持たざる少年   作:交渉人

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8.防護服

 レイは瓦礫の影に体を預けながら、静かに息を吐いた。

 今日も、路上。

 スラムの夜は冷え込む。眠る場所はある。だが、それが「寝床」と呼べるものかは別だった。

 数日前まではそれで問題なかった。だが、今は違う。

 情報端末がある。ハンター証がある。価値のあるものを持っている。

 この環境で、それらを守り続けるのは難しい。

「……そろそろ考えないとな」

 (宿泊所を使うか。徒党の設備を使うか)

 だが、金は有限だ。レイは短く息を吐き、情報端末を開いた。

 宿泊施設の最低額――3000オーラム以上。

「……高すぎる」

 このまま路上を続けるか、拠点を使うか。悩むまでもなかった。

 徒党の設備を使う。それが、最適な選択だった。

 

◇

 

 徒党の拠点に入ると、レイはミナトの前に立ち、淡々と言った。

「拠点で寝泊まりしたい」

 ミナトは端末を閉じ、静かに視線を向ける。

「ちょうど空き部屋がある。一日500オーラムだ」

 レイは眉をしかめた。

「……金を取るのか?」

 ミナトは軽く笑う。

「当たり前だ。個室が与えられるのは、中堅以上で徒党に貢献している者だ」

 レイは無言になる。ミナトは続ける。

「お前の稼ぎはまだ徒党に貢献してるとは言えない。シノギのいくらかを上納するなら話は別だがな」

 レイは諦めるように息を吐く。

「……わかった。口座引き落としはできるか?」

 ミナトは端末を操作しながら答える。

「できる。今日から使え」

 小さなカードキーが机の上に置かれた。

「2階4号室だ。数字は読めるか?」

 レイは軽くカードを指で弾き、短く答えた。

「読める」

「いいだろう」

 

 レイは静かにミナトに視線を向ける。

「何か気を付けることはあるか?」

 ミナトは短く答えた。

「夜は戸締りをしておけ。部屋は清潔に保て」

 レイは無言で頷く。

「鍵は自分で管理しろ。なくしたら1000オーラムだ」

「了解」

 レイはカードキーを手にし、静かに息を吐いた。

 今夜から、寝床が変わる。それは些細なことだ。だが、金を払って得たものだった。

 

◇

 

「ところで、お前はいつまで一人で行動してるんだ?」

 ミナトの言葉に、レイは僅かに視線を向ける。

「……どういう意味だ?」

 ミナトは端末を軽く弾きながら、淡々と言った。

「一人だと限界が来るぞ」

 レイはミナトの次の言葉を待つ。

「お前、ハンターランク10でその身なりじゃ、スラム街じゃただのカモだ」

 冷静な指摘だった。レイはしばし考え込む。

「……どうしろって言うんだ」

 ミナトは無造作に端末を閉じた。

「拠点の下っ端連中を何人か連れて行ってもいい」

 静かな提案だった。

「上納さえしてくれれば、分配はお前に任せる」

 レイは短く息を吐く。

「……考えておく」

 

◇

 

 レイは早速与えられた拠点の個室に向かい、ベッドに腰掛けた。

 限界を感じてきたのは確かだった。

 最近、遠巻きに見られている視線を感じていた。徒党の設備で寝泊まりするなら、安定した稼ぎも必要だった。

 死体を金に換えられることになったとはいえ、いつも新鮮な死体が落ちているとは限らない。

 他の徒党の縄張りで仕事はできない。しかし、中立地帯のゴミ漁りは原則早い者勝ちだった。

「……どう動くべきか」

 レイは短く息を吐きながら、無言で考え込む。

 

◇

 

 個室から出たあと、背後から声が響いた。

「へぇ、お前、設備使うことにしたのか?」

 レイが振り向くと、そこにはダグとマルが立っていた。二人とも特に何かをしていたわけではない。ただ、徒党の拠点内で暇そうにしていた。

「お前ら、いつからそこにいた」

 レイはわずかに眉をひそめた。ダグは軽く肩を竦める。

「さっきからさ」

 軽い返答だった。

 だが、その視線には妙な興味が混じっていた。

 マルは静かにレイを見つめる。その内心には、ある種の確信があった。

 (こいつは最近ツイている。このツキに俺も賭けようじゃないか。何、外れたら終わるだけだ。スラム街じゃ、そんな末路はありふれている)

 マルは短く息を吐き、淡々と言った。

「物資を漁りに行くなら、俺たちも行く」

 ダグは軽く笑う。

「一人より三人のほうが楽だろ?」

 ダグは何も考えていなかった。

 

 彼らは徒党内で暇そうにしていることが多かった。だが、それには理由があった。

 彼らは抗争の際に、真っ先に肉壁になる役割を与えられている。

 無駄に動くな。生きている限り、使い道がある。そのために、拠点で待機する。

 非情な現実。徒党に属する者すべてが、合理的な配置をされていた。

 

「ニナも誘うか?」

 ダグが言う。

 レイは首を振った。

「あいつは危ない橋は渡らないタイプだ。誘っても断られるだけだ」

 

◇

 

 拠点を出ようとした瞬間、マルがわずかに眉を動かした。

「待て、分け前はどうする?」

 レイは少し考え込み、短く言った。

「そういえば、お前ら口座持ってるのか?」

 ダグは苦笑するように笑った。

「持ってるわけねえだろ」

 レイは溜息を付く。

「……じゃあ、一旦保留だ」

 そのまま、三人は拠点を出る。

 スラムの風が、わずかに冷たく流れた。

 

◇

 

「じゃあ行くか」

 レイの言葉とともに、ダグが無造作に荷車の取っ手を掴んだ。

「俺が持つ」

「お前が引くのは当然だろ」

 マルが軽く笑いながら、ダグの腕を軽く叩いた。徒党の下っ端の中でも、ダグの体は圧倒的に大きい。力を使う役割があるなら、それを担うのは当然だった。

「まあいいけどよ」

 ダグは軽く肩を竦めながら、荷車を引き始めた。

 

 レイは短く息を吐きながら、周囲に目を向ける。

「どこから見る?」

 マルの問いに、レイは短く答えた。

「メインストリートは見た。 だが、路地は見てねえ」

 マルは軽く笑った。

「それじゃ半分しか探したことにならねえな」

 ダグが無造作に荷車を引きながら言う。

「メインに落ちてるのは拾われる。 奥に埋まってるのは、時間が経っても残ってる」

 スラム街のゴミ漁りは、単純な動作ではない。時間帯、動線、徒党の縄張り――そのすべてが絡み合う。

「じゃあ、隅々まで探すか」

 レイは短く息を吐いた。三人は、徒党の縄張りの奥へと進んだ。

 

 探す。荷車に積む。さらに探す。

 

「……意外にあるな」

 マルが無造作に瓦礫を動かしながら言う。

「だろ?」

 ダグは軽く笑いながら、手近な鉄片を荷車に投げ入れた。

「思ってたよりは拾えるもんだ」

「死体はなかったな」

 レイの短い言葉に、マルは軽く肩を竦める。

「死体ばっかり期待するのもどうかと思うぜ?」

 レイは少し苦笑しながら息を吐く。

「……まあな」

 

 荷車を引きながら、中立地帯へ向かう道。レイはふと、違和感を覚えた。

「……見られてるな」

 マルが静かに言う。

「前から感じてたが、最近強くなってる」

 ダグは軽く息を吐きながら、視線を流し見る。

「気にすんな。ここはスラム街だ」

 徒党の看板がある限り、正面から襲われることは少ない。だが、影で何かを企む者はいつだって存在する。

 レイは意識を切り替え、歩を進めた。

 

◇

 

「とりあえず売るか」

 レイの言葉に、マルとダグは軽く頷いた。荷車の中には、今日の収穫が積まれていた。

「まずはジャンク屋まで行こう」

 そのまま、三人は足を進めた。

 スラムの雑踏の中。レイの視線は、無意識に周囲を警戒していた。

 

「へぇ、珍しいな」

 ジャンク屋の店主が無造作に鉄片を指で弾きながら、レイたちを見つめた。

「お前、一人じゃなくなったのか」

 レイは無言で荷車を押しながら、商品を並べる。ダグとマルも黙々と積み上げる。

「久々だな。それに、三人で来るとは思わなかったぜ」

 ゴドーは短く息を吐く。彼はスラムで何十年もこの仕事をしている。徒党の変化は、小さな違いで察知できる。

「……少し変わったんだ」

 レイはそう答えながら、鉄片を並べた。

 店主は僅かに笑う。

「それなら、ちょっとはマシなもんを持ってきたか?」

 レイは短く息を吐く。

「見て決めろよ」

 

◇

 

 ジャンク屋での売却を終え、レイたちは次に武器屋へ向かった。

 店内に入り、荷車の中を広げると、店主のラドが無言で商品を見つめる。

「……あの銃は?」

 レイは短く答えた。

「手放した」

 ラドは静かに視線を向ける。そして、短く言った。

「そうか」

 それ以上、何も言わない。レイも、それ以上語らない。

 言葉の少ないやり取りだった。だが、スラム街の武器屋は、それが普通だった。

 

 商品を検分していると、ラドの指が一瞬止まった。

「これは……」

 彼は衣服の隙間から、僅かに残された小瓶を取り出す。

「戦闘薬か」

 レイは無言でそれを見つめる。

「専門じゃねえが、伝手はある。 高値で売れるぞ」

 ラドは僅かに笑いながら言った。

「……どれくらいだ」

「2万オーラムだな」

 レイは息を飲んだ。

 意外な金額。想定外の収穫だった。

「口座に振り込めるか?」

 ふと、そう問いかけた瞬間、ラドの視線がわずかに動いた。

「……口座?」

 ラドは一瞬眉をひそめ、レイを見詰める。

「なんでお前が口座なんか持ってる?」

 レイは淡々と答えた。

「ハンターに登録された」

 ラドの表情が少し動く。

「ハンター?」

 レイは短く息を吐いた。硬質プラスチック製のハンター証を見せる。

「ランク10だ」

 ラドは目を見開く。

 (スラム街の孤児はランク1からと相場が決まってる。何かあるな)

「……なるほどな」

 静かに思案する時間。そして、彼はふと言った。

「なら、提案がある」

 レイ達の表情を見ながらラドは続ける。

「支払いの代わりに、防護服を渡す」

 レイは無言で視線を向ける。

「買い取ったはいいが、ホコリをかぶってて処分するのもなんだ。支払いと相殺する形で、3人分渡す」

 レイは防護服の質を確認する。

 (安物じゃない)

「そんな都合のいい話があるか」

 そう返そうとした瞬間、ダグが前のめりに言った。

「いいじゃねえか!受け取るぞ!」

 レイはわずかに眉をひそめる。

 だが、ダグはそのまま防護服を掴み、マルも無言で手を伸ばす。

 レイは溜息を付く。

「……仕方ないな。それでいいよ」

 そのまま、三人は店を後にした。

 

 ラドはレイたちの背中を見送りながら、短く息を吐いた。

 不自然にスラム街に供給される装備。スラム街に装備をばらまく役目。それが都市から委託された仕事だった。他にも委託業者はいる。ラドはあくまでもそのうちの一人というだけだ。

 闇雲に配れば、スラム街の連中がたかりに来る。だから、見込みのある奴だけに渡す。

 ラドは静かに考え込む。

 この三人がどう動くか。結果がわかるのは、まだ先だ。だが、悪いようにはならないという予感だけがあった。

 

◇

 

 拠点の片隅で、レイは荷車の横に座り込んだ。ダグとマルも近くの瓦礫に腰を下ろす。

「で、分け前はどうする?」

 マルが無造作に言った。

 レイは短く息を吐く。

「今日は防護服が報酬だ」

 マルが眉をひそめる。

「ガラクタも売っただろ?」

「それは俺が管理する」

「は?」

 レイは静かに言った。

「この防護服は安物じゃない。ラドの反応を見ただろ? あれはハンター祝いみたいなものだ。つまり、俺がいたから貰えた。納得できないか?」

 (現金で払うのが面倒だから言ってみたが、どうだ?)

 ダグは軽く笑いながら、防護服の袖を引っ張る。

「いいもんだよな、これ。楽に動けそうだ」

 マルはわずかに目を細める。

「……まあ、損ではないな」

 短く言いながら、防護服の質を確認する。

「次からはちゃんと分配しろよ」

「次があればな。俺は口座管理にしたいが、お前らはどうする?」

 マルは不満そうな表情を浮かべる。

「言っただろ。口座なんて持ってねえ」

 レイは短く視線を動かし、無言で考える。

「……現金で渡すのは面倒なんだ、早めに何とかしろ」

 ダグは軽く笑う。

「ま、なんとかなるだろ」

 レイは溜息を付いた。

 考えることが増えた。だが、それを整理するのは、また別の時間だ。

 

◇

 

 夜、個室にて、レイは情報端末を開く。

 

 文字の学習コンテンツ。

 画面に映る単純な記号。

 

「あ、い、う、え、お……」

 

 声に出して読む。

 まだ読めない文字の方が多い。

 

 だが、少しずつ――

 確実に、世界が広がっていた。

 

 

 

【本日の収支】

- **ジャンク屋にジャンクを売却** → **+3000オーラム**

- **徒党への上納** → **-1500オーラム**

- **徒党の個室使用料** → **-500オーラム**

 

【現在の貯蓄】

19650オーラム

「探せばあるもんだ」

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