持たざる少年 作:交渉人
レイが武器商で装備を売り、闇市場で得体の知れないものを処分した翌日、拠点へ向かうと徒党の雰囲気が少し変わっていた。
いつもと同じ薄汚れた空間。
だが、視線が妙に集まる。
「おい、聞いたか?」
近くで座っていたメンバーが低く呟いた。
「レイが大金を掴んだらしいぞ」
「は? あいつが?」
「強盗でもしたのかと思ったが、どうやら違うらしい」
視線がレイへと向かう。レイは溜息を付いた。
(本人の前で噂話は止めろ)
「違う。徒党の縄張りで拾った装備を売っただけだ」
「それで、いくら稼いだ?」
レイは一瞬迷ったが、徒党には報告してる。隠す理由もない。
「……4500オーラム。半分は上納してるぞ」
(あれ、5000オーラムだったか? まあいい、それくらいだ)
その瞬間、周囲の空気が微妙に変わった。沈黙が落ちた後、誰かが笑い出す。
「なんだよ、それ!運良すぎだろ!」
レイは暫し考え、口にする。
「確かに、最近妙にツイてる気がするな……」
徒党内で笑い混じりの言葉が飛び交い始める。
――レイの運が強まってるんじゃないか? そんな冗談が広がる。
徒党の拠点で噂が広がったあと、数人の下っ端が近づいてきた。
「おいレイ、最近調子いいらしいな」
真っ先に声をかけてきたのはダグだった。スラム育ちしては体つきがよく、いつも騒がしい少年で、とにかく勢いだけで生きている――そんな男だ。
「なんでそんなにツイてんだよ」
横からマルが割り込む。皮肉混じりの口調が癖で、何かと斜に構えている少年だ。
「不思議よね」
最後にニナが言った。彼女は冷静な方で、ただの運では片付けられないと考えている様子だった。
レイは息を吐き、軽く肩を竦める。
「知らねえよ。ただ拾って、ただ売っただけだ」
「いやいや、これは運試しするしかねえな」
ダグが手を叩く。
「レイ、お前の運に乗って漁りに行こうぜ!」
気が付けば、数人のメンバーが乗り気になっていた。レイは眉をひそめたが、拒否する理由もない。
「……勝手にしろ」
だが、もう誰も聞いていない。徒党の連中はノリで動く。結局、レイも付き合うしかない。ニナは付いてこなかった。
◇
だが、スラム街の探索は、驚くほど何もなかった。普段行かないような廃墟まで行ったのにも関わらず、だ。
「……おい、マジかよ」
ダグが沈んだ声を漏らす。
「ほんとに何もねえぞ?」
「レイの運、もう終わったんじゃねえの?」
マルが半笑いで肩を竦める。
レイは苛ついたように瓦礫を蹴る。
「だから言っただろ。何もない時は何もねえんだよ」
「はー……ハズレか」
ダグが落胆したように呟く。だが、その時だった。
瓦礫の奥――倒れた影が見えた。
「……なんだ、あれ?」
マルが眉をしかめる。
死体だった。見知らぬ連中。
「おい、またかよ」
レイが息を吐く。
「とりあえず剥ぐか」
誰もが歩けば死体に当たるスラム街の治安の悪さに、半ば呆れながら装備を剥ぐ。
「しかし、レイの運、やっぱり変わってるんじゃねえの?」
マルが笑いながら言った。
「こんな都合よく死体が転がってるか?」
レイは溜息を付き、何も言わずに作業を続けた。
(運など考えても意味がない。使えるものを使うだけだ。……運が良かったらこんなことしてないだろ)
◇
装備を剥ぎ終えた後、レイはポケットに何か入っていることに気付いた。死体の内ポケットにあった袋。何かのサンプル品――用途は不明。
「なんだこれ?」
ダグが覗き込む。
「医療用っぽくね?」
マルが言う。
「とりあえず売れるなら売るしかねえな」
(あまり行きたい場所ではないが……)
「じゃあ……診療所に持ってくか」
「死体はどうする?」
マルが死体を指差した。徒党の縄張り内の清掃も仕事の内なので死体の片付けもやる必要があるが、通り道でもない、片隅の廃墟の死体の片付けは必要かと言われたら微妙なところだった。
「……まあ荷車もあるしな。回収するか」
死体を荷車に載せ、廃墟を後にした。
◇
ヤツバヤシの診療所はスラム街で唯一真面に診療を行う施設だが、信用できるかどうかは別問題。それでも、医療品の取引には応じる。
レイは診療所のカウンターにサンプル品を置いた。
「これ、売れるか?」
ヤツバヤシは一瞥すると、突然目を見開いた。
「お前……これはどこで手に入れた?」
「……死体が持ってたんだけど」
一瞬、沈黙。
「……死体は持って来てるか?」
真剣な眼差しでヤツバヤシが問う。訝しげにしながら答える。
「……持って来てるけど。それがどうした」
更に一瞬、沈黙。だが次の瞬間――
「ちょうど死体が欲しかったんだよ!!」
ヤツバヤシが叫んだ。レイは呆気に取られる。ダグとマルも顔を見合わせる。
「いや、どういう状況だよ」
「どうだっていいだろ。とにかく買うぞ」
ヤツバヤシは即座に金を出した。金額は――5000オーラム。
「……マジか」
マルが笑いを噛み殺す。
「レイ、やっぱ運、強くなってるんじゃねえの?」
レイは額を押さえながら、短く言った。
「意味が分からねえ」
レイたちが担ぎ込んだ死体を、ヤツバヤシは無遠慮に検分台の上に放り出すと、目を細めて呟いた。
「ちょうど死体が欲しかったところだ。いいタイミングだな」
ゴム手袋を嵌めた手で、ヤツバヤシは死体の腕をつまみ上げ、皮膚の色味や硬さを確かめるようにじっくりと観察し始めた。鮮度を確かめるその手つきは、まるで遺跡から発掘した遺物の価値を吟味するハンターのようだった。
「ふむ……血の流れが止まってから、そう時間は経ってないな。傷口の状態も悪くない。だが……」
ヤツバヤシの声が低く響き、鋭い視線が死体の首元に突き刺さる。
「真新しすぎる。こんな綺麗な死に方、モンスターの仕業じゃねえだろ」
レイたちを見据えるヤツバヤシの目に、疑念が浮かぶ。
「お前らが殺したのか? だったらもっと上手く殺して欲しかったんだが……。この切り口、雑すぎる。俺の研究に使うには、もう少し丁寧な仕事が欲しかったな」
その言葉に、レイが眉を吊り上げ、苛立ちを隠さずに声を荒げた。
「俺たちじゃねえよ! そんな面倒なことするわけねえだろ! 拾ってきただけだ!」
診察室に響くレイの声に、ヤツバヤシは小さく肩を竦めると、どこか楽しげに口元を歪めた。
「そうかそうか。まあ、いい。鮮度は悪くないから、使わせてもらうとするか。あ、もう帰っていいぞ。死体は必ず引き取るわけじゃないから勘違いするなよ」
死体を台から引きずり下ろし、ヤツバヤシは次の作業に移る準備を始めた。
部屋には、再び無機質な静寂が戻っていく。
◇
診療所を半ば追い出される形で後にした3人は顔を見合わせる。
「死体なんか何に使う気だよ……」
マルが呆れるように言う。
「あの緑色に発光する液体じゃねえか?」
満足げに頷きながら飲んだけど悪くなかったぜ、とダグが言った。
レイがダグを凝視しながら、言葉を失う。
「……お前、本気で飲んだのか?」
ダグは肩を竦めながら言う。
「だって、光ってたし、なんかイケそうな気がしたんだよな」
マルが呆れたように息を吐く。
「そんな理由で口にするな……いや、むしろ飲んで平気だったことがすげえよ」
(もはや自殺志願者だろ)
レイは額を押さえながら溜息を付いた。
「……で、何だったんだ、あれ」
ダグは涼しい顔で答える。
「知らねえけど、チケン? とか言ってオーラムくれたし、まぁ問題なかったんじゃねえか?」
マルが一瞬言葉に詰まり、ぼそっと呟く。
「問題ないわけねえだろ……」
だが、数日で死に至るような何かではなかったらしい。
それでも、オーラムが得られるとしても、自分で飲みたいとは
◇
診療所での売却、装備品の処分――結果として1万を超えるオーラムが手元に入った。
拠点に戻り、徒党の上納分を差し引いた後、レイ、ダグ、マルの3人が腰を落ち着ける。分配の話が始まった。
「で、どう分ける?」
ダグが腕を組んで言う。
「三等分でいいのか?」
マルが小さく呟いた。
レイは短く息を吐く。
「一人じゃ漁りに行かなかったし、持ち帰ることもできなかった。だから、これでいいだろ」
ダグが笑いながら頷く。
「まあ、そうだな。そうじゃなきゃ、俺らもここで寝転がってただけだ」
「納得したわ」
マルも受け入れる。
運が強まっているかどうかは知らない。だが、結果として稼げた。それが何より重要だった。
「私も行けばよかったかな……」
ニナが三人を見つめながら呟いた。
◇
報告を受けて、ミナトは静かに状況を見つめていた。短くメモを取りながら、何かを考えている様子だった。
「レイ、最近妙に稼いでるな……」
(単なる偶然か? それとも、何かの兆しか?)
ミナトは無言で指を組みながら、思案を続ける。徒党全体にとって、彼の動きがどう影響を与えるのか―― それを判断するのは、まだ先だった。
【本日の収支】
- **診療所に死体とサンプルを売却** → **+5000オーラム**
- **武器商に装備を売却** → **+7000オーラム**
- **徒党への上納** → **-6000オーラム**
- **分け前の分配** → **-4000オーラム**
【現在の貯蓄】
4600オーラム
「最近、金が増えてる……」