持たざる少年 作:交渉人
拠点に戻ると、レイは全員を集めた。
テーブルの上に情報端末を置き、画面を全員に向ける。
「……実は、依頼中に、少し変わったことがあった」
ニナが首を傾げる。
「変わったこと?」
「遺跡の……管理AIから、直接依頼を持ち掛けられた」
「え、そんなことがあったの!?」
ニナが目を丸くする。
レイは端末を操作し、管理AIとのやり取りを表示した。
画面には、旧世界の形式で記された契約内容が並んでいる。
「ミラの関係者と思われたらしい。勝手に認証……されたみたいだ」
「……ミラさんの?」
ニナが端末を覗き込む。
「ああ。だが、俺たちは今はミラとは関係ない――そう伝えた上で、依頼を受けた」
マルが腕を組む。
「……で、内容は?」
「モンスター駆除だ。都市の依頼が優先で、区域が被る場合に対応する。報酬はコロンで、成果報酬として五十万だ」
「一石二鳥だな」
マルが頷く。
だが、ニナの表情は晴れない。
「……契約不履行時のペナルティが気になるね」
「ペナルティ?」
レイが眉を顰める。
「うん。契約には、そういうのがあるでしょ? 依頼を受けたのに達成できなかった場合の罰則とか」
レイは端末を確認する。
「……契約文には、そんなの書いてなかったぞ」
「本当に?」
ニナが疑わしそうに尋ねる。
「ああ。少なくとも、俺が見た限りでは――」
「……こっちに情報渡して」
レイは端末を操作し、契約情報を転送した。
画面には、旧世界の形式で記された膨大な契約内容が表示されていた。
通常の情報端末では処理しきれない情報量だが、レイたちが持つ情報端末は、問題なく表示している。
だが――情報端末が処理できても、それを読み解くのは人間だ。
ニナは画面をスクロールしながら、眉を顰める。
「……うわ、細かい」
ニナは溜息をつき、マルに視線を向けた。
「マル、読み合わせするよ。二人で確認した方が早い」
「……わかった」
マルが椅子を引き寄せ、ニナの隣に座る。
二人は端末を見ながら、契約内容を一つずつ確認し始めた。
「……第一条、業務内容。指定区域の有害生物の排除、っと」
「排除対象は……侵入生物全般、か」
「第二条、報酬。成果報酬五十万コロン。前払いなし、完了後に振込」
「特に問題はないな」
「第三条、禁止事項。管理資産の無許可持ち出し禁止、施設構造への過度な損傷禁止――」
「……ビルを破壊するな、遺物を持っていくな、だな」
「そうだね。第四条、契約期間。業務完了まで。一方的な解除は――」
ニナが画面を見詰める。
「……『事前通知の上、契約者側からの解除可能』」
「つまり、俺たちから契約を切ることはできる、と」
マルが確認する。
「うん。で、管理AI側からの解除は?」
「……『契約不履行が継続する場合、契約を解除する』。ペナルティの記載は――ない」
ニナが安堵したように息を吐く。
「……良心的だね。まあ大丈夫そう」
「なんでそんなに気にしてたんだ?」
レイが尋ねる。
ニナは少し言い淀み――軽く笑った。
「……性質の悪い輩はどこにでもいるものよ。まあ、考えすぎだったみたい」
「……そうか」
レイは深くは追求しなかった。
ニナはとある人物を思い浮かべた。
(……あの人ならこんな契約にはしない)
マルが続ける。
「他に気になる条項は――あ、これ」
「何?」
「第五条、情報提供。『契約者は、業務遂行に必要な情報を管理体から受け取ることができる』」
マルが画面を指す。
「情報提供?」
「ああ。モンスターの位置情報、ビル内の構造図、重要設備の位置――そういうのを、管理AIが提供してくれるらしい」
レイが目を細める。
「……それは、助かるな」
「だろ? 索敵が楽になる」
ニナが最後の条項を確認する。
「……第六条、その他。『本契約に定めのない事項は、双方協議の上で決定する』。まあ、普通だね」
「……で、結論は?」
レイが尋ねる。
ニナとマルが顔を見合わせ、頷いた。
「問題ないと思う。少なくとも、明らかな不利益条項はない」
「ペナルティもなし。俺たちから契約解除もできる。問題ない」
レイは短く息を吐いた。
「……なら、このまま進める」
ダグが欠伸をしながら言う。
「おー、任せるわ」
リンは黙って頷いた。
興味がないわけではないが、自分の役割ではないと理解していた。
レイは端末をポケットにしまい、全員を見渡した。
「じゃあ、――都市の依頼と、管理AIの依頼、両方こなす。いいな」
「了解」
「おう」
「……うん」
「りょーかい」
五人の声が重なり、拠点の中に消えていった。
◇
翌日、クズスハラ街遺跡。
レイたちは管理AIから提供された情報を、端末の地図上に展開していた。
「……これ、すごいな」
マルが端末を見ながら呟く。
画面には、ビル群の詳細な構造図が表示されていた。
そこに重ねられているのは――モンスターの位置情報。
赤い点が、リアルタイムで動いている。
「管理AIからの情報か?」
レイが尋ねる。
「ああ。モンスターの配置、移動パターン、それに――」
マルが画面を拡大する。
「……これ、見てくれ」
特定のモンスターが、他よりも大きく表示されていた。
マーカーには『推定指揮個体』の文字。
「指揮個体?」
「群れを統率してるモンスターらしい。こいつを先に倒せば――残りは統率を失って、殲滅が楽になる、かも」
レイは端末を見詰めた。
これまで、モンスターの群れは単に数を頼りに襲ってくるだけだと思っていた。
だが――そうではなかった。
「……ベテランなら、戦ってるうちに気付くと思うが」
マルが続ける。
「でも、俺たちにはまだわからない。だから――この情報は、助かる」
レイは頷き、地図を確認する。
管理AIが指定した区域には、赤いマーカーが付いていた。
重要設備――細心の注意を払うべき場所。
「……ここは避けろ、ってことか」
「ああ。爆発物の使用禁止、主砲も気を付けないとな」
「了解。じゃあ、行くぞ」
◇
レイたちの車両が、廃墟の間を縫うように進む。
端末の地図に、モンスターの群れが表示されている。
十数体の反応――その中に、一つだけ大きなマーカー。
「……あれだ」
マルが指を差す。
群れの後方に、一体のモンスターが佇んでいた。
外見は他と変わらない――だが、動きが違う。
他のモンスターを誘導するように、低い唸り声を上げている。
「ダグ、あいつを先に落とせ」
「了解!」
ダグのバイクが加速し、群れの側面へと回り込む。
モンスターたちが反応し、ダグへと殺到する。
だが――ダグの狙いは、それではない。
彼は群れを引き付けながら、指揮個体へと接近する。
そして――AAH突撃銃を発砲。
弾丸が指揮個体の頭部を貫く。
瞬間、群れの動きが乱れた。
統率を失ったモンスターたちが、バラバラに動き始める。
「今だ!」
レイの指示。
車両の主砲が火を噴き、混乱したモンスターを次々と撃破していく。
リンの運転、ダグの射撃、マルの索敵――連携により、群れは瞬く間に殲滅された。
「……早いな」
ダグが感心したように言う。
「管理AIの情報、使えるな」
レイが短く答えた。
◇
数時間後。
レイたちは次の区域へと移動していた。
端末に新たな情報が表示される。
『警告:監視特化個体を検出』
「……監視特化?」
マルが端末を見る。
画面には、小型のモンスターが表示されていた。
戦闘能力は低い――だが、周囲を警戒し、他のモンスターを呼び寄せる役割を持つ。
「……厄介だな」
「見つかる前に、撃つしかない」
レイはダグに指示を出し、車両を停めた。
マルが情報収集機器で監視個体の位置を特定し、ダグが狙撃する。
銃声一つ。
周囲のモンスターは気づかないまま、監視個体が倒れる。
「……よし、次だ」
◇
別の区域。
今度は、機械系モンスターが群れに混ざっていた。
「……おい、あれ」
ダグが指を差す。
生物系モンスターの群れの中に、一体だけ異質な存在。
金属の外骨格、光学センサー、そして――他のモンスターを指揮する動き。
「機械系が、擬態してる?」
マルが端末を確認する。
「……管理AIの情報には、こう書いてある。『機械系指揮個体。生物系モンスターを統率する能力を持つ』」
「……なるほど、そういうこともあるのか」
レイは徹甲弾に切り替え、機械系モンスターを狙う。
弾丸が装甲を貫き、モンスターが停止する。
瞬間、群れの統率が崩れた。
生物系モンスターたちが混乱し、バラバラに逃げ出す。
「……逃がすな」
レイの指示で、車両とバイクが追撃し、群れを殲滅した。
◇
夕刻。
レイたちは一日の成果を確認していた。
「……討伐数、昨日の二倍だ」
マルが端末を見ながら言う。
「管理AIの情報、かなり効いてるな」
ダグが満足そうに笑う。
「ただし――管理AIの指定区域だけだ」
レイが付け加える。
「都市の指定区域で、管理AIの情報がない場所は――いつも通りだった。時間もかかった」
「……まあ、そうだろうな」
ニナが端末を操作する。
「今日の報酬、都市からは六百万オーラム。管理AI分が――五十万コロン」
「上々だ」
レイが頷く。
「でも、これ――都市にバレないかな?」
ニナが心配そうに尋ねる。
「……別に不正をしてるわけではない。だが、討伐速度に差があることくらいは、気づかれるかもしれない」
◇
同時刻。
仮設基地の監視室では、職員たちが端末を見ていた。
「……おい、ゼロのチーム、エリアによって討伐速度が違うな」
若い職員が画面を指す。
「ん?」
別の職員が確認する。
「……本当だ。この区画は速いけど、こっちの区画は普通だな」
「何か理由があるのか?」
「さあ? モンスターの密度の違いじゃないか?」
「でも、データ上は同じくらいなんだけど……」
職員が肩を竦める。
「まあ、上振れ下振れはよくあることだ。気にするな」
「……そういうもん?」
「そういうもんだ。ハンターの調子、モンスターの配置、天候――色々な要因がある。多少の差なら、誤差の範囲だ」
「……なるほど」
若い職員が納得したように頷く。
画面には、レイたちの車両が次の区画へと移動していく様子が映っていた。
職員たちは、それ以上深くは追求しなかった。
討伐速度に差があっても――結果的に、仕事はこなされている。
それで十分だった。
◇
管理AIの契約を受けてから数日後。
レイたちの情報端末には、複数のビルから依頼が届いていた。
『第9区画ビル群管理体より通信』
『第12区画ビル群管理体より通信』
『第15区画ビル群管理体より通信』
『第18区画ビル群管理体より通信』
『第23区画ビル群管理体より通信』
通知が鳴り続ける。
画面には、次々と新たな依頼が追加されていく。
マルが呆れたように端末を見る。
「……増えてるぞ。どういうことだ?」
レイが端末を確認する。
依頼の数は、既に十を超えていた。
「……管理AI同士で情報共有してる」
ニナが心配そうに言う。
「全部受けるの?」
「いや、都市の依頼が最優先だ。ビルからの依頼は――通りすがりに対応する」
レイは端末をスクロールし――溜息をついた。
「……こんなにいるのか?」
画面には、二十を超える依頼が並んでいた。
それぞれが異なる区画、異なる管理AIからのものだった。
「これ、一つ一つ確認するの?」
ニナが尋ねる。
「……手間だな」
レイは少し考え、端末を操作した。
最初に依頼を持ち掛けてきた管理AI――第7区画ビル群管理体に通信を送る。
『相談がある』
数秒後、返信。
『続けてください』
『複数の管理AIから依頼が来ている。依頼を一本化したい。そちらを窓口として、他の依頼を取り纏めてくれないだろうか』
沈黙。
画面には、何も表示されない。
やがて――返信が来た。
『承知しました。他の管理体と協議します。ただし、中間業務の対価をいただきます。よいですか?』
レイはニナに端末を見せる。
「……中間マージンを取るって言ってきてるけど」
レイが画面を確認する。
「……いくら?」
『報酬総額の10%です』
「一割か……」
ニナが呟く。
レイは短く答えた。
「いいよ」
「え、いいの?」
「ああ。手間が減るなら、その方がいい。十分許容範囲だろう」
レイは端末を操作し、続けて文章を送る。
『承知した。あと、優先度付けもしてくれ。どの区域を先に対応すべきか――そちらで決めろ。それくらい出来るだろ』
また沈黙。
そして――
『……可能です。各管理体と協議し、優先度を決定します。情報は当方経由で提供します』
「良かった」
ニナが軽く笑う。
レイは端末を閉じ、肩の力を抜いた。
「……これで、少しは楽になる。……稼ぎも増えるか」
◇
数時間後。
レイの端末に、新たな通知が届いた。
『第7区画ビル群管理体より通信』
『協議完了。以下の通り、優先度を設定しました』
画面には、依頼のリストが表示されていた。
それぞれに、優先度が数値で示されている。
『優先度1:第12区画(重要設備:多。有害生物密度:高)
優先度2:第9区画(重要設備:中。有害生物密度:高)
優先度3:第15区画(重要設備:少。有害生物密度:中)
……』
マルが端末を覗き込む。
「……整理されてるな」
「ああ。これなら、どこから対応すればいいか一目でわかる」
ニナが感心したように言う。
「……結構話聞いてくれるんだね」
「まあ、向こうも大変なんだろう。よくは知らんが」
◇
貸出端末から指示が届く。
『指定のビルを制圧してくれ』
レイが苦笑する。
「……ちょうど、管理AIからも依頼が来てる場所だ」
マルが端末を見て、少し考える。
「……偶然にしては、タイミングが良すぎないか?」
「……まあ、な」
レイは車両を発進させながら、呟いた。
「……管理AIが、依頼に介入している可能性もある」
「……まさか」
ニナが不安そうに言う。
「……大丈夫なの?」
「今のところは、問題ない。都市の依頼をこなしつつ、管理AIの依頼もこなす――それだけだ」
レイは端末を見た。
画面には、第12区画の詳細な情報が表示されている。
重要設備の位置、モンスターの配置、推定指揮個体のマーキング――全てが、管理AIから提供されたものだった。
「……利用されてる気もするが」
「でも、稼げるんでしょ?」
ニナが尋ねる。
「ああ」
「なら、いいんじゃない?」
レイは小さく笑った。
「……合理的だな」
車両が、第12区画へと向かう。
窓の外には、崩れかけたビルが立ち並んでいた。
その一つ一つに――管理AIが潜んでいる。
かつて旧世界を支えたシステムの残骸。
今は、ハンターに依頼を出すことしかできない存在。
レイは、その影を見詰めながら呟いた。
「……844区画、か」
マルが反応する。
「何だ?」
「いや、何でもない」
端末の地図には、遺跡全体の区画割りが表示されていた。
その中に、一つだけ――他よりも大きく、重要度の高い区画がある。
むしろ、近づくなというメッセージにも見える。
第844区画。
そこには、おそらく――まだ強力な管理AIが生きている。
だが、レイたちが関わっているのは、そのずっと手前の小さな区画ばかりだった。
有象無象の管理AI。自らの力では、もう何もできない存在たち。
(……あいつらは、俺たちに何を求めてるんだ?)
その問いに、答えはまだ見えなかった。
車両が第12区画のビル群へと到着する。
レイは端末を閉じ、武器を手に取った。
「……行くぞ」
仕事の時間だった。
◇
依頼開始から一週間。
レイたちは順調にモンスターを駆除していた。
拠点にて、マルが端末を操作しながら呟く。
「……被ってるな」
「何が?」
レイが尋ねる。
「都市からの指示が、管理AIの指定区域と一致しすぎてる」
マルが画面を見せる。
そこには、今週の依頼履歴が表示されていた。
都市からの指定区域と、管理AIからの依頼区域――その重複率が、日を追うごとに上がっている。
レイは少し考える。
「……管理AIが、都市のシステムに介入してる?」
「最初はそう思った。だが――」
マルが別のデータを表示する。
「……これを見てくれ」
画面には、レイたちの討伐実績と、都市からの評価が表示されていた。
『ハンターチーム「ゼロ」評価:優』
『討伐効率:平均の1.8倍』
『推奨:高密度区域への配置』
「……高密度区域?」
レイが眉を上げる。
「ああ。俺たちが効率よくモンスターを駆除してるから――都市側が、よりモンスターの密度が高い部分を任せるようになった」
ニナが端末を覗き込む。
「……つまり、都市が評価してくれてるってこと?」
「そういうことだ。で――」
マルが地図を表示する。
「モンスター密度が高い場所ってのは、つまり――管理AIが重要視してる区域と重なる」
レイは地図を見詰めた。
管理AIが指定した区域は、ビルの重要設備が多く、モンスターの侵入も激しい場所。
そして――都市が「高密度区域」として指定する場所も、同じだった。
「……なるほど」
レイが小さく笑う。
「管理AIが介入してるんじゃない。俺たちが効率よく駆除してるから――結果的に、都市と管理AIの依頼が一致してきた」
「そういうことだ」
マルが頷く。
「それに――」
マルが別のデータを表示する。
「都市からの依頼、範囲が広がってる」
画面には、レイたちに割り当てられた担当区域が表示されていた。
初日と比べて、その範囲は二倍以上に拡大している。
「……広い範囲を任されるようになった結果、管理AIの指定区域にも食い込んでいった、と」
「ああ。一石二鳥だな」
ニナが安堵したように言う。
「……良かった。管理AIに誘導されているわけじゃないのね」
「まあ、今のところは、な」
レイが肩を竦める。
◇
だが――変化は、それだけではなかった。
貸出端末から通知が届いていた。
『警告:遺跡全体の活性度が上昇中。
奥地からのモンスター流入が増加。
原因調査中』
レイが眉を顰める。
「……活性度?」
マルが説明する。
「遺跡全体のモンスターの活動レベルのことだ。――何かの刺激で活性化することがある」
「刺激、って?」
「大規模な戦闘、爆発、あるいは――」
マルは言葉を切る。
「あるいは?」
「……何者かが、意図的にモンスターを誘導してるとか」
レイは黙って端末を見た。
画面には、管理AIからの新たな依頼が表示されている。
(……やっぱり、関わってるのか?)
その疑念を、レイは口にしなかった。
◇
翌日の戦闘。
モンスターの数は、確かに増えていた。
「……多いな」
ダグが呟く。
群れの規模が、これまでの倍近い。
だが――レイたちの装備と連携は、それに対応できる水準に達していた。
「落ち着け。指揮個体を先に落とす」
レイの指示。
マルが索敵し、ダグが突撃し、車両が支援する。
洗練された連携で、群れは次々と殲滅されていく。
「……やれる」
レイが呟く。
「ああ。今の装備なら、この程度は問題ない」
マルが頷く。
だが――モンスターの圧力は、日を追うごとに高まっていた。
◇
別の変化もあった。
貸出端末から通知。
『指定区域変更:ゼロチームは地表部分を優先してくれ。ビル内部制圧は、他に割り当てする』
ニナが端末を見る。
「……ビルの内部、やらなくていいの?」
「らしいな」
レイが答える。
「地表部の広域制圧が向いてる――そう判断されたんだろう」
「……楽になるね」
ニナが微笑む。
「ああ。ビル内部は、生身での戦闘だ。時間もかかる。地表部だけなら――効率が上がる」
マルが付け加える。
「それに、他のハンターチームも増えてきてる。都市が本格的に、遺跡の制圧を進めてるんだろう」
レイは窓の外を見た。
遺跡の外縁部には、複数のハンターチームの車両が行き交っている。
仮設基地も、以前より大きくなっていた。
(……何かが、動き始めてる)
その予感を、レイは胸に秘めた。
◇
拠点、夜。
レイは端末を見ながら、今日の成果を確認していた。
モンスターの数が増えた分、報酬も増えている。
だが――それは同時に、何かが変わり始めている証でもあった。
(……このまま、順調に行くとは思えない)
レイは端末を閉じ、窓の外を見た。
遺跡の影が、静かに佇んでいる。
その奥に――何があるのか。
レイは、まだ知らなかった。
◇
依頼開始から数週間。
レイたちは、いつものように地表部のモンスター駆除に向かっていた。
だが――今日は、何かが違った。
『……おい、あれ何だ!?』
ダグが叫ぶ。
前方に、巨大な影。ヤラタサソリに似たシルエットだが、明らかに違う。
大型で、四本の脚で地面を踏みしめ、二本の腕を構える――甲殻類型モンスター。
その腕には、砲塔が仕込まれていた。
背中には、ミサイルランチャー。
「……データにはない! ……ヤラタサソリの変異体か?」
マルが端末を見る。
レイは一瞬だけ躊躇し――決断した。
「様子見だな。リン、後退して威嚇射撃だ!」
「了解……!」
リンが車両を急旋回させる。
だが――甲殻類型モンスターは、逃がさなかった。
腕の大砲が火を噴く。
砲弾が車両の側面を掠め、装甲を削る。
「――ッ!」
ニナが悲鳴を上げる。
「リン、回避!」
レイの指示。
車両が蛇行しながら、砲撃を避ける。
だが――モンスターは追撃を止めない。
背中のミサイルランチャーが起動し、複数の弾頭が発射される。
『うっわ!』
ダグが叫び、バイクを加速させ、ビルの物陰に隠れる。
ミサイルが車両を追尾する。
リンが回避し、副砲での迎撃を試みるが――それでも完全には避けきれなかった。
一発が車両の後部に着弾し、爆発。車体が大きく揺れる。
「……このままじゃ、まずいぞ!」
マルが叫ぶ。
レイは一瞬、選択を迫られた。
撤退か、応戦か。
(……やれることは、やってみよう)
「主砲、撃て!」
レイの指示。
車両の主砲が唸りを上げ、甲殻類型モンスターへと砲弾を放つ。
だが――
モンスターは、体をわずかに傾けた。
砲弾が甲殻に当たり――弾かれる。ビルの外壁に着弾して爆発した。
『……嘘だろ!?』
ダグが信じられないという顔をする。
「歴戦……個体だね」
「リン? なんて?」
「……装甲が硬すぎる」
マルが呻く。
レイは黙って端末を操作し、主砲の弾種を切り替える。
画面に表示されるのは――
『SSFF弾:残弾10』
(専用弾……使いどころか)
「主砲、SSFF弾装填!」
レイが叫ぶ。
『マジか!?』
ダグが驚く。
「ダグ離れろ!撃つぞ!」
主砲が再び火を噴く。
だが――今度は、弾丸の軌道が違った。
着弾前に、弾頭が展開される。
黒い影のようなものが、空間に広がる。
そして――
甲殻類型モンスターに触れた瞬間、その体が溶けるように消えていった。
まるでバクテリアに取りこまれるように。
あるいはブラックホールに吸い込まれるように。
数秒後――モンスターは、跡形もなく消失していた。
残骸すらない。
「……何だ、今の」
ダグが呆然と呟く。
レイは端末を確認する。
『SSFF弾:残弾9』
「……専用弾は、残り九発」
マルが溜息をつく。
「気軽に使えないな……色々な意味で」
ニナが不安そうに言う。
「……あれ、使っていいものだったの?」
「わからない。だが――生き残るためには、必要だった」
その時、貸出端末から通信が入った。
『こちら仮設基地本部。大規模戦闘を検知した。無事か?』
レイは一瞬、躊躇した。
だが――嘘をつくわけにもいかない。
「こちらゼロ。戦闘は終了した。だが、弾薬切れのため撤退する」
『了解。撤退を承認する。……戦闘ログを提出してくれ』
レイの顔がわずかに引き攣った。
(……あの戦闘ログ、出してもいいのかな……)
だが、拒否すれば要らぬ疑いを招く。
「……了解。提出する」
レイは端末を操作し、戦闘ログを送信した。
画面には、SSFF弾の使用記録が含まれている。
(……まずいかもしれない)
だが、今はそれより――撤退することが先だった。
「リン、拠点に戻るぞ。急げ」
「……了解」
車両が急発進し、遺跡から離脱する。
レイたちは、逃げるように拠点へと帰投した。
(……最悪、クガマヤマ都市から離れることになるかもな)
◇
仮設基地本部では、職員たちがレイたちの戦闘ログを解析していた。
「……これ、何の弾薬だ?」
若い職員が画面を見る。
「SSFF弾……? 聞いたことないな」
先輩職員が端末を操作する。
「データベースにも載ってない。特殊弾か?」
「映像を見ろ。モンスターが――溶けるように消えてる」
画面には、甲殻類型モンスターが消失する様子が映っていた。
「建物には影響はない……バイオ系か?」
「いや、バイオ系なら多少は残骸が残る。これは――何も残ってない」
「モンスターの再生機構を暴走させた、とか?」
「可能性はある。生物系特化の弾薬ならあり得る。……いくらすんだよそんなの」
「試作兵器かもな」
職員が報告書を作成する。
『特殊弾薬の使用を確認。対生物特化型と推定』
「……これでいいか」
「ああ。対滅弾頭なら規制対象だが――これは違うだろう」
「まあ、真面目にモンスター駆除に勤しんでるやつらだからいいんじゃねえか」
職員たちは、それ以上深くは追求しなかった。
SSFF弾が機械にも効くことを――彼らは知らなかった。
◇
拠点、夜。
レイは全員を集めた。
「……装備を強化する必要がある」
全員が頷く。
今日の戦闘で、現在の装備では限界があることを痛感していた。
車両も、武器も、安全マージンが失われていると判断した。
「火華の工房に行くか?」
マルが尋ねる。
「それとも、下位区画で買う?」
ニナが提案する。
レイは少し考える。
「……両方だ。火華には保留にしてた車両の強化を依頼する。街では武器を買う」
「金は?」
「今なら、ある」
レイは端末を見た。
画面には、チーム口座の残高が表示されていた。
「……使うか」
◇
翌朝。
レイはハンターオフィスのクサカベに連絡を入れた。
『装備更新と準備のためモンスター駆除依頼を暫く休みたい』
クサカベからは了承の返信があった。昨日の戦闘については触れられていない。
『了解しました。ただし、休暇中も契約は継続します。再開時には、改めて連絡をください』
レイは端末を閉じ、車両に乗り込んだ。
「特にお咎めはなかったな。……行くぞ。火華の工房へ」
車両が静かに走り出す。
窓の外には、クガマヤマ都市の景色が流れていく。
レイは、今日の戦闘を思い返していた。
SSFF弾の威力。
そして――後ろめたさ。
(……あれを、気軽に使うわけにはいかない)
(だが――使わなければ、死んでいた)
その葛藤を、レイは胸に秘めた。
【今回の収支】
- **モンスター駆除** → **+5000万オーラム**
- **モンスター駆除** → **+570万コロン**
- **レンタルバイク代** → **-1000万オーラム**
- **弾薬代** → **-1200万オーラム**
- **消耗品代** → **-800万オーラム**
【現在の貯蓄】
チーム口座:
5億270万オーラム
個人口座:
680万オーラム
820万コロン
「武装強化…する!」