ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
小野寺家・夜
静まり返った家の中。
二階の一室だけ、柔らかな灯りがぽうっと灯っていた。
ベッドに腰を下ろした小咲は、パジャマ姿で枕をぎゅっと押さえていた。
小咲「ふ、ふふふ/// だめ……ニヤけが止まらない……/// 多分、今のわたしの顔、そうとうヤバいww」
生地の上から感じる心臓の鼓動。
どくん、どくん、と、まだ落ち着かないリズムで打っている。
小咲(は〜……いまだに信じられないよぉ……。もう、嬉しすぎて、どうしたらいいの?! この気持ちのやり場! ねえ、どうしたら落ち着ける? 無理なのかな? 無理だよね? むしろ落ち着かなくていいよね?!)
目を閉じると自然と笑みがこぼれる。
頬がじんわり熱くなって、枕の端を指で無意識にきゅっと握った。
小咲(……わたし、今日……一条くんと……付き合えたんだ……)
胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
改めて口にすると、顔がぽっと熱くなって、小さな声で笑ってしまった。
小咲(本当に、夢みたい。こんな日がくるなんて……。まぁ、全く告白する予定の日ではなかったんだけどww)
嬉しくて、嬉しくて、どうしようもないくらい、胸がふくらんでいく。
小咲は一度ベッドから降り、ハンガーにかけられていた制服の胸ポケットから鍵を取り出すと、両手でそっと包み込んだ。
小咲(あの時……本当に、わたしを導いてくれたみたいだった。勇気をくれて、ありがとう)
目を閉じる。
彼の言葉。
彼の笑顔。
彼のぬくもり。
今日交わした全てが、まるで宝石のように瞼の裏に次々と蘇った。
小咲(……わたし、どうしようもなく、一条くんのことが好きなんだ……)
小さな声で、心の中で、そう呟いた。
ーーしかし。
ふいに、胸の奥にちくりと引っかかる“何か”がよぎった。
小咲(……あの時、鍵が見せた映像……)
あれは、間違いなく、
自分自身と、一条楽の姿だった。
天駒高原。
風が吹き抜ける、夕暮れの空。
ちょっぴり今より大人びた姿の自分が、彼に告白していた。
しかし、彼は言葉を返さず、ただ涙を流していた。
そして、小咲自身も、泣きながら立ち尽くしていた。
小咲(……あれは、何? どう見ても……『告白してフラれた図』だよね)
首を傾げながら、そっと鍵に指を滑らせた。
今日の告白は、確かに成功したはずだった。
あの映像とは全く違う世界線。
小咲(今は幸せいっぱいなはず……なのに)
胸の奥に、小さなトゲが刺さっていた。
あれは未来?
それとも、もしもの世界?
はっきりとは分からない。
けれど、あの光景が強く、鮮明に、脳裏に焼き付いて離れなかった。
小咲(……私は確かに、今日、告白した。そして、一条くんもちゃんと“好き”って言ってくれた。だから、あの映像とは違う結末にたどり着いた……)
小咲(そう思っていいんだよね……?)
自分に言い聞かせるように、何度も心の中で繰り返す。
信じたい。
信じなきゃいけない。
ぎゅっと、膝を抱え込むように座り直した。
小咲(でも――)
胸の奥に、また別の不安が浮かんだ。
――桐崎千棘。
今、彼の隣に“公式の彼女”として立っている存在。
偽物の彼女であり、演技であり、形だけの関係。
……頭では、理解している。
小咲(わたし……ちゃんと、本物の彼女になれた。今、一条くんの心の中にいるのは、わたし……なんだよね?)
いくら言い聞かせても、どうしても拭えない。
小咲(……でも、学校では、彼は桐崎さんの隣にいて。ふたりは、恋人みたいに笑ってて。一緒に登校して。クラスのみんなからお似合いって言われて――)
おそらく、その度に胸がぎゅうっと締め付けられる。
気軽に名前を呼びたくても、呼べない時もあるだろう。
手を伸ばしても、学校内で彼を掴むことは難しい状況も多いだろう。
そして、小咲たちの生活の大半が学校内で過ごすものという揺るぎようのない現実。
小咲「……わたし……我慢、できるよね……?」
ぽつりと小さく口にした言葉は、ほんの少し震えていた。
小咲は、指先で胸元の鍵をぎゅっと握った。
冷たいはずの金属が、手の中でじんわり温かくなっていく。
小咲(……一条くんには事情がある)
小咲(戦争を止めるための、大事な“フリ”なんだもん)
小咲(それが終わるまでは、我慢しなきゃ……)
小咲(邪魔しちゃ……だめだよね)
何度も、何度も、自分に言い聞かせる。
けれど、胸の中に広がるこの鈍い痛みと不安だけは、どうしても消せなかった。
目を伏せたまま、シーツをきゅっと握る。
小咲(……わたし、強くならなきゃ。だって……やっと、繋がれたんだもん)
小咲(……一条くんと、心が)
自分にそう言い聞かせながら、小さく、こくんと喉を鳴らした。
そのまま、ベッドに横たわる。
カーテンの隙間から差し込む月の光が、ふわりとシーツを照らす。
胸の中の鍵を、そっと抱きしめた。
今日のあの瞬間のぬくもりを、できるだけ長く、この手の中に留めていたくて。
目を閉じる。
彼が自分の名前を呼んでくれた声。
優しくて、あたたかくて、大切に名前を呼んでくれたあの声を、何度も思い出す。
頬がほんのりと熱を持つ。
ふわふわとした幸福感が、身体中を満たしていく。
閉じたまぶたの裏に、再びあの映像が、またふっと浮かび上がる。
天駒高原。
夕焼け。
吹き抜ける風。
そして――
涙を流す、自分と楽。
小咲はブンブンと首を横に振る。
小咲(だめだめだめ〜! 考えない!)
小咲(……きっと、大丈夫。今は、ちゃんと彼と繋がってる。今日、ちゃんと約束できたんだもん)
小咲は、ぎゅっと拳を握った。
小咲(わたし、負けない。たとえ、すれ違いそうになることがあっても、わたし、一条くんを信じる)
それでも、心のどこかでは、(もしまた、あの映像の場面が現実で訪れたら――)そんな不安を、完全には消せなかった。
小咲「……ううん。大丈夫。うん。絶対に大丈夫」
小さく、小さく、自分に言い聞かせるように呟く。
鍵を胸にぎゅっと抱きしめたまま、ゆっくりと毛布を引き寄せた。
瞼が、そっと閉じられる。
今日の一秒一秒が、宝物みたいに心の中にしまわれていく。
それはまだ、ほんの小さな一歩だったかもしれない。
だが、小咲にとっては、何にも代えがたい、かけがえのない一歩だった。
そして、彼女はまだ知らない。
これから待ち受ける、たくさんの笑顔と、たくさんの涙と、そして、この物語の結末を。