ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜   作:nemu1116

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膝蹴りは痛い。



ハジマリ

10年前――

 

風が、子どもたちの髪をかすかに揺らしていた。

ほんのり暖かいような、だけど芯にひやりと冷たいものが残る空気。

岩陰に、小さな影がふたつ寄り添っている。

女の子が、そっと男の子に顔を向けた。

頬はりんごのように赤く、白い息が小さく震えている。

だけど、その温度も色も、時間とともにぼやけてしまった。

ただーー少女が口にした最後の言葉だけは、今も彼の心に焼きついていた。

小さな両手で胸に鍵を抱きしめ、少女は震える声で、けれどしっかりと言った。

 

「あなたは『錠』を。

私は『鍵』を。

肌身離さず、ずっと大切に持っていよう。

……いつか私たちが大きくなって再会したら、

この『鍵』で、その中の物を取り出すからーー

そしたら、

……結婚しよう!」

 

子供たちの言葉には、照れも打算もなかった。

ただ、まっすぐな約束だけがそこにあった。

ふたりの影が重なり、風がそっと指先を撫でた。

どちらともなく、静かに微笑んだ。

 

10年後――

 

凡矢里高校、1年C組。

春の陽射しに、まだ新しい教室がきらめいていた。

 

黒板に書かれたクラス表、白く光る新しい机、もう初対面ではないがまだ少し緊張気味のクラスメイトたち。

そのすべてが、これから始まる新しい日々を、ただ静かに、期待して待っていた。

 

窓際の席に座る、ひとりの少女――小野寺小咲。

制服のスカートの裾を無意識に指先で整えながら、彼女は、今日はまだ誰も座っていない隣の席をそっと見た。

朝のホームルームまであと10分もない。

もう間も無くそこに座るであろう男の名前は、一条楽。

 

小咲(ほんとに……また同じクラスになれたんだ……)

 

心の奥で、そっと小さな拳を握る。

胸の高鳴りは止められない。

いつか勇気を出して告白したいけど、そんなことまだとてもできそうにない。

でもーー毎日顔を合わせるだけで、今日という日が宝物のように感じられた。

 

小咲(一条くん、そろそろかなぁ…? 今日はどんな話をしようかなぁ? わたしたち、同じクラスになれてよかったね〜とか? う〜ん、今更すぎる…? でも一条くんならきっと優しく、そうだねって返してくれそう。ふふふ…)

 

小咲は両手で頬杖をつきながらニヤついている。

そんな、柔らかな空気が漂う中――

ドンッ!!

教室のドアが鈍い音を立てて、乱暴に開いた。

 

楽「うおぉぉぉ……いてぇ……!」

 

髪はボサボサ、制服には草や土。

そして――鼻からは盛大な血。

 

あまりにも衝撃的な光景に、教室内が一斉にざわめいた。

小咲は、驚きに目を丸くして立ち上がる。

 

小咲「い、一条くん!? ど、どうしたのその顔!?」

 

楽は苦笑しながら、鼻を押さえて言った。

 

楽「だっ、大丈夫! 全然平気、全然……っ! や、やっぱりいてぇ……」

 

明らかに全然大丈夫じゃない。

心配でたまらなくなった小咲は、咄嗟に制服のポケットからハンカチを取り出した。

そして、迷いながらも、彼の前に膝をつく。

 

小咲「……動かないで。ほら、上向いて……押さえるね?」

 

白く細い指が、そっと楽の鼻に添えられる。

ハンカチ越しに伝わる小さな体温に、楽は一瞬だけ体を強張らせた。

 

楽「……あ、ありがと、小野寺」

 

小咲「いえいえ……って、本当にどうしたの、これ……?」

 

楽は鼻を押さえながら、照れたように目をそらす。

 

楽「いや、なんかさ……塀の下を歩いてたら、急に上から女が降ってきて……着地の時に俺に膝蹴りかましやがって……」

 

小咲「えええ……?! 上から降って来て? 膝蹴り? どういうことなの…?」

 

まさかの展開に、言葉を失う小咲。

 

そんな中ーーまたしても、ガラリ!と教室のドアが開かれた。

 

スラリと長い脚を伸ばし、金髪の少女が教室に入ってくる。

明るく、堂々とした足取り。

異国の風をまとったような、強いオーラ。

 

そして、無邪気な笑顔を浮かべて――

 

千棘「はじめまして! アメリカから転校してきた、桐崎千棘です!」

 

教室内が、一瞬で華やぐ。

 

男子1「うわっ……めっちゃ美人!」

男子2「ハーフかな?」

男子3「足ながっ……!」

 

そんな歓声に包まれる中、楽の顔だけが、固まっていた。

 

楽「……うそだろ……」

 

千棘「……は?」

 

次の瞬間――

 

二人の口から、ほぼ同時に怒声が上がった。

 

楽&千棘「……あーーー!!!!」

 

楽「てめぇぇぇ!! 朝の飛び膝蹴りゴリラ!!!」

 

千棘「なにその言い方!? アンタこそ、なんであんなところ歩いてんのよ!!」

 

怒鳴り合いながら、一気に空気が緊迫する。

楽と千棘の怒号が飛び交う中、教室中が騒然となる。

だけど、その空気とは裏腹に、小咲はひとり、静かに立ち尽くしていた。

 

小咲(……なに、これ……?)

 

隣で言い争うふたりを見つめる。

彼らは、たった今会ったばかりのはずだった。

ーーなのに。

まるで、何年も前から知り合いだったみたいに。

あるいは、長い間交わりあうことを避けてきたふたりが、運命に引き寄せられたみたいに。

そんな奇妙な既視感が、胸をかすめた。

小咲はぎゅっと、制服の胸元を握った。

自分でも気づかないうちに心の奥底で、静かに波が立ち始めていた。

 

楽「マジで鼻折れるかと思ったぞ!」

 

千棘「じゃあ折れとけばよかったのに!」

 

楽「はぁ?お前野蛮過ぎるだろ!」

 

周りのクラスメートたちは、ケラケラと笑っている。

教室の空気は、どこかほんわかと和んでいった。

でも、小咲だけはーー笑えなかった。

 

小咲(なんでだろう……? 何、この気持ち…)

 

自分でも説明できない感情。

それは、嫉妬でもなく、嫌悪でもない。

もっと、深くて、名前のないもの。

小咲は俯き、なんとなくそっと鞄に手を伸ばした。

その瞬間だった。

カバンの中――

どこからともなく、かすかな光が漏れる。

 

小咲「……え?」

 

驚きに目を見開き、そっと奥を覗き込む。

中にあったのは、細いチェーンに繋がれた、小さな、小さな鍵。

その鍵が、かすかに、しかし確かに淡い光を放っていた。

 

小咲「……光ってる……ように見える……」

 

手のひらに鍵を乗せ、まじまじと見つめる。

ふわりと教室の窓から、柔らかな春風が吹き込んだ。

 

小咲の髪が揺れ、制服のタイが少し浮かび上がる。

鍵は、微かな振動を伝えて、小咲の掌にぴたりと吸い付く。

まるで、何かをーー何か大切なことを、伝えようとしているかのように。

 

小咲(この鍵は……)

 

思い出す。10年前のあの日。

あの子と交わした、幼すぎるほど純粋な約束を。

『肌身離さず、大切に持っていよう』

『再会できたら、中のものを取り出すから――そしたら、結婚しよう』

 

だけど、10年経った今もペンダントの錠は開かないままだった。

しかし、小咲には小さな確信があった。

 

小咲(一条くんが大事にしているペンダント……あれが……きっと約束の……)

 

小咲は、そっと楽の横顔を見た。

騒ぐ千棘と言い合っている楽の表情。

昔の記憶と、目の前の彼が、どこかで重なる気がする。

 

小咲(わたしがそうであって欲しいから、思い込んでるだけ? ううん、ちがう。絶対にそうだよ――)

 

思いかけたその瞬間、楽が不意にこちらを向いた。

 

楽「ん? 小野寺、どうかした?」

 

ハッとして、小咲は慌てて鍵を鞄にしまいこむ。

 

小咲「う、ううん! どうもしないよ? うん、もう、本当に全然、どうもしないから!」

 

かすかに声が裏返った。

顔も、きっと真っ赤になっている。

 

楽「そ、そうか……」

 

楽は不思議そうに首をかしげたが、すぐにまた千棘との言い合いに戻っていった。

 

小咲は、膝の上にそっと手を置いたまま、こっそり深呼吸する。

――風が、また吹いた。

どこかで、何かが動き始める音がした。

 

小咲(鍵が光ったのは、きっと……偶然なんかじゃない)

 

胸の奥が、静かに高鳴る。

10年前の約束。

それが、今ーー静かに、再び呼びかけてきた気がした。

 

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小咲(もし、一条くんが約束の男の子なら、わたしは……)

 

止まっていた時間は動き出した。

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