持たざる少年 作:交渉人
レイは瓦礫の影に体を預けながら、静かに息を吐いた。
今日も、路上。
スラムの夜は冷え込む。眠る場所はある。だが、それが「寝床」と呼べるものかは別だった。
数日前まではそれで問題なかった。だが、今は違う。
情報端末がある。ハンター証がある。価値のあるものを持っている。
この環境で、それらを守り続けるのは難しい。
「……そろそろ考えないとな」
(宿泊所を使うか。徒党の設備を使うか)
だが、金は有限だ。レイは短く息を吐き、情報端末を開いた。
宿泊施設の最低額――3000オーラム以上。
「……高すぎる」
このまま路上を続けるか、拠点を使うか。悩むまでもなかった。
徒党の設備を使う。それが、最適な選択だった。
◇
徒党の拠点に入ると、レイはミナトの前に立ち、淡々と言った。
「拠点で寝泊まりしたい」
ミナトは端末を閉じ、静かに視線を向ける。
「ちょうど空き部屋がある。一日500オーラムだ」
レイは眉をしかめた。
「……金を取るのか?」
ミナトは軽く笑う。
「当たり前だ。個室が与えられるのは、中堅以上で徒党に貢献している者だ」
レイは無言になる。ミナトは続ける。
「お前の稼ぎはまだ徒党に貢献してるとは言えない。シノギのいくらかを上納するなら話は別だがな」
レイは諦めるように息を吐く。
「……わかった。口座引き落としはできるか?」
ミナトは端末を操作しながら答える。
「できる。今日から使え」
小さなカードキーが机の上に置かれた。
「2階4号室だ。数字は読めるか?」
レイは軽くカードを指で弾き、短く答えた。
「読める」
「いいだろう」
レイは静かにミナトに視線を向ける。
「何か気を付けることはあるか?」
ミナトは短く答えた。
「夜は戸締りをしておけ。部屋は清潔に保て」
レイは無言で頷く。
「鍵は自分で管理しろ。なくしたら1000オーラムだ」
「了解」
レイはカードキーを手にし、静かに息を吐いた。
今夜から、寝床が変わる。それは些細なことだ。だが、金を払って得たものだった。
◇
「ところで、お前はいつまで一人で行動してるんだ?」
ミナトの言葉に、レイは僅かに視線を向ける。
「……どういう意味だ?」
ミナトは端末を軽く弾きながら、淡々と言った。
「一人だと限界が来るぞ」
レイはミナトの次の言葉を待つ。
「お前、ハンターランク10でその身なりじゃ、スラム街じゃただのカモだ」
冷静な指摘だった。レイはしばし考え込む。
「……どうしろって言うんだ」
ミナトは無造作に端末を閉じた。
「拠点の下っ端連中を何人か連れて行ってもいい」
静かな提案だった。
「上納さえしてくれれば、分配はお前に任せる」
レイは短く息を吐く。
「……考えておく」
◇
レイは早速与えられた拠点の個室に向かい、ベッドに腰掛けた。
限界を感じてきたのは確かだった。
最近、遠巻きに見られている視線を感じていた。徒党の設備で寝泊まりするなら、安定した稼ぎも必要だった。
死体を金に換えられることになったとはいえ、いつも新鮮な死体が落ちているとは限らない。
他の徒党の縄張りで仕事はできない。しかし、中立地帯のゴミ漁りは原則早い者勝ちだった。
「……どう動くべきか」
レイは短く息を吐きながら、無言で考え込む。
◇
個室から出たあと、背後から声が響いた。
「へぇ、お前、設備使うことにしたのか?」
レイが振り向くと、そこにはダグとマルが立っていた。二人とも特に何かをしていたわけではない。ただ、徒党の拠点内で暇そうにしていた。
「お前ら、いつからそこにいた」
レイはわずかに眉をひそめた。ダグは軽く肩を竦める。
「さっきからさ」
軽い返答だった。
だが、その視線には妙な興味が混じっていた。
マルは静かにレイを見つめる。その内心には、ある種の確信があった。
(こいつは最近ツイている。このツキに俺も賭けようじゃないか。何、外れたら終わるだけだ。スラム街じゃ、そんな末路はありふれている)
マルは短く息を吐き、淡々と言った。
「物資を漁りに行くなら、俺たちも行く」
ダグは軽く笑う。
「一人より三人のほうが楽だろ?」
ダグは何も考えていなかった。
彼らは徒党内で暇そうにしていることが多かった。だが、それには理由があった。
彼らは抗争の際に、真っ先に肉壁になる役割を与えられている。
無駄に動くな。生きている限り、使い道がある。そのために、拠点で待機する。
非情な現実。徒党に属する者すべてが、合理的な配置をされていた。
「ニナも誘うか?」
ダグが言う。
レイは首を振った。
「あいつは危ない橋は渡らないタイプだ。誘っても断られるだけだ」
◇
拠点を出ようとした瞬間、マルがわずかに眉を動かした。
「待て、分け前はどうする?」
レイは少し考え込み、短く言った。
「そういえば、お前ら口座持ってるのか?」
ダグは苦笑するように笑った。
「持ってるわけねえだろ」
レイは溜息を付く。
「……じゃあ、一旦保留だ」
そのまま、三人は拠点を出る。
スラムの風が、わずかに冷たく流れた。
◇
「じゃあ行くか」
レイの言葉とともに、ダグが無造作に荷車の取っ手を掴んだ。
「俺が持つ」
「お前が引くのは当然だろ」
マルが軽く笑いながら、ダグの腕を軽く叩いた。徒党の下っ端の中でも、ダグの体は圧倒的に大きい。力を使う役割があるなら、それを担うのは当然だった。
「まあいいけどよ」
ダグは軽く肩を竦めながら、荷車を引き始めた。
レイは短く息を吐きながら、周囲に目を向ける。
「どこから見る?」
マルの問いに、レイは短く答えた。
「メインストリートは見た。 だが、路地は見てねえ」
マルは軽く笑った。
「それじゃ半分しか探したことにならねえな」
ダグが無造作に荷車を引きながら言う。
「メインに落ちてるのは拾われる。 奥に埋まってるのは、時間が経っても残ってる」
スラム街のゴミ漁りは、単純な動作ではない。時間帯、動線、徒党の縄張り――そのすべてが絡み合う。
「じゃあ、隅々まで探すか」
レイは短く息を吐いた。三人は、徒党の縄張りの奥へと進んだ。
探す。荷車に積む。さらに探す。
「……意外にあるな」
マルが無造作に瓦礫を動かしながら言う。
「だろ?」
ダグは軽く笑いながら、手近な鉄片を荷車に投げ入れた。
「思ってたよりは拾えるもんだ」
「死体はなかったな」
レイの短い言葉に、マルは軽く肩を竦める。
「死体ばっかり期待するのもどうかと思うぜ?」
レイは少し苦笑しながら息を吐く。
「……まあな」
荷車を引きながら、中立地帯へ向かう道。レイはふと、違和感を覚えた。
「……見られてるな」
マルが静かに言う。
「前から感じてたが、最近強くなってる」
ダグは軽く息を吐きながら、視線を流し見る。
「気にすんな。ここはスラム街だ」
徒党の看板がある限り、正面から襲われることは少ない。だが、影で何かを企む者はいつだって存在する。
レイは意識を切り替え、歩を進めた。
◇
「とりあえず売るか」
レイの言葉に、マルとダグは軽く頷いた。荷車の中には、今日の収穫が積まれていた。
「まずはジャンク屋まで行こう」
そのまま、三人は足を進めた。
スラムの雑踏の中。レイの視線は、無意識に周囲を警戒していた。
「へぇ、珍しいな」
ジャンク屋の店主が無造作に鉄片を指で弾きながら、レイたちを見つめた。
「お前、一人じゃなくなったのか」
レイは無言で荷車を押しながら、商品を並べる。ダグとマルも黙々と積み上げる。
「久々だな。それに、三人で来るとは思わなかったぜ」
ゴドーは短く息を吐く。彼はスラムで何十年もこの仕事をしている。徒党の変化は、小さな違いで察知できる。
「……少し変わったんだ」
レイはそう答えながら、鉄片を並べた。
店主は僅かに笑う。
「それなら、ちょっとはマシなもんを持ってきたか?」
レイは短く息を吐く。
「見て決めろよ」
◇
ジャンク屋での売却を終え、レイたちは次に武器屋へ向かった。
店内に入り、荷車の中を広げると、店主のラドが無言で商品を見つめる。
「……あの銃は?」
レイは短く答えた。
「手放した」
ラドは静かに視線を向ける。そして、短く言った。
「そうか」
それ以上、何も言わない。レイも、それ以上語らない。
言葉の少ないやり取りだった。だが、スラム街の武器屋は、それが普通だった。
商品を検分していると、ラドの指が一瞬止まった。
「これは……」
彼は衣服の隙間から、僅かに残された小瓶を取り出す。
「戦闘薬か」
レイは無言でそれを見つめる。
「専門じゃねえが、伝手はある。 高値で売れるぞ」
ラドは僅かに笑いながら言った。
「……どれくらいだ」
「2万オーラムだな」
レイは息を飲んだ。
意外な金額。想定外の収穫だった。
「口座に振り込めるか?」
ふと、そう問いかけた瞬間、ラドの視線がわずかに動いた。
「……口座?」
ラドは一瞬眉をひそめ、レイを見詰める。
「なんでお前が口座なんか持ってる?」
レイは淡々と答えた。
「ハンターに登録された」
ラドの表情が少し動く。
「ハンター?」
レイは短く息を吐いた。硬質プラスチック製のハンター証を見せる。
「ランク10だ」
ラドは目を見開く。
(スラム街の孤児はランク1からと相場が決まってる。何かあるな)
「……なるほどな」
静かに思案する時間。そして、彼はふと言った。
「なら、提案がある」
レイ達の表情を見ながらラドは続ける。
「支払いの代わりに、防護服を渡す」
レイは無言で視線を向ける。
「買い取ったはいいが、ホコリをかぶってて処分するのもなんだ。支払いと相殺する形で、3人分渡す」
レイは防護服の質を確認する。
(安物じゃない)
「そんな都合のいい話があるか」
そう返そうとした瞬間、ダグが前のめりに言った。
「いいじゃねえか!受け取るぞ!」
レイはわずかに眉をひそめる。
だが、ダグはそのまま防護服を掴み、マルも無言で手を伸ばす。
レイは溜息を付く。
「……仕方ないな。それでいいよ」
そのまま、三人は店を後にした。
ラドはレイたちの背中を見送りながら、短く息を吐いた。
不自然にスラム街に供給される装備。スラム街に装備をばらまく役目。それが都市から委託された仕事だった。他にも委託業者はいる。ラドはあくまでもそのうちの一人というだけだ。
闇雲に配れば、スラム街の連中がたかりに来る。だから、見込みのある奴だけに渡す。
ラドは静かに考え込む。
この三人がどう動くか。結果がわかるのは、まだ先だ。だが、悪いようにはならないという予感だけがあった。
◇
拠点の片隅で、レイは荷車の横に座り込んだ。ダグとマルも近くの瓦礫に腰を下ろす。
「で、分け前はどうする?」
マルが無造作に言った。
レイは短く息を吐く。
「今日は防護服が報酬だ」
マルが眉をひそめる。
「ガラクタも売っただろ?」
「それは俺が管理する」
「は?」
レイは静かに言った。
「この防護服は安物じゃない。ラドの反応を見ただろ? あれはハンター祝いみたいなものだ。つまり、俺がいたから貰えた。納得できないか?」
(現金で払うのが面倒だから言ってみたが、どうだ?)
ダグは軽く笑いながら、防護服の袖を引っ張る。
「いいもんだよな、これ。楽に動けそうだ」
マルはわずかに目を細める。
「……まあ、損ではないな」
短く言いながら、防護服の質を確認する。
「次からはちゃんと分配しろよ」
「次があればな。俺は口座管理にしたいが、お前らはどうする?」
マルは不満そうな表情を浮かべる。
「言っただろ。口座なんて持ってねえ」
レイは短く視線を動かし、無言で考える。
「……現金で渡すのは面倒なんだ、早めに何とかしろ」
ダグは軽く笑う。
「ま、なんとかなるだろ」
レイは溜息を付いた。
考えることが増えた。だが、それを整理するのは、また別の時間だ。
◇
夜、個室にて、レイは情報端末を開く。
文字の学習コンテンツ。
画面に映る単純な記号。
「あ、い、う、え、お……」
声に出して読む。
まだ読めない文字の方が多い。
だが、少しずつ――
確実に、世界が広がっていた。
【本日の収支】
- **ジャンク屋にジャンクを売却** → **+3000オーラム**
- **徒党への上納** → **-1500オーラム**
- **徒党の個室使用料** → **-500オーラム**
【現在の貯蓄】
19650オーラム
「探せばあるもんだ」