持たざる少年 作:交渉人
レイは防護服の袖を軽く引っ張りながら、荷車の横に座る。ダグとマルもそれぞれ瓦礫の上に腰を下ろし、無造作に装備を確認する。
「で、今日の分け前はどうする?」
マルが軽く言った。
レイは短く息を吐く。
「昨日は防護服が報酬だ」
ダグは軽く笑いながら袖を伸ばす。
「いいもんだよな、これ。動きやすい」
「昨日も聞いたよ。……分配についてはミナトに投げる」
「お前に任されてるって聞いたぞ?」
「だからこそだ」
レイは眉根を寄せる。
マルが苦笑混じりに肩を竦めた。
「そういや、お前がハンターになったのって、どういう経緯だったんだ?」
マルが無造作に訊く。ダグも軽く頷いた。
「確かに、それまだ聞いてなかったな」
レイは短く息を吐いた。今さら隠す理由もなかった。
「……死体の回収だ」
物騒な言葉に、二人の表情が止まる。
「死体の……、何だって?」
「都市が求める資源には、死体も含まれる。……らしい」
一瞬の沈黙。
ダグが目を丸くした。
「死体が金になるってことか?」
レイは短く頷く。
「そういうことだ。都市の下層では、焼却より再利用の方が効率がいい」
「……再利用?」
マルの声には露骨な嫌悪が混じった。
「有機素材。薬品用タンパク質。あと……臓器の分解液が燃料になる」
レイは淡々と答えた後、言葉を区切るように続けた。
「スラムの配給食、あれも多分その延長だ。一日二回、決まった時間に出るだろ。あれは栄養補給と治験を兼ねてる。パッケージにもそれとなく書いてあるけど、誰も読まない。……読めなくても、味で察してる奴は多い」
「……チケン?」
ダグの脳裏にヤツバヤシの顔が思い浮かんだ。
「生きてる間に投与して、死んだ後に結果を回収する。都市にとっちゃ、スラムの人間は実験素材だ」
レイは無感情に言った。
そこに怒りも絶望もなかった。
ただ、知ってしまった者だけが持つ乾いた現実感があった。
淡々と述べながら、レイの声はどこか遠かった。
彼は既に、そうした現実に足を踏み込んでいた。
レイは吐き捨てるように続けた。
「まあ、本当かどうかは知らん。そう聞いただけだ」
二人は苦虫を嚙み潰した表情を浮かべる。
(知りたくなかったぜ……)
「……で、それがハンターになるのと何の関係があるんだ」
「死体売却の報酬受取のために口座を作る必要があったんだ。そのためにハンターになった」
「……なるほどな」
マルの視線に、わずかに興味が混じる。
だがその興味は、すぐに薄れた。理解を拒むほど、気味の悪い話だった。
◇
防護服の調整を終えた三人は、スラムの外縁部へ向かう。
そこはほとんど荒野に近く、モンスターが出ても不思議ではない場所だった。
「……待て」
レイが足を止める。ダグとマルも無言で視線を向けた。
「……あれは」
遠くに、異様な光景が広がっていた。瓦礫の影、崩れた建物の隙間――
死体が、山ほど積み重なっている。
マルが短く息を吐く。
「……なんだこれ」
ダグが無造作に鉄片を蹴る。
「最近は全然なかったのに、急にこんなに?」
レイは静かに視線を向ける。
都市の回収業者の車両が近づいてきた。
大型車両が静かに止まり、数人の作業員が降りる。
彼らは手際よく装備を整え、死体の分類を始めた。
白い防護服。無音の作業。
首元のスキャナが死体に光を当てるたび、端末の画面に「有機」「機械」「不明」と文字が浮かんだ。
半分ほどの死体には、金属片や人工骨の痕があった。
「……これが都市の回収業か。規模が違うな」
レイは短く言った。
ダグとマルは無言でその様子を見詰める。
「手際が良すぎる」
マルが短く呟く。
「……スラムじゃ考えられねえな」
ダグが皮肉めいた声で笑う。
レイは黙ったまま、目を細めた。
作業員の動きは人間というより機械のようだっただった。
一体ずつ確認し、マーキング、回収。
感情の欠片もない。
生者を見ているのではなく、資源を見ている。
「……俺たちがやるのは、これの一部だ」
レイが呟く。
マルはわずかに目を細める。
「……これがシノギになるなら、悪くねえな」
ダグは肩を竦めた。
「ま、やるしかねえか」
だがレイだけは、ふと視線を止めた。
積み上げられた死体の山の下――
ひときわ黒い布に包まれた影がある。
それは他の死体と違い、識別タグが焼き消されていた。
「……消されてる?」
思わず呟いた声に、マルが顔を上げた。
「何が?」
「いや、なんでもない」
レイは小さく首を振り、荷車に視線を戻した。
触れた瞬間、どこかで高周波のノイズが短く走った気がした。
だが、それが何の音かは分からなかった。
三人は、作業員が残した装備で売れそうなものを片っ端から荷車に載せた。
◇
どこかの監視網の奥で、一つの通知が上がった。
――スラム居住者レイ、ハンターランク10。
――行動圏:クガマヤマ都市。
――武装なし、通信傍受データ多数。
――評価:潜在的有用対象。
データを見下ろす無機質な視線。
複数のウィンドウが重なり、レイの活動履歴が流れていく。
表層ではない。もっと深い階層、旧世界の通信インフラに残された別の観測者の手によって。
『……反応あり。識別タグ──不明。スラム個体、活動継続中。観測、開始』
端末のモニターが一瞬だけ明滅し、静かに沈黙した。
◇
部屋に戻ったレイは情報端末を開いた。画面の通知が一件、未読のまま光っている。
「回収の依頼」
依頼元の詳細は記載されていない。ただ、こう書かれていた。
「ハンターオフィスを通さない依頼です。詳細はクガマヤマ都市の外縁部で伝えます。受諾する場合の場所と日時は――」
レイは無言で文章を眺める。だが、すぐには理解できない。
識字はまだ完璧ではない。
画面を何度も確認しながら、単語を整理していく。
(通さない――それはつまり、通常のルートではないということか?)
意味は掴みきれない。だが、提示された報酬の額は大きい。
レイは静かに息を吐いた。
先ほど見た消された死体のタグの残像が、脳裏を掠める。
「……念のため、ダグとマルもハンターとして登録しておくか」
それは単なる保険のつもりだった。
しかし、その判断が――。
【本日の収支】
- **武器商に装備を売却** → **+30000オーラム**
- **徒党への上納** → **-15000オーラム**
- **分け前の分配** → **-10000オーラム**
- **徒党の個室使用料** → **-500オーラム**
【現在の貯蓄】
24150オーラム
「目標額の半分に近付いたが……」