ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
デート当日、橘邸の一室
まだ陽が昇りきる前、午前5時。
万里花「……うふふ、うふふふふふふっ……!」
鏡の前で完璧な笑みを浮かべながら、万里花は上品な艶を髪に与え、白い手袋をすっとはめた。
その仕草ひとつひとつが、まるで舞踏会のプリンセスのように優雅だった。
万里花「今日という日は、わたくしの人生の中でも指折りの勝負の日。楽様との……正式な、“初”デートですわ!」
心の中で何百回もリハーサルを繰り返してきた。
小野寺小咲という天使の化身のような恋敵の存在、桐崎千棘という暴力的で情緒不安定だがポテンシャルは未知数や仮の恋人、そして忘却されし“マリー”という過去の自分。
それらすべてを乗り越えて、ようやくたどり着いたこのチャンス。
着用しているのは、控えめだがどこか色気を感じさせる黒のワンピースに薄ピンクのカーディガン、そして足元にはローファーパンプス。お嬢様として完璧に“計算された自然さ”を演出していた。
万里花「香水はあえて少し控えめに。いつもより近くにいたくなる香りを選んでみましたの」
小型の香水瓶を一吹き。
ふんわりと薔薇と白檀が混じるような、柔らかくも芯のある香りが空気に広がった。
そして、一通りの準備を終えると万里花はすっと立ち上がる。
万里花「……では、行ってまいります。どうか、今日という日が、本当の意味でわたくしの恋の始まりとなりますように」
リムジンの後部座席に乗り込みながら、万里花は車窓の外を見つめた。
心なしか、朝陽の光が彼女の輪郭を優しく照らしていた。
万里花「……今頃、楽様は寝起きのベッドの中でぼーっとされている頃でしょうか? ふふっ、それもまた愛おしいですわね。あぁ、早く会いたいですわ……///」
時計を見やる。
待ち合わせまであと、3時間。
万里花「待ちますわよ。何時間であろうと、喜んで……ふふふふふ……!」
クラシックカーはゆっくりと静かに動き出し、約束の場所へと向かった。
そしてその胸の中にはたった一つの想い。
万里花(今日、必ず振り向かせてみせますわよ、楽様!)
ーーーーー
午前10時。
楽は自宅前の門を出た瞬間、目を見開いた。
クラシックカー。
それは映画の中に出てきそうな、深紅のボディに金色の装飾が施された気品ある車だった。
磨き上げられた車体が朝の陽光を反射して、まるでそこだけ別世界のように浮かび上がって見える。
楽「お、おいおい……マジかよ……」
車の後部座席から、ふわりと香る優雅な薔薇の香り。
そして、スッと開いた車のドアから姿を現したのは、今日の主役――橘万里花だった。
万里花「おはようございます、楽様。……朝の光の中でお会いしたくて、少し早めにお迎えにあがりましたの」
ドライバーが丁寧に頭を下げ、紳士的な手つきでドアをさらに開く。
楽「……え、えーと……その……おはよう。なんか、すげえな今日」
万里花「ふふ、気合を入れましたの。今日という日はわたくしにとって、とても特別な日ですから」
少しだけ頬を赤らめ、静かに微笑む万里花。
彼女はまるで、何もかもが完璧に設計された優雅という言葉そのものだった。
楽「……お、お邪魔します」
車内には、クラシックの音楽と淡いアロマが香る空間が広がっていた。
シートはふかふかで、まるでソファのよう。
楽は落ち着かなさを隠すように視線を窓の外へ向けたが、その横顔を万里花は微笑みながらじっと見つめていた。
万里花「ふふふ、緊張なさらないで」
ーーーーー
午前11時。
クラシックカーがゆっくりと美術館の正面に停車した。
周囲には誰の姿もなく、門は既に開かれていた。
完全貸し切りのプライベートツアー。
万里花「こちら、美術館の特別ホールですわ。今日は、わたくしの曽祖父がかつて収集した絵画の中でも――特別な一枚を、お見せしたくて」
スタッフの案内で向かったのは、白と金を基調にした荘厳な展示室。
その中央に置かれていたのは、大きなキャンバスに描かれた古い油絵だった。
光と闇が混在する構図。
力強くも寂しげな風景。
楽「……すごいな、なんていうか…絵って、あんまり詳しくないけど、見てるだけで胸が締めつけられるような感じがする」
万里花「ふふ、それが静かなる強さ……この絵画の最大の魅力ですわ。わたくし、この絵がとても好きなんですの。子供の頃、具合が悪くて外に出られなかった時も、この絵の前でよく過ごしましたわ」
横顔の万里花は、どこか遠くを見つめるような穏やかな眼差しをしていた。
万里花「わたくし、今日だけは完璧な淑女としてではなく、ひとりの女の子として、楽様に見ていただけたら嬉しいなって思ってますの」
楽「……ああ。ちゃんと見てるよ」
静かな美術館の中で、二人の距離はほんの少しだけ縮まった。
ーーーーー
午後1時。
クラシックカーが静かに停車したのは、都心の喧騒から少し外れた閑静なエリアに佇むフレンチの名店。
シンプルながら格式ある外観。
ドアを開けると、香ばしいバターとハーブの香りが二人を包んだ。
楽「……おいおい、またとんでもないとこ来たな。これいくらするんだ? さすがに払うよ……」
万里花「まあ、そんなこと気になさらないでください♪ 今回はわたくしが無理にお誘いしましたし、当然ご馳走しますわ♪」
楽「そうか……」
万里花「さてさて。楽様のためだけに、シェフに特別コースをお願いしておりますの。味の好みが合うかしら?」
テーブルは個室で、窓の外には緑が映える中庭が広がっている。
席に着くと、既にアミューズ(前菜)が静かに並べられていた。
楽「この前菜、俺の好きなもんばっかなんだけど……」
万里花「ふふっ、楽様の偏食傾向、事前にリサーチ済みですわ。苦手な野菜は別の調理法で仕上げております。さらに、このあとのメインディッシュの隠し味もお楽しみに♪」
楽「……こえぇ。情報力すごすぎんだろ」
万里花「乙女の努力と言ってくださいまし♪」
その後も料理が進むにつれて、話題は自然と学校や将来の夢に。
万里花「……正直に言いますと、わたくしがこの学校に来たのも、楽様に会いたかったから、というだけの理由ですの」
楽「……マジで?そんな……」
万里花「嘘をついても、バレるでしょう? だから、正直に生きることにしました。楽様の前では心は着飾らず、気持ちだけは本物でありたいんです」
その言葉に、楽は視線を落としながら、無言でナプキンを握りしめた。
ーーーーー
午後3時。
昼食後、連れてこられたのはとある郊外の敷地にある“別邸”。
案内されたのは、その裏手に広がる美しい庭園ーー「シークレットガーデン」だった。
小道には花々が咲き誇り、風が葉を揺らすたびに優しい音を立てる。
ガーデンテーブルには、銀のティーセットと、三段重ねのアフタヌーンティーがすでに用意されていた。
万里花「……ここ、わたくしのお気に入りの場所なんですの」
楽「……こんな庭、現実に存在するんだな。夢みたいだ」
万里花「夢ではなく、現実ですわよ? だって、ほら……わたくしの指の体温、感じますでしょう?///」
ふわり。
万里花がそっと指を楽の指の上に重ねる。
楽は戸惑いながらも、その指を拒否することはしなかった。
万里花「ふふ……嬉しいですわ。こうして、ちゃんと今のわたくしを見てくれて」
楽「ああ……見てるよ。さっきからずっと。橘はやっぱすげーよ。なんつーか、全部完璧じゃん」
万里花「完璧じゃないところもこれからお見せしていきますわ。だって、恋というのは完成されたものではなくて、一緒に育んでゆくものですものね?」
楽「……橘には敵わねえな」
万里花「うふふ、それは褒め言葉として受け取っておきますわね♪」
風がふわっと吹き抜け、ティーカップの中の紅茶の香りがほんのり立ち昇った。
その香りの中で、二人の間に流れる沈黙は、まるで柔らかな音楽のように心地よかった。