ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
翌日
海辺・テトラポッドのそば
海は午後の陽射しを受け、銀色にきらめいていた。
蒼い空と水平線がゆるやかに溶け合うその先で、潮の香りが風に乗って運ばれてくる。
テトラポッドの陰ーー熱を帯びたコンクリートの塊に寄りかかるようにして、千棘は小さく身を縮めていた。
素足で砂を掘り返すようにいじりながら、その指先は妙にせわしない。
その背中に、砂を踏む足音が近づいてくる。
楽「なあ、千棘」
千棘は一度だけちらりと振り向くが、すぐに目を逸らした。
千棘「……なーにー」
その声は、いつもの軽口めいた調子を装っていたが、どこか張り詰めている。
楽は息を吐きながら、千棘の隣に腰を下ろす。
楽「いや、なんか……珍しいなって思ってさ。お前が一人でこんなとこ座ってるなんて、ちょっとらしくねぇなーって」
千棘「べっつに。何もしてないし、どうもしてないし〜。なんかでっかいカニとかいないかな〜って探してただけ。つーか、何しに来たの?」
楽「はは、っていうか、お前がこんなところに1人でいるとか、もはや健康状態を疑うんだがww」
千棘「は? なによそれ? 健康状態?ww 気持ち悪っ!ww 勝手な分析しないでくれる? アンタに私の何がわかるのよ」
楽「分かるだろ、こんだけ長い事一緒にいれば。なんとなくわかるわ」
千棘「そ、そういうのやめてー! マジで鳥肌が立つ!」
楽「は?! そういうのってなに?」
その言葉に、千棘の手が一瞬止まった。
楽の方を見ようとして、でも見れなくて、指先でまた砂をつまむ。
千棘「……っ」
そして、次の瞬間――勢いよく立ち上がる。
金髪が陽の光を跳ね返して、燃えるように揺れた。
千棘「分かりやすく言おうか?! 馴れ馴れしくしないでって言ってんの!!」
楽「は!? なんだよ、いきなり。別に普段通りだろ」
千棘「……大体、私たちは偽の恋人でしょ? アンタには本物の恋人がいて、私なんかと話したってしょうがないんだから」
その瞳はまっすぐに楽を見据えていた。
しかし、どこか怯えるような光も宿していた。
突き放しているようで、縋っているような――矛盾した感情が、千棘の全身からにじみ出ていた。
楽「いいって、そういうの。そんなん気にしてたら世の中で彼女以外の異性、誰とも喋れねえじゃん?」
千棘(なにこれ? モテてるつもり? うざぁ……)
楽「ま、でもさ、お前のそういう気丈なところは嫌いじゃないっつーか、話してて楽だよ。……あ、一条楽とかけてるわけじゃないからな?ww」
千棘「ぶ……ww いや、は?ww 全然面白くないからね?!w」
楽「いや、ぶって言ったじゃんww」
千棘「うるさいうるさい!! あーもう、なんでこっちくんのよ……もう……」
楽「そりゃ、偽物とはいえ彼氏だから。気にすんなって言う方が無理だろ?」
楽のその言葉を吐いた瞬間、彼女の肩が小さく震えた。
顔を背けて、唇を噛む。
そして、絞り出すように声を紡ぐ。
千棘「……ねぇ、楽。もしさ……もし、だよ? 私たちが“本物の恋人”だったら、上手くいったと思う?」
楽「え……? お前、何言って――」
千棘「答えてよ」
千棘な真剣な眼差しに、楽は一瞬戸惑ったが、一度間をおくと恥ずかしさを誤魔化すように答えた。
楽「……。あのさ……どう考えても、上手くいくわけねーだろww 偽物の今でさえケンカしてばっかりなのに、本物になったところで同じように毎日ケンカだろうぜww 大体、お前はガサツ過ぎて、女の子らしさってのがまるでないしなぁww そもそもお前は俺の好みからかけ離れてーー」
千棘「うるっさいわね!! 分かったからもう黙ってよ!!」
砂浜に、怒鳴り声が反響する。
鳥が一羽、驚いたように空へ舞い上がった。
数メートル先にいたカップルがビクッと肩をすくめるのが見えた。
というか、砂浜にいたほぼ全ての人がこちらを向いていた。
楽「あっ……すいません! すいません! 全然なんでもないんで、気にしないでください! ……って、おい、お前のせいで恥かいたろ!」
千棘は返事をしない。
ただ、その場から駆け出し、海へと向かって一直線に走った。
楽「あっ、おい、逃げんな!!」
楽が叫ぶ間もなく――
千棘は勢いよく助走を取り、大きくジャンプすると、そのまま波間へと身体を投げ出した。
ーーーーー
海中
冷たい水が全身を包み込む。
海の中は、驚くほど静かだった。
泡が弾け、耳の奥に自分の鼓動が響く。
千棘は一心不乱にクロールで泳ぎ続けた。
千棘(……っ、なにやってんだろ……)
水中に浮かびながら、頬を伝うものが海水なのか、それとも自分の涙なのか、もう分からなかった。
千棘(……最悪。あんな取り乱して、バカみたい……。なんで……? 答えがわかっていたのに、あんなこと聞いたの? 私……自分から傷つきにいってるじゃん。バカすぎる。バカバカバカ!!)
その時だった。
ビキッ――ッ
右足に、強烈な違和感。
筋肉が収縮する、鋭い痛み。
千棘「〜〜いったぁっ!?」
一瞬で冷や汗が背中を這う。
片足をかばいながら必死にバランスを取ろうとするが、呼吸が乱れ、水を飲んでしまう。
千棘「やばっ……これ、足攣った?! 戻らないと…え、遠っ……! ま、まって? おぼれる? 私……し、しぬの……? ウソでしょ……?!」
遠ざかる空。
波の音だけが、どこまでも優しく――そして残酷に響いていた。