「お、俺は彼氏なんて認めんぞッ!!!」
怒り心頭でそう主張するウィンド。
どうやら、オレが介抱していたこの胡散臭そうなリードと言う男を連れ込んだ彼氏とでも思っているのだろうか。勘違い甚だしい事この上ない。オレを思春期の娘だとでも思っているのだろうか、流石にやれやれである。
いや、ね?
吸血鬼の娘とどこぞの馬の骨かも分らぬ人間が二人っきりでいることに対して怒るならばまだわかる。襲われたらどうするだとか、警戒心が足りんだとか、色々怒るべき点もあるだろう。オレだって流石にこれは不味い事だとは思っているさ。
襲われているところを助けるだけならばまだしも、料理まで振舞うのは完全に警戒心が足りていない。街に帰って、この場所を言いふらされでもしたら、完全に不味い事になる。ウィンドにも迷惑をかけるかもしれなかったのだ。
流石にこのリードと言う男がそんなことをするとは思えないんだが、それでも万が一の事を想定するべきだっただろう。
でも、それでも久々の人間でテンションが上がってしまっていたのだ。
この後の事を考えられていなかった。
正直、反省すべきだとは思っている。
だが、言わせてもらいたい。どういう思考回路をしていたらオレが彼氏を連れ込んでいるという発想になるのだろうか。全く、不思議である。
「いやはや、店主に言われた時は、面白半分に聞いていたが……まさか本当にこんなことが起ころうとは。現実に起こってしまうと、やはり許せんッ!!!」
一体全体、何を言っているのだろうか。
「いや、だから……オレは彼氏なんて連れ込んでいないって。それにずっと言ってるよ、彼氏は作らないって」
「そうですぜ、旦那はわっしが魔物に襲われているところを通りすがりに助けてくれた命の恩人ですぜ。流石に手は出しませんぞ、へっへっへ」
リードにはウィンドがオレの父だという事は説明していなかったが、なんとなく察してくれたのだろう。二人で猛烈に抗議する。
結局のところ、オレの心は男であり、彼氏なんて絶対に作る訳がないのだが……というかそのことを何十回もウィンドには説明しているハズなんだけど、本当に分かっているんだろうか。
とあぁ、そんな感じで必死に抗議する事、十数分。ウィンドはなかなかに頑固爺であるためかなり長い時間説明に費やすことになってしまった。
が、何とか最終的には「……ふん、彼氏ではない事は認めるが……娘に手を出してみろ、その舌を引き裂いてやる」みたいなものすごく怖いセリフをリードに吐き、無事に事態は収拾することとなる。
▽▲▽▲
「して、リード、といったかな?お前はどうしてこんな危険な森を一人で訪れた」
ごたごたが収まり、リードもすっかりオレが作った飯を食い終わったころ、ウィンドはそんな質問をリードに投げかけた。
「ん、それオレも気になるかも」
確かにかなり気になる。この森はかなり危険だ。この世界に数多くある森の中でも一際魔力濃度が高いため、森の中に淀んだ魔力が結晶化することでそれを核とし発生するという発生過程を持つ魔物という存在が、圧倒的に湧きやすい。
見たところリードは一人だったし、武器も持ち合わせていなかった。本来ならば自殺行為そのもの。だが、自殺しようという感じは見られない。なら、何らかの理由があってこの森に訪れていたのだろう。
とまぁ、そんなオレたちの疑問にリードは隠すことなく答えた。
「えーっとですね……実はわっしには母がいるんです。わっしが生まれたときから本当に可愛がってくれて、禿げた今でもそれはそれはもう可愛がってくれるんです」
「おお、禿げたリードでも可愛がってくれるだなんて、そりゃいい親だね」
「へへ、そうですぜ、父の方はわっしが若い時に死んでしまったんですが、何とか女手一つでわっしを育ててくれた本当にすごい人なんです」
「ほうほう」
へらへらと嬉しそうに語るリードの顔を見れば、なんとなくリードの母親がすごくいい人なのが良く分かった。
「──ですが」
と、その時顔が曇る。
「……最近になって母は病気になってしまったんです。肺炎系の病気で、毎日酷い咳をするようになったんです」
「そうか、それは気の毒だな」
「ええ、それは本当に苦しそうでして。流石のわっしでも見苦しくて見苦しくて……はやく治してやりたかったんです。ですが、肝心の薬と言うのが高くてですね、わっしみたいな貧乏人には手が届かなかったんです」
「……ああ、なるほど」
なんとなく全体像がつかめてきた。
こんな胡散臭そうな男でも、可愛がっている母親がいたのだが、最近になって病気にかかってしまった。だが、その病気を治すためには薬……すなわち魔力草が必要となったのだろう。しかし、それを買うには金が足りないと。
「薬が買えないから、この森に魔力草を採取しに来たわけか」
「ええ、そうですぜ。旦那が言った通りです」
「うーん、これまた随分と大バカ者だな。母親を助けるために自分の命を失う覚悟でこの森に入ったのか」
いやはや、本当に大バカ者だ。
母親を助けるために自分が死ぬリスクを背負ってこんな森に潜っていたのか。
まぁ、気持ちも分からないでもない。同じ状況になったとき、果たしてオレにはそんなことをする勇気があるのかなど分からないが、それでもわかってやれることは出来る。
胡散臭い風貌の男だとは思っていたが、なかなかに骨のあるやつだ。
……嫌いじゃないよ、そういうの。
出来れば助けてやりたいものだ。
だが、流石にそのまま「助けてやる」というのは何とも恥ずかしいので、頬図杖を付きながらそっけなくアプローチしてみる。
「……で、その魔力草ってのがどこにあるのか目星はついているのか?」
「いやー、それがですね、皆目見当も付かんのです」
「はぁ!?そんな準備でこんな森に潜ってたのか?まさかアホなのか?」
「へへへ、自分でもアホだとは思いますぞ」
「……はぁ、もう少し自分の命と言うのを大切にしろよな」
いやー、でもなー、こうなると問題なんだよな。
この森に棲んで8年くらい経つが、この森が結構広大なせいでオレですらどこに何があるのかなんてよく知らない。家付近の事はまだわかるが、魔力草など、ここから遠くに生えているであろう物のことなど、一ミリも分からないのだ。
うーむ、これはあの手に出るしかないか。
「はぁー、困った困った。この森の事はよく分からないんだよなー。できればリードの事は助けてあげたいんだけどなー。どっかに詳しい人がいればなー」
わざとらしい演技をしつつ、ウィンドの方をチラリと見やる。
「いやー、お父さんなら知ってると思うんだけどなー」
「お、俺か?いや、魔力草くらいならどこにあるか分かっているんだが……どうせネスレはそこに行くつもりだろ?」
「ギクリ」
「第一、そこはあの山を越えた向こうにある。かなりの距離があるから1日で行って帰ってなんてことが出来るもんじゃないぞ。そんなところにホイホイと娘を行かせるわけにはいかん」
……なるほど、ウィンドの言う事もごもっともである。
だがしかしだな……。
「リード、お前の母親は重症なんだろ?」
「ええ、はい」
「すぐに手を打たなきゃ死んでしまうかもしれない。なら、グダグダ言っていられる場合じゃないと思うんだ」
こちらもまた、正しい事。
放っておけばリードの母親は死んでしまうのだ。
そう、どちらが言う事も正しい。
なら、こうしよう。
解決案さえ提示すればいいのだ。
「一日で帰ってきたら問題ないでしょ?」
「ああ、それなら問題ないが……まさかアレを使うつもりなのか?」
「うん、あれこれ言っていられる場合じゃないからね」
「……まぁ、ならいいが」
よし、これで決まりだ。
後は準備するだけ。
だがしかし、とんとん拍子に進んでいく話にリードはついてこられなかったらしい。
「えっと、アレと言うのはなんですかな?」
「ああ、そういえばそうだったね。じゃあ、見せてあげる。ちょうどいいからついてきて」
そうして、リードの手を引きオレたちは外に出た。
▽▲▽▲
そういう訳で家から出てきたオレたちであったが、未だに状況が上手く読み込めていなかったリードは何度も何度も「アレとはなんですぜ」と言ってきた。
だがしかし、こういうのは言葉で伝えるよりも見せた方が早い。
リードとウィンドには距離を離すよう伝え、二人には離れてもらう。
そうして、二人と距離が取れたオレは、目を瞑った。
背中に集中。
本来人間にはない筋肉、骨、を動かす感覚。
普段は鳥がそうするように折りたたんでいるが、今は広げる時だ。
ゆっくりとそれを動かし、広げた。
オレの身長よりも長い、蝙蝠の翼が大きく広がった。
「なかなかグロテスクですな」
「おい、乙女に向かってグロテスクとは失礼な」
若干、ムッとしまう。
まぁでも、普通そんな反応をするよな。
だってこんなもの人間にはないんだからね。
ここは寛大な心で許すことにしよう。
「ほい、これでオッケー。あとは……血だけだね」
「血?」
「うん、血が必要なんだ」
さて、という訳でここいらでめんどくさい説明タイムの開始。
先ずオレは吸血鬼であり、そのため背中にはこのような蝙蝠の翼が生えている。当然飾り物ではなく、ちゃんと実用的に使える。そう、吸血鬼は空を飛ぶことが出来るのだ。それはまるで蝙蝠の様に。
だがしかし、空を飛ぶためには条件がある。
それは大量の人間の生血を必要とする事。
鳥と言う生き物は、軽やかに空を飛んでいるが、その代償に進化の過程で限界まで軽量化を行った。そのために様々な物を失った。そう、空を飛ぶにはそれ相応の代償が必要なのだ。
だが、吸血鬼と言うのは別だ。ベースが人間であり、そこに蝙蝠の翼が引っ付いただけ。空を飛ぶにはあまりにも歪な形をしてしまっている。
そんな生き物は本来空を飛べぬはずなのだが、流石は異世界とでもいうべきだろうか。こんな生き物でも頑張れば空を飛べてしまう。
人間の血というのには大量に魔力が含まれており、それを大量に消費することにより本来するべきである軽量化を省いて空を飛ぶことが出来てしまうのだ。
だがしかし、当然そのためには人間の生き血を大量に摂取することが必要なわけで……。
「──なので、リード君、君には頑張ってもらう」
「ええ!?」
長ったらしい説明を終えたオレは、リードにそう告げた。
「もちろん、あそこの山を越えてとなると相当な量の血が必要になってくる。おおよそ3回の吸血で足るってところだろう」
あ、ちなみにこれの燃費がどのくらい悪いかって説明すると、リードを助ける時に使った【紅霧】が、一度の吸血で得られる
そして、ここから山の向こうまで飛行するのに必要なBPは300くらい。
かなり燃費が悪い事は理解してもらえただろうか。
「あー、なるほど、わっしが頑張らなきゃいけないってことですね」
「ああ、そう言う事だ」
なかなかしんどそうな顔をするリード。
まぁ、母親を助けるためだ、そのくらいの犠牲は必要と言うもの。
という訳で、リード君には頑張ってもらうことになりました。
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