持たざる少年   作:交渉人

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5.預金口座

 クズスハラ街遺跡の外縁部。都市の影が遠くに霞む場所。

 

 夜明け前、レイは出発した。外縁部までは徒歩で数時間。都市の配給を諦めてでも、早朝に着きたかった。人目につく前に――

 霧が濃くなり始めた頃、遺跡の輪郭が見えてきた。クズスハラ街遺跡。旧文明の廃墟。ハンターが日々命を懸ける場所。

 そして今、自分もそこに足を踏み入れようとしている。

 

 レイは無言で歩きながら、辺りを見渡した。

 霧が濃い。

 視界は曖昧で、地面の形すらはっきりしない。 廃墟の残骸がぼんやりと影を落とし、見えない何かが潜んでいる気配だけがある。

「……これは、やべえな」

 レイは慎重に足を進める。

 (遺物があるかどうかも分からない。だが、徒党の連中がここで稼いだなら――何かしらの価値はあるはず)

 

 霧の奥で、かすかな音がした。

 「……?」

 レイは即座に動きを止める。

 何かがいる。だが、形が分からない。

 

 影が揺れた。

 レイの背筋が凍る。

 

 ゴト……ゴト……

 

 異様な足音。

 何かが近づいてくる。

 

 (撃つべきか? 逃げるべきか?)

 

 次の瞬間――燃えるような熱気が霧の中を走り、レイは瞬時に飛び退いた。

「うわっ!」

 霧の奥に、それはいた。

 ポリタンクに足が生えたような異形が、炎を撒きながら這いずるように動いている。自己矛盾と燃料を抱えたモンスター――誤って撃てば、確実に爆発する。

 レイは銃を構えた。DW-X11――都市のエージェントが使っていた標準モデル。

 だが、狙いが定まらない。

 霧の中で動く影。予測しづらい足の動き。

 弾を放つ。空を切る。

「……マジかよ」

 数発撃つが、かすりもしない。銃の心得のないレイには、役に立たないただの鉄の塊だった。

 

 マガジンの残弾を確認する余裕もない。

 レイは闇雲に引き金を引き続けた。

 

 モンスターが炎を放とうとした瞬間、

 レイは目を閉じて引き金を引いた。

 

 (――当たれ! 当たってくれ!)

 

 銃声。

 そして――大爆発。

 

 圧倒的な衝撃。炎の塊が膨張し、爆風が周囲を飲み込む。

 レイの視界が一瞬真っ白になり、次の瞬間には体が吹っ飛ばされていた。

 地面を転がりながら、レイは荒れた瓦礫の上で動きを止める。

 息が切れる。視線が揺れる。

「……死んだかと思った」

 奇跡的に擦り傷程度で済んでいた。だが、銃の弾は尽きた。

 撤退するしかない。

 レイは立ち上がり、霧の奥を睨む。

「危険は危険って危険すぎるだろうが……」

 無言のまま、遺跡の外縁部から離れていった。

 

 

 遺跡の外縁部から戻る途中、レイは何度も拳を握り直した。

 銃を持っていたのに、何もできなかった。

 照準は定まらない。撃てば爆発する。無鉄砲に放った弾が偶然当たり、運よく生還しただけ。

「……練習しねえと話にならねえな」

 初めて銃を構えた。結果は惨憺たるものだった。

 モンスター相手に戦うなど、今の自分では不可能。本気で使いこなすなら――撃ち方を学ばねばならない。

 それを考えながら、拠点へ帰還する。

 

 帰路、瓦礫の影に死体が転がっているのが見えた。

 装備品を身に着けている。

 いつもなら、迷わず漁る。

 

 だが――

 

 レイは足を止めず、通り過ぎた。

 

 (もういい)

 (もう十分だ)

 

 死の恐怖が、まだ消えていなかった。

 

 

「収穫は?」

 ミナトの簡潔な問いに、レイは無言で肩を竦めた。

「なしだ」

「そうか」

 ミナトは淡々と報告を記録するように視線を落とした。 徒党の他のメンバーも適当に聞き流している。

「……ん?」

 だが、その時。ミナトの視線がレイの腰に向いた。

「お前、それは……?」

 レイは瞬間的に理解した。銃に気付かれた。

 ミナトがゆっくりと立ち上がり、レイの腰のホルスターに目を向けた。

「クガマヤマ都市の装備か」

 一言。淡々としていたが、確信に満ちた言葉だった。

 レイは無言で息を吐く。

「刻印が入ってるな」

  ミナトが指先を軽く動かし、DW-X11の刻印を確認する。

「どこで手に入れたかは想像もつかないが都市のエージェントが使ってたモデル……スラム街じゃ、これの価値は高い」

 ミナトが何を言わんとしているかわからず、レイは眉をひそめた。

「……手放すなら、15000オーラムを渡そう」

 ミナトがそう言った瞬間、場の空気が微妙に変わった。徒党の下層の者が一瞬目を向ける。

 転売で利益になる。

 レイは暫し銃を見つめながら、考えた。

 15000オーラム。昨日3000で買ったものが、5倍の価値になる。

「決断はお前次第だ。うちは無理強いはしない」

 ミナトが静かに言った。

 レイは短く息を吐く。決めるのは、今この瞬間だ。

 

 レイは銃を見つめた。

 

 (使いこなすには訓練が必要だ)

 (だが――訓練するにも、金がいる。伝手がいる)

 (それに、銃がなければ訓練できない……)

 

 矛盾していた。

 

 (いや、待て)

 (15000オーラムがあれば、銃は買える)

 (訓練してから、改めて装備を整えればいい)

 

 それに――今の自分には、銃は必要ない。

 使いこなせないのだから。

 

「手放す」

 レイは迷いなく即答した。

 ミナトは静かに頷く。

「分かった」

 簡潔なやり取り。だが、これでレイは15000オーラムを手に入れる。

 武器商で3000オーラムで買った銃が、一瞬で5倍の価値になった。

「取引はすぐに済ませる」

 ミナトは短く言い、レイに視線を向ける。

「……お前の財布の扱い、考えておいたほうがいいな」

 手元の金。

 15000オーラムは、徒党の下っ端にはあまりに目立つ額だった。これを持ち歩くのは危険すぎる。

 ミナトを真っ直ぐに見詰め、告げる。

「預かってくれ」

 ミナトは静かに目を向ける。

「ほう?」

「これを持ち歩けば、誰かが気付く。狙われる」

 レイは淡々と言った。

 ミナトはしばらく考えるように指を組む。

「悪くない選択だ。預かるのはいいが……いっそハンターになって口座を作ったらどうだ?」

 ミナトの言葉に、レイの眉が動いた。

「ハンター?」

「ハンターオフィスで預金口座を作れる。金を安全に管理できる」

「……なるほど。だが、どうやって?」

 ミナトは少し笑いながら答えた。

「遺物を持ち帰り、売ればいい。それでハンターになれる」

 レイはしばし無言になる。

 今の自分には――到底無理な話だった。

「今は無理だな」

 だが、心のどこかで、その選択肢が浮かび続ける。

 預金口座を持つ。安全に金を管理する。そのためにはハンターとして遺物を売る必要がある。

「……いずれ、な」

 ミナトは静かに頷く。

「決めるのはお前だ」

 それはただの提案。だが、確かにひとつの可能性として――レイの選択肢に刻まれた。

 

 

 

【本日の収支】

- **徒党へ銃を売却** → **+15000オーラム**

 

【現在の貯蓄】

16650オーラム

「災い転じてなんとやらだ……」

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