持たざる少年   作:交渉人

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7.得体の知れない

 ハンターになった翌日、レイはミナトの前に立ち、簡潔に言った。

「ハンターになった」

 ミナトは一瞬視線を動かしたが、表情は変えない。

「……ランクは?」

「10だ」

 ミナトは無言になる。わずかに眉が動いた。

 (スラム出身者は普通、ランク1から始まる。なのに、コイツはなぜかランク10)

 だが、ミナトはそれについて何も言わなかった。

「オーラムを口座に移したい」

 レイはそう告げる。

 ミナトは短く頷いた。

「手続きは簡単だ。データを移すだけだからな」

 端末を軽く操作し、残高を更新する。

 レイは短く息を吐いた。

「……そういえば、文字を読めるようになりたいんだが」

 ミナトは無表情に視線を向ける。

「情報端末で覚えられる」

 レイは少し眉をひそめる。

「……そんなに簡単なのか?」

「簡単なわけないだろ」

 ミナトは淡々と言いながら、レイの端末を手に取った。

「じゃあ、学習コンテンツを入れといてやる」

 端末を操作する。素早く数秒の入力。短く確認。

「はい、完了」

 レイは違和感を覚えながら端末を受け取る。

「……?」

 画面に表示された通知。

 

『第一種識字視覚学習体験購入完了 - 料金:2000オーラム』

 

「……何をした?」

 ミナトは軽く肩を竦めた。

「お前の名義で文字の学習コンテンツを買っておいた。何事もただじゃない」

 レイは呆気にとられる。

「……」

 ミナトは端末を閉じ、短く言った。

「自分で覚えろよ」

「勝手に人の口座から……」

「文句があるのか? 文字が読みたいんだろう?」

 ミナトの視線が冷たい。

 レイは歯を食いしばる。

 (……言い返せない)

「……ない」

 

 思うところはあるが、前には進める。

 気持ちを切り替えたレイが歩き出そうとした瞬間、ミナトの声が静かに響いた。

「ちょっと待て」

 レイは無言で足を止める。ミナトの視線が鋭く向けられた。

「ハンターランク10になった理由はなんだ。数日前までハンターですらなかっただろ、お前」

 (……俺も知らないよ)

「……どうしても言わなきゃダメか?」

 ミナトの目は動かない。

「ダメだ」

 淡々とした言葉の中に、わずかに冷たい圧が滲む。

「秩序に関わることだ。お前がどう思ってるか知らんが、これはスラム街じゃ異常事態だ」

 レイは無言でミナトの顔を見つめる。

「……まあ、ハンターランク10自体は珍しくない。問題なのは、その経緯だ」

 レイは短く息を吐き、心の中で思考する。

 (どうせ、いつかはバレることだ。隠し通せるわけがない。なら、最初から話した方がマシだ)

「ヤツバヤシにハンター登録された」

 ミナトの眉がわずかに動いた。

「……ヤツバヤシだと?」

 レイは無言で頷いた。

「その時にハンターランク10で登録された」

 ミナトは短く息を吐く。だが、その視線には微妙な警戒が混じっている。

「なんでそんなことになる?」

 レイは短く答えた。

「死体を売ることになった」

 一瞬の沈黙。

 ミナトの表情がわずかに揺れる。

「……待て。順序立てて話せ」

 言葉は静かだった。だが、その視線は鋭く、何かを見定めようとしている。

 

 ヤツバヤシの名前が絡む時点で、慎重になるべきだ。あの男は都市との裏で何かを持っている。

 徒党の連中はヤツバヤシのことを知っている。だが、それは「頼れる医者」としてではなく――スラムに根付いた異端の存在としての認識だった。

 スラムに生きる者なら、一度は聞いたことがある。ヤツバヤシに関する妙な噂。

 

「怪しい液体を治験と称して飲ませようとしてくる」

「ヤツバヤシの診療所に行ったら、よく分からない薬を試させられた」

「飲んだら腹が冷えた気がするが、結局何だったのか分からない」

「俺は飲まなかった。あいつ、やたら熱心だったがな」

 

「見た目が旧文明のセンス」

「なんであの髪型なんだ? いや、それより服装が……」

「都市の研究者っぽいって言うやつもいるが、正直ただの変人だろ」

「診療所の内装、異様だよな。あれ、古い時代のものじゃねえか?」

 

「倫理観が皆無の医療従事者」

「治療費を払えないと、何か別の方法で払えって言われるらしい」

「前に、死にかけた奴が運び込まれたが……治療されたんだろうか?」

「都市の医者は患者を選ぶが、ヤツバヤシは選ばない。だが、その理由が問題だ」

 

 都市の裏との繋がりを持つ者は、そう簡単に信用できるものではない。都市の管理に馴染まない技術。スラムの倫理から外れた価値観。治療と治験の境界線が曖昧な診療所。

 ヤツバヤシの名前が絡む時点で、徒党としては慎重にならざるを得なかった。

 

 ミナトは静かに息を吐く。そして、短く言った。

「……続けろ」

 レイは淡々と経緯を語る。死体を見つけ、ヤツバヤシから都市の回収ルートを聞かされ、識別タグを打ち込んで金を得る。報酬の受け取りのために口座が必要になる。ハンターになる。

 ミナトは無言で聞きながら、わずかに指を動かす。そして、静かに息を吐いた。

「……納得できるかは置いておいて、経緯は分かった」

 ミナトは一瞬目を伏せて考える。

「つまり、それは、お前のシノギということだな」

 レイは少し眉をひそめる。

「……? 多分な」

 ミナトは短く頷く。

「わかった。上には報告しておく」

 レイは安堵したように息を吐く。

「ただし――」

 ミナトは静かに視線を向ける。

「ゴミ漁りもサボるんじゃねえぞ。それはお前に割り当てた徒党の仕事だ」

 レイは無言で目を伏せ、短く答えた。

「……分かってるよ」

 

 

 ミナトは静かに扉を閉めると、一歩前に進んだ。

「ボス、報告があります」

 シジマは無造作に端末を見ながら、軽く視線を向ける。

「聞こう」

 ミナトは無駄なく言葉を並べた。

「下っ端のレイがハンターランク10になりました」

 シジマの指の動きが止まる。ミナトは続ける。

「また、独自に死体売却のシノギを得ました。ヤツバヤシの伝手だそうです」

 一瞬の沈黙。

 シジマは短く息を吐き、軽く笑う。

「ヤツバヤシか?」

 ミナトは無言で頷いた。

 シジマは軽く頭をかきながら、言った。

「……あの旧世界のセンスのやつか」

 シジマは端末を閉じ、無造作に座り直す。

「レイは得体の知れないやつだな。どう使う?」

 ミナトは短く答えた。

「判断を仰ぎたい」

 シジマは少し考え込む。そして淡々と言った。

「どうもこうもねえ。ハンターランク10なんざ至るところにいる」

 ミナトは無言で頷く。

「素人同然じゃ使い物にならない。お前が上手く使え」

 それは命令ではなく、判断の委譲だった。

 ミナトは短く答えた。

「了解」

 シジマは沈黙し、わずかに視線を伏せる。考え込むように指を動かしながら、静かに言った。

「……お前はどう見る?」

 シジマの問いに、ミナトは一息付き、答える。

「都市のエージェントの可能性があると見ています」

 シジマの表情がわずかに変わる。

「エージェント?」

 ミナトは淡々と続けた。

「以前報告したDW-X11はレイから入手しました」

 シジマは静かに頷く。

「ただ……」

 ミナトは軽く眉をひそめる。

「そんな潜入捜査のようなことができるタマじゃない。ちぐはぐだ」

 シジマはしばし無言で指を組む。

 そして短く言った。

「この件はお前に任せる」

 ミナトは静かに息を吐く。

「報告はしろ」

 シジマはそこで軽く頭を傾ける。そして、わずかに口元を動かしながら付け加えた。

「使えそうなら使え。危険なら処分しろ」

 冷静な命令。何かを決める時、そこに感情は不要だった。

シジマは淡々と続ける。

「価値があるかどうかは、使ってみなければ分からん。だが、危険だと分かれば即座に捨てる。――旧世界の遺物と一緒だ」

 ミナトは無言で頷いた。

「了解」

 

 ミナトの報告を聞き終えた後、シジマは無言で端末を指で弾いた。画面の数字が変わる。

 徒党の管理データの一覧に、新たな名が加わる。

 

 レイ。

 ハンターランク10。

 独自のシノギを持つ。

 クガマヤマ都市との繋がりを持つ。

 

 シジマは静かに息を吐いた。

 (都市のエージェントなわけがねえ)

 それは断定できる。スラム育ちの徒党の下っ端が、都市のエージェントとして活動する可能性など、限りなく低い。

 だが――

 都市のエージェントにスカウトされた可能性はある。

 スラムの人間を使うケースは珍しい。だが、都市が情報収集のために下層に入り込むなら、可能性はゼロではない。

 シジマは静かに指を組む。

「……この状況、何かに使えるか?」

 冷静な思考。徒党の運営に影響を与えるなら、価値を見定めなければならない。

 

 

 夜のスラムは静かだった。遠くで誰かの話し声が漏れ、微かに足音が響く。

 レイは雑多な布を敷き、壁に背を預ける。今日は何も収穫がなかった。

 

 ただのゴミ。ただの瓦礫。

 死体すら――見当たらなかった。

 

「……死体がなかったな」

 

 低く呟いた瞬間、自分でも言葉の異様さに気付いた。

 死体がない。それを収穫がない――と認識している自分。

 

 レイは短く息を吐き、苦笑した。

「何を考えてんだ」

 知らず知らずのうちに、死体を見つけることが日常になりつつある。妙な感覚だった。だが、考えても仕方がない。

 

 レイは情報端末を取り出した。小さな画面が淡く光る。

 ミナトの仕掛けた学習コンテンツが表示される。文字を読むための基本。都市の標準語での書き方。

「……さて」

 レイは指を動かし、画面を確認する。

 だが、周囲は暗い。照明はない。スラムの路上では、情報端末の光が唯一の灯りだった。

「この環境で学習か……」

 僅かに苦笑しながら、画面を見つめる。

 

 数日前まで、レイは何も持っていなかった。ただ、生きるためのゴミ漁りをしていただけ。

 だが、今―― 手元には情報端末がある。ハンター証がある。

 価値のあるものを保持している。

「……寝床をどうするか」

 ふと、その考えが浮かんだ。

 このまま路上生活を続けるか。徒党の設備を使うか。宿屋を検討するか。

 (金はある。だが、それをどう使うか)

 レイは短く息を吐いた。

「考えることが増えたな」

 

 

 

【本日の収支】

- **学習コンテンツを購入** → **-2000オーラム**

 

【現在の貯蓄】

18650オーラム

「今日は何もなかった」

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