ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
夜の縁日、灯りがゆらゆらと揺れる中。
射的の音、遠くで鳴る太鼓のリズム、花火の破裂音が空気を賑わせる。
その一角で、小咲は静かに足を止める。
小咲(あれは……)
彼女の視線の先には、人混みの合間に見えるふたつの背中。
人波に巻き込まれ、遠くへ行ってしまった楽を再び見つけた時には、楽と千棘ーー2人だけの空間ができていた。
彼が千棘と何やら話し込んでいる様子を見かけてしまい、声をかけるのをやめた。
そして、全てを見てしまった。
楽と千棘のやりとり、その一部始終を。
最初はただ会話をしているだけかと思った。
けれど、楽が何かを千棘の手に渡した瞬間、小咲の気持ちが揺れる。
小咲(……今、何か渡した? ……あれって、恋むすび? ……どうして、一条くんが持ってるの? どうして、千棘ちゃんに……?)
心の奥で冷たい波がさざめく。
小咲はそっと身を隠すように屋台の脇に身を寄せ、耳を澄ませてしまう。
聞きたくなんてないはずなのに。
楽「ーーどっちも、お前に似合うと思ってるよ」
千棘「ーーもう、わたしのだから」
言葉の端々が、夜の空気に溶けて届く。
小咲(……どういうことなの)
小咲の手の中には、楽と連携し苦労の末ようやく手に入れた恋むすびがあった。
あれほど欲しかった、憧れていた、願いを込めたお守り。
今すぐに楽と喜びを分かち合いたかった。
しかしーー
小咲のすぐ横に立ててあった木製の立札が目に入る。
【恋むすびとは】
“古来より、恋むすびは、男性が女性に贈ることで求婚の意味を持ちます。”
小咲
「…………っ……!」
一瞬で、世界の色が変わった気がした。
頭がクラクラする。目の前が霞む。
そして、胸の奥に何か熱いものが溜まり、こみ上げてくる。
小咲「どうして……?」
泣いちゃダメだ。頭で必死に訴える。
小咲「どうしてなの、一条くん……?」
言葉は震えて、喉の奥に詰まる。
それでも、絞り出すように。
小咲「わたし……こんなに、すごく、一条くんのことが大好きで、毎日、あなたのことしか考えてなくて……それなのに……」
ぎゅっと、お守りを握りしめる。
手のひらにあたる布の感触が、切なくて、痛くて。
小咲「分かるよ……? 一条くんのこと、中学からずっと見てきたもん」
小咲「千棘ちゃんが、不憫で、可哀想で、見てられなかったんだよね……? だから、どういう経緯か分からないけど、手に入れた恋むすびをあげただけ……。あくまで物理的にプレゼントしただけ……。優しい一条くんだから、きっと、そうなんだよね……?」
顔を上げられないまま、こぼれ落ちる涙が頬を伝う。
小咲「全部わかってる。頭では理解できるの。でも……」
小咲「もう、あんなの見ちゃったら……どんな顔して、一条くんに会えばいいか……分かんないよ……」
足元に落ちた水滴が、静かに夜の地面に染み込む。
しゃがみ込んだ小咲は、縁日の賑やかさから切り離されたように、ただ一人、肩を震わせて泣いた。
誰にも見つからぬように、声を殺して。
月光が、優しくも無情に、小咲の背を照らしていた。