持たざる少年 作:交渉人
クズスハラ街遺跡の外縁部。都市の影が遠くに霞む場所。
夜明け前、レイは出発した。外縁部までは徒歩で数時間。都市の配給を諦めてでも、早朝に着きたかった。人目につく前に――
霧が濃くなり始めた頃、遺跡の輪郭が見えてきた。クズスハラ街遺跡。旧文明の廃墟。ハンターが日々命を懸ける場所。
そして今、自分もそこに足を踏み入れようとしている。
レイは無言で歩きながら、辺りを見渡した。
霧が濃い。
視界は曖昧で、地面の形すらはっきりしない。 廃墟の残骸がぼんやりと影を落とし、見えない何かが潜んでいる気配だけがある。
「……これは、やべえな」
レイは慎重に足を進める。
(遺物があるかどうかも分からない。だが、徒党の連中がここで稼いだなら――何かしらの価値はあるはず)
霧の奥で、かすかな音がした。
「……?」
レイは即座に動きを止める。
何かがいる。だが、形が分からない。
影が揺れた。
レイの背筋が凍る。
ゴト……ゴト……
異様な足音。
何かが近づいてくる。
(撃つべきか? 逃げるべきか?)
次の瞬間――燃えるような熱気が霧の中を走り、レイは瞬時に飛び退いた。
「うわっ!」
霧の奥に、それはいた。
ポリタンクに足が生えたような異形が、炎を撒きながら這いずるように動いている。自己矛盾と燃料を抱えたモンスター――誤って撃てば、確実に爆発する。
レイは銃を構えた。DW-X11――都市のエージェントが使っていた標準モデル。
だが、狙いが定まらない。
霧の中で動く影。予測しづらい足の動き。
弾を放つ。空を切る。
「……マジかよ」
数発撃つが、かすりもしない。銃の心得のないレイには、役に立たないただの鉄の塊だった。
マガジンの残弾を確認する余裕もない。
レイは闇雲に引き金を引き続けた。
モンスターが炎を放とうとした瞬間、
レイは目を閉じて引き金を引いた。
(――当たれ! 当たってくれ!)
銃声。
そして――大爆発。
圧倒的な衝撃。炎の塊が膨張し、爆風が周囲を飲み込む。
レイの視界が一瞬真っ白になり、次の瞬間には体が吹っ飛ばされていた。
地面を転がりながら、レイは荒れた瓦礫の上で動きを止める。
息が切れる。視線が揺れる。
「……死んだかと思った」
奇跡的に擦り傷程度で済んでいた。だが、銃の弾は尽きた。
撤退するしかない。
レイは立ち上がり、霧の奥を睨む。
「危険は危険って危険すぎるだろうが……」
無言のまま、遺跡の外縁部から離れていった。
◇
遺跡の外縁部から戻る途中、レイは何度も拳を握り直した。
銃を持っていたのに、何もできなかった。
照準は定まらない。撃てば爆発する。無鉄砲に放った弾が偶然当たり、運よく生還しただけ。
「……練習しねえと話にならねえな」
初めて銃を構えた。結果は惨憺たるものだった。
モンスター相手に戦うなど、今の自分では不可能。本気で使いこなすなら――撃ち方を学ばねばならない。
それを考えながら、拠点へ帰還する。
帰路、瓦礫の影に死体が転がっているのが見えた。
装備品を身に着けている。
いつもなら、迷わず漁る。
だが――
レイは足を止めず、通り過ぎた。
(もういい)
(もう十分だ)
死の恐怖が、まだ消えていなかった。
◇
「収穫は?」
ミナトの簡潔な問いに、レイは無言で肩を竦めた。
「なしだ」
「そうか」
ミナトは淡々と報告を記録するように視線を落とした。 徒党の他のメンバーも適当に聞き流している。
「……ん?」
だが、その時。ミナトの視線がレイの腰に向いた。
「お前、それは……?」
レイは瞬間的に理解した。銃に気付かれた。
ミナトがゆっくりと立ち上がり、レイの腰のホルスターに目を向けた。
「クガマヤマ都市の装備か」
一言。淡々としていたが、確信に満ちた言葉だった。
レイは無言で息を吐く。
「刻印が入ってるな」
ミナトが指先を軽く動かし、DW-X11の刻印を確認する。
「どこで手に入れたかは想像もつかないが都市のエージェントが使ってたモデル……スラム街じゃ、これの価値は高い」
ミナトが何を言わんとしているかわからず、レイは眉をひそめた。
「……手放すなら、15000オーラムを渡そう」
ミナトがそう言った瞬間、場の空気が微妙に変わった。徒党の下層の者が一瞬目を向ける。
転売で利益になる。
レイは暫し銃を見つめながら、考えた。
15000オーラム。昨日3000で買ったものが、5倍の価値になる。
「決断はお前次第だ。うちは無理強いはしない」
ミナトが静かに言った。
レイは短く息を吐く。決めるのは、今この瞬間だ。
レイは銃を見つめた。
(使いこなすには訓練が必要だ)
(だが――訓練するにも、金がいる。伝手がいる)
(それに、銃がなければ訓練できない……)
矛盾していた。
(いや、待て)
(15000オーラムがあれば、銃は買える)
(訓練してから、改めて装備を整えればいい)
それに――今の自分には、銃は必要ない。
使いこなせないのだから。
「手放す」
レイは迷いなく即答した。
ミナトは静かに頷く。
「分かった」
簡潔なやり取り。だが、これでレイは15000オーラムを手に入れる。
武器商で3000オーラムで買った銃が、一瞬で5倍の価値になった。
「取引はすぐに済ませる」
ミナトは短く言い、レイに視線を向ける。
「……お前の財布の扱い、考えておいたほうがいいな」
手元の金。
15000オーラムは、徒党の下っ端にはあまりに目立つ額だった。これを持ち歩くのは危険すぎる。
ミナトを真っ直ぐに見詰め、告げる。
「預かってくれ」
ミナトは静かに目を向ける。
「ほう?」
「これを持ち歩けば、誰かが気付く。狙われる」
レイは淡々と言った。
ミナトはしばらく考えるように指を組む。
「悪くない選択だ。預かるのはいいが……いっそハンターになって口座を作ったらどうだ?」
ミナトの言葉に、レイの眉が動いた。
「ハンター?」
「ハンターオフィスで預金口座を作れる。金を安全に管理できる」
「……なるほど。だが、どうやって?」
ミナトは少し笑いながら答えた。
「遺物を持ち帰り、売ればいい。それでハンターになれる」
レイはしばし無言になる。
今の自分には――到底無理な話だった。
「今は無理だな」
だが、心のどこかで、その選択肢が浮かび続ける。
預金口座を持つ。安全に金を管理する。そのためにはハンターとして遺物を売る必要がある。
「……いずれ、な」
ミナトは静かに頷く。
「決めるのはお前だ」
それはただの提案。だが、確かにひとつの可能性として――レイの選択肢に刻まれた。
【本日の収支】
- **徒党へ銃を売却** → **+15000オーラム**
【現在の貯蓄】
16650オーラム
「災い転じてなんとやらだ……」