ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
同日の晩、小咲 自宅にて
自室の電気だけが煌々と灯り、街灯の明かりがガラスに映り込む。
小咲はベッドに寝転びながら、雑誌をぱらぱらとめくっていた。
小咲「……秋のおすすめコーデかぁ……へぇ……デニム生地のスカート……ふぅぅん……」
ページをめくる手は止まらないが、目は明らかに字を追っていない。
パタンと雑誌を閉じて、テレビのリモコンを手に取る。バラエティ番組でお笑い芸人のコントが流れる。
芸人1「キスしてもいい?」
芸人2「え? キムチでもいい?」
芸人1「なんでやねん!(パシッ)」
小咲「……ふふ……。面白いのかな? これ」
小咲「って……こんなことしてる場合じゃないよぉ!」
バシッとテレビを消す。
部屋は静寂に包まれる。
小咲「だめ……どんなに気を紛らわそうとしても全然頭に入ってこない〜〜!! 気になっちゃう……気になっちゃうよぉぉぉ……!!」
クッションに顔をうずめ、ジタバタと手足をばたつかせる。
小咲「うぅ……気にしないようにする、っていう行為が、逆に変な意識になっちゃって、余計に気になっちゃうという負のスパイラルにハマっている気がするよぉ……」
立ち上がって部屋をウロウロし始める。
まるで幽霊。
小咲「一条くん……今どうしてるのかなぁ。夜景が見えるバーで、橘さんとグラス傾けながら……ふふって微笑んでたらどうしよう……! うわぁぁ!! 想像しちゃだめ!! なんでわたしってこうネガティブなのぉぉ!!」
小咲「……デートが終わったら、連絡くれるって言ってたもん。信じて待たなきゃ……!」
スマホを手に取り、連絡を待ちながら楽とのやりとりや一緒に撮った写真を見返す。
小咲「ふふ……なに、この時のわたしの顔。ヤバすぎでしょ/// もはや顔に《一条くんが大好きです///》って書いてあるみたいww」
小咲「うわぁ……この時のわたしのLINE、千棘ちゃんの話題になった途端、明らかに反応が素っ気なくなってる……ww これ、絶対に千棘ちゃんに嫉妬してるの、一条くんにバレちゃってるよねぇ……恥ずかしい……///」
そこへ、突如スマホが震える。
小咲「?! ……あわっ!?」
反射的に、カマキリの捕食のような鋭さで、画面に表示された名前を確認するまでもなく応答ボタンを押していた。
小咲「も、もも、もしもし?!」
楽〈「お、小野寺! 出るの早いなww もしかして、連絡待ってた?」〉
小咲「えっ?! べ、別にま、待ってないよ!? あの、その……ほら、ネットサーフィンしてたらたまたま電話きてさ!!」
楽〈「おー、そうなんだ。何調べてたの?」〉
小咲「そりゃもちろん一条くんのことーー……あっ、いや!! ち、ちがっ……違うの! イチジョウ…位置情報! だよ!」
楽〈「え?」〉
小咲「位置情報!! うん! スマホの位置情報! 設定がうまくいかなくて! なんか最近“位置情報がオフになってます”ってよく出るから……うん、やだねー! 位置情報! あははは〜〜!」
楽〈「……お、おう。確かにあるな、それww てか、なんでそんな慌ててるの?」〉
小咲「あ、あわててなんて……そ、そんなこと……べ、別にぃ〜……」
沈黙。
小咲、深く息を吐いてから、やっと素直になる。
小咲「……うん。ごめんね。ずっと気になってた。デート、どうだったのかなって……」
楽〈「そっか。俺もちょうどそのことで電話したんだ。とりあえず、橘にはちゃんと言ったよ」〉
小咲「……言った?」
楽〈「うん。もう、デートに誘ってこないと思う。まぁさすがに、学校での行動までは制限しろとは言えなかったけど」〉
小咲「そ、そっか……そうなんだ。橘さん、納得してくれたの……?」
楽〈「まあ、顔では笑ってたけど、本心は分かんねえ。でも、こっちの言葉はちゃんと伝わったと思う」〉
小咲「そ、そうだよね……ありがとう、一条くん」
小咲の指が、無意識に毛布の端を握る。
小咲「で……その……デート自体は、どうだった……?」
楽〈「ああ……うん、正直すごかった。ざっくり説明するとーー」〉
楽は、万里花のデートプランをざっと説明した。
クラシックカーでの迎え、美術館の貸し切り、名画の話、フレンチ、アフタヌーンティー、クラシック演奏会、そして夜景のバー。
楽〈「まさかあそこまで用意してるとは思わなかったよ。全部すごすぎて、驚きの連続でさ…なんつーか、住む世界が違うっていうか。デートの相手俺じゃないでしょ感がヤバかったww」〉
その言葉は、悪意もない、嘘もない。
でも、小咲の胸にじわりと広がるのは、明らかな“引け目”だった。
小咲「……そっか。やっぱり、橘さんって、すごいんだね。口だけじゃなくて、行動で示している。自分が本気だって……。それに比べて、私は……」
楽〈「え? いや、小野寺、それはーー」〉
小咲「一条くん……」
息を呑むように言葉を続ける。
小咲「わたしって……一条くんにとって、本当に必要かな?」
その問いは、静かだったが、切実だった。
笑顔の奥にずっと抱えていた不安。
ずっと“後ろで見守る側”でいたからこそ、今、自分がどれだけ“隣にいる資格”を持っているのか分からなくなる。
電話の向こうで、楽は一瞬、黙り込んだ。
そして、ゆっくりと口を開く。
楽「……小野寺……あの、だな……」
受話口越しに、小咲の息遣いが小さく聞こえる。
そのかすかな震えに、楽はようやく、彼女が今どれだけ自分を奮い立たせてこの言葉を口にしているのかに気づいた。
楽「橘とのデートはたしかにすげぇと思ったよ。あんなすごいデートプラン、準備するのは大変だったと思うし本気度も伝わった。でもな」
声のトーンが、やや低く、落ち着いたものに変わる。
楽「俺は、すげえデートがしたかったんじゃない。橘の凄さに感動しただけで、橘への好意が動いたわけじゃない。俺が一緒にいて幸せって感じるのは、そういう瞬間じゃないんだよ」
小咲「……」
楽「俺が橘と過ごしてる間、ずっと考えてたのは、小野寺のことだ。今何してるかなとか、元気かなとか……デートが終わったら、真っ先に電話しようとか。それしか頭になかった」
楽「で、それを踏まえて質問に対する答え、な。……俺にとって必要かどうかなんて、答えるまでもないけど……もしちゃんとした言葉にするなら、必要というよりも、必須だよ。今、小野寺は俺にとって家族より大事な存在なんだ。ってか、必要じゃないって思ったらこんな真っ先に電話かけないよ」
小咲の瞳が潤む。
電話越しなのに、胸の奥にまっすぐ響いてきた。
小咲「……ありがとう。一条くんの言葉、ひとつひとつにすごく、安心したよ」
小咲は小さく笑うと、指で潤んだ瞳を拭った。
小咲「ほんと、ずるいなぁ……。一条くんは、そうやっていつも……大事なときに、ちゃんとわたしの心を支えてくれるんだもん」
楽「……ずるくても、いいよ。小野寺の笑顔のためなら、いくらでもずるくなる。メンタルケアなら任せてww」
小咲「もう……ほんとにもう……///」
布団に顔をうずめて、スマホをぎゅっと抱きしめた。
小咲「わざわざ連絡ありがとう。わたし、一条くんの彼女で……よかった」
楽「うん。俺も、小野寺の彼氏でよかった。っていうか、改めて言わせて? 俺と付き合ってくれてありがとう。毎日幸せだよ」
小野寺「うん……わたしも同じ気持ちだよ///」
ふたりの間に、静かな沈黙が流れた。
でもそれは、不安や迷いのためじゃない。
あたたかな気持ちを、互いに感じていたからこその、心地よい“言葉のいらない”時間だった。