ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
湯気に包まれた女湯。
さっきまであんなに賑やかだったのが嘘のように、
今はもう、静けさだけが満ちていた。
お湯のはねる音すら、遠く感じる。
小咲はそっと湯船の端に座ったまま、辺りを見回した。
小咲(よかった……もう誰もいない……かな?)
胸に手を当てて、ほっと小さく息を吐く。
振り返ると、湯の中に逆さに浮かぶ桶、その中に顔を突っ込んだまま動かない一条楽の姿。
小咲「……一条くん、もう出てきて大丈夫そうだよ」
そっと声をかけるとーー
ぱしゃん!
桶が湯に浮かび、楽が水面から顔を出した。
楽「ぷはぁ……!! マジで……暑すぎて……死ぬ10秒前って感じだった……!」
ぐったりとした楽の顔は、真っ赤に火照っていて、髪の先からもぽたぽたと水滴が落ちている。
頬も耳も、まるで湯豆腐みたいにほんのり赤い。
だけど、その顔には、なぜか楽しそうな笑みが浮かんでいた。
小咲「ご、ごめんね……! わたしがなんとかするって言っておきながら、結局……何もできなくて……苦しかったよね……あの中……」
うつむきながら、小さな声で謝る小咲。
肩をぎゅっと縮こませて、申し訳なさそうに楽を見上げるその顔は、湯けむりの中でも分かるくらい、真剣だった。
楽はそんな小咲を見て、ふっと柔らかく笑った。
楽「……いやいやいや! 何言ってんだよ。最後まで守ってくれたじゃん。ありがとな、小野寺。小野寺が……彼女で、本当に良かったよ」
小咲「ん……ううん! 恥ずかしいからそんな褒めないで///」
ぱしゃっ。
小咲は少しだけ、お湯を弾かせるように身を起こして、ぷるぷると首を振った。
小咲「わたしこそ……! こんな形だけど……一条くんと一緒に温泉に入れて……嬉しかったし……///」
そう言った小咲の頬が、ぽわんと湯気と同じくらい柔らかく染まる。
湯の表面に、ふわふわと波紋が広がっていった。
楽「ああ、そうだよな……」
楽(……やべえ……話が入ってこないぐらいめちゃくちゃ可愛いぜ、小野寺……。てか、このアングルが結構ヤバい……)
静かなお湯の音。
温かい湯気。
2人きりの世界。
ふたりの間には、何も言葉を挟まなくても、自然に流れる空気があった。
楽は少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、ぽつりと続けた。
楽「でもさ、初めて“裸で会う”タイミングがこんな意味わからん展開って……なんとなく……俺たちらしくて、笑えない?ww」
小咲「あはは、それ、同じこと思ってたwww」
ぱしゃぱしゃとお湯を小さく弾きながら、小咲はクスクスと肩を震わせた。
小咲「でもね? 一条くんとなら……どんなトラブルでも、こうやって笑って解決できる気がするんだ。たとえこの先、何が起きようとも……さ」
その言葉には、まっすぐな想いが込められていた。
楽は、ぱちりと瞬きした。
楽「……ああ。俺も、そう思う」
ふっと、2人の視線が重なる。
楽「……でもさ、さすがに“オノデラー”は我慢できなかったわ。千棘、センスあり過ぎだろ、マジで……www」
小咲「……そ、そうだった……」
小咲の顔が一気に青ざめる。
小咲「あの……わたし……温泉の中で、おならしたことになってるんだった……」
楽「あぁぁぁぁぁ!! ……マジで……それは……申し訳ない……!!」
小咲「だ、大丈夫……大丈夫……うん……! だって、ふ、普通のことだよね? むしろ健康的っていうかさ?
いや、ほんとにしたわけじゃないけどね!?!? だって、“ぶ”って言われたら……おならしか思い浮かばないじゃん!? どう思う!? 一条くんはそういう時どうするの!?!?!?」
楽「お、おう……小野寺がすごく傷ついてるのは……わかった……。……反省します……はい……」
しーんとした湯けむりの中。
さっきまでの緊張も、恥ずかしさも、笑いに変わっていく。
湯けむりの向こう、ぼやけた景色の中でも、はっきりと分かる。
その瞳に浮かぶ、揺るぎない優しさと信頼。
楽(小野寺とならーーこの先、何があっても、大丈夫だ)
そんな確信めいたものが、言葉を交わさずとも、自然と楽の心に灯っていた。
小咲の表情も、少しずつ元通りになっていた。
楽「でも、……なんだかんだで、最高の思い出になったな」
小咲「うん……! 忘れられない温泉になったね……!」
――笑って、照れて、想いが深まる。
これがきっと、2人だけの恋のかたちなのだろう。