持たざる少年 作:交渉人
遺跡の奥へ突入したリョウたちの通信は、ノイズ混じりに届いていた。壁の厚さが違うのか、声は微妙に歪んで聞こえる。
レイたちは入口脇に車両を据え、左右の通路を監視していた。
照明は断続的に明滅を繰り返し、そのたびに金属壁の表面が赤く光った。空気は乾き、電気の焦げたような匂いが鼻を刺す。
マルの端末が低く鳴る。
「周辺、反応多数。十体以上……いや、増えてる。識別信号なし。全部、自律型」
「……さっきまで数体だったろ」
「こっちの戦力を分析したんだ。遺跡が防衛指針を質より量に切り替えた」
遺跡の奥で、低く唸るような金属音。通路の闇が揺れ、鈍色の影がいくつも現れる。四脚歩行型、六脚型、飛行型。どれも小型だが、群れで押し寄せる。
数秒で、通路が金属音で満たされた。
「迎撃する」
レイの声に、リンが即座に反応した。
閃光が走る。
レーザーが跳ね、狭い空間で爆ぜる。鋼鉄の脚が吹き飛び、火花が散った。だが、倒れた機体の陰から次の群れが這い出してくる。
リンが息を呑んだ。
(いや……多いよ)
車両のセンサーが警告音を鳴らす。
レイは射撃画面を睨み、マルに声を飛ばす。
「エネルギー残量は?」
「全体としては問題ないが、主砲は熱を持ち始めたな」
「そうか……」
レイは一拍置いて判断を下す。
「リン、集まってる所を主砲で狙え」
「了解」
閃光。主砲が唸りを上げ、群れの前列をまとめて薙ぎ払った。
爆炎が通路を駆け抜ける。だが、奥から再び金属の波が押し寄せる。遺跡の防衛アルゴリズムが、意志を持つように調整されている。
リンの指が、わずかに震えた。
「……レイ君たち、外に出て――」
その言葉に、レイは頷く。
「各個撃破だな、わかった」
レイが車両のハッチを開けると、熱気が吹き込んできた。
マルが無言でAAH突撃銃を構える。表情は渋い。
「……こうゆうのはダグの役目だろ」
レイは苦笑する。
「そうだな。けど、やるしかない」
二人が車両を遮蔽に使いながら飛び出す。
副砲が再び唸り、火花が降る。リンの照準は正確だった。
副砲が敵の脚部を吹き飛ばし、動きの鈍った防衛機械を、レイの銃弾が貫く。
マルは反対側で、立ち上がった敵に連射を浴びせた。狙いは悪くはない。だが、数が多かった。
爆ぜた金属の残骸の向こうから、異様に大きな影が立ち上がった。
他の群れとは明らかに違う、重装型。外装は艶やかに光り、肩部から砲塔が伸びていた。
リンが息を詰め、指を滑らせる。
「主砲、……撃つ!」
レイとマルが反射的に車両の陰に退避する。
轟音が遺跡を震わせた。
爆炎が奔流のように広がり、重装機体の上半身をまとめて飲み込む。破片が降り注ぎ、衝撃波が通路を叩いた。
マルが肩越しに振り向く。
「撃ち漏らしなし。……こうゆうのは勘弁して欲しいぜ」
「よし。──リン、弾薬残量を確認しとけ」
「了解、です」
焦げた金属臭が漂う。通路の奥では、さらに低い唸りが響いていた。
それは、まるで遺跡そのものが息を吸うような音だった。
その時、通信に微かな揺らぎ。リョウの声が途切れ途切れに届いた。
『……第二区画、制圧完了。問題なし――』
『――あいつはどうなった?』
レイは短く応答する。
「そっちに向かってる」
通信の後、耳鳴りのような低音が響く。
――奥で何かが起きている。
遺跡の床が微かに震えた。
◇
ダグは薄暗い通路を駆け抜けていた。
工房製の強化服が、脚部に内蔵されたアクチュエータを唸らせる。強化服の補助システムが全開になり、空気を切り裂く音が響く。
視界の端に映る景色が線になって流れた。
床一面には、リョウたちが撃破した防衛機械の残骸が転がっていた。
固定銃座、蜘蛛型、浮遊型、──人型。どれも一見して、並のハンターが相手にできるような代物じゃない。
壁には焼け焦げた弾痕。天井からは煙。
(うわ……やべえとこ来たな。まずったか?)
一瞬だけ足が止まる。
だが、次の瞬間には息を吐いて走り出した。
――今さら引けねぇ。
心臓の鼓動と強化服のリズムが同期し、速度はさらに上がる。
やがて、前方の通路が赤く閃いた。リョウたちが戦っている。銃声と金属音が混じり、火花が飛び散っていた。
壁際に伏せた女が、長い銃身を構えている。スコープ越しに光る瞳。狙撃手だ。
「お、来たか新入り!」
リョウが背後を一瞥する。
「ダグだ、よろしく」
リョウは鼻を鳴らし、指示を飛ばす。
「ダグ、スナイパーのカバーにつけ。ユイ、こいつに援護させる」
その声に混じって、弾丸の着弾音。
「了解」
女性ハンター──ユイが短く応じ、次弾を装填する。
その肩越しに、ダグはAAH突撃銃を構えた。
銃身が青白く光を帯びる。
「名銃じゃん」
ユイが呟く。
ダグは軽く笑って、銃口を敵に向けた。
引き金を絞る。
轟音。
青い閃光が通路を貫き、敵機をまとめて撃ち抜く。反動が全身に叩きつけられ、足元が震える。壁面が波打ち、爆風が逆流した。
ダグがユイの前面に立ち、庇う。
「ッ……おい、平気!?」
ユイが身を低くして叫ぶ。
「大丈夫だな」
ダグは強化服の状態を確認し、おどけるように答える。
「タフだねえ」
ダグは口角を上げ、射撃体勢に入る。
ユイは、再び銃を構える。
前方では、リョウと仲間たちが大型の重装多脚防衛機械と交戦していた。
複数の防衛機械が同時に動く。装甲が輝いている。
一体がユイに狙いを定め、砲塔を向けた。
ダグは息を吸い、AAH突撃銃の出力を上げた。AAH突撃銃のインジケータが、過負荷警告を連続で表示する。
「行くぞッ!」
閃光が爆ぜ、衝撃が遺跡を揺らす。大型機体の胴体が貫かれ、金属の塊が分解しながら崩れ落ちた。
だが、その背後――遺跡の壁が吹き飛んでいた。
リョウが顔をしかめた。
「おい、待て……今のは――」
吹き飛んだ壁の奥から、低く唸るような音が漏れ出した。
暗闇の中に、規則的な赤い光点がいくつも瞬く。最初は照明かと思ったが、次の瞬間、それがゆっくりと動いた。
――目だった。
無数の光学センサーが、通路の奥からこちらを見ている。
金属が擦れる音。
それは、群れでも隊列でもない。何百という脚が、一斉に床を叩く音だった。
壁を破壊した衝撃で、封印されていた区画が開放されたのだ。
ダグは凍りついた。
「やべぇ……」
声にならない息が喉に詰まる。
撃った瞬間の快感が、今はただ、胃を締め上げる痛みに変わっていた。
――自分の弾が、地獄の扉を開けた。
管理AIが生きている遺跡――今回のような遺跡――に対しては遺跡そのものの破壊はご法度だ。管理AIは旧世界の法に則って運用されており、ある意味で縛られた存在だ。だが、遺跡そのものが破壊されるような緊急事態になるとその制限が外れる可能性がある。ダグはその危険性について理解しておらず、ミラの学習コンテンツにもそのような情報はなかった。
そもそもミラは遺跡探索を重要視していない。管理AIが生きている遺跡は――潜在的顧客だからだ。
リョウの仲間が叫ぶ。
「あちゃー、壊しちゃったか! このタイプの遺跡は、内部損傷を敵性行為として――」
「再構築する、か……」
リョウが唇を噛み、短く息を吐いた。
それでも、その顔にはわずかに笑みが浮かんでいた。戦意は
「はっ、久々に本気モードか。いいじゃねぇか、手応えありそうだ」
ユイが軽口を叩く。
「はいはい、そう言ってまた修理費で泣くんだよね」
「はっ!……また稼げばいいだろ」
軽口の応酬。
そのやり取りに、チーム全体の空気がほんの一瞬だけ緩む。
だが、その余裕は分厚い経験と、張り詰めた恐怖の裏返しだった。
緊張を笑い飛ばすことで、己を落ち着かせる術を知っている――
歴戦のハンターたちだけが持つ、奇妙な落ち着き。
ダグはその空気を感じ取った。
火花の匂いと金属の振動が肌を刺す。自分の撃った弾のせいで遺跡が唸りを上げている。理性では「やべえことをした」と分かっていた。
だが、リョウたちが動じていない。その虚勢とも取れる落ち着きに、ほんの少しだけ胸の奥の焦りが和らぐのを感じた。
(……大丈夫だ。ベテランがこうしてるなら、まだ何とかなる)
そんな淡い安心を抱いた瞬間――
その言葉の直後、通路全体が震えた。壁のスリットが音を立てて開き、床のラインが赤に染まる。冷たい電子音が、まるで怒りの声のように響いた。
「警告。構造破壊検知。外敵行動、敵性カテゴリー再評価。──最上位プロトコル、起動」
空気が揺れ、天井の照明が赤く変わる。床下の冷却管が震え、壁面のパネルが一斉に点灯。それはまるで、遺跡そのものが目を覚ましたかのようだった。
ユイが銃を握り直し、リョウが短く呟く。
「……初見は久々だな。ま、何とかなるだろ」
その口調はどこか飄々としていた。
だが、ダグの耳には――祈りのように聞こえた。
◇
遺跡入口の空気が、音もなく変わった。照明が警告色に切り替わり、壁面を走るケーブルが脈動する。電流の光が走り、足元の金属床が低く震える。
「……マル、今の見たか」
「見た。遺跡全域で――何かが起きてる。あと……信号が――増援を呼んでる?」
その言葉と同時に、車両のインジケータが点滅した。エネルギー残量は十分ある。だが、伸びが鈍い。
「……あれ? エネルギーの回復速度、落ちてる」
ニナの声がわずかに震えた。数値は確かに動いている。だが、再充填率が通常の三分の一程度。それはつまり、装甲も砲撃も、猶予がないということだった。
「さっきより色無しの霧の濃度が下がってる。……でも、なんで?」
「つまり、何かがこの遺跡を食ってるってことか?」
レイの声が低くなる。冗談ではなく、事実として理解していた。
色無しの霧が薄くなる。エネルギーが減る。つまり、この空間では呼吸のような代謝までもが奪われている。
通路の奥で、金属の擦れる音。地下道側の通路から、やがて黒い塊が這い出してくる。
蜘蛛のような六脚機械。
だが、兵装らしい兵装はない。
ただ、複数体が連なって、通路を埋め尽くしていた。
「……さっき見た清掃機械、だな」
マルが分析する。
「本来は清掃用。けど、今は防衛ユニットとして遺跡に制御されてる。突っ込んでくるぞ!」
リンがハンドルを握り締め、副砲の照準を前へ固定する。
「迎撃する、ね……!」
青白い光が閃き、レーザーが蜘蛛型の群れの先頭を焼き切る。
光学センサーが焼き切れた個体が、勢いのまま床を滑り、爆散。
だが、後続は止まらない。
まるで生きた波のように、次々と押し寄せてくる。
レイが舌打ちした。
「こいつら、採算度外視だな……」
「遺跡が効率より戦果を優先してる。……俺たちの車両では抑えきれないと判断したな」
「つまり、物量で潰す気か。面倒な」
リンが副砲を撃ち込みながら叫ぶ。
「レイ君たち、外に出て――」
言葉の最後を待たず、レイはハッチを開けていた。
「またか、……マル!」
「はぁ……、了解!」
マルは渋い顔で頷き、AAH突撃銃を構えて車外に出る。
通路の外は、地鳴りのような振動と金属の鳴動で満ちていた。
リンの操縦する車両が僅かに前進し、蜘蛛型の群れの動きを牽制する。
副砲の光条が雨のように降り注ぎ、敵の脚を次々に切断していく。
レイは車両の車体を遮蔽に、動きの鈍った個体を狙い撃つ。
AAH突撃銃の反動が肩に食い込む。
脚を失った機械が床を這い、なお突進してくる。
マルが横から射撃し、光るコアを撃ち抜いた。
青白い閃光が爆ぜ、金属の肉片が飛び散る。
「きりがない……!」
(副砲の出力、上げる……!)
リンがパネルを叩く。
副砲の光束が一瞬、濃くなる。
連続発射。
レーザーが線を描き、通路の中央を貫通。
蜘蛛型の群れが一瞬にして焼き払われた。
焼け焦げた機体の隙間を縫って、次の群れが這い出してきた。
今度は数が違う。十体、二十体――壁を登り、天井から逆さに落ちてくる。質量そのものが武器だった。一体が車体の上に落下した瞬間、装甲が変換光を発する。
マルが叫ぶ。
「レイ! 押し潰されるぞ!」
リンがステアリングを切り、車体を強引に旋回させて群れを振り払う。通路の壁に叩きつけられた個体が火花を散らし、煙を上げて沈黙した。
息をする暇もない。押し寄せる波が、死の重みを持って迫っていた。
車両の警告ランプが赤く点滅する。
エネルギー残量が急激に落ちている。
「……だめ、出力上げすぎた!」
ニナの声が響く。
「このまま続けたら、持たない!」
次の瞬間、蜘蛛型の一体が車両に体当たりした。
轟音。
装甲が変換光を発し、車体が一瞬浮き上がる。
リンの身体が揺れた。だが、防護服が衝撃を吸収し、踏み留まる。
「……っ、大丈夫!」
「……もう少し耐えろ!」
レイは車体の横に張り付き、弾薬を撃ち込む。
マルも反対側で応戦し、崩れかけた群れの隙間を狙って射撃を続けた。
煙と火花が混じり、視界が霞む。
副砲が甲高く響いた。
暫くして、最後の一体が床に沈黙した。
通路には、焼け焦げた機械の残骸と冷却材の霧だけが漂う。
リンが息を吐く。
「……なんとか、抑えた……けど……」
「もう一波来たら、持たないかもな」
レイが呟く。
車両のモニターには、まだ赤い光点がちらついていた。
遺跡の管理AIが外部に支援を求めた結果、地下道の管理AIが応じた。
しかし、本格的な防衛機械を動かす予算も権限もないため、場当たり的にすぐ動かせる清掃機械を送り込んできた。もちろん有償だ。
両者の通信ログは、僅か数秒で数万行に達した。
『追加の支援要請受理。ただし契約コード不備のため、臨時協定を要求』
『可決。支払い条件:防衛完了後、成果報酬制。請求単位=機体損耗度数』
──だが、その清掃機械群は、レイ達の車両兵装に次々と撃ち抜かれていった。
作戦損耗率、想定超過。費用対効果、著しく低下。
遺跡の管理AIは、冷徹な演算の果てに経済的失敗を認識した。
『防衛コスト最適化ルーチン、再計算』
『維持費勘定を一部流用。追加支援契約、発行許可』
遺跡の管理AIは、通常なら手を付けるはずのない施設維持予算を転用。
定期保守や自動修繕用の予算を切り崩し、より強力な防衛リソースの確保を試みる。
しかし、地下道の管理AIには高位戦闘ユニットの発注権限がない。
そこで地下道の管理AIは、旧世界の手続きを踏み、別の管理網に接続した。
『上位契約体:防衛省外部連絡局第七区分、在籍確認──通信転送』
──それはかつて、周辺地域の防衛圏全域を統括していた軍事企業の管理AI。
現在も、名目上はこの地域の防衛を担当している。
僅か数秒の間に、無人の交渉が成立する。
『防衛支援要請、受諾。請求先:ハチミネ地下維持路α9管理体。成果報酬条件:対象排除の証跡提出』
通信ラインの向こうで、誰も──人間は──所属していない企業ロゴが虚空に点滅する。
その瞬間、地下道全体のセンサー群が鳴動した。
清掃機械ではない──軍事企業製の兵器が、格納区画から起動を始めていた。
遺跡は、確実に生きている。
その呼吸の音が、鉄の奥で低く鳴っていた。