ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
暗い森の中。
夜の帳が落ち、空気はひんやりと湿り気を帯びていた。
木々は風に揺れ、そのたびに枝葉がざわめき、まるで耳元で何か囁いているかのようだった。
千棘は、静かに地面にしゃがみ込んでいた。
足元の枯葉が擦れる音がやけに大きく感じられ、それだけで心臓が跳ねる。
「……羊が一匹。羊が二匹。……羊が三……」
声に出して数えることで、なんとか自分の精神をつなぎとめようとしていた。
点灯することのない懐中電灯はとっくに破壊し、頼りになるのはわずかな月明かりと自分の意地だけだった。
千棘「あーーーもう! だめだっ! やっぱ怖いもんは怖い!!」
千棘「そもそもなんで、こんな役引き受けちゃったんだろう? だって先生困ってたし? 誰かがやらないと肝試し成り立たないし? え、なに? 私の自己犠牲の精神尊すぎない? 献身的すぎてもはや聖人なんですけど? 明日からみんなにナイチンゲール桐崎と呼んでもらおうかな?」
誤魔化すように大声を張り上げるが、そのあとの静けさが恐怖をより引き当てる。
自然と目には涙が浮かんでいた。
千棘(……強がっては見たものの、全然平気じゃない……)
千棘(なにこれ、全然人通らないし……。いつまで待たせるつもりなのよ……)
手のひらは冷たい汗でじっとりと濡れていて、もう何度袖で拭ったか覚えていない。
風が吹くたび、背後で何かがカサ……と動く音に、肩がビクッと跳ねる。
千棘「~~~~~っっっ!!! ちょ、誰かいるなら出てきなさいよ!? 黙ってると……とっちめるわよ!? って、なによ“とっちめる”って……! ああもう! バカじゃないの私ぃぃぃ!」
声を張り上げても、返ってくるのは風と、葉の音と、自分の息づかいだけだった。
千棘「もう……マジで……泣くかも……」
唇を噛んだ。歯の奥が痛むほどに。
怖くて、寂しくて、情けなくて。
なのに助けを求めるのが悔しくて。
そんなとき、脳裏に浮かんだのは、幼い頃の記憶。
岩場に落ちて抜け出せなくなった小さな自分。
泣いて、震えて、誰にも気づかれないまま過ぎていくと思ったその時――
小さな手が、ぐいっと自分の手を握って引き上げてくれた。
顔も名前も覚えていないけれど、あのあたたかさだけは、今でも焼きついていた。
千棘(……あの時みたいに、誰かが来てくれたらな……)
楽「ーーはぁ、はぁ……見つけた」
その願いが、本当に届いたのは――数秒後だった。
千棘「っ……!?」
藪をかき分けて現れたのは、ジャージ姿の楽だった。
額には汗、息は乱れ、、肩で荒く呼吸している。
楽「先生から聞いた。お化け役がひとりで、懐中電灯も電池入れ忘れたって。……ったく、マジで何考えてんだあの教師は」
千棘「な……なんで、アンタが……っ」
楽「さすがに、話を聞いたら放っておけないだろ……」
千棘「た……頼んでないし! 別に平気だし!」
涙の気配を慌てて袖で拭ったが、楽の目はごまかせなかった。
楽「あのなぁ……じゃあ、なんで泣いてんだよ。そこは素直にありがとうでいいだろ……」
その一言に、千棘の心の壁が音を立てて崩れる。
千棘「……ありがと……ゴザイマス……」
楽「なんでカタコトなんだよww ……ほら、電池持ってきたから懐中電灯貸してくれ」
千棘「……ごめん、つかないからぶっ壊しちゃった……」
よく見ると、足元には粉々に破壊された懐中電灯(だったものw)が転がっていた。
楽「……お前ってやつはマジでwwwww」
千棘「わーーーーごめんってばぁぁぁ!!」
楽「はぁ……ほんと、手間のかかる……ほら、手。行くぞ」
千棘が戸惑っている間に、彼はもう、手を握って引っ張り始めていた。
それがあまりにも自然すぎて、断る隙もなかった。
千棘(……なんで……。こんなに手があったかいの……?)
心臓の鼓動が落ち着いていく。
彼の歩幅に合わせて歩くたび、森の闇が少しずつ遠ざかっていくようだった。
――今だけは、素直でいたかった。
自分が、どれだけ怖かったかも。
今、どれだけ救われているかも。
全部、手のぬくもりが語ってくれていた。
千棘「……本当にありがとう」
楽「ああ、いいよ。気にすんな。お前に落ち度はない(懐中電灯を壊したこと以外はw)」
2人は静かに森をあとにし、旅館へと戻る。
肝試しのイベントはもう終わり。
他の生徒たちはすでにそれぞれの部屋に戻っていた。
千棘を部屋の前まで送り届けたあと、楽はロビーのソファに深く腰掛け、ふう、とため息をついた。
楽(……結局、小野寺と最後まで一緒にいられなかった)
楽(何やってんだか、俺は)
先生「お、一条。さっきは桐崎の件、助かったよ。ご苦労さん」
楽「いえ、まあ……」
先生「で、だな……ちょっと気になることがあって。さっき、他の女子生徒から報告があったんだけど……」
先生が言いにくそうに言葉を濁した。
楽「……なんですか?(また面倒ごとだったら全部断ろう……)」
先生「まだ小野寺が、部屋に戻っていないらしい。まだ旅館では誰も姿を見ていないそうなんだ」
楽「……え? 小野寺が?」
一瞬、時間が止まったような感覚がした。
先生「肝試しの後、全員点呼があったはずなんだが……小野寺のグループの子が“さっきまでいたけど、急にどこか行っちゃった”って言っててね。まあ真面目な生徒だし大丈夫だとは思うけど、ちょっと心配でな」
楽「……っ!」
急激に胸がざわついた。
脳裏に浮かんだのは、手を離したあの瞬間ーー。
自分で手を離して、千棘の元へ向かってしまった時の、小咲の一瞬の笑顔。
あの笑顔の奥に、どれだけの想いが隠れていたか。
彼女がどれほどの想いで手を繋いでいてくれていたのか。
楽は立ち上がる。
胸の奥がざわつき、鼓動だけがやけに速い。
まるで、背中を押すように。
楽「先生、俺、小野寺を探してきます!」
先生「お、おい! 夜だぞ? まだ見回りの教師も……!」
楽「待っていられません!」
返事も聞かず、楽は駆け出した。
冷たい夜風が旅館の外に出た瞬間、頬を叩くように吹きつける。
だが、そのおかげで完全に目が覚めた。
ーーそして。
楽の脳裏に、ひとつの風景がふとよぎった。
小咲の手を離した時、小さな声で確かこう言っていた。
小咲『……うん。待ってる』
楽(……まさか。まだ、あそこに……?! もうあれから1時間は経ってるぞ……!)