持たざる少年   作:交渉人

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9.回収の依頼

 レイは防護服の袖を軽く引っ張りながら、荷車の横に座る。ダグとマルもそれぞれ瓦礫の上に腰を下ろし、無造作に装備を確認する。

 

「で、今日の分け前はどうする?」

 マルが軽く言った。

 レイは短く息を吐く。

「昨日は防護服が報酬だ」

 ダグは軽く笑いながら袖を伸ばす。

「いいもんだよな、これ。動きやすい」

「昨日も聞いたよ。……分配についてはミナトに投げる」

「お前に任されてるって聞いたぞ?」

「だからこそだ」

 レイは眉根を寄せる。

 マルが苦笑混じりに肩を竦めた。

 

「そういや、お前がハンターになったのって、どういう経緯だったんだ?」

 マルが無造作に訊く。ダグも軽く頷いた。

「確かに、それまだ聞いてなかったな」

 レイは短く息を吐いた。今さら隠す理由もなかった。

「……死体の回収だ」

 物騒な言葉に、二人の表情が止まる。

「死体の……、何だって?」

「都市が求める資源には、死体も含まれる。……らしい」

 一瞬の沈黙。

 ダグが目を丸くした。

「死体が金になるってことか?」

 レイは短く頷く。

「そういうことだ。都市の下層では、焼却より再利用の方が効率がいい」

「……再利用?」

 マルの声には露骨な嫌悪が混じった。

「有機素材。薬品用タンパク質。あと……臓器の分解液が燃料になる」

 レイは淡々と答えた後、言葉を区切るように続けた。

「スラムの配給食、あれも多分その延長だ。一日二回、決まった時間に出るだろ。あれは栄養補給と治験を兼ねてる。パッケージにもそれとなく書いてあるけど、誰も読まない。……読めなくても、味で察してる奴は多い」

「……チケン?」

 ダグの脳裏にヤツバヤシの顔が思い浮かんだ。

「生きてる間に投与して、死んだ後に結果を回収する。都市にとっちゃ、スラムの人間は実験素材だ」

 レイは無感情に言った。

 そこに怒りも絶望もなかった。

 ただ、知ってしまった者だけが持つ乾いた現実感があった。

 淡々と述べながら、レイの声はどこか遠かった。

 彼は既に、そうした現実に足を踏み込んでいた。

 レイは吐き捨てるように続けた。

「まあ、本当かどうかは知らん。そう聞いただけだ」

 二人は苦虫を嚙み潰した表情を浮かべる。

 (知りたくなかったぜ……)

「……で、それがハンターになるのと何の関係があるんだ」

「死体売却の報酬受取のために口座を作る必要があったんだ。そのためにハンターになった」

「……なるほどな」

 マルの視線に、わずかに興味が混じる。

 だがその興味は、すぐに薄れた。理解を拒むほど、気味の悪い話だった。

 

 

 防護服の調整を終えた三人は、スラムの外縁部へ向かう。

 そこはほとんど荒野に近く、モンスターが出ても不思議ではない場所だった。

「……待て」

 レイが足を止める。ダグとマルも無言で視線を向けた。

「……あれは」

 遠くに、異様な光景が広がっていた。瓦礫の影、崩れた建物の隙間――

 死体が、山ほど積み重なっている。

 

 マルが短く息を吐く。

「……なんだこれ」

 ダグが無造作に鉄片を蹴る。

「最近は全然なかったのに、急にこんなに?」

 レイは静かに視線を向ける。

 都市の回収業者の車両が近づいてきた。

 

 大型車両が静かに止まり、数人の作業員が降りる。

 彼らは手際よく装備を整え、死体の分類を始めた。

 白い防護服。無音の作業。

 首元のスキャナが死体に光を当てるたび、端末の画面に「有機」「機械」「不明」と文字が浮かんだ。

 半分ほどの死体には、金属片や人工骨の痕があった。

 

「……これが都市の回収業か。規模が違うな」

 レイは短く言った。

 ダグとマルは無言でその様子を見詰める。

 

「手際が良すぎる」

 マルが短く呟く。

「……スラムじゃ考えられねえな」

 ダグが皮肉めいた声で笑う。

 

 レイは黙ったまま、目を細めた。

 作業員の動きは人間というより機械のようだっただった。

 一体ずつ確認し、マーキング、回収。

 感情の欠片もない。

 生者を見ているのではなく、資源を見ている。

 

「……俺たちがやるのは、これの一部だ」

 レイが呟く。

 マルはわずかに目を細める。

「……これがシノギになるなら、悪くねえな」

 ダグは肩を竦めた。

「ま、やるしかねえか」

 

 だがレイだけは、ふと視線を止めた。

 積み上げられた死体の山の下――

 ひときわ黒い布に包まれた影がある。

 それは他の死体と違い、識別タグが焼き消されていた。

 

「……消されてる?」

 思わず呟いた声に、マルが顔を上げた。

「何が?」

「いや、なんでもない」

 レイは小さく首を振り、荷車に視線を戻した。

 触れた瞬間、どこかで高周波のノイズが短く走った気がした。

 だが、それが何の音かは分からなかった。

 

 三人は、作業員が残した装備で売れそうなものを片っ端から荷車に載せた。

 

 

 どこかの監視網の奥で、一つの通知が上がった。

 

 ――スラム居住者レイ、ハンターランク10。

 ――行動圏:クガマヤマ都市。

 ――武装なし、通信傍受データ多数。

 ――評価:潜在的有用対象。

 

 データを見下ろす無機質な視線。

 複数のウィンドウが重なり、レイの活動履歴が流れていく。

 表層ではない。もっと深い階層、旧世界の通信インフラに残された別の観測者の手によって。

 

『……反応あり。識別タグ──不明。スラム個体、活動継続中。観測、開始』

 

 端末のモニターが一瞬だけ明滅し、静かに沈黙した。

 

 

 部屋に戻ったレイは情報端末を開いた。画面の通知が一件、未読のまま光っている。

 

「回収の依頼」

 

 依頼元の詳細は記載されていない。ただ、こう書かれていた。

 

「ハンターオフィスを通さない依頼です。詳細はクガマヤマ都市の外縁部で伝えます。受諾する場合の場所と日時は――」

 

 レイは無言で文章を眺める。だが、すぐには理解できない。

 識字はまだ完璧ではない。

 画面を何度も確認しながら、単語を整理していく。

 (通さない――それはつまり、通常のルートではないということか?)

 

 意味は掴みきれない。だが、提示された報酬の額は大きい。

 

 レイは静かに息を吐いた。

 先ほど見た消された死体のタグの残像が、脳裏を掠める。

 

「……念のため、ダグとマルもハンターとして登録しておくか」

 

 それは単なる保険のつもりだった。

 しかし、その判断が――。

 

 

 

【本日の収支】

- **武器商に装備を売却** → **+30000オーラム**

- **徒党への上納** → **-15000オーラム**

- **分け前の分配** → **-10000オーラム**

- **徒党の個室使用料** → **-500オーラム**

 

【現在の貯蓄】

24150オーラム

「目標額の半分に近付いたが……」

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