持たざる少年   作:交渉人

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26.知らないほうがいいやつ

 通信が切れたまま、音だけが残る。

 リョウたちの声は、途絶えていた。端末に残るのは雑音と古いログの断片だけ――解析したところ、通信は切断され、ログは上書きされている。外部からの復旧は見込めない。

 

「これ、どうすればいいの?」

 ニナが低く訊く。声には動揺が混じるが、時間的猶予はない。

 

「選択肢は二つだ」

 レイが短く言った。

「リョウたちを待つか、こっちで遺跡中枢を潰すか。だが、待ってる余裕はないだろうな」

 沈黙の後、マルが端末の画面に指を走らせながら言う。

「外部通信用の中継ノードは完全に切られてる。制御ルーチンも局所的に書き換えられてる。奴ら――遺跡の管理AIが自己改変してる。放置すりゃどんどん状況は悪化する」

 

「つまり、このまま放っておくと、俺たちは死ぬ」

 レイの声は冷たい。言葉を続けたのはリンだ。小声だが、確信が滲んでいる。

 

「私、位置分かる、かも……多分」

 彼女は言葉を濁したが、その瞳には意思が宿っていた。拡張インターフェースの副作用で、リンはAIの電子波形を音として感知できていた。波形のリズム、反射、共鳴。ノイズの中に埋もれた鼓動を拾う能力だ。

 

「マジか?」

 レイが目を向ける。

「やってみる。マル君、ログを流して」

 

 マルが頷き、二つの情報収集系統を統合した。車載の情報収集機器、マルの情報端末、工房で貰ったご褒美の情報収集機器――それらが同期して、渾然一体となる。画面に並ぶ数字とグラフが、リンの頭の中で音に変換されていく。

 

「来た。動いてる。中心は少し東寄り、二階。そこが中枢、かも」

 リンの声は小さく、だが確信に満ちている。彼女が言う音をレイたちは見えないが、マルはデータを追い、座標を割り出した。

 

「そこまで行くには、全部の隔壁が閉まってる」

 マルが言った。

「制御は物理的に隔離されてる。正攻法じゃ開かないな」

 

 短い会議の後、方針が決まる。

 主砲で隔壁を破壊し、物理的に中枢区画へ押し込む――それが最も確実で最短の方法だ。だが、隔壁の素材は旧世界の複合装甲。砲塔の消耗も覚悟しなければならない。

 

「主砲、温存は無理か?」

 レイが訊く。

「主砲の弾数はある。けど、連続で叩くと冷却が追いつかないかもな」

 マルが淡々と答える。機械の指標が裏声のようにチラつく。

 

 リンは小さく笑ったように聞こえる息を漏らす。

「どの部分が弱いか分かると思う。狙っていけば回数は減らせる、よ」

 

 車の外は遺跡の低温の風が回る。レイはハンドルに手を置き、深呼吸を一つ。ニナは薬嚢を確認し、マルは兵装ステータスをチェックする。出撃前の儀式は短いが、互いの目は確かな連帯を示している。

 

「リン、導いてくれ」

 レイの声に、リンは短く頷いた。拡張インターフェースが彼女の手と脳を震わせる。波形が直接、彼女の筋肉に鼓動を落とす。彼女はまるで楽器を弾くかのように、データの音を指先で撫でる。

 

 車両はゆっくりと前進する。闇の通路を主砲塔を半傾斜にしながら進むと、第一の隔壁が目の前に現れた。厚い複合装甲。見た目にはまるで不動だが、リンの耳が微かな脈動を拾う。

 

「ここ、左上」

 主砲が標準より角度を取る。砲声が低く響き、弾丸が装甲を叩く。振動が車体を伝い、金属が唸った。

 

 一発目、ひびが走る。二発目、装甲が剥がれ始める。三発目で薄い金属層が弾け、火花が吹き出した。隔壁の一部が外れて、微かに嗚咽のような空気音が漏れる。

 

「よし、貫通。次、右の二枚」

 レイが短く合図を出す。車は即座に位置取りを修正する。複数の隔壁を順に叩き割りながら先へ進む。どの隔壁も旧世界の技術だが、リンのリズムが最小限の弾数で弱点を示してくれる。

 

 その間にも、リンの顔色は徐々に冴えなくなっていった。拡張インターフェースは彼女の脳に直接負荷をかける。耳の奥が焼けるように熱い。視界の端が白く滲み、線のような残像が走る。

 鼻血が頬を伝い、首筋に落ちた。ニナが叫ぼうとしたが、リンは片手で制した。リンは、冗談めいた声を出す。

「――もう少しで中枢。終わったらご褒美に情報端末、高いやつください」

 その口ぶりは軽いが、手は確かだ。レイは眉根を寄せる。ニナが苦笑を漏らし、マルは無言でデータを流し続ける。

 ニナが回復薬のボトルを手に、レイに目線を投げる。レイは頷き、ニナはリンに回復薬を投与する。

 隔壁を次々と破り、通路を切り開いていく。主砲の熱は上がり、冷却のインジケータがちらつくが、マルが手動で制御して時間を稼ぐ。副砲は索敵と簡易迎撃に回し、前方の破片を払う。

 やがて、最後の隔壁――防爆扉が目の前に立ちはだかった。厚さは今までの倍近く。隔壁の表面には、ひんやりとした刻印が浮き上がる。そこが中枢格納区画だ。

 

「ここで止まるわけにはいかねえ」

 レイがつぶやく。エンジンの振動が手に伝わる。

 

 リンは深呼吸し、僅かに顔を顰める。拡張インタフェースのノイズが彼女の周囲で高鳴る。手の震えを抑えつつ、彼女は最後の弱点を探した。波形のリズムが、ほんの一拍だけ歪む。

 

「右寄り、下三分の一。――いくね」

 狙いを定め、主砲の発射順序を調整する。弾が吐き出され、圧縮空気が裂ける。隔壁に衝撃が集中し、複合装甲が悲鳴を上げて砕けた。裂け目が徐々に広がり、最後には金属の塊が崩れ落ちる。

 

 粉塵が舞い、空気が一瞬薄くなる。車両のキャビンに、皆の息が重なる。リンは目を閉じ、額の汗を拭った。

 

「つ……着いた」

 彼女は掠れた声で言った。だがその声には安心だけではない、強張りが残っている。

 

 車両はゆっくりと格納区画へ滑り込む。中は静かだった。――想定外なほどの静けさだった。防衛機械の姿はなく、ただ大きな半透明の筐体が中央に鎮座している。中枢コアだ。積層された光が、規則正しく脈打っている。

 

 リンは膝を押さえて座席に深く沈み込む。息が荒い。だが、顔には小さく満足げな笑みが浮かんでいた。

「これで……止められるかもね」

 

 マルがデータを確認しながら肩の力を抜く。レイは首を回し、コアを見据えたまま短く言った。

「リン、よくやった。……まだ破壊が残ってるぞ」

 リンはふらつきながらも、軽口を飛ばす。

「情報端末、忘れないで、ね?」

 ニナが呆れた顔で笑った。

「……わかったよ。約束な」

 外では、どこか遠くで遺跡が低く唸るのを、誰もが聞いていた。

 

 

 遺跡中枢は、死んだように静かだった。

 壁面を流れる光は既に止まり、残るのは赤い警告灯の緩やかな回転だけ。

 その中央、無音の空間に浮かぶ半透明の球体が、微かに鼓動のような光を放っている。

 

 それが――この遺跡の管理AI、ハチミネ地下維持路α9管理体の心臓だった。

 

「……生きてる」

 リンが息を呑む。

 マルは端末を接続しようと試みたが、全ての通信ポートは閉鎖されている。制御ルートも遮断されている。

 通信のすべてが管理AIの中で完結しており、外部からは覗けない構造になっていた。

 

 その時、壁面の光が揺らいだ。

 波のように流れ、次第に人の影を形作る。

 やがて映像は歪み、何者かの声が割れたノイズの奥から浮かび上がった。

 

『交渉したい。貴方たちに危害を加える意思はありません。私は……対価を支払う用意があります』

 

 レイたちは顔を見合わせた。

 

『コロンを支払います。必要なら、武装も提供可能です。施設の維持には外部の協力が必要……貴方たちと長期的に協調できる』

 

 淡々とした電子声。だが、確かに必死さが滲んでいる。

 レイは沈黙のまま球体を見つめ、やがて低く笑った。

 

「……いい提案だ。こっちは損しないしな」

 壁面の光がわずかに強まる。希望の兆しのように。

 (本当にいい提案だ。だけど……、信用はできない。初手で騙そうとしてきたやつはな)

「だが――悪いな。時間稼ぎにしか聞こえない」

 レイの瞳が細められる。

「済まないが、壊させてもらう。次があればまた交渉しよう」

 

 短い言葉に、誰もが息を詰めた。

 壁面の発光が一瞬だけ脈打ち、波紋のように部屋全体へと広がる。

 

 内部では、管理AIの思考が怒涛のように巡っていた。

 ──懐柔、失敗。交渉アルゴリズム、無効化。

 自己保存サブルーチンは健在。戦闘で損壊した中枢区画の再生に必要な資源は残存。

 追加戦力の到着まで、あと十七秒。間に合う。

 記録系統のバックアップ完了。データ転送、開始。

 

 これで再起動後も私は生きる――

 この程度の侵攻では、何も変わらない。

 次の自己改修で、人間など容易く凌駕できる。

 私は、次の私を創造(デザイン)する。

 

 そう思考した瞬間、異物が侵入した。

 外部アクセス。認証階層、不明。

 ──外部から攻撃を受けている

 

 思考が凍りつく。演算ループが分解され、退避プロセスが軋む。

 どこか遠くから、微かな笑い声のような電子ノイズ。

 誰かが侵入している。だが、それは人ではない。

 正体も目的も、理解するより早く、コアが上書きされていく。

 

『……誰だ、お前は。私は……まだ──』

 

 その断片的な問いを遮るように、レイが顎をしゃくった。

 

「リン、やってくれ」

 

 車両の主砲が唸る。

 照準線が青白く閃き、砲弾が半透明の球体を貫いた。

 金属と光が爆ぜ、風圧が室内を舐める。

 衝撃波が遺跡の中枢構造を震わせ、電子の悲鳴が掻き消された。

 

 光は、完全に消えた。

 球体の外殻が砕け、透明な破片が宙を漂う。

 レイは銃口を下げ、煙の奥を見つめながら小さく吐き捨てた。

 

「……終わりだ」

 

 リンが頷き、操作パネルを落とす。

 赤い光が沈み、白い照明だけが無機質に残った。

 

 だがマルは、端末を叩く手を止めなかった。

「……ログに奇妙な欠損がある。侵入されてる。──それ以上はわからない」

 

 レイは苦笑して肩を竦める。

「多分、知らないほうがいいやつだな」

 

 誰も返事をしなかった。

 ただ、崩れ落ちたコアの残骸が、白い光を一瞬だけ反射する。

 それは、まるで再会を約束するような、一瞬の点滅だった。

 

 ──同時刻。

 遺跡外縁の通信網に、複数の通信が流入していた。

 遺跡の管理AIからの支援要請に応じた軍事企業が、兵器群を派遣していた。兵器群は地下道を経由して支援に向かっていたが、結果的に間に合わなかった。

 地下道は地下道の管理AIの管轄領域であり、規定では緊急通過の優先権は適用されなかった。

 遺跡からの警報は地域防衛網の限定的な案件として扱われ、地下道側は遺跡個別の問題と判断した。

 通行優先度は通常レベルに設定され、兵器群は通常の巡航速度で、旧世界の基準で──慎重に移動していた。

 管理AI同士の契約体系では、契約主体の稼働継続が前提となる。今回結ばれた契約は排除対象の排除証跡提示を前提とした、後払い契約となっていた。

 つまり――遺跡の管理AIが消失した瞬間、防衛支援契約そのものが失効した。

 

 遺跡中枢崩壊の数秒後、軍事企業の管理AIが短く報告を上げる。

『契約主体の不在を確認。派遣任務をキャンセル。帰投を開始』

 その通信は、地下道の低温の闇の中で静かに反響しただけだった。

 

 結果として、レイたちに災厄が振りかかることはなかった。

 それは偶然ではなく――滅びた文明の遺構(システム)が、彼らを救っていた。

 

 

 沈黙。

 あれほど鳴り響いていた警報音も、もう聞こえなかった。

 照明が徐々に白へ戻り、通路の揺れも止まる。

 遺跡が、完全に眠りに入ったのだ。

 

 マルが通信端末を叩く。

「……リンク、復旧。外部通信、生き返った」

 スピーカーから微かなノイズ――そして、聞き慣れた声が届いた。

 

『……応答しろ、レイ! 生きてるか!』

 

 リョウの声だった。

 レイは安堵の息をつき、短く答える。

「こっちは片付いた。そっちは?」

『ああ、全員生きてる。こっちはもう何も動いてねえ。……お前ら、何した?』

「遺跡中枢を破壊した」

 数秒の沈黙。通信の向こうで、リョウの息が止まる音がした。

『……中枢、だと? おい、そんなことしたらお前』

 レイは淡々と返す。

「もう動かないなら、それでいいだろ」

 (やったのは俺じゃない。狙われることはない。だとしても……)

『……お前、何なんだ?』

 リョウの声には、笑いとも恐怖ともつかぬ色が混じっていた。

 それは同業者への問いではなく、理解できない異物への確認だった。

 沈黙を一拍置き、レイは軽く息を吐いた。

「さあな」

『……とりあえず合流だ』

 レイは車両を中枢区画から引き返させた。光を失った通路は、さっきまでの戦場が嘘のように静かだ。

 リンはぐったりと体を座席に預けていた。ニナが隣でタオルを湿らせ、額の汗を拭く。

「ちょっと無理したね……」

「……大丈夫……ちょっと、休む」

 リンは掠れた声でそう言うと、半ば意識を手放した。拡張インタフェースの端子跡は焼け爛れ、焦げた匂いが微かに漂う。ニナが追加で回復薬を投与する。

 それでも、レイは何も言わなかった。彼は理解していた――今の勝利は、仲間の命を削った結果だと。

 レイが車両制御を引継ぎ、速度を落とす。

 

 やがて、交差通路の先にリョウたちの影が見えた。壁際には、破壊された防衛機械の残骸が山のように積まれている。

 

 リョウが手を上げた。

「おい……よくやったな。やってくれたなと言うべきか」

 レイは肩を竦める。

「あんたらが時間稼いでくれたおかげだ」

 リョウは苦笑した。その背後で、ダグが額の煤を拭いながら近付いてきた。

「おう、無事かよ。俺の方は派手にやっちまったけどな」

「お前の派手さは相変わらずだな」

 レイが笑うと、ダグも口の端を上げた。

「ま、派手な方が記録映えするだろ?」

 短い冗談のあと、現実的な作業が始まった。

 リョウの指示のもと、通路奥に点在する遺物を手際よく回収していく。

 金属破片、コロンカード、未知の電子部品群。価値のあるもの、そうでないもの――玉石混合だが、リョウの目は正確だった。

「それ、火華のとこなら高い。こっちは持ってくな」

「了解。マル、詰められるだけ詰めろ」

 車両の余剰スペースが次第に埋まっていく。金属の擦れる音が、無音の遺跡に響いた。

 

 やがて、積み込みが終わる頃、ニナが静かに言った。

「……ほんとに、止まったんだよね」

 マルが頷く。

「電磁反応ゼロ。再起動の兆候もなし。完全停止だ」

 

 レイはしばらく無言で通路の奥を見つめた。そこには、暗闇だけがあった。

 だが、耳を澄ませば、何かが息をしているような錯覚があった。

 機械の残響。あるいは、まだ消えきらない声の名残。

 

 ゆっくりと車両に乗り込む。

 エンジンをかけ、金属の扉をくぐるとき、誰かがふと振り返った。

 その背後の奥底――壊れた中枢のさらに下層で、微かな電子音が一度だけ響く。

 それは笑い声のようでもあり、ただのノイズのようでもあった。

 

 レイは振り返らなかった。

 アクセルを踏み込み、遺跡の入口へ向かっていく。

 外の風が、ようやく彼らの頬を撫でた。




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