持たざる少年   作:交渉人

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30.シジマとの交渉

 シジマは机上に投影された報告書を眺めていた。

 淡い光の粒が並び、数字と名簿が静かに流れていく。

 徒党の経理、依頼の収支、物資の補給。

 いつもの執務――ただの確認作業のはずだった。

 

 通信端末が短く鳴る。

 発信者はミナトだった。

 

『……報告があります』

「言え」

『レイの件です。遺跡探索の結果、一億オーラムを得ました。既にハンターオフィスから入金されています』

 

 静寂。

 シジマは瞬きすらせず、画面を見詰めた。

 

「……一億だと?」

『間違いありません。ハンターオフィスによる正式な買取です。報告書、送ります』

 

 端末に新たなデータが浮かぶ。

 数値は確かに一億。

 虚偽ではない。

 

 シジマは小さく息を吐き、背もたれに身を預けた。

「……何を拾った」

 

『詳細は不明です。旧世界の遺跡関連だとか。同行者は数名、帰還時に無傷。あと――』

 ミナトは言い淀む。

『……コロンを手に入れたと』

 

 その一言で、空気が変わった。

 シジマの瞳に、冷たい光が宿る。

 

「コロン、だと。……何から?」

『本人曰く、ミラというもの、それの知り合いとの取引でとのことです』

「ミラ……?」

 

 聞き覚えのない名だ。

 徒党間の取引にも、裏ルートの名簿にもない。

 だが、響きが――旧世界のコードのように聞こえた。

 

 シジマの頭の中で、断片が繋がっていく。

 

 一億オーラムの稼ぎ。

 コロン。

 非公開の取引。

 短期間での装備更新。

 

 ――裏から資金が流れている。

 ――誰が流す?

 ――統企連以外にあるか?

 

 シジマは立ち上がり、机を一周した。

 焦りではなく、思考の熱で歩を刻んでいる。

 

「……ミナト。お前、本人と直接会ったな?」

『はい。態度は落ち着いていました。嘘は……ついていないように見えます』

「嘘をつく必要がない立場ならな」

 

 その声は静かだったが、刃のように鋭かった。

 机の端に手を置き、彼は指先で軽く叩く。

 規則的なリズム。思考の拍。

 

 (レイは旧領域接続者か……遺跡の情報にアクセスし、隠された遺物を得たのか? いや、違う。そんな動きがあれば騒ぎになっているはずだ)

 

 指を一つ叩く。

 

 (では、旧世界の――亡霊の支援を受けているのか? いや、これも違う。そんなやつがいるなら、単独行動のはずだ。集団行動は不自然だ。第一、お伽話だ。冷静になれ)

 

 続けて一つ叩く。

 

 (ならば……統企連のエージェントか? 以前は否定したが、コロンの存在を考えれば、これしかない。決まりだ)

 

「統企連のエージェントか……あるいは、その準備段階。スラムの徒党に潜り、現地の流通と人間関係を洗う――合理的だ。目的は、クガマヤマ都市、あるいは――クズスハラ街遺跡への工作」

 

 言葉は独白に近い。

 ミナトは沈黙を保つ。

 シジマが一度仮説を立てたとき、それを止める者はいない。

 

 ――スラムの環境調査。

 ――徒党間の資金の流れの把握。

 ――遺跡へのルート構築。

 そして、旧世界の資源の再流通。どれも統企連の利害に一致する。

 

 それに、あの下っ端。

 偶然ではなく、計画的に成り上がっている。

 

 理屈は通っている。辻褄が合っている。

 ならば――それはシジマにとって真実を意味していた。

 

 シジマは静かに息を吐き、ミナトへと告げた。

 

「……レイを呼べ。お前も一緒に来い」

『了解しました』

 

 通信が切れる。

 執務室に再び静寂が戻った。

 

 シジマは視線を窓の外へと向ける。

 薄いガラス越しに見える、くすんだ都市の光。

 そこには、スラムと都市を隔てる灰色の壁があった。

 

「……統企連が、ここまで手を伸ばしてくるとはな」

 

 低く呟き、唇の端で乾いた笑みを作る。

 感情ではなく、計算に基づいた反応。

 だがその目の奥には、わずかな苛立ちが滲んでいた。

 

「利用できるなら、利用してやる。俺を試すなら、見せてみろ――」

 冷たい光が、彼の視線の奥で揺らめいた。

 

 

 執務室の扉が静かに開く。

 レイとミナトが入ると、シジマの目がゆっくりと二人を捉えた。

 

「……久しぶりだな」

 声は低く、無駄な装飾のない冷徹な響き。

 だが視線の奥には、鋭い興味が潜んでいる。

 

「……いや、ちゃんと話すのは初めてか? レイ」

 

 レイは軽く頭を下げる。

「お疲れ様です」

 言葉は淡々としていた。無駄な感情は乗せない。

 

 沈黙が一瞬、室内を支配する。

 互いに視線を交わすだけで、状況を把握しようとする緊張があった。

 

「立ち話もなんだ、まあ座れ」

 レイはシジマの対面に座った。シジマは何の感情もない表情でその様子を見詰める。

 

「稼いだようだな」

 シジマの口元にわずかな笑みが浮かぶ。

「うちの幹部にでもなるか?」

 

 ミナトは一歩下がり、傍観者の姿勢を保つ。

 レイの内心に驚きが広がる。だが、表情を変えず、僅かに息を吐く。

 

 (いや、俺はハンターとして生きたい――クガマヤマ都市の外へ……)

 心の中でレイはそう思った。

 徒党の幹部になる気はなかった。東部を自由に、しがらみなく、行動したかった。ミラのように、リョウのように。

 

 シジマはその様子を観察する。

 目の前の下っ端が、ただ稼ぎを見せびらかすだけではないことは分かる。

 計算高く、自分の道を選ぼうとしている。

 

「興味はないか……」

 シジマの声は低い。冷静だが、どこか興味を含んでいた。

 (やはり、統企連のエージェントか)

「だが徒党に居ても、ハンター稼業は出来るぞ?」

 

 レイは軽く首を振る。

「そうかもしれません。でも……コロンはスラム街じゃ、爆弾みたいなものじゃないですか?」

 

 シジマは黙り込む。

 心の中で、確かにそれはそうだと理解する。

 だが、背景情報は既に構築されている。

 この駆け出しのハンターは、外部――統企連に関わっているはずだと。

 

 (エゾントに知られたら厄介だ*1。ハーリアスなら猶更だ。だが、繋がりを切るのは惜しいな)

 (シェリルのとこの、あのアキラの対抗馬にしてもいい……、強化服を着て、CWHで武装したあいつ*2、最悪こいつ共々、共倒れを狙える)

 (緩く繋げておくか……。落ちぶれでもしたら、スラム街との繋がりが必要になるだろう……)

 

 思考の間に、わずかに苛立ちが混ざる。

 (ちっ……こんなことなら……、今更だ、今どうするかに目を向けろ)

 計算と感情が入り混じっていた。

 

 一転して、笑顔をレイに向けた。

「……まあわかった。じゃあ、卒業ということでどうだ。他も一緒だ。いるんだろ?」

 口調は穏やかだが、冷徹な響きだった。

 

 思ってもみなかった言葉に、詰まった結果、繕うことを忘れて言葉を発した。

「……いいのか?」

 

「ああ、いいさ。俺の徒党から、こんな将来有望なハンターが出て嬉しいよ」

 シジマは微笑む。

「でも、まあ、そうだな。外部協力という形で提携しないか? 何、お互い対等の関係だ。何かあれば協力する。その程度の関係だ。悪くないだろ?」

 

 ミナトの表情に、驚きが走る。

 だが、落とし所としては悪くないと思った。

 

 レイは軽く頷き、口を開く。

「わかりました。今後ともよろしくお願いします。……何か、あれば」

 レイが交渉を終え、シジマと向き合ったまま少し間を置いた。

 

「徒党を抜けるのに、オーラムとかは……?」

 レイは軽く視線を泳がせ、確認する。

 

「何、貸しだと思っておけ」

 シジマは肩の力を抜き、淡々と告げる。言葉は簡単だが、背後には重みがある。

 その視線は、レイに対して一種の信用の印を示していた。

 貸し借りを言葉に出す時、その意味は決して軽くはない。それはどんな立場の者でも共通認識だった。

 

 更に、今使っている拠点の話になる。

「今お前らが使ってる拠点だが……俺の徒党に所有権がある。そうだな?」

 レイの顔色が曇る。だが、想定していた言葉だった。

 

「……買い取るか? 一億でいいぞ」

 驚きで眉を上げたレイを横目に、ミナトの脳裏には瞬時に計算が走った。

 (五百万オーラムで他から買った拠点……二十倍の転売か……)

 シジマの抜け目の無さに舌を巻いていた。

 

「何、それくらい出せるだろ」

 シジマは交渉の主導権を握った確信を持ち、にやりと口角を上げ、告げた。

 

 だが、レイの脳裏では既に別の計算が始まっていた。

 (ここで押し切られたら、全部持っていかれる。けど……手札はこっちにもある)

 

 (……踏み込む)

 レイは軽く息を吐き、敢えて砕けた口調で返す。

 

「……シジマさん。俺たちが今使ってる拠点、あれ、元々どこの徒党の縄張りだったか覚えてるか?」

 レイの様子が変わったことに気付くが、気にする素振りも見せずに鷹揚に返した。

「ん? ああ、ヘルメスとかいう連中だな。交渉で、うちが買い上げた」

 

 (……名前までは知らなかったわ)

「そうだよな? 俺たちの上納から捻出した五百万オーラムでな」

 

 その言葉に、シジマの眉がわずかに動く。

 レイはその反応を見逃さず、言葉を重ねる。

 

「つまり、元手は俺たちが出してる。で、今は俺たちが使ってる。防犯にもなるし、周囲の徒党も治安がマシになってんだ。徒党の看板が守られてんのは、俺たちのおかげでもあると思うが、違うか?」

 

 軽口のようでいて、言葉は正確に論を組み立てていた。

 シジマは無言で指を組み、黙って耳を傾ける。

 

 その瞬間、ニナに持たされていた小型イヤホンが小さく震えた。

 『……レイ、聞こえる? 下位区画のハンター向け住宅。相場、月三十万オーラムだって』

 ニナの声。サポートで通信を繋げてきた。

 

 レイは何気ない顔で頷き、続ける。

 

「で、だ。仮に買うとしてもだ。下位区画の相場は月三十万、年間三百六十万だ。治安も悪いスラムの土地なら、資産として見ても、五百万で買い上げが妥当だろ」

 

 言葉が止む。

 空気が張り詰めた。

 

 沈黙の中、シジマの表情がわずかに緩む。

 (……理屈は合っているが、足りないな)

「どうした? お前が提示する条件が、俺の損にならないと証明できるなら、続きを聞こう」

 

 レイは沈黙を保っている。

「まさかとは思うが……、相場通りに売れという、その程度の話なのか?」

 

 レイはゆっくりと背もたれに体を預けた。

 

「勿論シジマさんにも益はある提案だ。タダで使わせてもらってきたのも事実。礼もあるし、恩もある。貸し借りは気持ちよく終わらせたい。だから――二千五百万オーラム。これでどうだ? 俺たちが一億稼いだ時の上納額にも釣り合う。筋は通っていると思うが」

 

 シジマは無言でレイを見た。

 数秒、静寂。

 そして、わずかに肩を竦め、口の端で笑った。

 

「…………。いいだろう」

 (軽く吹っ掛けたが難なく切り返してきたか。統企連のエージェント相手ならここらが引き際か。まあ、繋がりを作れただけ良しとしよう。利益にもなった)

 

 軽く溜息をつき、シジマは情報端末を操作する。

「二千五百万オーラムで対象物件を譲渡、徒党から脱退を認める。貸し借りはなしだ」

 

 情報端末の表示が切り替わるのを確認して、レイもサインと入金をする。

 

「感謝する。……今まで世話になった」

「ああ。まあ、せいぜい頑張れよ」

 シジマは表向きははなむけの言葉を送ったが、内心は別だった。

 (そして、俺の徒党に、今後も利益を(もたら)してくれ)

 

 レイは立ち上がり、シジマとミナトに一礼をして部屋を出ていった。

 その背中を見送りながら、シジマはゆっくりと息を吐いた。

 ミナトは今後の徒党の運営に思いを巡らせながら、後輩の劇的な飛躍と独立を内心で祝っていた。

 

 

 夜のスラム街は、昼間よりも静かだった。

 通りを歩く者は少なく、遠くの建設機械の唸りと、時折上がる怒号だけが薄闇の底を揺らしていた。

 

 レイは無言で路地を抜け、錆びた鉄扉の前で足を止める。

 指紋認証。軋む音とともに扉が開き、油と金属とコーヒーの匂いが鼻を刺した。

 仲間の拠点――今まではシジマの徒党の施設だった場所。

 

 中ではマルが端末をいじりながら待っていた。

 ダグは机に肘をつき、無言で飲み物を飲んでいる。

 奥のソファにはニナ、リンの姿。皆、レイが帰るのを待っていた。

 

 レイは軽く息を吐き、外気を払うように手で髪をかき上げた。

 

「……話、まとまった」

 

 その声だけで、全員の視線が集まる。

 レイは無造作に椅子を引いて腰を下ろし、端末を机に置いた。

 

「シジマの徒党からは正式に抜けた。貸し借りもなし。拠点の権利はうちに移る。――ただし、買取りでな。金額は、二千五百万オーラム」

 

 沈黙。

 マルの手が止まり、ダグがカップを置いた。

 

「……マジか。二千五百万、って。ボス、足元見やがったな」

 マルが思わず毒づく。

 

「けどよ、五億稼いだ後でそれなら、全然マシだろ」

 ダグが続けて言った。

「下手に貸しにされるよりマシだ」

 

「一億で買えって言われてたんだよ。理屈で押し返して、ここまで落とした」

 レイは淡々と答えた。

 

 マルが眉を上げた。

「理屈、ね」

 

「今の拠点、元々は他の徒党から五百万で買い上げたらしい。俺らの上納が元だ。それを俺たちが整備して、今の形にした。立地も、俺らが使ってるからこそ治安が維持できてる――そう話したら、案外すんなり通った」

 

 ニナが口を挟む。

「サポート、役に立った?」

「ああ、助かった。あれがなければヤバかった」

 

 リンが、湯気の消えたマグカップを手に静かに尋ねた。

「レイくん、大丈夫?」

「どうゆう意味だ?」

「恩が、あったんじゃ……ないの?」

 

 レイは少し黙り、壁のスリット越しにスラムの灯を見た。

 その橙色の光が、彼の顔を半分だけ照らしていた。

 

「……恩はあった。でも、借りは返した。それで、向こうも終わりにした。なら、それでいい」

 

 短く答え、背もたれに体を預ける。

 部屋の中に、緩い緊張がほどけていった。

 

「で、今後どうすんだ?」

 ダグが尋ねる。

「このままここに居座るのか?」

 

 マルが端末を操作しながら言う。

「維持費は賄える。けど、スラムでこの立地にしては高いな。……いっそ、下位区画で確保するのも手だ」

 

 ニナが即座に返す。

「でも、慣れてるし、ハンターランクも絡んでくるよ。今は移動しない方が安全だよ」

 

「そう、だね」

 リンが小さく頷いた。

「ここを拠点として維持しながら……、貯めるのがいいと思う、よ」

 

 レイはみんなの顔を見回し、少し笑った。

「そうだな。……この街で、まだしばらくはここを根にしよう」

 

 その言葉で、場の空気がようやく落ち着いた。

 ダグが冷めたコーヒーを一気に飲み干し、マルは情報端末を操作して、修理とセキュリティ更新の見積もりを出す。

 ニナは外の気配を確かめに、静かに扉の近くに立った。

 

「……何にせよ、これで、独立だな」

 

 マルのその言葉に、誰も否定しなかった。

 スラムの夜風が吹き込み、壁に貼られた古い地図を揺らす。

 

 レイは小さく息を吐いた。

 ――徒党の影から離れた自由。だが同時に、それは背負うものを自分で選ぶということでもある。

 

「……ああ、ここからだな」

 

 その声は、誰に向けたものでもなく。

 薄暗い拠点の奥に、静かに消えていった。

 

 

 

【今回の収支】

- **合同遺跡探索の素材売却** → **+1億オーラム**

- **シジマの徒党から拠点を譲渡** → **-2500万オーラム**

 

【現在の貯蓄】

チーム口座:

7500万オーラム

個人口座:

680万オーラム

250万コロン

 

「リョウ、ありがとう」

*1
シジマの徒党はエゾントファミリー傘下であることが示唆されている。書籍版Ⅴ「第130話 倉庫の関係者達」より

*2
アキラがバイクで緊急依頼を達成した後。漫画版4巻 18話より




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