ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
朝の旅館。
カーテン越しに差し込む太陽光が、柔らかに床を照らしていた。
食堂の扉を開けると、バターの甘い香りと、香ばしい魚の匂いがふわりと広がる。
焼きたてのクロワッサン、ジュワッと湯気の立つ味噌汁、ふわふわのスクランブルエッグ。
長いバイキングテーブルには、朝の幸せがこれでもかと並んでいた。
生徒たちは、まだ眠たげな目をこすりながらも、嬉しそうにお皿にパンを乗せたり、トングでベーコンを摘んだり。
そこに、トレイ片手にぼんやりと立つ一条楽の姿があった。
楽(……昨日は、いろいろあったな)
楽(温泉事件に……アイスの時間に……)
楽(小野寺の本音も、ちゃんと聞けたし)
楽(……もっとちゃんと、彼女として大切にしてやらなきゃな……。っていうか、弥柳って誰だよ、マジで……)
真面目な顔でパンを取ろうとしたそのとき――
千棘「おっはよ〜ダーリン」
楽「うぉっ!? って、お前かよ……!」
振り返れば、ニカッと笑う桐崎千棘。
手には、ありえない量の料理を乗せたトレイ。
白米が山のように盛られ、その横にソーセージ10本、ベーコン、スクランブルエッグ、フレンチトースト、ヨーグルト、サラダ、そしてメロン2切れ。
楽「……なぁ、千棘。お前、フードファイターなの?ww」
千棘「何言ってんのww これしかなかったから我慢したの!」
千棘はため息をついたあと、堂々と言い放つ。
千棘「早く取らないと、アンタの分もなくなるわよ?」
楽(……いや、なくなるとしたら、“お前が全部取ったから”だろ……)
苦笑いしながら、なんとか残り物でトレイを埋める楽。
そしてようやく、空席に腰をかける。
小咲「おはよう~///」
ほんのり眠そうな目を擦り、ラフなTシャツに身を包んだ小咲が、両手でトレイを抱えてやってきた。
楽「あ、小野寺…… おはよう!」
小咲「……隣、いいかなぁ?」
楽「ああ、いいよ。ってか、むしろ座って? 俺のためにww」
小咲「ふふっww ……ありがとう/// おじゃまします」
そっと腰を下ろす小咲の髪から、ふわっと優しい匂いが香った。
楽(やべぇ……この雰囲気、めっちゃ良い……)
自然と笑みがこぼれる。
しばらく他愛もない話を続けながら朝食をとっていたが、楽が切り出した。
楽「でさ、小野寺……昨日の話なんだけど」
小咲「あ、うん。わたしのわがままの話?」
楽「いやわがままだとは思ってないけどね! まあ、なんていうの? ……さすがに、このままだと小野寺が不憫過ぎるっつーか……彼女なのに、彼女じゃないフリをさせるっていう、千棘と真逆の動きになっちゃうからさ……。このままじゃ、絶対ダメなのは俺でもわかる。かと言って今すぐにどうこうできる案があるわけでもないんだけど……」
小咲「……そっか、そんなに考えてくれたんだね。ありがとう……」
楽「当然だよ。小野寺は、俺の彼女なんだ。本当は学校でも堂々と隣を歩きたいし、手も繋ぎたいし……。だから、少し時間をくれ。ちゃんと、向き合うから」
小咲「……うん。わかった」
ふるふると、小さく頷く小咲。
小咲「……すごく嬉しいよ。昨日から、変なこと言っちゃったかな? って、ちょっと不安で。でも……一条くんがこうやって、向き合おうって言ってくれただけで、わたし……すごく安心できたんだ。ふふ……我ながら単純で嫌になっちゃうww」
声が震えそうになるのを必死にこらえながら、小咲は手のひらを膝の上できゅっと握った。
楽(うわぁぁ、なんつー可愛すぎる笑顔……)
ぽつりと小さく笑ったあと、ふいに小咲はお茶を手に取る。
小咲「……なんか、真剣に話したら喉かわいちゃった。あはは……」
楽「だよな、結構しゃべったし」
小咲「そうだね。でも、勇気出して言ってよかったなって思ったよ。一条くん、聞いてくれてありがとう」
楽はふっと軽く笑いながら、冗談めかして言う。
楽「聞くのは当たり前だろ? だって彼女なんだし。ゆくゆくは結婚するわけだし……」
小咲「ぶふーーっ?!wwww」
小咲、壮大にお茶を吹き出す。
楽「うわっ、大丈夫か!?!?」
小咲「へ、へーきっ! ちょっと、びっくりしちゃっただけで……!!/////」
小咲(急に結婚とかいうからほんとにビックリした…。そっかぁ……うん。でも、そうだよね…だって…ちゃんと子供のころ、約束したもんね…。鍵を開けたら結婚しようって。ん…? 待って? そしたら私、一条小咲になるの? 一条くんから、小咲って呼ばれるのかな? 私は…楽くん? いや、名前は恥ずかしいからあなた…とかかな? え? あなた呼びってむしろ逆に恥ずかしくない? これ。 ねえ、みんなこんな恥ずかしいこと経験して大人になっていくの? 凄すぎない?! 私、ちゃんとお嫁さんになれるのかな?
楽「小咲、今日は早く帰れそうだ。久しぶりに外食がてらドライブでもするか」
小咲「ふふ、わかった。帰るの待ってるわね、あなた」
楽「ああ、愛してるよ、小咲」
小咲「わたしも愛してるわ、あなた」
…………きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ//////
も、もう、考えただけで頭が沸騰しそうなんだけどぉぉ//////)
ひとりで勝手にテンパり、顔を真っ赤にした小咲が、慌ててサラダを食べようとするがーー
楽「……小野寺?」
楽は静かに指を指した。
楽「フォーク、刺す方と持つ方、逆になってるぞ?」
小咲「…………っっっ!!!!」
無意識に握られていたフォーク。
その持ち手を、完全に間違えて握っていた。
小咲「わ、わ、わわわ……!! な、なんでもないですっっ!! 見なかったことにしてくださぁぁぁい!!!」
楽は、思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
楽「……うん、見なかったww 何も見てないww」
小咲「~~~~っっ///」
顔を真っ赤にしながら、フォークを正しく持ち直して、サラダを一口、もぐもぐと頬張る小咲。
楽「おいおいそんな慌てて食べなくてもww」
小咲「けほっ、けほ……なんだか、お腹いっぱいになっちゃったかも!! もう、わたしの分のご飯全部、一条くんにあげる! ほら! さあさあ、たくさん食べて?!」
ごまかすように自らのパンやらサラダの乗った皿を楽の前に寄せる小咲。
楽「え、ええ〜なんだそれww いいけどww(ヤバい…小野寺の食べかけご飯……これプレミアものだろ///)」
その姿があまりにも可愛らしくて、楽はふと、こう思った。
楽(……やっぱ、小野寺と一緒にいると、何もなくても幸せだわ……)
心の奥から、じわりと満たされていく感覚。
騒がしい朝の食堂。
だけど、ふたりだけの世界は、静かに、優しく広がっていた。