持たざる少年   作:交渉人

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27.できなかったら、返品します

 地下道の暗がりは、彼らの車列を優しく包み込んだ。

 導光ラインが淡く伸び、車体の輪郭だけを滑らかになぞる。外の世界と比べれば呼吸はしやすく、だがどこか人間味を削いだ冷たさがある。

 

『地下道だ。行けるぞ』

 リョウの声が通信機から伝わる。先行車両のランプがリズムを刻むように点滅し、列は一本道の闇を淡々と刻んでいく。

 

 レイはハンドルを握り締めながら、車内の空気を確かめた。リンは後部座席でまだぐったりと休んでいる。戦いの後の疲労は、身体だけでなく意識も削る。ニナが濡れタオルでリンの額を優しく拭い、しばしば飲み物を差し出しては様子を窺う。マルは情報端末に顔を寄せ、管理AIのログを反芻している様子だが、表情は硬いだけで何一つ語らない。

 

「さっさと帰って荷物片付けるぞ」

 ダグが肩越しに笑ったが、その笑いは震えを含んでいた。彼の胸の奥で、まだ戦場の熱が冷めていない。

 

 ――車列の先、導光パネルの脇にある制御盤が、彼らの車両を一つ一つ認証していく。

 音声は機械的に、処理していく。だが、その電子音声には細かな揺らぎが混じっているようにも感じられた。

 マルは眉を寄せ、端末のログをめくる。

 

「地下道のサーバ、さっきまで何かとやり取りしてた形跡がある。外部ルートへのアクセスログ……だけど、切断されてる」

 マルの声は低く、だが冷静だ。レイはそれを聞いて頷いたが、口を挟む余裕はなかった。車両はまだ戦闘モードのまま、微かに振動を残している。

 

 通路のどこからか、清掃機械の群れが静かに行き交うのが見えた。あれは地下道の定期メンテの名残りだと誰もが思った――だが、戦闘直後の感覚は神経を研ぎ澄ませる。通過する清掃機械群は清掃以外の何かの目的を持って制御されたものであるらしく、どこか不自然に運行を再編されている気配があった。

 マルの端末がその通信の痕跡を拾い、小さな警告を表示する。だが時間はない、列は先へと進まなければならない。

 

「なんか監視されてる感じがするけど、通すってことは――今は安全だよね?」

 ニナが小声で言う。彼女の目はまだ戦闘の余韻を引きずっていたが、言葉は素直だった。レイはそれに短く返す。

「多分な」

 

 遺跡の管理AIが外部契約で防衛支援の派遣を要請していた痕跡が、通信網にまだ残っていた。

 軍事企業との支援契約は、地下道の管理AIを経由して取り次がれていた。

 だが、その契約主体――遺跡側の管理AIが消滅した今、支援契約は失効した。

 地下道の管理AIにとってレイたちは、契約に巻き込まれただけの通過者に過ぎない。

 攻撃の必要性も、排除の命令も存在しない。

 ──ただ、監視リストの上に認証情報が一時的に残ったままだった。

 レイたちの車列は、監視カメラと無人警備機の視線に見送られながらも、静かに通行を許されていた。

 

 リョウの車が先頭で減速する。前方に小さな開口部が現れ、そこから柔らかな白光が漏れはじめた。出口だ。外の風がわずかに香る。皆、肩の力を抜いたように見えたが、どこかに残る緊張は消えない。

『あと少しだ』

 リョウの声が通信を通して届く。彼の言葉は短く、無駄がない。だが、どことなく安堵が混じっているのを、レイは感じ取った。

 

 車列が螺旋を上り切ると、やがて倉庫群の裏手に吐き出された。昼間の光は眩しく、砂の匂いと油の匂いが入り混じる。重い空気が一気に抜け、皆の顔に色が戻る。

 

 暫く荒野を進むと、工房の座標に到着した。荒野に浮かび上がる重厚な鉄扉、火華の工房らしい――最早見慣れた外観が、彼らを現実に引き戻す。

 

「着いたぞ。荷物はここで降ろせ」

 リョウが伝える。彼らは短い合図だけで車を停め、積み荷のハッチを開いた。中には金属箱、光る結晶の欠片、旧世界の機械部品が雑多に詰められている。リョウは指示を出し、価値のありそうな物から順に運び出していく。火華の眼に留まるものを優先して選別するらしく、手際は慣れていた。

 

 リンは車の端に寄せられたクッションに頭を預けたまま、薄く目を閉じている。ニナがその肩に優しく触れ、飲み物のボトルを口に含ませる。暖かい日差しが二人を包む。簡単な介護の仕草は、戦闘の後に必要な静かな儀式のように映った。

 

 レイは一度だけ遺跡の方角を見た。暗がりの奥底――あの中枢が、静かに消えた後も、まだ何かを呑み込むように息を潜めている気配がある。彼は振り返らずに荷を運ぶ手を動かした。だが耳の片隅で、微かに電子の残響が聞こえたような気がして、背筋が一瞬だけ冷たくなる。

 

「合同探索は終了だ」

 リョウが短く告げると、ダグが大げさに胸を叩いて答えた。そのやり取りは、戦闘の疲労を和らげるための儀式だった。

 

 車のハッチが重く閉まる音。誰もが、また別の日常に戻っていくように歩き出した。だが地下道の管理AIは、いつもよりずっと頻繁に彼らの通行を記録し、どこかへと送っていた。監視の輪は縮まったわけではない。ただ、今は彼らが排除対象から除外されただけだ――その事実を、誰もまだ知らない。

 

 

 火華の工房は、静かだった。

 発電機の低い唸りと、遠くで金属を磨く自動アームの音だけが響く。

 照明に照らされた作業台には、遺跡から持ち帰った素材がずらりと並んでいた。

 

 火華は無言で、それを順に検査端末へ通していく。

 レイとマルは壁際で腕を組んで見ており、リョウとその仲間たちは淡々と搬入を続けていた。

 宿泊区画の休憩スペースでは、リンが横になり、ニナがタオルで額を拭いてやっている。──荒野の一仕事を終えた後の、ほんの束の間の静けさ。

 

「……へぇ、面白いもん持ってきたな」

 火華が端末の表示を覗き込みながら、口の端をわずかに上げた。

 光学パネルには、波長解析の結果が淡々と流れている。

 

『……遺跡のコアまでぶっ壊して持ち帰るとか、ヤバすぎ。怖いもん知らずかよ』

 

 内心では跳ねるように喜びながらも、表情は変わらない。技術者の顔で、火華は別の結晶片を持ち上げる。それは半透明の青い欠片で、内部で微弱な光が揺らいでいた。

 スキャナを通した瞬間、測定器の針が一瞬で振り切れる。

 

「……」

『……激運持ちでもいるん?』

 

 いつもより口数が少ない火華の様子に、リョウが眉をひそめて尋ねる。

「……それで、いくらになる?」

 

 火華は暫く端末を眺め、淡々と提示する。

「全部まとめて一千万ってとこだな」

「……わかった。振り込んでくれ」

 

 火華は頷き、端末を操作する。リョウの情報端末が小さく音を立てる。

 数字が表示され、確かに一千万コロンが振り込まれていた。

 彼は淡々と頷き、軽く溜息をつく。

「……予想より多かったな。あの遺跡、跳ねると儲かる場所だったわけだ」

 そう言いながらも、心の奥では冷静に分析していた。

 (……だが、イレギュラーが起きた。もう行かねえ)

 

 レイは壁にもたれたまま、無言で一部始終を見ていた。マルは端末で査定の流れを記録している。

 二人とも、戦場とは違うこの空気の中では、完全に傍観者だった。

 

「さて……あとは残りの素材だな」

 火華は目線を滑らせ、分けて置かれたケースを指差す。

「これは私は買い取らないが、市中じゃ……高く売れると思うぞ」

 リョウがケースを覗き込み、軽く頷く。

 

 火華は既に別の端末で取引記録を整理している。

 その手際は驚くほど速く、無駄がない。

 ──だが、内心では別の波があった。

 

『あのコア、完全には死んでなかったんじゃない? 一応、控えとこ』

 

 火華は何気ない仕草でデータを大容量の水晶型データ記録装置へ送信した。

 棚の奥の、誰も目を向けない場所。送信完了の表示が一瞬だけ点滅し、消える。その水晶が、鈍く光ったことに気付いた者はいなかった。

 

 

 火華との査定が終わると、リョウは無言で端末を取り出した。

 画面を軽く操作し、数秒の後に電子音が響く。

「お前らの取り分だ」

 レイの端末に、着信通知が表示される。

 

 ──入金:3,000,000コロン。

 

「取り決め通りだ」

 リョウは短くそう言うと、端末をスリープにして腰のホルスターに戻した。

 その仕草は、まるで面倒な仕事を片付けた後の事務処理のように淡々としていた。

 

 レイは端末を眺めながら、首をかしげる。

「……悪くねえ額だな」

 その横でマルが小声で呟いた。

「悪くないどころじゃない。コロンだぞ……。破格もいいとこだ」

 

 レイは端末を閉じながら、表情を変えずに答える。

「ふーん……そうか」

 だが、内心では小さく拳を握っていた。

 (──やったな。これでしばらくは安泰か?)

 

 コロン──旧世界の通貨。

 桁が大きくても、それがどの程度の価値を持つのかは、レイたちには実感がない。そもそも工房以外のどこで使えるのかすらわかっていない。

 レイはぼんやりと、リンに強請(ねだ)られていた情報端末のことを思い出した。リンは覚えているだろうか。

 (……忘れるわけねえな)

 思わず苦笑が漏れた。

 

 リョウは次に、作業台の隅に積まれたケースを指で叩いた。

「こっちは火華が買わなかった分だ。俺たちの車両にはもう積めねぇし、お前らが持ってけ」

「いいのか?」

「ガラクタみたいなもんだ。だが、ハンターオフィスなら多少は値がつくかもな」

 リョウも慈善活動をしているわけではない。目算では1億オーラムには届かない程度。車両の積載スペースの重量当たりの利益を換算すると、リョウに取っては物足りない額だった。

 レイは頷いた。

「ありがたく貰っとく」

 ──表面上は淡々とした受け答え。

 だが、マルもニナも、目を合わせて小さく息を呑んでいた。

 リョウがガラクタと評した素材は、どう見ても高純度の合金や価値のある部品。もしハンターオフィスで査定を受ければ、莫大なオーラムになる可能性がある。

 レイもそのくらいの事はわかっている。そのことを言葉にせず、ただ車両の積載表示を確認する。

 マルが横目でレイを見ると、レイの口元がわずかに上がった。

 

「……悪くねえ稼ぎだったな」

 その言葉に、マルが小さく笑う。

「いやいや、破格だよ」

 

 火華の工房を照らすライトが、静かに揺れていた。

 外では荒野の風が吹き抜け、鉄骨の軋む音が遠くで響く。

 嵐のような一日が終わり、ようやく訪れた静かな瞬間だった。

 

 

 工房のシャッターが開く音が響いた。

 外は夕刻、空気に鉄錆の匂いが混じっている。

 

 リョウたちは既に荷物をまとめ、次の目的地へ向かう準備を整えていた。無言で肩の荷を確かめ、リョウはちらりとレイを見る。

「またな。死ななきゃ、どっかで会うだろ」

 レイは腕を組み、淡々と返す。

「……あんたらのペースに合わせる気はねえけどな」

 リョウは口の端をわずかに上げた。

「そりゃ助かる。お前らが全力で合わせたら、俺らの方が死ぬ」

 軽く手を挙げて、リョウたちは車両へ乗り込む。

 エンジンが低く唸り、土煙が舞った。リョウの仲間がダグに声を掛ける。

「じゃあな、ダグ! 次は壁じゃなくて敵を撃てよ!」

「次も壁ごと撃つさ!」

 ダグの返しに、遠ざかる車両の中で笑い声が弾けた。

 

 

 査定を終えたあと、工房の奥は一転して静まり返っていた。

 火華が端末を閉じ、椅子にもたれた瞬間、レイが声をかけた。

「……相談がある」

「何だ?」

「俺たちの使ってる情報端末より、もう少し性能がいいやつってあるか?」

 火華は片眉を上げ、レイを見た。

「あるけど……お前ら、稼いだばっかりで、もう使うのか?」

 レイは少しだけ考え、息を吐く。

「まあ……リンのケアも必要だしな。……投資だ」

 火華が軽く肩を竦め、モニタを操作する。

「五十万コロンだ。どうする?」

 (高いのか安いのか全然わからん……)

「……了解。買う」

 その一言に、火華の口元がわずかに笑みを浮かべた。

「お買い上げありがとうございます」

 隣で座っていたリンが顔を上げる。

「ゲーム、できますか?」

「多分、できると思うけど」

 火華が答えると、リンは真顔で頷いた。

「できなかったら、返品します」

 レイが吹き出し、火華が肩を落とす。

「お、おう……」

 

『そんなん知らんしー!』

 

 そんなやりとりを見ていたマルとニナが笑いを堪えきれず、工房の空気が少しだけ柔らかくなった。

 支払いが終わると、火華が軽く手を振った。

「じゃ、またなんか拾ってきたら持ってこい」

「努力はする」

 レイがそう返すと、車両のエンジンが低く唸りを上げた。

 工房のシャッターが開き、荒野の光が差し込む。

 レイたちの車両がゆっくりと走り出し、砂煙を残して遠ざかっていく。

 

 ──帰路の車内は、穏やかな沈黙に包まれていた。

 

 リンはシートにもたれたまま、新しい端末を抱えてうとうとと船を漕いでいる。マルは画面を眺めながら、黙々とデータの整理をしていた。ニナはそれを横目に、ぼんやりと荒野の地平を見つめる。

 

 レイはハンドルを握りながら、短く息をついた。

「……静かだな」

 マルが苦笑する。

「久しぶりに普通の帰り道って感じだな」

 彼は頷き、エンジン音を少し上げた。

 

 クガマヤマ都市の外縁が見え始める。

 スラム街の灯りが、夜の帳の中でゆらゆらと滲んでいた。

 

 拠点に戻ると、車両を格納。レイは拠点の椅子に沈み込み、ぼそりと呟いた。

「……生きて帰ってきたな」

 マルが無言で頷き、ニナが毛布をリンに掛ける。

 機械の駆動音が止み、拠点の照明が静かに落ちた。

 

 戦場の喧騒は、遠い夢のように過ぎ去っていた。

 

 ──荒野の向こうでは、夜風が古い砂を運んでいる。

 崩れた遺跡の残骸の奥、誰もいない空洞で、壊れた機械が微かに光を放った。

 それは、まだ消え切らない意思の残り火のように、静かに、微かに、瞬いていた。

 

 

 

【本日の収支】

- **合同遺跡探索の利益** → **+300万コロン**

- **情報端末代** → **-50万コロン**

 

【現在の貯蓄】

1330万オーラム

250万コロン

「どっちかというとオーラムのほうが欲しい」

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