持たざる少年   作:交渉人

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8.防護服

 レイは瓦礫の影に体を預けながら、静かに息を吐いた。

 今日も、路上。

 スラムの夜は冷え込む。眠る場所はある。だが、それが「寝床」と呼べるものかは別だった。

 数日前まではそれで問題なかった。だが、今は違う。

 情報端末がある。ハンター証がある。価値のあるものを持っている。

 この環境で、それらを守り続けるのは難しい。

「……そろそろ考えないとな」

 (宿泊所を使うか。徒党の設備を使うか)

 だが、金は有限だ。レイは短く息を吐き、情報端末を開いた。

 宿泊施設の最低額――3000オーラム以上。

「……高すぎる」

 このまま路上を続けるか、拠点を使うか。悩むまでもなかった。

 徒党の設備を使う。それが、最適な選択だった。

 

 

 徒党の拠点に入ると、レイはミナトの前に立ち、淡々と言った。

「拠点で寝泊まりしたい」

 ミナトは端末を閉じ、静かに視線を向ける。

「ちょうど空き部屋がある。一日500オーラムだ」

 レイは眉をしかめた。

「……金を取るのか?」

 ミナトは軽く笑う。

「当たり前だ。個室が与えられるのは、中堅以上で徒党に貢献している者だ」

 レイは無言になる。ミナトは続ける。

「お前の稼ぎはまだ徒党に貢献してるとは言えない。シノギのいくらかを上納するなら話は別だがな」

 レイは諦めるように息を吐く。

「……わかった。口座引き落としはできるか?」

 ミナトは端末を操作しながら答える。

「できる。今日から使え」

 小さなカードキーが机の上に置かれた。

「2階4号室だ。数字は読めるか?」

 レイは軽くカードを指で弾き、短く答えた。

「読める」

「いいだろう」

 

 レイは静かにミナトに視線を向ける。

「何か気を付けることはあるか?」

 ミナトは短く答えた。

「夜は戸締りをしておけ。部屋は清潔に保て」

 レイは無言で頷く。

「鍵は自分で管理しろ。なくしたら1000オーラムだ」

「了解」

 レイはカードキーを手にし、静かに息を吐いた。

 今夜から、寝床が変わる。それは些細なことだ。だが、金を払って得たものだった。

 

 

「ところで、お前はいつまで一人で行動してるんだ?」

 ミナトの言葉に、レイは僅かに視線を向ける。

「……どういう意味だ?」

 ミナトは端末を軽く弾きながら、淡々と言った。

「一人だと限界が来るぞ」

 レイはミナトの次の言葉を待つ。

「お前、ハンターランク10でその身なりじゃ、スラム街じゃただのカモだ」

 冷静な指摘だった。レイはしばし考え込む。

「……どうしろって言うんだ」

 ミナトは無造作に端末を閉じた。

「拠点の下っ端連中を何人か連れて行ってもいい」

 静かな提案だった。

「上納さえしてくれれば、分配はお前に任せる」

 レイは短く息を吐く。

「……考えておく」

 

 

 レイは早速与えられた拠点の個室に向かい、ベッドに腰掛けた。

 限界を感じてきたのは確かだった。

 最近、遠巻きに見られている視線を感じていた。徒党の設備で寝泊まりするなら、安定した稼ぎも必要だった。

 死体を金に換えられることになったとはいえ、いつも新鮮な死体が落ちているとは限らない。

 他の徒党の縄張りで仕事はできない。しかし、中立地帯のゴミ漁りは原則早い者勝ちだった。

「……どう動くべきか」

 レイは短く息を吐きながら、無言で考え込む。

 

 

 個室から出たあと、背後から声が響いた。

「へぇ、お前、設備使うことにしたのか?」

 レイが振り向くと、そこにはダグとマルが立っていた。二人とも特に何かをしていたわけではない。ただ、徒党の拠点内で暇そうにしていた。

「お前ら、いつからそこにいた」

 レイはわずかに眉をひそめた。ダグは軽く肩を竦める。

「さっきからさ」

 軽い返答だった。

 だが、その視線には妙な興味が混じっていた。

 マルは静かにレイを見つめる。その内心には、ある種の確信があった。

 (こいつは最近ツイている。このツキに俺も賭けようじゃないか。何、外れたら終わるだけだ。スラム街じゃ、そんな末路はありふれている)

 マルは短く息を吐き、淡々と言った。

「物資を漁りに行くなら、俺たちも行く」

 ダグは軽く笑う。

「一人より三人のほうが楽だろ?」

 ダグは何も考えていなかった。

 

 彼らは徒党内で暇そうにしていることが多かった。だが、それには理由があった。

 彼らは抗争の際に、真っ先に肉壁になる役割を与えられている。

 無駄に動くな。生きている限り、使い道がある。そのために、拠点で待機する。

 非情な現実。徒党に属する者すべてが、合理的な配置をされていた。

 

「ニナも誘うか?」

 ダグが言う。

 レイは首を振った。

「あいつは危ない橋は渡らないタイプだ。誘っても断られるだけだ」

 

 

 拠点を出ようとした瞬間、マルがわずかに眉を動かした。

「待て、分け前はどうする?」

 レイは少し考え込み、短く言った。

「そういえば、お前ら口座持ってるのか?」

 ダグは苦笑するように笑った。

「持ってるわけねえだろ」

 レイは溜息を付く。

「……じゃあ、一旦保留だ」

 そのまま、三人は拠点を出る。

 スラムの風が、わずかに冷たく流れた。

 

 

「じゃあ行くか」

 レイの言葉とともに、ダグが無造作に荷車の取っ手を掴んだ。

「俺が持つ」

「お前が引くのは当然だろ」

 マルが軽く笑いながら、ダグの腕を軽く叩いた。徒党の下っ端の中でも、ダグの体は圧倒的に大きい。力を使う役割があるなら、それを担うのは当然だった。

「まあいいけどよ」

 ダグは軽く肩を竦めながら、荷車を引き始めた。

 

 レイは短く息を吐きながら、周囲に目を向ける。

「どこから見る?」

 マルの問いに、レイは短く答えた。

「メインストリートは見た。 だが、路地は見てねえ」

 マルは軽く笑った。

「それじゃ半分しか探したことにならねえな」

 ダグが無造作に荷車を引きながら言う。

「メインに落ちてるのは拾われる。 奥に埋まってるのは、時間が経っても残ってる」

 スラム街のゴミ漁りは、単純な動作ではない。時間帯、動線、徒党の縄張り――そのすべてが絡み合う。

「じゃあ、隅々まで探すか」

 レイは短く息を吐いた。三人は、徒党の縄張りの奥へと進んだ。

 

 探す。荷車に積む。さらに探す。

 

「……意外にあるな」

 マルが無造作に瓦礫を動かしながら言う。

「だろ?」

 ダグは軽く笑いながら、手近な鉄片を荷車に投げ入れた。

「思ってたよりは拾えるもんだ」

「死体はなかったな」

 レイの短い言葉に、マルは軽く肩を竦める。

「死体ばっかり期待するのもどうかと思うぜ?」

 レイは少し苦笑しながら息を吐く。

「……まあな」

 

 荷車を引きながら、中立地帯へ向かう道。レイはふと、違和感を覚えた。

「……見られてるな」

 マルが静かに言う。

「前から感じてたが、最近強くなってる」

 ダグは軽く息を吐きながら、視線を流し見る。

「気にすんな。ここはスラム街だ」

 徒党の看板がある限り、正面から襲われることは少ない。だが、影で何かを企む者はいつだって存在する。

 レイは意識を切り替え、歩を進めた。

 

 

「とりあえず売るか」

 レイの言葉に、マルとダグは軽く頷いた。荷車の中には、今日の収穫が積まれていた。

「まずはジャンク屋まで行こう」

 そのまま、三人は足を進めた。

 スラムの雑踏の中。レイの視線は、無意識に周囲を警戒していた。

 

「へぇ、珍しいな」

 ジャンク屋の店主が無造作に鉄片を指で弾きながら、レイたちを見つめた。

「お前、一人じゃなくなったのか」

 レイは無言で荷車を押しながら、商品を並べる。ダグとマルも黙々と積み上げる。

「久々だな。それに、三人で来るとは思わなかったぜ」

 ゴドーは短く息を吐く。彼はスラムで何十年もこの仕事をしている。徒党の変化は、小さな違いで察知できる。

「……少し変わったんだ」

 レイはそう答えながら、鉄片を並べた。

 店主は僅かに笑う。

「それなら、ちょっとはマシなもんを持ってきたか?」

 レイは短く息を吐く。

「見て決めろよ」

 

 

 ジャンク屋での売却を終え、レイたちは次に武器屋へ向かった。

 店内に入り、荷車の中を広げると、店主のラドが無言で商品を見つめる。

「……あの銃は?」

 レイは短く答えた。

「手放した」

 ラドは静かに視線を向ける。そして、短く言った。

「そうか」

 それ以上、何も言わない。レイも、それ以上語らない。

 言葉の少ないやり取りだった。だが、スラム街の武器屋は、それが普通だった。

 

 商品を検分していると、ラドの指が一瞬止まった。

「これは……」

 彼は衣服の隙間から、僅かに残された小瓶を取り出す。

「戦闘薬か」

 レイは無言でそれを見つめる。

「専門じゃねえが、伝手はある。 高値で売れるぞ」

 ラドは僅かに笑いながら言った。

「……どれくらいだ」

「2万オーラムだな」

 レイは息を飲んだ。

 意外な金額。想定外の収穫だった。

「口座に振り込めるか?」

 ふと、そう問いかけた瞬間、ラドの視線がわずかに動いた。

「……口座?」

 ラドは一瞬眉をひそめ、レイを見詰める。

「なんでお前が口座なんか持ってる?」

 レイは淡々と答えた。

「ハンターに登録された」

 ラドの表情が少し動く。

「ハンター?」

 レイは短く息を吐いた。硬質プラスチック製のハンター証を見せる。

「ランク10だ」

 ラドは目を見開く。

 (スラム街の孤児はランク1からと相場が決まってる。何かあるな)

「……なるほどな」

 静かに思案する時間。そして、彼はふと言った。

「なら、提案がある」

 レイ達の表情を見ながらラドは続ける。

「支払いの代わりに、防護服を渡す」

 レイは無言で視線を向ける。

「買い取ったはいいが、ホコリをかぶってて処分するのもなんだ。支払いと相殺する形で、3人分渡す」

 レイは防護服の質を確認する。

 (安物じゃない)

「そんな都合のいい話があるか」

 そう返そうとした瞬間、ダグが前のめりに言った。

「いいじゃねえか!受け取るぞ!」

 レイはわずかに眉をひそめる。

 だが、ダグはそのまま防護服を掴み、マルも無言で手を伸ばす。

 レイは溜息を付く。

「……仕方ないな。それでいいよ」

 そのまま、三人は店を後にした。

 

 ラドはレイたちの背中を見送りながら、短く息を吐いた。

 不自然にスラム街に供給される装備。スラム街に装備をばらまく役目。それが都市から委託された仕事だった。他にも委託業者はいる。ラドはあくまでもそのうちの一人というだけだ。

 闇雲に配れば、スラム街の連中がたかりに来る。だから、見込みのある奴だけに渡す。

 ラドは静かに考え込む。

 この三人がどう動くか。結果がわかるのは、まだ先だ。だが、悪いようにはならないという予感だけがあった。

 

 

 拠点の片隅で、レイは荷車の横に座り込んだ。ダグとマルも近くの瓦礫に腰を下ろす。

「で、分け前はどうする?」

 マルが無造作に言った。

 レイは短く息を吐く。

「今日は防護服が報酬だ」

 マルが眉をひそめる。

「ガラクタも売っただろ?」

「それは俺が管理する」

「は?」

 レイは静かに言った。

「この防護服は安物じゃない。ラドの反応を見ただろ? あれはハンター祝いみたいなものだ。つまり、俺がいたから貰えた。納得できないか?」

 (現金で払うのが面倒だから言ってみたが、どうだ?)

 ダグは軽く笑いながら、防護服の袖を引っ張る。

「いいもんだよな、これ。楽に動けそうだ」

 マルはわずかに目を細める。

「……まあ、損ではないな」

 短く言いながら、防護服の質を確認する。

「次からはちゃんと分配しろよ」

「次があればな。俺は口座管理にしたいが、お前らはどうする?」

 マルは不満そうな表情を浮かべる。

「言っただろ。口座なんて持ってねえ」

 レイは短く視線を動かし、無言で考える。

「……現金で渡すのは面倒なんだ、早めに何とかしろ」

 ダグは軽く笑う。

「ま、なんとかなるだろ」

 レイは溜息を付いた。

 考えることが増えた。だが、それを整理するのは、また別の時間だ。

 

 

 夜、個室にて、レイは情報端末を開く。

 

 文字の学習コンテンツ。

 画面に映る単純な記号。

 

「あ、い、う、え、お……」

 

 声に出して読む。

 まだ読めない文字の方が多い。

 

 だが、少しずつ――

 確実に、世界が広がっていた。

 

 

 

【本日の収支】

- **ジャンク屋にジャンクを売却** → **+3000オーラム**

- **徒党への上納** → **-1500オーラム**

- **徒党の個室使用料** → **-500オーラム**

 

【現在の貯蓄】

19650オーラム

「探せばあるもんだ」

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