「あー!」
「うん? どうかしたのかい? お姉ちゃんはずっとそばにいるよ?」
あれから数か月、私達がこの世に生を受けてから2カ月ほど経過した。
幸いなことに妹の成長は順調であり、最近は発声を試みるようになってくれた。タイミングは彼女の気分次第だが、こちらが声を返せばじっと見つめ返してくれるし、たまに笑みも浮かべてくれる。意味がある言葉を聞くにはまだまだ時間がかかりそうだが、小さいながらもしっかりとした声を聞かせてくれるのは姉として安堵しかない。
喜ばしいことがあるたびに、私達の母にも見てほしかったと強く思ってしまうが……。きっとどこか、死者の世界で眺めてくれているだろうと自身の感情に区切りをつけ、日々を送っている。
「それにしても……、やはり好きな時に発声できるのは良いものだ。」
妹が発声を取得したように、私自身も日々何かしらの成果を得ている。
現在も例の夫婦の家。母を殺した者たちが住む家屋に隠れ住んでいるのだが、そのせいで一切の音を出すことができなかった。無論粘体である自身にとって延々とじっとしているのは不可能ではないが、元の精神が人間のものということもあるのだろう。少し体を動かしたり、声を出したくなる時か何度かあった。
故に目指したのが、『体内での発声』。妹を包み込んでいる空間で口を開き、遮音された中で自由に声を出すことができる、というものだ。
「人であった頃の感覚で言うと、胃の中に声帯を生み出し声を出す、だろうか。少々手古摺ったが、おかげで君と話せるようになったのは喜ばしいことだ。」
「あ!」
私の身体は粘体であり、そのすべてを自由に動かすことが出来る。つまり妹を包み込んでいる空間以外にも新しく遮音されたスペースを生み出すことも可能なわけだ。考えを声に出してまとめる際にとても役立っている。
まだもう少し修練する必要がありそうだが、今後も続けて行けば触手の先端などからも発声できるようになるだろう。戦闘の最中に敵の背後、もしくは意識外から声をかけて気を逸らすと言ったことも可能になる。今後とも練度の向上に励んでいく予定だ。
「だが……。」
「あぅ。」
私の声に合わせて声を出す彼女の頬を撫でてやりながら、未だ私の体によって補完されている胸元へと視線を移す。今も問題なく妹の心臓を補助し続けてはいるのだが……。『治る』兆しが、一向に見えない。
妹が生れ落ちる前に受けた、胸の傷。剣によって心臓を貫き破壊したそれは、私の粘液の身体によって補い、本来通りの機能を果たしている。初期の想定であればゆっくりと時間をかけて再生していくのに合わせ、私が補完する部分を少しずつ減らしていくことで、元の姿を取り戻すことが出来ると考えていたのだが……。
(やはり、受けたダメージが大きすぎたのだろうか。)
少し手間をかけ視線を彼女の胸の奥に移し覗き込めば解るのだが、本来赤く鳴り響いているはずのそれは、8割ほど黒い物体。『私』によって補完されている。最初期は無理矢理生命維持を為すために不格好だったが、今では試行錯誤を重ね人の心臓と比べても遜色ない見た目と機能を誇っている。
だがやはり、『元に戻る』兆しは見えないのだ。むしろ私が彼女の成長に合わせ、心臓のサイズを少しずつ大きくしているほど。
人が手を失えば生えてこぬように、回復不能なまでに破壊された臓器も、元に戻ることはない。人体とは摩訶不思議で、無くなった臓器の為に他の臓器が役目を肩代わりする、と言った事例も聞いたことがないわけではないが……。彼女の心臓は、もうどうすることも出来ない程、壊されてしまっていたのかもしれない。
母を殺し、妹から心臓を奪い取った。
この村の住人たちへの殺意がより濃くなるが、今は蓋をするしかない。妹の生存を考えるのならば未だ母乳は必要で、それを安全に得るためには彼らを生かさなければならない。
我慢するしか、ないのだ。
「……あぁそうだ。今後のことも考えねばならないな。」
まだ妹の快復を諦めたわけではないが、もしものことは常に考えておくべきだろう。
そう、いかにして心臓の補助をし続けるか、だ。
この便利な粘体の身体のおかげで、おそらく私が消滅するその時までは役目を果たすことが出来ると思う。けれどそれは私と妹が一生繋がっているということを表している。私としては問題ないが、妹からすればたまったものではないだろう。何せプライベートが一切なくなることを意味するのだから。
無論、それ以外にも数多くの問題がある。すぐに思い浮かぶのは、見た目の話。彼女がどんな女性になるかは未知数だが……、胸に黒い粘体がくっついている女性となれば、やはり第一印象は悪くなる。見た目で私達を悪魔と断じ殺しに来た村人たちのことを考えると、良い人生を歩める可能性はかなり低くなってしまうはずだ。
「『負けて死ぬ』前提で話を進める愚か者はいない。ならば母の無念を晴らした後のこと、妹の未来を考えるべきだろう。」
妹は私と違い人間であり、そして人間は共同体を構築し助け合いながらその中で生きていく生物だ。例外はあるだろうが、全て一人で熟し生きていくにはかなりの困難が付きまとう。前世の様に何もかもが便利にななっている世の中ではないのだ。村の暮らしを見る限り、魔力と言う不思議な力があったとしても、地球における中世の暮らしとそう大差ない。何者かの助けは、必要になるだろう。
まぁ早い話、人として普通の暮らし。多くの人の中で幸せに生きてほしいわけだ。
無論、それを彼女が望まないのであれば押し付ける気はない。けれど最初から選択肢がないというのはいただけない。母に頼まれた私は、彼女の万難を排除する義務があるのだから。
「気の早い話かもしれないが……。思案し対策を立て備えを為す。私の補助なしに自由に生活できる方法を探した方がいいだろう。」
心臓の鼓動を補助する粘体は、私の身体と繋がっている。これを切り離しても稼働し続けることが可能になれば、全ての問題は解決する。
しかし……
これまで感じて来た、『出来る』という感触が一切ない。
既に何度か実験済みだが、再度体内に空間を生み出し、伸ばした触手の先端を切り離してみる。もし私から切り離された粘体が、その後も動き続けてくれるのならばこの話は終わりなのだが……。やはりどれだけ念じても、一切動かない。
つまり今、妹と私を切り離せば、彼女は死ぬ。
「死んでも切り離すつもりはないが……。もしかすれば鍛錬で何とかなる分野かもしれん。魔力という未だ道のエネルギーもあるのだ、破壊された心臓を再生させる手段もあるかもしれない。」
長期の案件、けれど確実に解決すべき案件として。常に心に留めておくことにしよう。
◇◆◇◆◇
「さて、深夜の労働といこうか。」
目標を追加してから数日後。
深夜、例の家屋から抜け出した私たちは、再度森の奥まで来ていた。何度か繰り返したおかげで慣れたけもの道を通り、到着したのはあの場所。目印にしようと考えていた空き地に陣取っている形になる。
(触手での移動、支えになるものに巻きつけ、全力でこの身を引っ張る。慣れて来たおかげか、かなり速度が出せるようになった。)
この粘体の身体は、速度に特化した肉体ではない。何せすべてが粘体なのだ、早く動いて何かから逃げるよりも、粘液や酸で絡めとり防御するという受動的な戦闘を元に進化してきた生き物なのだろう。そのせいであの村人たちから逃げる際は苦労したものだが……。
今の移動方法のおかげで、それも大分解決し始めている。確かに村人たちから逃げる際も使用していたが、何度も触手を使い熟練度を上げたせいか無駄が無くなりより速い速度で動けるようになってきたのだ。速度の向上は、行動範囲の拡大。あまり出歩けない上に時間制限のある私達からすれば、この成果は非常に大きいと言えるだろう。
「より自由に出入りできればよいのだがな。」
妹の食事を考えると、私達の存在が村にいると言うことは絶対にバレてはいけない。
ならば露見を避けるためにも行動は最低限にした方がいいのだが、魔力の補給を考えるとやはり外に出る必要が出てくる。妹にとっても、ずっと私の中にいるのはストレスが溜まる事だろう。故に定期的に闇夜に隠れながら抜け出し、日が昇る前には戻るというわけだ。
……まぁ、かなりキャンセルされることも多いのだが。
あの家屋の持ち主である家族は、妹と同じ年ごろの赤子がいる。夜泣きなどを起こしてしまい、親たちがあやす為に跳ね起きるというのがよくある。まぁそのおかげであの男と女の疲労が溜まり、気絶するように眠るため簡単に家屋から抜け出すことも出来るのだが、出発時や帰還時に夜泣きされるとかなり心臓に悪い。
「まぁ、私に心臓はないのだが。」
そんな冗談を口にしながら、『仕事』を始めていく。
深夜に外出するせいでこの時間帯に起きていることが多くなってしまった妹をあやしながら、自身の肉体である粘液から生み出すのは無数の触手。それを次々と地面へと突き刺す。
魔力補給を目的とした狩りも外出の理由の一つではあるが、今回の主目的は『新たな食料の確保』になる。現在妹の食事は、隠れ住んでいる家屋の女から採取している母乳と、狩りで手に入れた魔力によって構成されている。けれどいずれは乳離れしなければならないだろうし、魔力だけでは健康に害を及ぼすだろう。
事実、家屋にいるあの男女の子供。母乳のみで生活している赤子と比べて、妹の生育は悪いのだ。このまま食料確保を怠り魔力だけの食事になれば、確実に体調を崩すだろう。
「幸いなことに、肉に関してはこの森で狩りをすればある程度確保できる。けれど穀物や野菜の確保は困難、幾つか森の恵みを発見したが……。毒の判別が無理だ。」
私の身体は粘体で、人ではない。
今後妹の食事になるかもしれぬと、前回の外出時に軽く探索を行い、木の実やキノコなどの採取と毒見をしてみたのだが……。明らかに『毒持ち』な鈍色に光るキノコですら、私は吸収してしまった。おそらく、毒は私に効かないのだろう。良い発見ではあったのだが、主目的からは外れる結果になってしまった。
故に、思いついたのは『農業』である。
「今と同じように村で盗み続けるという案もあったが、限界がある上に露見する可能性が上がる。ならば全て自由に扱えるよう一から育てればいい。……農業は未経験だが。」
懐、正確には体内にて生成した収納空間から取り出すのは、村からくすねて来た植物の種たち。おそらく食料庫に類するであろう場所に侵入し、全種類一掴みほど貰って来たものになる。前世では窃盗に当たるが、あちらが先に殺害と傷害を起こしているのだ。むしろ全て押収してこなかったのを感謝して欲しい位だ。
そんなこれらを育て上げ、妹の食事とする。
時間は掛かるだろうし、失敗もするだろう。というか成功しないと考えた方がいい筈だ。しかし何もしないよりは各段に良い。ゆくゆくはこの手で妹の三食全てを賄えるようになりたいものだが……。まだ妹の食事が母乳と魔力で補えている内に、試行錯誤すべきだろう。
「あー。」
「うん? 気になるのかい? なら見えるようにしようか。」
声をあげた妹に応えるように、少し体を動かし彼女の身体を斜めにすることで、外の様子を視認できるようにしてやる。
これから行うのは、整地。地面を掘り耕すことで農地に適した土地の作成を目指していく。この場に農具などは一切ないが、幸いなことにこの身は粘体。触手を無数に伸ばし、無理矢理地面を掘り返すことが可能だ。
生み出した触手を次々と地面に突き刺していき、地中でその構成をスコップの様に作り替え、ひっくり返していく。もし石などの不要物を見つけたとしても、粘体で絡めとり消化してしまえば良い。
「……!」
「ん? どうしたのそんなに笑って。……あぁ、これが面白いのかい? ならもう少しやろうか。」
視線を妹の方に移してみれば、興味深そうに作業を眺めながら大きな笑みを浮かべている彼女。
ずっと私の中にいるのだ、こうも動きの多いものを見ることはそうない。しかも私の作業は、人や重機を使ったものよりも何倍も速い。前世で何かの作業動画や工場ラインの動画などが一定の需要があったように、何かが急速に形を成していくというのは、娯楽に成りうるのだろう。
ただまぁ、私からすれば単純で面白味もない。そんなものが娯楽になってしまうことを妹に対し申し訳なさを感じてしまう。……やはり子供の成長に玩具は必須だろう。初めて見る物体に興味を持ち、手を動かし、掴んだり口に入れたりする。
前世含めて子育ての経験などない上に、相談できる人間など一人もいないのだ。家屋で済むあの夫婦の子供という参考に出来る存在はいるが、それは『中世』の基準。進んだ未来の知識があるのだ、思いつく限りの手を尽くし、試行錯誤すべきだろう。
幸いなことに、この体に疲労はなく、延々と妹の世話を焼くことが出来る。以前も考えていたが、早急に獣の毛皮を採取し玩具を製作すべきだろう。やはり、最初はぬいぐるみだろうか。
「もしくは……、あの音が鳴って回るアレ。」
名前は……、あぁそうそう。ベットメリーだったか? 上に人形の付いた棒か何かをつらして回す玩具。あのような細かい機構を生み出すことは難しいかもしれないが、人形以外の部分は私の粘体が置き換えることが出来る。
「そうと決まれば話は早い。幸い今の作業も、後は種を植え水をやるだけだ。条件分けして幾つかの農地に分けたし……。どれか成功してくれるとありがたいな。」
見たことのない種もあったが、前世の記憶を参考に出来そうなものもあった。農業に関して今思いつくこと、出来ることは為したのだ。次の仕事に移ったとしても、問題はないだろう。
「また狼があちらからやって来てくれればいいのだが……。日が昇るまでは、探してみるとしようか。」
「あ!」
「そうだね、お散歩といこう。また体の中に入っていてもらえるかい?」