「・・・では、どうしても私の下に来るつもりはない、と?」
「はい、申し訳ありません」
「相応の謝礼は出す。それでもか?」
滞在している街の中では比較的大きな屋敷の中で。
私はその屋敷の主に向かって頭を下げていた。
相手は、街では有数の商人。
要件は、私にお抱え詩人になってもらえないか、というもの。
この手の勧誘は、この街に来てからすでに3回目だ。
そのすべてを、私は同じ理由で断っている。
「私は、自由な旅の詩人であることを信条にしておりますので。籠の中の小鳥になるつもりはないのです」
実際の理由は「ルミナス様以外に仕えるつもりが微塵もないから」だけど。
私の主はルミナス様ただ一人であり、鳥籠の中に入れられても構わないと思えるのもルミナス様だけだ。
とはいえ、素性を偽っている以上、むやみにルミナス様の名前を出すわけにはいかない。
そのため、代わりに旅人であることを前面に押し出すことにした。
優れた歌人や詩人は、同時に独特な感性を持っていることも珍しくない。
そして、その手のこだわりを崩された途端に零落するのもまた、珍しくないことだ。
「むぅ、そうか・・・ならば、仕方あるまい」
だからこそ、そのことを理解している人は無理強いせずに引き下がる。
「では、私はこれで失礼いたします」
もう一度頭を下げてから、私は使用人に案内されて屋敷を後にした。
宿の自室に戻ったところで、また一つ面倒な勧誘が終わったことに安堵の息を吐いた。
有名になれば、この手の問題が付き纏ってくるのは想定していたことだ。
でも、まぁ、それはそれとして。
正直に言えば、やっぱり煩わしいなぁ、とは思う。
今のところ、私に対してしつこく勧誘してきた人はいない。
だけど、これから先、間違いなく諦めの悪い人間が現れるだろう。
傍目には幼い少女にしか見えない私を見て、無理やり脅せば言うことを聞くだろうと勘違いする愚か者は、必ずどこかにいる。
叶うなら、この街にそういう人はいないと思いたいけど・・・あまり楽観してもいられない。
厄介なことに、一つ不安の種がある。
それが、この街の領主だ。
別に、目に余るほど横暴な振る舞いをしているわけではない。
だが、欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない、という噂があった。
同じものを狙っている商人に圧力をかけたとか、気に入った街娘を誘拐させて愛人にしたことがあるとか、それこそ競合相手を殺すことも厭わないとか、そういう感じの噂が流れている人だ。
噂に尾ひれは付き物だとは言うけれど、そういう噂が流れる程度にはアレな人であることに変わりはない。
一番なのはそもそも目をつけられないことだけど、それを期待しすぎるわけにもいかない。
「・・・まぁ、最悪の事態も想定しないと、か」
願わくば、この街の領主がそういう愚か者でないことを祈るばかりだ。
* * *
「ふむ、いくら金を積まれても靡かない、か」
街の中心部に位置する、他よりも一際大きい領主の屋敷。
そこでは、街の領主が使用人から報告を受けていた。
内容は、アリアに関するものだ。
視察のために街に下りた際、路上で歌を披露している姿を見たのがきっかけだった。
話を聞けば、最近になってこの街を訪れた旅の詩人だという。
パッと見は年端もいかぬ少女だが、その歌声は見た目に似つかわしくないほどよく通り、耳に残る。
あまねく人々の印象に残る詩人や歌人は、それだけで優秀であることの証左だ。
成人前にも見える若さでそれほどの歌を披露できるということは、軒並み外れた才覚をもつということ。
故に、領主がアリアを自分のモノにしようと考えるのも、不思議なことではなかった。
とはいえ、無名となるとどのような条件を要求してくるか分からない。
そのため、まずは泳がせて様子見することにした。
その結果、かなりの難物であることが判明した。
「求めるのは金ではなく立場、それも自由であることか」
束縛を嫌う類の人間はそれなりに見てきたが、収入が安定しているとは言い難い詩人でそれを言い出すのは珍しい。
芸術方面の人間は、大抵は安定した生活や活動の基盤を得るためにパトロンやスポンサーを欲しがるものだ。
それを断るとしたら、個人で全てを完結することができる超人か、常識では測れない感性を持った変人だ。
アリアの場合、おそらく前者寄りの後者。
自分で稼げるだけの力量があるから好きなようにやるし、こだわった通りにやらなければ気が済まない、最も厄介なタイプ。
しかも、よりによって縛られることを良しとしない放浪気質。
好きなときに歌を聞きたい貴族や商人にとって、最も相性が悪い相手だ。
普通に考えれば、手元に置くのは諦めるのが無難だが・・・
「だからと言って、捨て置くには惜しいな」
あれほどの歌声、根無し草の旅人のまま庶民に好きなように聞かせるのはもったいない。
あれは、もっと相応しい者に相応の対価を支払わせた上で聞かせるべきものだ。
つまらない我が儘で腐らせていいものではない。
自分であれば、あの者の価値を正しく示せる。
「あのアリアという者をここに連れてこい。手段は選ぶな」
「かしこまりました」
使用人に否と言える権利はない。
いたいけな少女を誘拐するというのは心が痛むが、目の前の主人に逆らえば自分や家族の身が危ない。
意に沿わない暮らしになってしまうだろうが、大人しくしていれば身の安全は保証してもらえるだろう。それくらいの情は持ち合わせている。
アリアへの同情を表に出さないようにしながら、使用人は領主の命令を遂行するために部屋を後にした。
使用人に命令を出してから時間が過ぎ、日も落ちて外出する人間も少なくなってきた頃。
未だに使用人が報告に現れないことに、領主は訝しみ始める。
自衛程度に魔法を使えると聞いてはいたが、それでも小柄な少女一人を攫うくらいは容易いはずだ。
今回のために、わざわざ汚れ仕事も引き受ける裏の冒険者も雇った。
ならば、そろそろ戻ってきてもおかしくないはずだが・・・。
疑念を抱きつつも書類を片付けるために視線を下に落とした次の瞬間、バァン!という乱暴な音とともに扉が開け放たれた。
突然のことに驚きながらも「何者だ!」と声を張り上げようと視線を上げ、だが目に入った姿を見て絶句してしまう。
「失礼します。乱暴ですみません、両手が塞がっていたもので。それにしても・・・まったく、面倒なことをしてくれましたね」
無遠慮に開かれた扉から現れたのは、両手にそれぞれ命令を下した使用人と今回のために雇った隠密専門の冒険者を引きずっているアリアだった。
* * *
あーあ、結局こうなっちゃった。
本当、こういう荒事とか面倒事は無いならそれに越したことはなかったんだけどなぁ・・・。
ちょっと人気のない道に誘われて、名前を伏せながら「とあるお方のお抱えになっていただきたい」って言われた時点で、まぁまぁ嫌な予感はしていた。
いや、普通に勧誘するだけだったらまだ大人しくしてたけどね?報酬ありきで歌を聞かせてほしいとかなら、むしろ大歓迎だったんだけどね?
さすがに最初から誘拐すること前提で動いてるのは見過ごせないのよ。
今まで勧誘してきた人たちだって、依頼で歌を披露してから話を持ち掛けてきたというのに。
「貴様、ただの詩人ではなかったのか?!」
「ただの旅の詩人ですよ。自衛手段をいくつか持ち合わせているだけで。あぁ、ついでに言うと助けを呼んでも無駄ですから」
私だって、これでも進化を果たしたネームドの端くれ。ユニークスキルを持ってない人間程度なら素手でボコせる。
隠密はなかなか悪くなかったけど、私の
まぁ、ルミナス様は簡単に私の探知を掻い潜ってイタズラしてくるけど。
何度背後から不意打ちで頬を弄られたことやら。
それはさておき、さっさとやるべきことを済ませよう。
「さて、このような手段を選んでしまったこと、本当に残念に思います」
「いいのか?私はこの街の領主だ。逆らえば・・・」
「私としても、出来ることならこの手は使いたくなかったのですが、仕方ありません」
本当は頼りたくない方法だけど、こういう状況なら割り切るしかない。
その方が、荒事にも面倒事にもならないから。
「Laaaaaa」
「いったい、なに、を・・・?」
私の歌声を聞くにつれて、段々と領主の目が虚ろになっていく。
進化によって性能が上がったとはいえ、さすがに洗脳だとか支配まではまだできないけれど、効果中であれば簡単な暗示をかけることくらいは容易い。
・・・ほんと、私個人としてはこの能力が嫌いだし、出来ることなら使いたくないけれど。
それでも、先に一線を越えようとしたのはこの領主だ。
こういう時くらいは自業自得ってことにしておこう。
「ダメですよ、私を無理やり自分の物にしようだなんて」
「あぁ・・・はい・・・申し訳、ありません・・・」
「これ以降、欲しいものを強引な手段で手に入れようとすることを禁じます。分かりましたか?」
「かしこまり、ました・・・」
「よろしい。では、今夜の出来事は忘れるように。ですが、私との約束はちゃんと守ってくださいね」
仕上げにパチンと指を鳴らせば、領主は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
これで今夜の出来事は忘れつつ、私の
ついでに、面倒だけど運んで椅子に座らせておこう。さすがに床に放置したら怪しまれる。
さて、用事は済んだし、さっさと帰ろう。
・・・あーいや、屋敷の人たちの魅了も解いておかないと。騒ぎを起こさないために、まとめて魅了して思考停止させたんだった。
他の人たちは・・・まぁ、今夜のことを忘れさせるだけでいいか。
「恨まれるようなことはしていませんが・・・まぁ、悪く思わないでください。ちょっとは職場環境が良くなると思うので、それでトントンということで」
やってることが大概極悪。
覚悟が決まっているというより、元から倫理観がゆるふわなタイプです。
自分の矜持の問題で魅了効果を使いたがらないだけで、必要に迫られれば迷わずに魅了しますし、魅了で記憶改ざんなどをしても「ごめんね~」で済ませて罪悪感を覚えたりしません。
ただし、あくまで魔物であることを早々と受け入れた結果であり、決して前世からやべー奴だったわけではありません・・・たぶん、きっと。