ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
校門前――
リムジンが優雅に停まり、そのドアがゆっくりと開く。
万里花「さ、楽様。こちらですわ。手をどうぞ♪」
楽「お、おう…」
その瞬間、周囲の空気が一変する。
登校中の生徒たちが足を止め、ざわめきが広がっていく。
生徒A「えっ、あの車から降りてきたの…一条と誰? 転校生?」
生徒B「うわ、雰囲気すごっ……お嬢様って感じ……!」
生徒C「もしかして、またカップル誕生…? でもあいつ、金髪と付き合ってなかったか?」
楽「これは……変な噂が立ちそうだな……」
万里花「よろしいのではありませんか?その“噂”はいずれ“真実”に変わるのですから♪」
にこやかにそう言うと、迷いなく楽の腕にぎゅっと抱きつく万里花。
その手の強さが、妙に真剣だった。
楽「……なぁ、橘」
万里花「なんでしょう? 何でも聞いてくださいな♪ ちなみにスリーサイズは上からーー」
楽「ひとつ、俺からも質問。……お前、なんでそこまで俺のこと好きなんだ?」
万里花「……どういう意味でしょうか」
万里花は笑顔こそ絶やさなかったものの、明らかに表情がこわばっていた。
楽「いやさ、誤解しないで欲しいんだけど……好きって言われるの、すごくありがたい。でも俺、そこまで人から好かれるようなタイプじゃねーし。顔がいいわけでも、気の利く男でもないし。……だから、理由が知りたいんだ。お前がどうして、俺なんかを……」
万里花「……」
彼女の表情が、ふと翳った。
そして一拍置き、深く息を吸い込み――
万里花「……そげんことまで忘れとっとか?」
楽「へ?」
万里花、唐突にコテコテの九州弁に切り替える。
万里花「こっちは10年間! 毎日毎日! らっくんのことばっか思い出しよったとよ!? らっくんが髪の長い女が好きやっち言うけん、それからずっと髪も切らんやった! しゃべり方も直して、上品になろうって! いっぱい努力したとよ……!!」
万里花は感情的になりながらさらに楽へ近づく。
万里花「そいばってん、らっくんは……全部、忘れとったっちゃろ……!? そいで済ます気なと!? そいだけの男なと……らっくんは……!!」
楽「……!」
一瞬、時が止まったような沈黙。
それは、突き刺すような告白だった。言葉よりも、むしろ“熱”が、胸に響いた。
楽「……マリー……?」
万里花「……」
楽「……思い出した。お前……マリーか……!」
万里花「……やっと、思い出したのですね」
楽「その喋り方……なるほど。あの時の、あの小さい頃に一緒にいた……ああ、今なら分かる、全部繋がった。……いや、ほんと懐かしいな。あんなに遊んだのに……悪い、完全に記憶の奥に眠っていたわ……」
万里花「ふふ……封印していた方言で思い出されるなんて、皮肉なものですわ」
楽「……ああ。でも、あの頃のお前も、今の“橘万里花”も、俺にとっては間違いなく、同じ“マリー”だよ」
万里花「……。なんとも複雑な気分ですわね」
ほんの一瞬、彼女の瞳が揺れる。
懐かしさと、複雑な想いと、抑えきれない嬉しさが滲んでいた。
ーーーーー
リムジンを背に、万里花と楽は並んで歩き出す。
先ほどの“マリー”発覚の衝撃も少し和らぎ、空気はどこか柔らかくなっていた。
楽「いやぁ……なんか、胸のつっかえがとれたっていうかさ。すげえスッキリしたわ。ずっと頭の片隅にあったんだよな、あの時の女の子のこと……」
ふと足を止め、楽は万里花の顔を見る。
楽「……悪かったな、忘れてて」
万里花「……ええ、いいのです」
万里花は微笑みながら、ふわりと視線を逸らす。そして、ふと立ち止まり、顔だけを楽のほうへ向ける。
万里花「……むしろ、もう忘れてくださって?」
楽「……え?」
万里花「許嫁、幼馴染、10年前の約束――どれも、過去の肩書きに過ぎませんわ。わたくし、橘万里花はそんなもので楽様に“選ばれたい”とは思っておりませんの」
風に長い髪がさらりと揺れる。万里花の瞳には一切の迷いがなかった。
万里花「ご覧いただきたいのは、“今”でございます」
楽「……おぉ?」
万里花「若干16歳にして、教養、品格、気品、そして家庭的なスキルをすべて兼ね備えた、完璧なる淑女――“マリー”ではなく、“橘万里花”として、わたくしを見ていただきたいのですわ」
楽「……お、おぉ……そりゃもちろん、見るよ…? なんか、すげぇ自信だな」
万里花「ふふ、当然です♪」
万里花はそう言って再び楽の腕に軽く絡む。指先はやや強く、まるで「離さない」と言わんばかりに。
万里花「これからも――人生を懸けてアピールしてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたしますね、楽様♪」
楽「……だから、だからさ。そんなくっつくなって! 人の目もあるんだからよ!」
万里花「いいではありませんか♪ それもまた、スパイスというものですわ♪」