ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
凡矢里高校・放課後
山の端に、オレンジ色の陽がゆっくりと沈んでいく。
空はまだ柔らかく明るいけれど、地面を這う空気には、かすかな冷たさが混ざっていた。
塀のすぐ下の草むら――
そこに、ひざまずいて草をかき分ける二つの影がある。
楽「くそっ……どこだよ……」
千棘「ったく……マジでどこに落としたってのよ」
ため息交じりに言うのは、転校早々、飛び膝蹴りをかました張本人ーー桐崎千棘。
楽はうんざりした顔で、無造作に草を払った。
楽「俺だってわかんねぇよ……あんとき、思いっきり吹っ飛ばされてたから……。ってか、お前のせいだからな?」
思い出すだけで腹が立つ。
塀を越えて飛び降りた千棘の膝が、何の前触れもなく、楽の鼻に直撃した。
その衝撃で、首にかけていたはずのペンダントが吹っ飛んだ。
――ペンダント。
10年前の、大切な約束が詰まった“錠”。
楽にとって、それは単なるアクセサリーなんかじゃない。
思い出の、証だった。
だがーー
千棘「つーかさ、それそんな大事なもんなの?」
楽「……ああ。すげー大事なんだよ」
千棘は眉をひそめて、じろりと楽を見た。
千棘「ふ〜〜ん……ったく、女の子か何かに貰ったの?」
楽は少し顔をしかめ、短く答えた。
楽「……まぁ、昔な。子供の頃」
千棘はその言葉を聞いた途端、どこか皮肉げに、口元を引きつらせた。
千棘「はぁ……そう」
ため息ひとつ。
そして、無言のまま草をかき分ける。
しかし、やがて――
唐突に苛立ち混じりの声が、静寂を破った。
千棘「……ねぇ、いつまでやんの? これ」
楽「は?」
顔を上げると、千棘は腰に手を当ててこちらを見下ろしていた。
千棘「だって、これだけ探してるのに全然見つからないじゃん。いつまで探すわけ? どうせその女の子だって、もう覚えてないって」
楽「……っ!」
言葉が、ぐさりと刺さる。
千棘は構わず、さらに続けた。
千棘「つーか、そういうペンダントとかさ、男のくせに未練がましいしくない? どうせ相手の女の子だって、そんなペンダントの存在なんてとっくに忘れてんのに、大事にしても意味ないじゃん」
ザクッ。
楽の中に積もっていた感情が、その一言で音を立てて崩れた。
楽「……うるせぇよ!!」
千棘「……っ?!」
千棘が目を瞬かせる間もなく、楽は怒鳴り返した。
楽「だったらもう探さなくていい!!うっとうしいんだよ!!なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ!!もうどっか行けよ!!」
声が、空に跳ね返った。
一瞬、風が止まったような錯覚。
千棘は、ぴたりと動きを止めた。
目を伏せ、唇をかすかに噛み――
なにも言わずに、すっと立ち上がる。
千棘「ええ、そうするわ」
千棘は振り返ることもなく、草むらを離れていった。
彼女の背中は、夕陽に長く影を落とし、ほんの少しだけ寂しそうに揺れて見えた。
楽は拳を握りしめたままうつむき、何も言えずにいた。
楽「マジでうっぜえ……あいつ」
楽が拳を握ったまま、うつむいていると、サワリ、と草を踏む音が、そっと近づいてきた。
顔を上げると、そこにいたのは。
小咲「……一条くん」
――小野寺小咲だった。
息を弾ませながら、制服の裾をきゅっと整える。
そして、にこりと、ほんの少し心配そうに、でも、誰よりも優しい微笑みを浮かべていた。
春風に、艶やかな栗色の髪がふわりと舞う。
夕陽に照らされたその姿は、どこか儚く、そして、どこまでも可憐だった。
楽「……お、小野寺? どうしてこんなとこに?」
驚いた楽の前で、小咲はちょこんと膝をつく。
地面に擦れないようにスカートを気にかけながら、丁寧な動きで、そっと隣に座った。
小咲「さっき、2階の廊下を通った時に、たまたま見えてさ。わたしも……探すの、手伝うよ」
小さな声。
けれど、しっかりとした決意が、その中には宿っていた。
楽「え、でも……悪いし……」
戸惑う楽に、小咲はふと笑う。
小咲「いいのいいの。大切なもの、なんだよね? そのペンダント」
真っ直ぐな瞳が、楽の心を撃ち抜く。
風がまた吹いた。
草たちがざわめき、空の色が少しずつ夕暮れに染まっていく。
ふたりだけを包む、静かな時間。
楽は、不器用に――けれど確かに、うなずいた。
楽「……そっか。じゃあ…頼むわ」
小咲の頬が、ほっとしたように緩んだ。
そして、小さな両手でスカートの膝を押さえながら、
「よいしょ」と可愛らしく呟き、しゃがみ込む。
小咲「……2人で、絶対に見つけよう?」
その声は、まるで魔法みたいに暖かかった。
楽の胸の中に、冷たく沈んでいた何かが、ほんの少し溶けた気がした。
小咲は、じっと草むらを見つめた。
その瞳は、真剣で、けれど、どこかあたたかい光を湛えていた。
楽はそんな彼女に、どこか戸惑いながらも見入ってしまう。
風がまた、静かに吹き抜けた。
楽「でもさ……」
不安げに、楽はぽつりと呟いた。
楽「こんだけ探しても出てこないし、草むらも広いし……もしかしたら、もう、なくなってるかも……」
その時だった。
小咲の表情が、ふっと変わった。
まるで、遠くの星を指し示すみたいに――静かに、ある一点を見つめた。
小咲「……あそこ」
細い指でそっと指さし、ためらうことなく、草むらの奥へと歩き出す。
楽は思わず後を追う。
小咲は草をかき分け、しゃがみこみ、そっと手を伸ばすと――
カチャリ。
小さな、小さな音。
だけど、ふたりには――
それが世界で一番、大きな音に聞こえた。
小咲「……あった!」
静かに、そう告げた。
彼女の両手には、金色に輝くペンダントが、大事そうに抱かれていた。
楽「え?! マジであったの?」
夕陽の光が、チェーンにきらきらと反射して、まるで祝福するかのように輝いている。
小咲は、それを両手で包みこむようにして持ち、そっと、楽に差し出した。
小咲「……おかえり、だね」
小さな声。
でも、それは楽の胸に、真っ直ぐ届いた。
楽「うぉぉ……マジか……見つかった……! サンキュー小野寺!!」
手のひらでペンダントを受け取った瞬間、楽は思わずそれを胸にぎゅっと抱きしめた。
嬉しさ、安堵、いろんなものが込み上げてきてーーけれど、どこか、顔は曇っていた。
楽「……あのゴリラ女の言ってたことも、正直、もっともなんだよな」
小咲「……え?」
楽は、うつむいたまま続けた。
楽「相手が誰かもわかんねぇ。そもそも約束だって、記憶が曖昧な子供の頃のものだし……今さら思い出すことでもねーのかなって。……いい加減、忘れた方が楽かもしんねーし」
夕陽が、静かに傾いていく。
小咲の顔が、ほんの少しだけ曇った。
だが、すぐに小さく、首を振った。
小咲「そんなこと……ないよ」
楽「……え?」
小咲は、真っ直ぐに言葉を紡いだ。
小咲「一条くんは、誰かと約束したんでしょ?
たとえそれが昔のことでも、その人にとっては、きっとすごく大事な約束だと思う」
声はかすかに震えている。
でも、その瞳は揺れていなかった。
小咲「一条くんが覚えてるみたいに、きっと、その人も、覚えてるよ。……忘れてなんかいない。そんなの……悲しすぎるもん」
その言葉は――まるで、10年前のあの日の風景を、再び呼び起こすようだった。
楽は、何も言えずに、小咲を見つめた。
小咲は、胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、それでも優しく、ふわりと笑った。
小咲「……だから、信じてあげて。その人も、一条くんと同じくらい、きっと、大事に思ってる」
風が、ふたりの間をそっと吹き抜けた。
小咲の髪が、ふわりと舞い上がる。
胸の中に、あたたかいものが、確かに芽生えた。
楽はもう一度、しっかりとペンダントを握りしめ直した。
楽「……ありがとな、小野寺」
その言葉に、小咲は嬉しそうに微笑んだ。
夕陽は、そっと二人を包み込みながら、今日という一日を優しく締めくくろうとしていた。
遠くで部活の掛け声が微かに響いていた。
楽「っていうかさ」
草を撫でながら、楽は照れ笑いを浮かべる。
楽「いくら探しても見つからなかったのにさ……小野寺が来たら一瞬で見つかっただろ?
なんか、まるでこのペンダント、小野寺に見つけられるの待ってたみたいじゃない? なーんて、ははっ」
小咲「……!」
小咲の心臓が、びくんと跳ねた。
小咲(ま、待って、確かにそうだけど……今それをこの雰囲気の中言うのって……ズルすぎない……!?)
顔が熱くなるのを必死に堪えながら、そっと制服のポケットの中にある鍵を握りしめる。
手の中にある小さな鍵が、わずかに暖かく、またほんのりと光っている気がした。
小咲(ま、まさか……この鍵がペンダントの場所を教えてくれた……? いやいやいや! ないないない! そんなファンタジーみたいな話、あるわけないよね!! 落ち着いて〜わたし!!)
右手で頬を押さえた小咲の仕草が、また無自覚に可愛い。
楽(やべぇ……今の小野寺、反則級に可愛い……)
楽「お、小野寺? 大丈夫か?」
小咲「あっ、え、はっ! えーと、わ、わたしも……」
慌てた小咲が、必死に言葉を探して――
小咲「その、はやく見つかるといいなーって、ずっと思ってたから! うん! だからその思いが、通じたのかなーって! あははぁ……」
無理に明るく笑うその仕草すら、どこまでもいじらしい。
楽は思わず、にやりと笑った。
楽「小野寺ってさ、ほんと優しいよなぁ」
小咲「えっ……そうかなぁ? 普通だよ、ふつー!」
楽は、少しだけ目を細めて、静かに続けた。
楽「ううん、優しいよ。……約束の子が、小野寺みたいな子だったら、よかったのにな」
小咲「……っ!?」
心臓が、跳ねた。あまりにも突然で。息をするのも忘れるくらい。
小咲は顔を真っ赤にして、うつむいた。楽も、気づいてすぐ慌てふためく。
楽「あっ! いや、その……! べ、別に、変な意味とかじゃなくてさ!? そのー、なんていうか、優しい方がいいじゃん? 優しくないよりは……! そりゃね!?」
顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに言い訳する楽。
それを見た小咲は、唇を噛みながら、嬉しそうにそっと目を伏せた。
小咲(……嬉しいよ、一条くん)
小咲の笑顔に、楽も少しだけ照れ笑いを浮かべた、その時――
ブルルルルッ。
楽のポケットの中で、スマホが震えた。
楽「ん……? 親父から?」
楽は眉をひそめながら、通話ボタンを押す。
電話越しに聞こえてきたのは、落ち着いた、けれど妙に冷たい父の声だった。
父『楽。すぐに帰ってこい。話がある』
楽「え?」
不穏な気配に、思わず顔をしかめる。
楽「……わかった」
電話を切った楽は、小咲に振り向き、少し申し訳なさそうに頭をかいた。
楽「ごめん、小野寺。俺、そろそろ行かないと」
小咲「う、うん……!」
寂しそうに、それでも笑顔で答える小咲。
楽は、小咲に背を向ける前に、もう一度ペンダントを胸元で握りしめた。
そして――そっと、心の中で呟いた。
楽(……また、小野寺とちゃんと話せたらいいな)
ふたりを包んだやわらかな時間は、そっと静かに終わりを告げた。
一条家・居間
楽は、ソファに腰を下ろしていた。
目の前には父親。
その手元には、湯気を立てるお茶の湯呑み。
だけど、空気は、妙に重苦しかった。
父「……楽。お前には今まで話していなかったが――」
楽はごくりと喉を鳴らす。
父「うちの組と、あるマフィアとの関係が、最近少し不穏だ」
楽「……え」
父は、静かに続けた。
父「戦争に発展する可能性も、ゼロではない。
だが、それを避けるための手段が、ひとつだけある」
楽「……っ」
楽は、無意識にペンダントを握りしめた。
父の言葉が、重く、無慈悲に降り注ぐ。
父「相手のボスとは、古い付き合いがある。
ちょうど、あちらにも年頃の娘がいてな――」
一拍、間が空いた。
父「お前とその娘が、“仮の恋人関係”を結べば、
両家の手打ちを演出できる」
……。
楽「――はぁあっ!?」
思わず、声を荒げた。
楽の脳裏には、さっきまでの光景が鮮明に浮かんでいた。
夕暮れの草むら。ペンダントを拾い上げた小咲の笑顔。耳に残る、優しい声。
楽「……俺、断るからな」
父は楽の言葉を受けても、表情を変えなかった。
父「……無理だ」
楽「無理って、なんだよ……!」
父「相手は、もうすぐそこまで来ている」
その瞬間ーー部屋の奥、静かに閉ざされていたふすまがスッと開いた。
楽は振り返った。
そこに立っていたのは――
金髪ロング。
制服ではない、スーツ姿の大人たちに囲まれた、少女。
こちらを、見るからに不機嫌そうな顔で睨みつけている。
千棘「……ちょ、なにこれ? は???」
楽「……は? ……いやいやいや、はぁぁぁぁっ!?」
ふたりの叫び声が、居間に響いた。
楽&千棘「なんでお前なんだよ!!!!」
運命の悪戯は、あまりにも容赦なかった。