持たざる少年   作:交渉人

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23.地下道

 レイの車が、静かにエンジンを唸らせた。

 

 先行するリョウたちの車両が、淡く光る導光ラインの上を滑るように進む。

 工房の現在の座標から更に東部へ向かった先。旧世界の道路網が地下層に沈んだ領域──その入口は、錆びつき、荒れ果てた倉庫群の奥に隠蔽されていた。

 

 倉庫の床がわずかに沈む音とともに、地面がゆっくりと割れ、暗闇の底へ続く螺旋状のスロープが現れる。

 

「……地下道なんて残ってんだな」

 運転席のレイが呟くと、後部座席のニナが小さく頷いた。

「どうやって見つけたんだろうね」

「多分、何かの企業の伝手だろうな。昔から使ってるみたいだった」

 淡々と分析するマルの声が響く。

 

 東部では地上を移動するのが一般的だ。空路は上空のモンスターの存在により利用はほぼ不可能。地上はモンスターが跋扈しているが、上空のモンスターよりは危険度は低い。

 一方、地下については旧世界の領域となっていた。旧世界の時代に張り巡らされた地下網だ。今回の遺跡探索では、目的の遺跡と直結している地下道──通称、第一(ずい)道を利用することになっていた。

 

 リョウとの会話を振り返る。

「──何度か行ったことあるんだよな?」

『ああ、所謂生きている遺跡なんだが、遺跡の管理AIを止めてしまえば休眠、そして後に再起動するんだ。遺跡は修復され、遺物も再配置される。──再起動の時期はもう過ぎてる。稼ぎ時だ』

 (そんな上手いこと行くのかね。まあ物は試し、か)

 

 

 レイはハンドルを握りながら、先行する車両との距離を一定に保つ。自動追従を入れようか迷ったが、未知の経路ということもあり、まずは手動で運転していた。

 前方の導光ラインが滑らかにカーブを描き、闇の奥でリョウの車両のブレーキランプが淡く滲んだ。──やがて、完全な闇が彼らを包む。

 

 前方を走るリョウの車両の運転席では、彼自身もミラー越しに後方を確認していた。レイたちの戦力分析を続けていた。

 黒い車体が導光ラインを滑るように進む。高度な制御装置にサポートされた挙動には、無駄がなかった。

「……あいつら、ほんとに初心者か?」

 助手席のユイが目を細める。

「馴れてるねえ」

「新人の皮を被ったベテラン、には見えないがな」

 リョウはぼそりと呟く。

 

 リョウから通信が入る。

『少し待ってろ』

「わかった」

 

 少しすると、闇の中に一筋の光が差し込んできた。地下道の防壁が開く。

 レイの息が止まった。

 

 壁面も天井も、床も、まるで造られたばかりのように完璧だった。塵一つない。溶接痕も劣化も、亀裂すら存在しない。

 壁に埋め込まれた白色の導光パネルが、淡く連続して光を放つ。均一な輝度。チラつきはない。

 その光が、異様なまでに整然とした空間を照らし出していた。

 

「……うわ、なんか、気持ち悪いぐらいキレイだね」

 

 後部座席のニナが、吐息混じりに言う。火薬の臭いも、油の焦げた匂いも存在しない。空気は乾き過ぎていて、生命の痕跡を感じさせない。

 微かに漂うのは、金属とオゾンの無機質な香りだけだった。

 

「自動清掃機構がまだ生きてるのか……」

 マルが情報端末を操作しながら分析を続ける。

「は? まだ生きてるのかよ」

 ダグの声に、マルは肩を竦めた。

「旧世界のシステムあるあるだな」

 

 その時、車両の通信端末にノイズが走った。

 

──『登録認証コードが確認できません。次回通行時に申請してください』

──『警告、本経路は貨物運搬専用です。歩行者の立ち入りは禁止されています』

──『照明を減光します』

 

 電子音声が淡々と告げる。照明が一段暗くなる。敵意は感じられない。   

 ただ、誰かが見ているような気配が漂っていた。

 

 レイはわずかにアクセルを緩め、ハンドルを両手で握り直した。

 しかし、リョウの車両は減速しない。一定の速度で淡々と進み続けている。

 

『問題ない。登録車両の随行は許容される』

 通信機越しにリョウの声が聞こえた。

『こっちで申請を通してる。言っておくが有料だ。貸しにはしない。車両走行中は安全だ。悪ふざけをしない限りは、な』

「なるほど。……ってことは、間違っても撃ったりしたら駄目なんだな」

『当たり前だ。行儀よくしとけ』

 

 リョウの言葉に、レイたちは息を呑む。前方の分岐点で、無人の車両群が滑るように通過していく。

 軍用輸送車といった形状──ただし塗装は鮮やかで、まるで新品。走行灯は青色で統一されていて、レイたちの車両の白い走行灯との差が際立つ。

 音はほとんどなく、通過の瞬間だけ風がわずかに揺れた。

 

 車体の側面には、何らかのロゴが微かに浮かんでいた。それが生きているか、死んでいるかも分からないまま、ただ黙々と走り続ける。

 

 レイはその車両の通過を見送りながら、ハンドルから手を離した。

「……自動追従する」

 

 システムが即座に応答し、車両が前方のリョウたちの車両後部をセンシングする。ハンドルが僅かに動き、車体が滑らかに速度を合わせた。その時、輪郭が歪むような影だけが横を通り過ぎるのを感じた。

 (光学迷彩か……監視されてるのか)

 ダグが呟く。

「ラクだな……けど、なんか落ち着かねえ」

「自動運転でも、手動介入の準備だけはしとけ」

 マルが冷静に言う。

「もしシステムが異常検知したら、異物として排除される」

「おいおい、監視でもされてんのかよ。ますます落ち着かねえな」

 ダグが笑うが、その声は乾いていた。

 

 ──一定の間隔で、壁面のスリットから細い光が漏れる。風もないはずの空間で、空気が微かに揺れ、遠くから低い機械音が木霊する。

 レイは無意識に息を詰めた。この空間には生命の死が漂っている。静寂ではない、完全な機械の律動によって保たれた、冷たい秩序の世界。

 

「……なあ、もし俺らがここで止まったら、どうなんだ?」

 ダグが不安げに尋ねる。通信で即答が返ってきた。

『止まるなよ。すぐに清掃機械がくる。文字通り物理的に掃除される』

「……マジかよ」

 ダグの喉が鳴る。笑い声に似ていたが、乾いていた。冗談ではなく、死が当たり前のようにシステムの中に組み込まれている。

 レイの背中を冷たい汗が伝う。ここでは、人の判断も、命も、全部想定外として処理される。秩序に従えないものは、すぐに排除されるのだ。

 

 数十秒後、通路の奥から低い唸り音。清掃機械が現れる。ブラシを回転させ、壁を磨き、床を舐めるように進む。

 だが、近くを通過するたびに、レイは皮膚が粟立つような不快感を覚えた。生命に向けられる視線ではない。汚れを検知しているセンサーの反応が、自分に向いているのだ。

 

「なんか……すごいね。まだ動いてるんだ」

 ニナが呟いた。瞳には、恐怖よりも純粋な興味が浮かんでいる。

 

「……怖くないのか?」

「まあ。けど、なんか、安心する。……ここだけ、まだ世界が壊れてないみたい」

 

 その言葉に、レイは言葉を失う。確かにこの空間は、壊れていない。

 だがそれは、壊れたあとに壊れないようになっただけのこと。維持するものがいなくても、維持が続く仕組み。

 それは、生命ではなく──死んでも動き続ける文明の骸。

 

『もう少しで出口だ』

 リョウから通信が再び入る。

『最奥にある扉の向こうが、目的の遺跡に繋がってる。準備しとけ』

 

 導光ラインが次第に広がり、視界の先に、巨大な防爆扉が見え始めた。  

 表面は鏡のように滑らかで、反射した車両の光がまるで別世界の入り口のように見える。リョウの車両がその前で停車し、情報端末をかざす。

 低い重音が地下に響き、扉の錠が順に解かれていく。圧縮された空気が吹き出し、白い霧が舞い上がった。

 扉の隙間から漏れる光は、外界の太陽とは違う。均一な、人工的な白。それがゆっくりと広がり、車体を包み込んでいく。

 レイは無意識に息を呑んだ。これから足を踏み入れるのは、旧世界の残骸ではなく、旧世界そのものだ。

 

 

 防爆扉が完全に開くと、そこには暗く、静まり返った広間が広がっていた。地下道から繋がるその空間は、どこまでも人工的な整然さを保っている。

 壁面には冷光を放つパネルが規則的に並び、中央には十字路。左と右へ続く通路はどちらも奥行きがあり、薄く靄が漂っている。

 

「……ここが、目的地か」

 レイが呟く。

 視界に広がるのは、車両でも通行できるほどの幅を持つ通路。どこも同じような無機質さで、唯一の違いは、壁に刻まれた、企業のロゴのような刻印だけだった。

 リョウが車両を止め、ハッチを開けた。

「よし、ここが遺跡の入口だ。俺たちは正面突破後、目的の区画まで直進する」

「了解。俺たちは?」

 レイが尋ねる。

「入口の確保を頼む。左右どっちかの通路から増援がくる。地下道側は安全だが、そっちから増援が流れてくる可能性もゼロじゃない」

 

「十字路……か」

 マルが呟く。

「通路を経由して防衛機械が移動してくる設計か。どの道からも来る想定しといたほうがいいな」

「……了解」

 レイは短く頷き、車両の砲塔を旋回させる。情報収集機器のセンサーに軽いノイズが走る。空気が震え、低い機械音が広間の奥から響き始めた。

 

 ──ギィィ……ン……カンッ。

 

 金属音。

 乾いた何かが床を這うような音。

 次いで、光学センサーの端に微かな発光が映る。

 

「反応あり。複数」

 マルが即座に報告した。

「距離、五十。出力低。……偵察タイプだ」

 

「よし、迎撃する。リン、やってみろ。主砲はまだ温存して、副砲を使え」

「わかった……!」

 リンの声は小さいが、指先の動きは正確だ。副砲の銃身が自動で旋回し、発光。乾いた連射音が広間に響き、白い閃光が闇を切り裂く。

 弾丸が壁を穿ち、走査型の小型防衛ドローンを粉砕する。だが、その残骸が床に触れる前に、周囲の壁面パネルが一斉に赤く点灯した。──警告灯。

 マルが顔をしかめる。

「遺跡全体に侵入情報が送られたな」

 次の瞬間、轟音が十字路の奥から迫った。床の一部が沈み、そこから二脚の機械が浮かび上がる。全高は車両よりも高い、脚部の装甲は鈍く輝き、肩部に機関銃を二基装備していた。

 

「中型、二体! 脅威判定上がってる!」

「こっち来るぞ!」

 ダグが叫ぶ。

 レイの車両が動き出し、正面へ滑り込む。副砲が連射モードで唸り、金属の弾雨が火花を散らす。弾丸が防衛機械の外装を弾くたび、硬質な音が響いた。

「主砲……」

 リンが呟き、レイが応じる。

「使え!」

 閃光が広間を満たし、一体の胴体を粉砕。

 だが、もう一体は何もなかったかのように銃身を回転させ、反撃を開始した。

「来る! 遮蔽に!」

 レイたちの車両が車体を翻し、柱の陰に滑り込む。壁面に弾痕が刻まれ、金属片が跳ねる。レイは舌打ちしながら火器操作画面を確認した。

「シールド持つか?」

「エネルギー残量は問題ない」

 マルが即答する。その時、リョウの声が通信に入った。

『こっちは突入開始する。大丈夫そうか?』

「多分な!」

 通信の向こうで、重火器の炸裂音が一瞬、ノイズに混じった。爆風の圧が通信越しに伝わるほどだ。リョウ達の進む奥の通路では、群れた防衛機械が同時に起動しているらしい。金属が擦れる高音、弾幕の雨、そして轟音。レイの耳には、その一つ一つが異次元の戦闘に聞こえた。

 

 自分たちが相手にしたのは、たかが中型二体。全力で副砲を撃ち、主砲まで使って、ようやく沈黙させた相手だ。それを──リョウ達は、群れたままのそれを正面から突破している。

 

 レイは無意識に息を飲む。あれが本職のハンターなのだ。同じ戦場にいるはずなのに、見ている景色の階層が違う。

 その事実に、背筋が微かに冷たくなった。

 

 

「……入口確保。現時点で増援はなし」

 レイが息を吐き、通信する。だが、緊張の糸はまだ切れない。左右の通路は、依然として暗闇のまま。何が潜んでいるのか、分からない。

『了解。じゃあ俺たちは行くぜ』

 リョウは通信を切り、仲間たちに告げる。

「あの車両なら大丈夫そうだな。俺たちも気合入れてくぞ」

「あいよー」

 

「遺跡の脅威判定が上がれば、地下道側からも何か来るかも」

 マルが分析する。

「ここはしばらく警戒を続けよう」

「了解」

 ダグが車外へ出て、破壊された防衛機械を見下ろした。

「こいつら……すげえな。素材、持って帰れねぇのか?」

「やめとけ。自己修復を始めるかもしれん」

 マルの声が冷たく響く。

「そうしたら、再起動して襲ってくる」

「……念入りにぶっ壊しておくか」

 破壊された防衛機械の残骸を見下ろしながら、レイは車両後部の格納庫を開いた。

 車両には、弾薬生成プラントが組み込まれている。回収ドローンが床に降り立ち、破片を回収していく。飛行型が天井近くで旋回し、地上では小型戦車型がアームで残骸を掴み取る。

 素材がプラントのスロットを通じて吸い込まれ、青い光が奥で瞬く。

「主砲弾薬、生成開始」

 マルの声が静かに響く。

 リンが小さく感嘆した。

「……まるで生きてるみたい」

「生きてるってより、食ってるんだろ」

 ダグの声に、マルが薄く笑った。

 

 

 レイが車両から降り、遺跡の入口付近を確認する。リョウたちの車両は、既に遺跡の奥へと消えていた。微かに振動が伝わってくる。戦闘が始まったのだ。

 ダグは窓越しに暗闇を見詰めた。

 遠くでリョウたちの銃声が木霊している。音の粒が地層を震わせ、胸の奥を刺激する。

 ――戦ってる。

 その事実だけで、身体の奥から血が騒いだ。

 待機という言葉が、こんなにも息苦しいとは思わなかった。

 

「……なあ、レイ」

 ダグが口を開く。

「俺、向こうに行かせてくれねえか? どうも待機ってのは性に合わねえ」

 レイは眉をひそめた。

「お前な……大人しくしてろよ。俺たちは入口確保の役割なんだぞ」

「わかってる。でもよ、火力は足りてるだろ。俺なら、あの連中とも息が合う。……多分な」

 ダグは笑う。その笑みには、戦場の空気を吸いたがる狩人の気配が滲んでいた。

「……リョウに許可を取れ」

 レイが折れると、ダグは口の端を上げた。

「交渉は任せとけ。スラムで生きるには、腕っぷしより口先が要るんだ」

 言いながら、通信を開く。リョウとの交信が繋がる前に、短く考えをまとめた。

 合理主義の男には、合理的な理由を。

 

「リョウ、聞こえるか? 入口は安定した。俺を突入側に回した方が効率がいい。火力もあるし、こっちは守りが厚い。前線を減らすより、突破力を上げた方がリスクは減る。どうだ?」

 数秒の沈黙。ダグは続けた。

「人手が多い方が戦線維持もやりやすいだろ? 入口の確保は車両でやれる」

 通信の向こうで、リョウの息が混じる。

 ──論理は通っている。

 そして何より、自分を駒として売り込むその姿勢が、リョウの性分に刺さった。

 レイたちの装備は見た目こそ簡素だが、強化服のフレーム構造と挙動──どれも工房製特有の反応を示していた。火華の手が入っているなら、防御出力は東部基準での最低限は担保されているだろう。

 つまり、無謀でも死にはしない。

 そして、ぶら下げてたAAH突撃銃。改造済みなら、肉壁はおろか、即席の突破口に使える。合理的に考えれば、使える駒だ。

 リョウはそう結論付ける。

 もっとも、計算だけで割り切れるほど冷たいわけでもない。

 向こう見ずな馬鹿──そういう輩は昔から嫌いではなかった。

 かつての自分もまた、同じ匂いを発していたからだ。

『……好きにしろ。ただし、俺の指示には従え』

「了解、ありがとな」

 通信が切れる。

「……回復薬持っていけ」

 クガマヤマ都市下位区画で購入した回復薬──100万オーラムの高グレード品──をダグに投げる。

「おう、ありがとな」

 レイは深く息を吐き、ダグを見送った。

「全く……」

「止めても無駄だろ」

 マルが肩を竦める。

「向こうに行った方が落ち着くタイプだ」

 

 レイは小さく頷き、再び車両に戻る。暗闇の中、機械の唸りが微かに響いている。遺跡の心臓部が、侵入者を認識し、ゆっくりと熱を上げていくような、そんな音だ。

 

「……嵐の前の静けさ、だな」

 レイの呟きに、ニナが小さく苦笑した。

「もう十分、嵐の中だよ」

 遠くの通路の奥で、爆音が重なった。それは連続する榴弾の炸裂音。リョウたちが、群れごと薙ぎ払っている。

 壁面の金属が震え、天井から微細な砂塵が降り注ぐ。たった今、自分たちが全力で倒した敵を──あの連中は、数で相手にしている。

 

 レイは一瞬、羨望にも似た感情を覚えた。あの域に行くには、どれだけの死線を越えればいいのか。

 恐怖と憧れが、同じ温度で胸を焦がす。

 

 ──状況、──に変更。

 

 人工音声が木霊し、静寂が、再び崩れ始めた。

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