なんでそんな状態で仕事行ってたんですかね。
我ながら何故大人しく休まなかったのかと思いますが、「頭と体が動くなら行ける行ける、体温も38度越えてないし」という感じの勢いと根性でなんとかなってしまいました。
いやほんと、体調悪化したり周りに被害ばら撒く前に休むべきなんですけどね、こういうのって本来。
いやぁ~、やらかした、完っ全にやらかした。
油断してたというか、明らかに考えが甘かったというか。
まさか寝床に選んだ建物の住人が窓を思い切り開けるタイプの人間で、その音に驚いて頭を打った挙げ句、屋根から転がり落ちそうになったところを捕まってしまうとは。
ルミナス様が知ったら、どんな反応をすることやら。
たぶん、呆れるよりは心配してくれるだろうけど、それはそれとして爆笑もするかな。
さて、過去の反省も大事だけど、まずはこれからのことを考えよう。
「それでは、1か月経っても飼い主が現れなかった場合、所有権が移ることになります」
「分かりました。ほら、帰るぞ」
「は~い。じゃあね、小鳥さん」
私が入っている鳥籠にへばりついていた少女は、残念そうな声を出しながら父親に連れられて部屋を出ていった。
今いるのは、前にも来た衛兵の詰所だ。
まさか、こんな形で二度目のお世話になるとは。
今回は、遺失物扱いとして預けられることになっている。
幸か不幸か、この世界のペットは前世ほどガチガチに管理されているわけではない。
だから、登録されてない個体だからと言ってややこしい手続きやら罰則やらがあるわけではない。
そのせいで密猟とか密売の問題も絶えないわけだけど、それはそれ。
ひとまず、これから1ヶ月は待ちぼうけを食らうことが判明したところで、これからどうしたものか。
選択肢の一つとして、ここから脱走するのは全然有りだ。
私なら籠の中から留め金を外すことくらい容易いし、逃走経路もソナーで把握できる。
ただ、逃げた後が面倒になるのが目に見えてるんだよなぁ。
担当が職務怠慢で罰則を受けるのはどうでもいいんだけど、衛兵たちの中で私が貴族のペットの可能性が捨てられない以上、それなりの規模の捜索隊を出すかもしれない。
そうなると、小鳥形態を使った限界生活が出来なくなる。
最終手段すら奪われるというのは、できれば避けたい。
一番丸く治まるのは、あの少女の家族に引き取られてから脱走することなんだろうけど、そのために1ヶ月も待つっていうのはなぁ・・・さすがに長い。
せめて十分なお金があれば迷わず逃げるんだけどなぁ・・・本当、一時の貧乏でこんなことになってしまうとは。
とりあえず、しばらくは様子を見よう。
さすがの私も、今日明日で脱走できるとは思っていない。
せめて人がいないタイミングを把握しておかないと。
さて、諸々の自業自得から始まった脱出劇の幕開け、ってところかな。
* * *
まぁ、今までにない事態で気合いを入れていたとはいえ。
ぶっちゃけ、脱走するだけなら本当に問題はないんだよね。
ただ、後の事が面倒になりそうってたけで。
人員配置や建物の構造は3日でだいたい把握できた。抜け出そうと思えばいつでも抜け出せる。
問題なのは、どうすれば穏便に脱出できるか。
そのまま脱走するのはダメだ。まず間違いなく騒動になる。
穏便に済みそうなのは、替え玉を用意することか。
私の鳴き声はそんなに聞かせてないから、私の代わりにそれっぽい
ただ、付近に野生の
それが出来るかって言われたら・・・まぁ、机上の空論寄りの可能、としか。
他所から呼び寄せるのも論外。そもそも歌が届く範囲にいないからね。
最悪、見回りに来た衛兵を魅了する手もあるけど、バレた時の騒動はただ脱出した場合の比じゃない。それこそ討伐対象になってしまう可能性が高くなる。
このままだと、本当に速攻で脱出して速攻で替え玉を呼び寄せて速攻で戻りつつ鳥籠に替え玉を入れて速攻で再び脱出するという力業が一番現実的になりかねない。
今さらになって、私はこういう頭を使うことが苦手だということに気が付かされる。
別に自分の頭が特別悪いと思ったことはないし、なんならルミナス様との修行でそれなりに機転が利くようになったと思っていた。
実際は思い上がりもいいところだったね。磨きがかかったのは機転じゃなくてゴリ押しの方だったわけだ。
やっぱ、この辺は相手が魔物か人間かで変わってくるよね、そりゃあ。
いっそ、さっさと脱出してこの街から出るか・・・いや、それだと金不足の問題が持ち越しになるから、やっぱりなるべく穏便に脱出しよう。
ネックになるのは、やっぱり替え玉を確保するまでの時間。これさえ解決できればいいんだけど・・・
(・・・いや、何とかなるかも?)
いいアイデアを思い付いたかもしれない。
作戦の決行は今夜。
気分はさながら特殊部隊の隊員。
今後のためにも、絶対に成功させよう。
* * *
日が落ちてしばらく経ち、周囲がほぼほぼ闇に包まれた頃。
念入りに人がいないことを確認してから、私は歌を口ずさんだ。
「扉を開けてはなりません、私が機を織る時は」
まずはこの部屋に弱めの人払いの結界を展開しておく。
あまり効果が強いとバレてしまうかもしれないから、効果量はほどほどに。
これは保険で、本命は次だ。
「鏡に映る、あなたはだぁれ?お手手を合わせて尋ねてみましょう。水面に映る、あなたはだぁれ?お手手を伸ばして掴んでみましょう」
私が歌い終えると、隣に私そっくりの分身が現れた。
そう、私の魔法で身代わりを用意すればよかったのだ。
とはいえ、これはあくまで一時的なものであり、魔素も少ないから一晩で消えてしまう。
だけど、それだけ保ってくれれば、時間稼ぎとしては十分。
留め金は・・・うん、内側からでも簡単に外せる作りだ。
さっさと外して外に出たら、さっさと留め金をつけ直す。
窓は~・・・こっちも内側に留め金が付いてる。だけど、こっちも簡単な作りだからどうにでもなるか。
「救いを差し伸べるは池から垂れる蜘蛛の糸」
人間形態になってから水で細いワイヤーを生み出して、留め金に結ぶ。
簡単に千切れないのを確認してから、窓を開ける。
・・・ここは3階建てのうちの2階にあるから、そこそこ高い上に掴まれるものが少なくてちょっと怖い。
侵入防止のためか鉄格子がついてるけど、小鳥形態になれば無意味だ。
鉄格子の外に出てから再び人間形態に戻り、鉄格子にしがみついて窓を閉める。
その後は水ワイヤーを手繰り寄せて鍵を・・・いや、これ思った以上に難しいな。簡単な作りだからいけると思ったんだけど。
こうして、こう・・・あれ、違う?ならこうして・・・これも違う。
あーなんか面倒くさくなってきた。
こうなったら、もう直接水ワイヤーを操った方が早いな。最初からこうすれば良かった。
カチッと鍵がかかった音が聞こえたら、小鳥に変身して外壁の近くまで飛ぶ。
こっちの見回りは・・・いないね。ついでに言えば
この辺にはあまり生息してないのかな。できることなら、あまり動き回りたくはないんだけど・・・あっ、そう言えば。
「どうやって呼び寄せよう・・・?」
不用意に鳴いたらバレるじゃん。なんでそのことに気が付かなかったんだ私?
ま、まずい。作戦の根底が崩れそうになってる・・・!
いや待て、こういう時こそ落ち着け。
分身と替え玉を遠隔で入れ換えるために、パスは残してある。
魔力を供給できるほど強い繋がりではないけど、それを出来るように設定し直せばいい。
もう一度詰所に戻って、先ほど出た窓の鉄格子に降りる。
鍵をかけたから中には入れないけど、ここからでも設定の変更は出来るはず・・・!
分身の場所は・・・よし、捉えた!
「あなたは私、私はあなた。二人でお手手を繋ぎましょう」
これで、私から魔力を供給して維持できるようになった。
分身だとバレないかが心配だけど、まぁ、うん、大丈夫でしょ、たぶん。
あれから、1ヶ月近くが経過した。
結論から言うと、本当に大丈夫だった。
鳥籠にいるのが分身だとバレることもなく、替え玉を用意するまで騒ぎになることもなかった。
替え玉に関しては、冒険者組合の依頼で外に出たついでにこっそり確保して、夜中に再び部屋へと戻って魔法で入れ替えた。
替え玉の説得はだいぶ苦労したけど・・・まぁ、結果的に受け入れてもらえたのは幸いだった。
そして、元の飼い主なんて人物が現れるはずもなく、替え玉の
お店を経営しているということで様子を見てみたけど、ずいぶんと可愛がられていたようで何よりだった。
そして、私の方はと言うと・・・前半はマジで生活苦だった。
流れの旅人に割のいい仕事なんて流れてくるはずもなく、一週間くらい何とかその日を凌ぐ暮らしが続いた。
それでも何とか許可証の申請費用を確保してからは、何とか節約に節約を重ねて旅の資金を確保した。
本音としてはもうちょっと長居したかったんだけど、競合が多すぎて稼ぎが悪いから断念せざるを得なかった。
でもまぁ、それなりに認知はしてもらえたから、それで良しとしよう。
さて、成功も失敗も、様々な経験があった今回の滞在だったけれど。
でもまぁ、とりあえず、あれだ。
「あぁいうの向いてないね、私」
向き不向きの確認って重要だったね。
次からは捕まらないように気を付けよう。
アリアは基本的にライブ感で生きています。
なので、これからも大なり小なり似たような失敗を続けることになります。
そんなんで特殊部隊ごっことかもってのほかですね。