ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜   作:nemu1116

55 / 99

【挿絵表示】

幸せとは何か?
小野寺さんの心についにヒビが入ります。


ニュース

翌朝――報道各局のトップニュース

 

朝の光がまだ優しく差し込む時間。

ニュース番組のテロップには、明るい色のフォントが踊っていた。

 

アナウンサー(TV音声)「“浜辺の恋人、奇跡のキス”と題して、昨日午後、意識を失った少女を男子高校生が人工呼吸で救出。その姿がまるでドラマのワンシーンのようだったと、SNSでも話題になっています!」

 

画面が切り替わる。

波打ち際、倒れ込む少女(千棘)の身体を、楽が必死に支える場面。

続いて映るのは、泣き崩れながら彼にすがりつく千棘の姿。

その髪は濡れて頬に張り付き、瞳は真っ赤に腫れていたが、それでも見る者の胸を打つ強い感情の瞬間だった。

さらに、救急車に乗せられる場面、病院の前で並んで取材に応じる二人の姿が映し出される。

千棘はタオルを肩にかけたまま、楽の隣で少し照れくさそうに俯いている。

 

楽(映像)「いやー、マジでビビりましたよ。とにかく無我夢中で。助かってくれてホッとしたって感じですね……」

 

千棘(映像)「……だからってあんな何度もされたら恥ずかしいんだけど……」

 

楽(映像)「いやいや何度もって……まぁお前の肺が丈夫でよかったよ」

 

スタジオには笑い声が響き、柔らかいBGMがフェードインする。

ニュースとしては明るい話題としてまとめられ、人々の間では「愛の奇跡」として語られ始めていた。

 

ーーーーー

小野寺家・小咲の自室

 

テレビの電源を切ると、画面が黒くなり、自分のぼんやりとした顔が映った。

小咲は、言葉を失ったままリモコンを握りしめていた。

 

部屋は静かだった。

外は朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいるが、

その柔らかさが、今はむしろ胸に沁みる。

 

今日は登校日。

一応、制服には着替えた。

だが、全く行く気が起きない。

 

小咲「……」

 

ゆっくりとスマホを取り出し、スライドして写真フォルダを開く。

そこに映るのは楽と遊園地や縁日、海辺で撮ったツーショット写真の数々。

ちょっとぶれてるけど、嬉しそうに笑っている自分。

あの時は、心の底から幸せだと思っていた。

その思い出が少しずつ褪せていく感覚。

 

小咲「仕方ない、よね……」

 

言い聞かせるように呟いた。

思いの丈を押し殺すように、でも口元はかすかに震えていた。

 

小咲「一大事だったんだもん。あのまま……何もなかったら、もしかしたら……千棘ちゃん、死んじゃってたかもしれないんだよ……?」

 

そう。

楽が助けなければ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

彼が飛び込んだのは当然のことで、彼女が無事だったのは奇跡。

 

小咲(わかってるの。頭では、ちゃんと)

 

小咲「だから、助かって……本当に良かった。うん。心からそう思ってる。これも嘘じゃない」

 

目を伏せ、スマホをぎゅっと抱きしめた。

だけど、胸の奥が痛む。

どうしようもなく、チクチクと刺さるように。

 

スマホの画面は、まだ温かい。

でも、その温度と反比例するように、心の中は冷たい雲に覆われていった。

 

部屋の時計が、カチカチと秒針を刻んでいた。

いつもなら、朝ごはんの香りが階下から漂ってくる時間。

だけど、今日は何も感じなかった。

いや、感じたくなかった。

どうしても拭いきれない感情が胸を締めつける。

素直に笑うには、彼女の心はまだ追いついていなかった。

 

目の奥が、熱い。

言葉にならない感情が、少しずつ溜まって、溢れそうになっている。

 

小咲「……偽の恋人……って、なに?」

 

楽と千棘。

最初は、形式だけの偽装カップルだったはず。

千棘はどう思っているか曖昧だが、楽は恋愛感情なんてないと言ってくれた。

そして、その裏付けとして、しっかりと自分を本物の彼女として選んでくれた。

 

楽『千棘と俺が付き合う?! いやいや! ないないないww』

 

その言葉を信じ、何度も自分に言い聞かせてきた。

 

小咲(だけど、昨日の光景……あれは、どう見てもーー)

 

命を懸けて飛び込む姿。

涙ながらに抱きしめ合う姿。

どこにも“演技”なんて感じなかった。

 

小咲「……ううん、違う……。何言ってるの、わたし。命のかかったことなんだよ。比べるようなことじゃない……。だめだよ。一条くんは、そんなつもりでやってない」

 

彼女は両手で顔を覆った。

それでも思考は止まらない。

 

小咲「口と口をつける。そういう意味では一緒になるけど、あれはあくまで蘇生を目的とした応急措置……感情が入ったキスではない……だから安心して? 一条くんなら、きっとそう言うよね」

 

遊園地で見せてくれた笑顔。

髪についた糸くずを取ってくれた、さりげない優しさ。

手を繋いだ時のぬくもり。

その全てが、うまく思い出せない。

 

スマホの画面が、自動でスリープ状態になる。

まるで、その笑顔をもう見るなと言われているようで、彼女はぎゅっとスマホを胸に押しつけた。

 

小咲「……っうぅ……っ……うう……!」

 

こらえていたものが、限界を迎えた。

膝を抱えて、顔を枕に押し付けて、声を殺して泣き出す。

 

涙は、枕の生地に染みて形がわからなくなっていく。

でも、痛みだけは、どこまでも鮮明だった。

 

小咲「わたしは……本当に……幸せなの……かな?」

 

心の奥で、そんな疑問が静かに生まれていた。

 

窓の外には青空が広がっていた。

セミの声が遠くから聞こえ、夏の匂いが風に乗って部屋をすり抜けていく。

だけど、小咲の心の内側には、晴れ間など見えなかった。

 

テレビをつければ、今日も「奇跡の恋人たち」の話題が流れているだろう。

学校へ行けば、記者たちがカメラを構えているかもしれない。

クラスメイトは、もう“あの二人”を「お似合い」と囁くかもしれない。

 

“偽物”だったはずの関係はーー世間の中で、“本物”として勝手に彩られていく。

そして、「本当」の「本物」のはずである自分は、世界に置き去りにされていくような感覚。

 

【挿絵表示】

 

小咲「どんな顔して一条くんや千棘ちゃんと接したらいいんだろう……?」

 

小咲「……。分からない」

 

小咲「わたし……学校……いけないや……」

 

制服の袖をギュッと掴む。

静かな呟きは、誰にも届かない。

ただ、朝日の中で、彼女の涙だけが、確かにそこにあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。