。流石にここでは出来ない。とあるコネがある。ただし維持費や必要設備の負担がいる」

 

『まーこっちは即決はないだろねー』

 

 レイは眉間に皺を寄せ、しばし考え込む。

 義体化なんて勧める気はないし、実験車両の貸与は確かに戦力になるが、扱いづらければ逆に危機を招く。現実的に選べるのは――。

 

「……じゃあ、実験車両の貸与で」

「了解だ。まあそっちのほうが、今のお前らには現実的だろうな」

 

 火華が頷いた、その直後。

「――あの、ちょっといいですか?」

 控え目にリンが手を挙げた。レイは驚愕する。

 (まさか、義体化したいのか!?)

「……どうぞ」

 深呼吸したレイはリンに発言を促した。

 リンの声は弱々しいが、内容は意外なものだった。

「できれば……今の車を、強化できないですか? あの車、かっこいいので……」

 レイは反応に困った。理由が意外すぎたし、単純すぎた。しかし火華は、にまにま、とした表情を浮かべる。

「なるほどな。それもありだ」

 

『かっこいいは正義。愛着持ってるやつは、使いこなし方も伸びるんだよねー』

 

 火華はタブレットを操作しながら、改造案を提示していく。

「強化の方向性はざっと三つだ」

 既存兵装の強化――威力・精度・連射性能の向上、装填速度短縮など。

 出力強化――エンジンや動力系統を改造し、積載・速度・加速力を底上げ。

 兵装の追加――ミサイルやロケットなどの特殊兵装、追加副砲などの搭載。

 

「で、模擬戦と車の戦闘ログを見てる限りじゃ……兵装の扱いは悪くない。次は火力の瞬間最大値を上げるか、新しい手を増やすかがいいだろう」

 

 レイは悪くないと思った。むしろ最も現実的な路線だとも思った。リンの方を向く。

「どうする? 意見を聞きたい」

 

 リンは少し視線を泳がせた後、呟いた。

「……ミサイルとかも良さそうですけど……あの主砲をもっと連射できたら、強そうだなって」

 

 火華が補足するように説明する。

「主砲の強化なら、3連射までのバースト射撃が可能になる。ただし弾の消費は跳ね上がるし、長期戦はキツくなるぞ。それと、重量は増える」

 

『でもさー、火力は正義!なんなら映える!』

 

 レイはしばらく考え込み、結論を保留にする。

「……この話は一旦持ち帰る。また来たときに決める」

 

「そうか。じゃあ気が向いたら来い」

 火華は口元を歪め、タブレットを閉じた。その笑みは、単に仕事としての興味以上に、何か企みを含んでいるようだった。

 

 

 工房の格納庫のシャッターが半分ほど上がり、東の空から射す朝の光が入り込んだ。

 エンジン音が近づき、砂を巻き上げながら一台の車両が滑り込む。

 装甲を幾重にも追加した四輪駆動車で、外板には砂色と濃い灰色の迷彩塗装が施され、車体には荒野の傷跡が刻まれている。

 ついさっきまで荒野を走っていたのだろう、タイヤの泥はまだ湿っていた。

 

 運転席から降りてきたのは、レイたちより少し年上に見える男。

 短く刈り込んだ黒髪と鋭い灰色の目が印象的だ。

 背中には戦闘用のカービンライフル、強化服を着用し、無駄のない動きをしている。

 後ろから、同じく若い仲間が三人続く――狙撃銃を背負った、背の高い女、腰に工具と端末を下げた軽装の青年、重火器を抱えた大柄な男。

 全員、立ち居振る舞いに場慣れした空気を漂わせていた。

 

 男の目が、レイたちの車両に向く。

 (……先客がいたか。先輩方だと厄介かもだぞ……)

 車両のシルエットを確認し、リーダー格の男――リョウが口角をわずかに上げた。

「……見たところ、まだ素の状態だな。なら、最近工房を使い始めた口か」

 (いいタイミングで工房に来れたかもな)

 リョウは内心で計算しながら、仲間に荷の搬入を指示した。

 

 帰り支度をしているレイたちが、リョウたちに気付く。

 (工房の利用者か……。そりゃ、俺たち以外にもいるか。ミラの知り合いなんだろうか)

「おい、刺激しないようにして帰るぞ」

 声を抑えるように短く指示する。各自無言で頷き、急いで支度をする。

 

 火華がリョウたちに、軽く手を振る。

「やっと来たか。出せるか?」

「もちろんだ」

 リョウが短く答える。

 

 荷台から降ろされたコンテナには、硬質な鱗片や異形の角、加工済みの金属片など――モンスターや遺跡由来の素材や部品が詰まっている。

 火華は一つ一つを手に取り、検査端末で確認しながら査定を始めた。

「色々持ってきたな。ハンターオフィスでも高く売れると思うがな」

 軽口を漏らす火華に、リョウは無言で笑うだけだ。

 (オフィスは最後だ。工房が優先だ)

 

 レイたちは、帰還の準備を整えて車両に向かおうとしていた。

 その時、素材売却を終えたリョウがこちらに歩み寄る。

 

「おい、ちょっと待て」

 

 振り返ると、工房のカウンター前にハンターたち――リョウのチーム――が立っていた。

 火華との素材売却を終えたらしい。手には見慣れないカード。

「話がある。すぐ終わる」

 レイは少し眉を顰める。こういう声のかけ方は、大抵ロクな話じゃないのが定番だ。

 だが工房の中で無下に対応するわけにもいかず、メンバーと視線を交わし、足を止めた。

 

「リョウだ。ハンターチームのリーダーをしている。お前ら、工房の利用は最近からだな?」

 リョウは確認するように尋ねる。

「レイだ。……まあ、そうだが」

 レイが答えると、リョウは軽く笑った。

「お前がリーダーか。単刀直入に言おう。俺たちには攻略予定の遺跡がある。だが問題があってな、しばらく放置していた。お前らの実力は未知数だが、装備は……まあ車込みで及第点ってところだな。一緒に攻略しないか?」

 リョウの言葉は表向きは勧誘だが、どこか試してやる、という含みがあった。

 

「同じ工房を使ってる縁だ。ここは敵を作る場所じゃない。だからこそ、手を組むときはお互いの利が一致してる必要がある。火華の素材買取に苦戦してるんじゃないか?」

 リョウがそう言うと、背後のスナイパーの女が苦笑しながら口を挟む。

「先輩風吹かせてる。自分だって前までは右も左もわからない初心者だったくせに」

「うるせえ」

 短く返しつつも、リョウは否定しなかった。

 そのやり取りに、レイは少し肩の力を抜く。

 本気で格付けをしにきているというより、同じ境遇を経てきたがゆえの助言――そんな空気が混じっている。

 

「言っておくが俺たちは初心者もいいとこだぞ」

 繕う気もなかったレイが正直に言う。

「ここに来れるだけで素質ありだ。――具体的な協力内容だが、お前らには遺跡の入口の抑えをして貰いたい」

「入口の抑え?」

 マルが聞き返す。

「そうだ。俺たちが遺跡に突入して、遺物を持ち帰る。だが、そこは奥に入るとすぐに増援が来る。後ろから挟まれたら面倒だ。退路の確保も必要だ。そこでお前らに入口で蓋をしてもらう。危険だが、一番危険なのは俺たちの方だ。分け前は7対3で、7がこっちだ。遺跡の情報の共有がある上に、より危険なのは俺たちだ。破格の条件だぞ」

 

「どうする? やるなら明日の朝に出発だ」

 リョウの問いに、レイは視線を仲間へ向ける。

 

 ニナは渋い顔をし、マルは「面白そうじゃね?」と笑い、ダグは腕を組んで「……突入する方じゃねえのかよ」と不満そうに言った。

 だが、状況的には悪い話ではない。遺跡の情報は貴重だし、工房利用者同士の繋がりも悪くない。

 

 ニナが怪訝そうに眉を寄せた。

「なんでそんな急に? 準備とか……」

 リョウは肩を竦める。

「あの車なら準備は要らないだろ。弾薬位なら少しは融通出来るぞ」

 

 背後では、リョウの仲間たちが小声でやり取りをしていた。

「急かしすぎじゃね? 少し様子見ても……」

「バカ、考える時間を与えたら他に行くかもしれねえだろ。それに……条件を呑ませやすい」

 

 別の仲間がにやりと笑う。

「あいつら、警戒してるぜ」

「そりゃそうだろ。ここじゃなきゃ詐欺だ。だがな、警戒してる方が無茶も言いやすい」

「先輩にはこんなこと絶対言えないもんねえ」

「バカ、それリョウが一番気にしてるやつ」

 

 レイは内心で、急かす理由はそれか、と察した。

 もっとも、それを口に出す気はない。

 

 リョウは意図を隠す気もないのか――あるいは別の意図があるのか、仲間の軽口を聞き流しつつ、表面上はにこやかにレイたちへと向き直った。

 (突入は俺たちがやる。だが入口を固めてもらえば、かなり楽になる。工房の利用者同士、表立って裏切れば評判が落ちる。最悪出禁になる。最低限の信用は残るだろう)

 

「……わかった。やろう」

 レイはそう答えた。

 

 リョウは満足げに頷いた。

「ハンターコード交換しとくか。……じゃあ詳細は明日の朝話す。工房で落ち合おう」

 簡潔に言い残して工房から去っていった。

 

 

 リョウたちとのやり取りを見守っていた火華が告げる。

「宿泊設備、今日も使っていいぞ。清掃はしてある」

「ありがとう」

 レイが礼を言うと、火華はひらひらと手を振った。

 

 ベッドを確保したあと、五人は共用のテーブルに集まり、缶入りの軽食を囲んだ。

 明かりは白色の室内灯で、外の荒野とは別世界のように静かだった。

 

 マルが缶詰を開けながら言った。

「で、実際どうする? あの先輩方の誘い。本当に行くのか?」

 

 ダグは肩を竦める。

「利害は一致してるだろ。けど、あいつらの本音までは見えん」

 

 ニナはリンの方をちらりと見てから、

「私は……行ってもいいと思うけど。人数が増えたら安全面は上がるし」

 そう口にしたが、内心では慎重さも抱えていた。

 (でも、変に目立つと余計な敵を作るよね……)

 

 レイは全員の視線を受け、少し黙ったあとに答えた。

「ある意味では好機だ。遺跡探索は避けていたが、今後の足掛かりにも成り得る。……あいつらハンターランク40らしい」

 

「ランク40……」

 ニナが小声で呟く。

 クガマヤマ都市周辺ではランク50がほぼ上限で、それ以上はさらに東方へと稼ぎの場を移していく傾向がある。つまりリョウたちは、この周辺で長く生き延びられるだけの実力者ということだ。

 

 リンはテーブル端で湯気の立つカップを抱え、いつものおどおどした調子で口を開いた。

「あの……わたしも、行ってもいいと思います。なんか、そういうの、ゲームっぽくて……」

 

「ゲーム?」

 全員の視線が一斉にリンに向く。

「え、うん……そういう協力プレイ(レイド)みたいなの、ちょっと好き、です……」

 

 ダグが半笑いでレイを見る。

「レイ、すごいやつ見つけたな」

「……いろいろ考えたからな」

 

 夜はそれぞれの時間に分かれた。

 マルは情報収集機器の設定を見直し、ダグは工具を手にAAH突撃銃の分解整備。

 ニナは端末で都市の相場情報を調べ、リンはベッドの上で情報端末を操作し、車両のマニュアルを読み返していた。

 レイは天井を見詰めながら、リョウたちとの同行で得られるリスクとリターンを天秤にかけ続けていた。

 

 翌朝。

 工房の格納庫前に、二組のハンターチームが揃った。

 リョウたちは既に装備を整え、車両のエンジンも温め済みだ。

 

「行けるか?」

 レイは短く息を吐いてから頷いた。

「行ける」

 リョウの口元がわずかに緩んだ。

「じゃあ、出発だ」

 

 格納庫のシャッターが上がり、外の荒野の光が流れ込む。

 こうして、レイたちは合同の――ハンター稼業へと踏み出すことになった――。

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