ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜   作:nemu1116

2 / 99

【挿絵表示】

実際なかなか見つからないと思う。


タンサク

凡矢里高校・放課後

 

山の端に、オレンジ色の陽がゆっくりと沈んでいく。

空はまだ柔らかく明るいけれど、地面を這う空気には、かすかな冷たさが混ざっていた。

塀のすぐ下の草むら――

そこに、ひざまずいて草をかき分ける二つの影がある。

 

楽「くそっ……どこだよ……」

 

千棘「ったく……マジでどこに落としたってのよ」

 

ため息交じりに言うのは、転校早々、飛び膝蹴りをかました張本人ーー桐崎千棘。

楽はうんざりした顔で、無造作に草を払った。

 

楽「俺だってわかんねぇよ……あんとき、思いっきり吹っ飛ばされてたから……。ってか、お前のせいだからな?」

 

思い出すだけで腹が立つ。

塀を越えて飛び降りた千棘の膝が、何の前触れもなく、楽の鼻に直撃した。

 

その衝撃で、首にかけていたはずのペンダントが吹っ飛んだ。

――ペンダント。

10年前の、大切な約束が詰まった“錠”。

楽にとって、それは単なるアクセサリーなんかじゃない。

思い出の、証だった。

だがーー

 

千棘「つーかさ、それそんな大事なもんなの?」

 

楽「……ああ。すげー大事なんだよ」

 

千棘は眉をひそめて、じろりと楽を見た。

 

千棘「ふ〜〜ん……ったく、女の子か何かに貰ったの?」

 

楽は少し顔をしかめ、短く答えた。

 

楽「……まぁ、昔な。子供の頃」

 

千棘はその言葉を聞いた途端、どこか皮肉げに、口元を引きつらせた。

 

千棘「はぁ……そう」

 

ため息ひとつ。

そして、無言のまま草をかき分ける。

しかし、やがて――

唐突に苛立ち混じりの声が、静寂を破った。

 

千棘「……ねぇ、いつまでやんの? これ」

 

楽「は?」

 

顔を上げると、千棘は腰に手を当ててこちらを見下ろしていた。

 

千棘「だって、これだけ探してるのに全然見つからないじゃん。いつまで探すわけ? どうせその女の子だって、もう覚えてないって」

 

楽「……っ!」

 

言葉が、ぐさりと刺さる。

 

千棘は構わず、さらに続けた。

 

千棘「つーか、そういうペンダントとかさ、男のくせに未練がましいしくない? どうせ相手の女の子だって、そんなペンダントの存在なんてとっくに忘れてんのに、大事にしても意味ないじゃん」

 

ザクッ。

楽の中に積もっていた感情が、その一言で音を立てて崩れた。

 

楽「……うるせぇよ!!」

 

千棘「……っ?!」

 

千棘が目を瞬かせる間もなく、楽は怒鳴り返した。

 

楽「だったらもう探さなくていい!!うっとうしいんだよ!!なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ!!もうどっか行けよ!!」

 

声が、空に跳ね返った。

一瞬、風が止まったような錯覚。

千棘は、ぴたりと動きを止めた。

目を伏せ、唇をかすかに噛み――

なにも言わずに、すっと立ち上がる。

 

千棘「ええ、そうするわ」

 

千棘は振り返ることもなく、草むらを離れていった。

彼女の背中は、夕陽に長く影を落とし、ほんの少しだけ寂しそうに揺れて見えた。

楽は拳を握りしめたままうつむき、何も言えずにいた。

 

楽「マジでうっぜえ……あいつ」

 

楽が拳を握ったまま、うつむいていると、サワリ、と草を踏む音が、そっと近づいてきた。

顔を上げると、そこにいたのは。

 

小咲「……一条くん」

 

――小野寺小咲だった。

息を弾ませながら、制服の裾をきゅっと整える。

そして、にこりと、ほんの少し心配そうに、でも、誰よりも優しい微笑みを浮かべていた。

春風に、艶やかな栗色の髪がふわりと舞う。

夕陽に照らされたその姿は、どこか儚く、そして、どこまでも可憐だった。

 

楽「……お、小野寺? どうしてこんなとこに?」

 

驚いた楽の前で、小咲はちょこんと膝をつく。

地面に擦れないようにスカートを気にかけながら、丁寧な動きで、そっと隣に座った。

 

小咲「さっき、2階の廊下を通った時に、たまたま見えてさ。わたしも……探すの、手伝うよ」

 

小さな声。

けれど、しっかりとした決意が、その中には宿っていた。

 

楽「え、でも……悪いし……」

 

戸惑う楽に、小咲はふと笑う。

 

小咲「いいのいいの。大切なもの、なんだよね? そのペンダント」

 

真っ直ぐな瞳が、楽の心を撃ち抜く。

風がまた吹いた。

草たちがざわめき、空の色が少しずつ夕暮れに染まっていく。

ふたりだけを包む、静かな時間。

楽は、不器用に――けれど確かに、うなずいた。

 

楽「……そっか。じゃあ…頼むわ」

 

小咲の頬が、ほっとしたように緩んだ。

そして、小さな両手でスカートの膝を押さえながら、

「よいしょ」と可愛らしく呟き、しゃがみ込む。

 

小咲「……2人で、絶対に見つけよう?」

 

その声は、まるで魔法みたいに暖かかった。

楽の胸の中に、冷たく沈んでいた何かが、ほんの少し溶けた気がした。

 

小咲は、じっと草むらを見つめた。

その瞳は、真剣で、けれど、どこかあたたかい光を湛えていた。

楽はそんな彼女に、どこか戸惑いながらも見入ってしまう。

風がまた、静かに吹き抜けた。

 

楽「でもさ……」

 

不安げに、楽はぽつりと呟いた。

 

楽「こんだけ探しても出てこないし、草むらも広いし……もしかしたら、もう、なくなってるかも……」

 

その時だった。

小咲の表情が、ふっと変わった。

まるで、遠くの星を指し示すみたいに――静かに、ある一点を見つめた。

 

小咲「……あそこ」

 

細い指でそっと指さし、ためらうことなく、草むらの奥へと歩き出す。

楽は思わず後を追う。

小咲は草をかき分け、しゃがみこみ、そっと手を伸ばすと――

 

【挿絵表示】

 

カチャリ。

 

小さな、小さな音。

だけど、ふたりには――

それが世界で一番、大きな音に聞こえた。

 

小咲「……あった!」

 

【挿絵表示】

 

静かに、そう告げた。

彼女の両手には、金色に輝くペンダントが、大事そうに抱かれていた。

 

楽「え?! マジであったの?」

夕陽の光が、チェーンにきらきらと反射して、まるで祝福するかのように輝いている。

小咲は、それを両手で包みこむようにして持ち、そっと、楽に差し出した。

 

小咲「……おかえり、だね」

 

小さな声。

でも、それは楽の胸に、真っ直ぐ届いた。

 

楽「うぉぉ……マジか……見つかった……! サンキュー小野寺!!」

 

手のひらでペンダントを受け取った瞬間、楽は思わずそれを胸にぎゅっと抱きしめた。

嬉しさ、安堵、いろんなものが込み上げてきてーーけれど、どこか、顔は曇っていた。

 

楽「……あのゴリラ女の言ってたことも、正直、もっともなんだよな」

 

小咲「……え?」

 

楽は、うつむいたまま続けた。

 

楽「相手が誰かもわかんねぇ。そもそも約束だって、記憶が曖昧な子供の頃のものだし……今さら思い出すことでもねーのかなって。……いい加減、忘れた方が楽かもしんねーし」

 

夕陽が、静かに傾いていく。

小咲の顔が、ほんの少しだけ曇った。

だが、すぐに小さく、首を振った。

 

小咲「そんなこと……ないよ」

 

楽「……え?」

 

小咲は、真っ直ぐに言葉を紡いだ。

 

小咲「一条くんは、誰かと約束したんでしょ?

たとえそれが昔のことでも、その人にとっては、きっとすごく大事な約束だと思う」

 

声はかすかに震えている。

でも、その瞳は揺れていなかった。

 

小咲「一条くんが覚えてるみたいに、きっと、その人も、覚えてるよ。……忘れてなんかいない。そんなの……悲しすぎるもん」

 

その言葉は――まるで、10年前のあの日の風景を、再び呼び起こすようだった。

 

楽は、何も言えずに、小咲を見つめた。

小咲は、胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、それでも優しく、ふわりと笑った。

 

小咲「……だから、信じてあげて。その人も、一条くんと同じくらい、きっと、大事に思ってる」

 

風が、ふたりの間をそっと吹き抜けた。

 

小咲の髪が、ふわりと舞い上がる。

胸の中に、あたたかいものが、確かに芽生えた。

楽はもう一度、しっかりとペンダントを握りしめ直した。

 

楽「……ありがとな、小野寺」

 

その言葉に、小咲は嬉しそうに微笑んだ。

夕陽は、そっと二人を包み込みながら、今日という一日を優しく締めくくろうとしていた。

遠くで部活の掛け声が微かに響いていた。

 

楽「っていうかさ」

 

草を撫でながら、楽は照れ笑いを浮かべる。

 

楽「いくら探しても見つからなかったのにさ……小野寺が来たら一瞬で見つかっただろ?

なんか、まるでこのペンダント、小野寺に見つけられるの待ってたみたいじゃない? なーんて、ははっ」

 

小咲「……!」

 

小咲の心臓が、びくんと跳ねた。

 

小咲(ま、待って、確かにそうだけど……今それをこの雰囲気の中言うのって……ズルすぎない……!?)

 

顔が熱くなるのを必死に堪えながら、そっと制服のポケットの中にある鍵を握りしめる。

手の中にある小さな鍵が、わずかに暖かく、またほんのりと光っている気がした。

 

小咲(ま、まさか……この鍵がペンダントの場所を教えてくれた……? いやいやいや! ないないない! そんなファンタジーみたいな話、あるわけないよね!! 落ち着いて〜わたし!!)

 

右手で頬を押さえた小咲の仕草が、また無自覚に可愛い。

 

楽(やべぇ……今の小野寺、反則級に可愛い……)

 

楽「お、小野寺? 大丈夫か?」

 

小咲「あっ、え、はっ! えーと、わ、わたしも……」

 

慌てた小咲が、必死に言葉を探して――

 

小咲「その、はやく見つかるといいなーって、ずっと思ってたから! うん! だからその思いが、通じたのかなーって! あははぁ……」

 

無理に明るく笑うその仕草すら、どこまでもいじらしい。

楽は思わず、にやりと笑った。

 

楽「小野寺ってさ、ほんと優しいよなぁ」

 

小咲「えっ……そうかなぁ? 普通だよ、ふつー!」

 

楽は、少しだけ目を細めて、静かに続けた。

 

楽「ううん、優しいよ。……約束の子が、小野寺みたいな子だったら、よかったのにな」

 

小咲「……っ!?」

 

心臓が、跳ねた。あまりにも突然で。息をするのも忘れるくらい。

小咲は顔を真っ赤にして、うつむいた。楽も、気づいてすぐ慌てふためく。

 

楽「あっ! いや、その……! べ、別に、変な意味とかじゃなくてさ!? そのー、なんていうか、優しい方がいいじゃん? 優しくないよりは……! そりゃね!?」

 

顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに言い訳する楽。

それを見た小咲は、唇を噛みながら、嬉しそうにそっと目を伏せた。

 

小咲(……嬉しいよ、一条くん)

 

小咲の笑顔に、楽も少しだけ照れ笑いを浮かべた、その時――

 

ブルルルルッ。

 

楽のポケットの中で、スマホが震えた。

 

楽「ん……? 親父から?」

 

楽は眉をひそめながら、通話ボタンを押す。

電話越しに聞こえてきたのは、落ち着いた、けれど妙に冷たい父の声だった。

 

父『楽。すぐに帰ってこい。話がある』

 

楽「え?」

 

不穏な気配に、思わず顔をしかめる。

 

楽「……わかった」

 

電話を切った楽は、小咲に振り向き、少し申し訳なさそうに頭をかいた。

 

楽「ごめん、小野寺。俺、そろそろ行かないと」

 

小咲「う、うん……!」

 

寂しそうに、それでも笑顔で答える小咲。

楽は、小咲に背を向ける前に、もう一度ペンダントを胸元で握りしめた。

そして――そっと、心の中で呟いた。

 

楽(……また、小野寺とちゃんと話せたらいいな)

 

ふたりを包んだやわらかな時間は、そっと静かに終わりを告げた。

 

一条家・居間

 

楽は、ソファに腰を下ろしていた。

目の前には父親。

その手元には、湯気を立てるお茶の湯呑み。

だけど、空気は、妙に重苦しかった。

 

父「……楽。お前には今まで話していなかったが――」

 

楽はごくりと喉を鳴らす。

 

父「うちの組と、あるマフィアとの関係が、最近少し不穏だ」

 

楽「……え」

 

父は、静かに続けた。

 

父「戦争に発展する可能性も、ゼロではない。

だが、それを避けるための手段が、ひとつだけある」

 

楽「……っ」

 

楽は、無意識にペンダントを握りしめた。

父の言葉が、重く、無慈悲に降り注ぐ。

 

父「相手のボスとは、古い付き合いがある。

ちょうど、あちらにも年頃の娘がいてな――」

 

一拍、間が空いた。

 

父「お前とその娘が、“仮の恋人関係”を結べば、

両家の手打ちを演出できる」

 

……。

 

楽「――はぁあっ!?」

 

思わず、声を荒げた。

楽の脳裏には、さっきまでの光景が鮮明に浮かんでいた。

夕暮れの草むら。ペンダントを拾い上げた小咲の笑顔。耳に残る、優しい声。

 

楽「……俺、断るからな」

 

父は楽の言葉を受けても、表情を変えなかった。

 

父「……無理だ」

 

楽「無理って、なんだよ……!」

 

父「相手は、もうすぐそこまで来ている」

 

その瞬間ーー部屋の奥、静かに閉ざされていたふすまがスッと開いた。

楽は振り返った。

そこに立っていたのは――

 

金髪ロング。

制服ではない、スーツ姿の大人たちに囲まれた、少女。

 

こちらを、見るからに不機嫌そうな顔で睨みつけている。

 

千棘「……ちょ、なにこれ? は???」

 

楽「……は? ……いやいやいや、はぁぁぁぁっ!?」

 

ふたりの叫び声が、居間に響いた。

 

楽&千棘「なんでお前なんだよ!!!!」

 

運命の悪戯は、あまりにも容赦なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。