ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜   作:nemu1116

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小野寺さんが傷心し、楽がメンタルケアをする。
このやり方が果たしていつまで持つのでしょうか。


オミマイ

小咲の部屋・夕方

 

蝉の声も遠のき、夏の熱気がようやく収まりはじめた空気の中で、小咲の部屋は柔らかな陽光に包まれていた。

レースのカーテン越しに入る光が、白いシーツの上に細かな影を落とす。

風鈴の音が、遠くどこかから微かに聞こえる気がした。

 

小咲はうつ伏せのまま、ベッドに身を沈めていた。

両腕の中にスマホを抱きしめるようにして。

 

小咲(はぁ……)

 

その小さな吐息が、静かな空気に溶けていく。

画面には、楽とのトーク履歴が並んでいた。

交わされた言葉たちは、どれも優しくて、あたたかくて。

でも、今は画面の中で止まったまま。

 

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小咲(……あの頃は、疑いようもなく幸せだったなぁ)

 

ぽつりと心の中で呟いた。

そして、画面に映る“楽”のアイコンに、そっと指を重ねる。

まるで、その温度を思い出そうとするかのように。

だがその瞬間――

 

着信音。

 

スマホがブルッと震え、思わず小咲は飛び跳ねた。

 

小咲「ひ、ひぁぁぁあ!!」

 

反射的に手を離し、スマホが布団の上をピョンと跳ねる。

転がった先を慌てて掴み直し、乱れた呼吸を整える間もなく、恐る恐る画面を見る。

 

“一条 楽”の名前。

 

小咲「は、はい、もしもし!」

 

声が裏返る。

胸がバクバクして、鼓動がスマホに伝わりそうだった。

 

楽(電話越し)「お、小野寺! 相変わらず出るの早いなww ちょっとだけど、お見舞い持ってきた。家、上がっていい?」

 

小咲「え、あ、う、うん! もちろんだよっ……!」

 

声がうわずってしまったことに気づき、布団に顔を埋めながらバタバタと足をばたつかせる。

でも、その胸の奥には確かな安堵が広がっていた。

 

数分後、玄関のチャイムが鳴る。

 

小咲は急いで部屋を整え、鏡の前で髪を軽く整える。

頬を軽く叩き、笑顔の練習をする。

 

小咲(平気。大丈夫。ちゃんと話せる。……うん)

 

トン、と控えめなノック音。

そのあと、扉が静かに開いた。

 

楽「おじゃましまーす……」

 

現れた楽は、肩に小さな紙袋を下げていた。

中には、近所の洋菓子店のシュークリームと、薄手のカーディガンが入っている。

“冷房で体が冷えすぎないように”と、彼なりの気遣いだった。

 

部屋に足を踏み入れた瞬間、楽の鼻先をふんわりと包む、甘い石鹸の香り。

シャンプーの残り香か、それとも部屋に置かれたサシェの香りか――

とにかく“女の子の部屋”だと、五感で思い知らされる。

 

楽「……小野寺っぽい、可愛い部屋だな……」

 

つい口に出してしまった。

壁には小花柄の布地があしらわれたカレンダー。

本棚にはお菓子づくりの本や恋愛小説。

窓際には乾いた鉢植えと、色違いのぬいぐるみたちが整列していた。

 

楽(やべ……想像以上に女子力高い。いろんな想像が……)

 

目のやり場に困って、あえて天井を見上げる。

 

小咲「へ、変なとこ見ないでね……?!」

 

声が裏返り、耳まで真っ赤に染まっていた。

膝の上で手をぎゅっと握りしめ、ベッドの端にちょこんと腰掛けている姿は、なんとも守ってあげたくなるような儚さがあった。

 

楽「あ、ああ! そんなつもりじゃ! ……えっと、心配だったんだ。元気かなって」

 

小咲「うん……ありがとね。特に体が悪いとかじゃなくて……でも、なんだか気力が出なくて……」

 

そのとき、楽の視線がふと、机の上の新聞に止まった。

 

白地の見出しに、黒々とした文字。

 

――『海辺の恋人、奇跡のキス』

その下には、波打ち際で抱き合うあの写真。

 

楽「……これ、か」

 

静かな声が、部屋の温度を変えた。

小咲は、何も言わず、うつむいたまま。

視線はシーツの一点に固定されたまま、微動だにしない。

 

楽「……気にしてたんだな、やっぱり。あの人工呼吸のこと」

 

小咲「……正確には……」

 

言葉が震える。

小咲は膝の上で指を絡ませ、無理やり声を押し出した。

 

小咲「それをきっかけに、一条くんと千棘ちゃんは本物のカップルだって、世間が決めつけるようになったのが……わたしの存在を否定されているようで、どうしても、つらくて……」

 

新聞の中のふたりは、確かに“絵になって”いた。

あまりにも自然で、映画のワンシーンみたいでーー

そのことが、何よりも、小咲の胸を痛めた。

小咲の声が震え、唇がほんの少し噛まれた。

 

楽「……ごめん」

 

そのひと言は、深く、重く、そして真摯だった。

 

楽は立ち上がることなく、その場に正座をして、

深々と頭を下げた。

 

楽「ごめん、小野寺。俺、本当に……情けない。なんで小野寺がどういう気持ちになるのか考えられなかったんだろうな……」

 

小咲「い、一条くん!? 土下座なんて、やめてよ!!」

 

あわてて立ち上がろうとした小咲を、楽は手で制した。

その動作には、見せかけの謝罪ではない“本気”があった。

 

楽「いいんだ……! これは俺のケジメだから……! あのときは、千棘を助けることしか頭になくて……でも結果として、小野寺の気持ちを……置き去りにしてしまった」

 

正座のまま、顔を上げた楽の目は、真剣だった。

濁りも逃げもなかった。

それを見て、小咲の胸の奥にしまいこんでいた何かが、音もなくほどけていった。

 

楽「俺が好きなのは、小野寺なんだ。大事にしたいのは、小野寺なんだよ。本当は一番に“小野寺の気持ち”を守らなきゃいけなかったのに……」

 

言葉が、心にしみる。

うつむいたままの小咲の肩が、小さく震えた。

窓の外では、風がそっと木々を揺らし、カーテンを柔らかくふくらませた。

小咲はそっと、ベッドの端に腰を下ろす。

楽は正座のまま、少しだけ目線を上げて、彼女を見つめていた。

 

小咲「……ううん。もう、大丈夫だから、ほら、普通に座って?」

 

その声はかすれていたけれど、優しくて温かかった。

 

小咲「一条くんは、正しいことをしたんだよ。あの時……千棘ちゃんは本当に危なかった。何もしなければ、多分死んじゃってたんだよ? むしろ、わたしのことを気にしてあそこで千棘ちゃんを助けなかったら、それこそ、わたしは別の意味で、一条くんのことを前みたいに見れなくなってたと思う」

 

楽は小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

小咲の言葉に、ようやく心が少し軽くなった気がした。

 

小咲「だから、間違ってないんだよ、一条くんは」

 

楽「小野寺……」

 

小咲「……でもね」

 

小咲は言葉を選ぶように一呼吸置き、視線をゆっくりと机の新聞へ向けた。

 

小咲「やっぱり、ああやってテレビとか新聞で、“本物のカップル”みたいに扱われてるのを見ちゃって。それを受け止めて平気なフリをして、学校に行く……その勇気がなかっただけなんだ。うん、そう考えると、完全にわたし自身の問題だね……。むしろ、ごめんなさい……」

 

楽「……いや、そんな……小野寺がそういう気持ちになるのも、至極当然だし……」

 

小咲「そう……かな。そう言われると、ちょっと救われるかも」

 

苦笑混じりにそう言う彼女の横顔は、どこか寂しげだった。

でも、その声には確かな強さもあった。

 

小咲「でも……一条くんがこうやって目の前に来てくれて、わたしのこと好きだって言ってくれるだけで、前向きになれた。周りがどう思ってても、関係ないって……そう思えたんだ」

 

そしてーー

 

小咲「だから、うん……もう、大丈夫。明日から学校も行くから。ほんとに、気にしないでね?」

 

その微笑みは、夏の終わりの光のように儚くて、それでいて、確かだった。

楽は数秒、何かを噛みしめるように目を閉じ、静かに言った。

 

楽「……好きだよ、小野寺。大好きだ。好きという言葉じゃ言い表せないくらい、小野寺のことが好きなんだ。世間がどう言おうと、俺の恋人は、小野寺以外、ありえないよ」

 

小咲の目が、大きく開かれた。

そして、ゆっくりと潤みながら、優しく細められていく。

 

小咲「……うん。ありがと……///」

 

声は震えていたけど、まっすぐだった。

頬がほんのり赤くなり、視線をそらすその仕草が、逆に彼女の本気を物語っていた。

 

窓の外には、夏の夕暮れ。

橙色の空に、入道雲の輪郭がゆっくりと溶けていく。

陽は少しずつ傾き、小咲の部屋を淡い金色に染めていた。

ぬいぐるみたちは、変わらず静かに見守っている。

二人の距離は、もう言葉では測れなかった。

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